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神に至る拳  作者: ツタン亀ーン
9/13

プラナコントロール その三

 

 全力で走るということをどのくらいしたことがあるだろうか。


 少し過去を思い出してみてもそんなにやったことは無いことは直ぐに分かった。そもそも記憶にある全力ダッシュといえば小学生の時に鬼ごっこをした時や運動会での短距離走で走った時くらいだろうか。中学生になってからなんて、一度も全力で走った記憶などないかもしれない。そう考えるとこれからの人生で本気で走るという行為はそうないような気がするが、何の因果か俺は只今絶賛全力ダッシュをしている。


 短い距離を走ることは基本的にしんどいという印象はなかったし、走るという行為だってそんなに嫌いなものではなかった。それがどうだ、今ではもう全く走りたいと思えないくらいしんどいし、なんならしんどいを通り越してなんか痛いのだがこれは大丈夫なんだろうか。怪我してるんじゃないかな。


 俺が今なにをしているのかを端的に説明すると師匠が5カウントをする間に20mほど離れたマーカーが置かれた場所に走る。そしてまた5カウントで最初の位置まで走る。たった、それだけ。


 無理やりスタート位置に連れていかれ走り始めたころは5カウントもかなりゆっくりで、全然余裕じゃんと走っていたのだが、丁度体が温まって来たあたりから急にカウントが速くなってからはずっとほぼ100%の力で走り続けている。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!」


 絶え間なく呼吸をして酸素を体に送り込まないと直ぐにでも倒れてしまいそうだ。


(いや、マジで無理死ぬ)


 しかも、しんどいからといって手を抜いてカウントをオーバーしてしまうとお仕置きが飛んでくるので適当に体力を温存することもできない。ちなみにお仕置きというのは、師匠が「おら、さぼんじゃねぇ!」とかなんとか言いながらお尻を引っぱたいてくる。ここが学校で師匠が先生だったとしたら今の時代なら一発でアウトだぞ・・・。


「あぁ、・・・ハァッ、あぁああ、じぬぅうううううう」


 余りにも疲れていてもう走っているのか、なにしているのかがよく分からなくなってきていた。手を思いっ切り振って、足もこれでもかというくらい上げているつもりなのに全然前に進んでいる気がしない。


 そして、ついにこの時が来た。


「――も、もう本当に無理」


 そして俺は地面に倒れこんだ。


 地面に体を全力でこすりつけて全力で休憩をしながら必死に口で酸素を求める。俺は少しづつ酸素を体に取り込みようやく少しだけ思考が回るようになってきていた。


(師匠が何を言っても、何をしてきてもぜってぇ動かねぇ)


 まるで武蔵坊弁慶のように死んでも動かないという強い意志を持って硬いコンクリートの上で寝転がる。


(あ、あれおかしいな。そろそろ何か言いながら飛んできそうなもんだが・・・)


 体力は全快には程遠いものの大分回復していた。倒れた瞬間に師匠が飛んでくると思ってずっと身構えていたのにいつまでたっても声すらかからないので不思議に思って師匠がさっきまでいた場所に寝ながら顔を向けてみる。


「あれ、いな――」


 突如背中の上から力がかかった。喋っていたところに急に力が加わったせいでカエルの潰れたような声が出てしまった。間違いないこれは師匠が上から足で踏んでいやがるな。


「なに・・・すんですか」


「お前の体力は大体わかった。・・・おら立てダッシュ再開だ」


 俺はそれなりに体力が回復していたこともあり、無駄に抵抗せずに立ち上がる。というかここで抵抗して上から蹴りまわされたほうが疲れそうだし。


「そろそろ教えてくださいよ。何のためにこれをやっているのかを」


「時間が勿体ねぇ。おら早く走れ。走り始めたら教えてやるからよ」


 俺は文句をぶつぶつ言いながらスタート地点まで戻ると師匠がカウントを始める前に走り始めた。ささやかな抵抗のつもりだったが、まったく意にも介してないようで遅れて師匠はカウントを取り始める。


「さーん、よーん、ごー。いーち・・・おい説明する間は手でカウントを取るからな、遅れんじゃねぇぞ」


 俺も師匠もカウントしながらは喋れないということに気づかずに始めてしまったので仕方なく手でカウントするようにしたようだが、ややこしすぎる。今何カウントだよ。


「えー今太一が行っているダッシュは体力を空にするためにやっている。なぜ体力を空にする必要があるのかというと体力を空にするとプラナが空になるからだ。以上だ、説明終わり。」


「いや分かるかぁ!?もうちょっと詳しくお願いしますよ!」


 俺は走りながらというのもあり若干切れ気味に師匠に詳しい説明を求める。えーとか言いながら師匠は面倒くさそうに詳しい説明を行った。


 プラナというのは基本的には体力が減っていくとプラナも減っていく。これはその逆も同じでプラナが減ると体力も減っていく。これはこの世界の一般常識のようなものだが後天性プラナ不全症候群はこれには当てはまらない。

 なぜならこの病気になるとひたすらに膨大な量のプラナを吸収してしまうので体力が無くなってもプラナはなぜか底をついていないというおかしな状態になるのだ。


 能動的にプラナを放出することもできない今の状態でプラナを一瞬でも空にするには吸収量を遥かに超えて体力を消耗し続けるしか方法が無いらしい。なので、体力を使って使って使いまくることで吸収力を上回ろうという作戦なのだそうだ。しかし、本当にこれ以外にプラナを空にする方法ないのか・・・?


