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たぶん、私の為に用意されたであろう部屋に入ると、ソファーに座るよう促された。
正直、小一時間も放置されたので、足が辛かったので遠慮なく座らせてもらった。
すぐさま紅茶の用意がされた。
ヴィル様は、私が紅茶に口を付けるのを見守ってから、深々と頭を下げ、
「お見苦しいモノをお見せして、申し訳ありませんでした!」
凄い謝られた。しかも、物凄く必死。可哀想になってくる。
なんか、スゴイ言われ方してますよ?エリック殿下?
一体どんな、主従関係築いてきたんだろう?
それより、ヴィル様のこの様子。やはり、先程の男性がエリック殿下で間違いなかったのね……。
この部屋に入ってから、斜め後ろに立つセレンから不穏な気配が……駄々漏れ……。
怖くて振り返れないわ。
確実に、睨み付けてるわね。あっ、睨むだけならまだマシか……。行動に移さないことを祈っておきましょう。
それにしても。
「……小一時間くらい待ちましたわ。」
つい、小言が。
あの待ち時間の間に、何人の人が「どーしたの?お嬢ちゃん?」みたいな目で見てきたか……。
いや、違う。あれは、哀れみの視線だか、意味が違う。
あの部屋は、私が勝手に推察した結果だが、逢い引き専用の応接室だ。私は差し詰め、逢い引きに来たが、先約が有り待たされる哀れな令嬢といった具合に見えていたことだろう。
そんな視線に晒されたのだから、小言の一つや二つ許されるだろう。
「本当に!申し訳ありません!」
さらに気合いの入った謝罪が返ってきた。
さて、どーしてやろうかと思考していると、扉がノックされ、そっとエリック殿下が入ってきた。
物音を立てないように入ってくる姿は、こそ泥のようだった。
謝罪するヴィルを見て、慌てたように私の向かいに来て頭を下げて謝罪してきた。謝罪と共に言い訳も。
「すまない!だが、一つ言い訳をさせてほしい!」
なんと、潔いと言っていいのか、なんなのか。言い訳だと宣言してくるとは、聞いてみよう。
「なんでしょうか?」
「貴女には何の非もないのだが、私が、貴女を王子妃に迎える事を良く思わない貴族がいくつかあり、いずれも力のある家柄の為、事を荒立てたくはないという陛下の意向もあり、先程の令嬢の訪問も無下にはできず、穏便に帰ってもらえるよう話しているところだったのです!」
………。でも、私が、来る事、忘れてましたよね?
「っ!!申し訳ない!貴女の到着を忘れていたのは私の落ち度だ!」
顔に出ていたようです。
エリック殿下の顔が必死すぎて、謝罪が正直すぎて、許してあげたくなってきた。が、一つ伝えておかなければならない事がある。
「わかりました。しかしながら、私、先程のお二人の様子を不貞行為の詳細として手紙にしたためて、父に送ってしまいました。」
「いつですかっ!?」
「先程、廊下に蹲っている時に送りました。」
「「!!!」」
「もうそろそろお返事が届く頃かと。」
そんな会話をしている時でした。
私の側の空間が、少し歪んだかと思ったら、手紙が二通舞い降りてきました。
手に取ると、一通は私宛て、もう一通はアッシュベルトの国王陛下宛てでした。
とりあえず、自分宛ての手紙を読むことにしました。
三人の視線が痛いです。
セレンは、何やら期待に満ちた瞳で見てきてます。
エリック殿下とヴィル様は、『不安、恐怖』が滲み出たような表情をされています。
『メルティナへ
到着早々、その様な場面に遭遇できるとは、さすがだ。
お前は、そのまま待機。
同時に送った手紙を第二王子殿下に渡し、できるだけ早く陛下に読んでいただくよう誘導せよ。』
………何が『さすが』なんですか?
私の運の無さですか?!しかも、待機って!
セレンから冷気がぁ!
「……旦那様は何をお考えなのですか?!私のメルティナ様が侮辱されたのですよ!一発二発殴らせてくれても………。」
何かブツブツ物騒なこと呟いてる!怖っ!
セレンは放置で。触らぬ神に祟りなしです。
とりあえず、エリック殿下とヴィル様にお知らせせねば。
「エリック殿下、お父様からは、こちらの手紙をヘンリー・アッシュベルト国王陛下に、できるだけ早く読んでいただいてほしいとのことでした。お願いしてもよろしいでしょうか?」
疑問系ですが、否を許さない圧力をかけた笑顔でお願いしてみました。
「承知した!父上にはすぐにでも読んでいただけるよう、私が直接運ばせてもらうよ。……それで、あーー……ラインハート公爵令嬢、貴女はここに居てくれるのか?」
殿下は、青い顔をして、笑顔を引き吊らせながら快諾して下さいました。
圧力笑顔の効果ですね!
ああ、私の名前の呼び方にお困りですね。
名前呼びくらいは許可しましょう。
「エリック殿下、私のことはメルティナとお呼び下さい。
それと、お父様からは、このままこちらでお世話になれ、とのことでしたので、当初の目的通り、滞在させていただきます。
よろしくお願い致します。」
「そうか、よかった。こちらこそ、よろしく頼む!」
???
エリック殿下は本当に安堵したというような表情をされました。とりあえず、国家間に不協和音が鳴らなくてよかったというコトかしら?
とにかく、私としては、お父様からの手紙を早く渡していただき、次の指令を待つばかりなのですが…。
「……メルティナ嬢。こんなお願いはするべきではないのかもしれないが……。頼む!コトの真相として、先程伝えた私の言い訳を、お父上殿にお伝え願えないだろうか!!」
また、虚しい思考の渦に呑み込まれていると、殿下からお願いが飛んできて、不意に、思考の渦から浮上した。
「そーですね。誤解?でしたね。お父様には、エリック殿下から聞いた状況をそのまま報告させていただきますね。返事は……たぶんすぐにくると思います。」
誤解でも、あの時のコトが帳消しになるわけではないのですが……。心象の問題でしょうか?
それにしても、エリック殿下、自国の為とはいえ、必死ですね。
殿下の目の前で手紙を書き、送って見せました。
その間、エリック殿下とヴィル様は、私が手紙を書く様子から送るまでを興味深そうに見つめていらっしゃいました。そんなに珍しかったでしょうか?
空中に便箋を固定し、手紙を書き、簡易の転移魔法で送っただけですが……。
「……凄いな。魔法を日常的に使っているのか……。なるほど…。そーすれば………。」
何やらブツブツ言っています。ほとんど聞き取れませんが、凝視しながら何か呟かれると、少し怖いものがありますね。
お父様からの返事はすぐに来ました。
『内容に変更なし。お前は待機。手紙は陛下へ。』
な゛っ。
淡白なお返事でした。思わず、変な音が出そうになりました。
そうですよね、お父様はそういう方でしたよね。私は、何か期待していたのでしょうか?まだまだ、修行が足りないようです。
主に、精神面で…。