 そもそもなぜプラナを空にする必要があるのかというと、空っぽにしたほうが自分の中でプラナが生まれるのを認識しやすいからだそうだ。


「おーし、じゃあ今から声でのカウントに戻すぞ」


 説明の間にもカウントのペースは上がっていたので、当然終わるころには既に俺のトップスピードでないと間に合わない域に達していた。ぶっちゃけ途中から走るのに必死すぎてあまりよく分かってなかったがとりあえず体力が無くなった時にプラナを感じ取ればいいということだけ分かった。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!」


 だんだんスピードが落ちてきているのを感じている。しかし、スピードが落ちているのにも関わらずカウントにはなんとかギリギリ間に合っている。これもしかして常に俺の今出せる限界のスピードにあわせてカウントしているんじゃないのか。だとしたら最初に倒れる前のダッシュの時も気づいてなかっただけでカウントは俺に合わして変化していたのではないだろうか。


「ハァ・・・ハァヒィッ・・・ハァ・・」


 誰がどう見てもスピードが落ちているのが分かる程の走力になっている。それでもなんとか全力で走るとカウントが間に合っている。これ絶対に俺の限界値にカウント合わせて来てるじゃないか、鬼か、鬼なのか、これ気絶するんじゃないのか。


 もうおじいちゃんが杖を突いて歩いているくらいのスピードになると既に太一の意識はほとんど飛んでしまっていた。しかし、カウントは止まらない。

 

(休憩、酸素、休憩、酸素、休憩、酸素、あぁ――ちょっと休もう)


 体中で休息と酸素を求めているのが分かる。我慢できなくて手をコンクリートの上について休息と酸素を全力で享受する。


「――カ、アァッ」


 四つ這いで休憩していた所を無理やり立たされて頬を叩かれる。せっかく休憩して得た体力も酸素も一瞬で消し飛ぶ。


「おい、まだ走れるだろ」


 お尻を蹴られ無理やり走らされる。自分の中でも少し余力があったことを認識していたとはいえほぼ限界だったことは間違いないのに、俺以上に俺の体力を把握しているとでもいうのだろうか。師匠のさっきのお前の体力は大体わかったという言葉は全くその通りで、俺の体力をゲームの体力ゲージを数値で見るように、俺の体力限界をコントロールしているのかもしれない。


 

 太一はその後何回も倒れこむ度に直ぐに立ち上がらされたり、少しだけ休憩を貰えたりと見事に体力をコントロールされながらも延々と走り続けた。


 そして、ついに真の限界が訪れる。


「ァ――」


 声に鳴らないかすれ声を喉から絞り切った後に足に完全に力が無くなる。

 階段があると思って足を上げたら実は階段がなくて足を踏み外した時のような不思議な感触だった。前に進むための足は地面に上手く立つことが出来ずそのまま膝までをストン、とコンクリートの上に落とす。そしてそのまま重力に従うように前向きになった体もゆっくりと地面に投げ出された。


 極限まで動いた後のコンクリートの温度はいつも以上に冷たく感じで気持ちがいい。不格好に地面に投げ出された体の部位を少しづつ動かして床にこすりつけるように動かす。完全に仰向けになった状態で体を大の字にしてコンクリートを堪能する。


 どのくらいそうしていたのだろうか、5分かもしれないしもしかしたら30分くらいたっていたかもしれない。誰かが俺に向かって何かを言っているのが聞こえた気がする。


「おい、意識はあるな?」


 声を出す元気もなかったので、なんとか顔だけを声のする方向に向けると師匠がいた。何を言われたかもよく分からないしで顔を見ながら呆けていると、


「声を出すのが無理ならとりあえず聞いとけ。いいか?今のお前はプラナがゼロの状態だ。とはいっても、今もプラナは吸収されているから"ほぼ"ってとこだがな。今のこの状態をよく覚えておけ、そして理解をしたらゆっくりと呼吸を繰り返せ。息を吸ったときに急速に体に吸収される何かの感触があればそれがプラナだ。そらやってみろ」


 大半何言ってるのか全然聞こえなかったがとにかくゆっくりと深呼吸すればいいらしいことだけ分かった。


 ゆっくりと肺の中に酸素を送り込む。心臓がいまだに暴れているせいでなかなか上手く呼吸ができない。心臓をむりやり落ち着かせるように呼吸を繰り返す。こういうのってたしか急に運動を止めると返って危ないから徐々に体を動かすのを辞めないといけないのでは無かっただろうか。うろ覚えな運動知識を思い出しながらも呼吸をゆっくりと繰り返す。


 それなりに長い事やっていただろうか、大分息が整ってきたのもあって俺は逆に疲れからか眠気を感じていた。


「おーどうだ?なんか感じたか?」


 師匠は俺が大分息が整ったのを確認したのか、話しかけて来た。


「あー全然、なんのこっちゃって感じです・・・よ」


 眠気が高まりすぎて、最後の言葉をなんとか話すのが精いっぱいだった。半笑いしている微妙な顔つきのまま瞼を閉じて太一の意識は闇の中に吸い込まれていった。






 ――――――――――――――――――







 「ぐえっ――」


 気持ちよく寝ていたのに誰かが快適な睡眠を邪魔をしてくる。やめてくれよ、なんだかわからないけど今無性に疲れてるんだ。こういう時に容赦なく起こしにくるのは決まって愛と決まっているがどうやらいつもと比べると起こし方が雑な気がするな。


「ぐへぇ!?ちょっと!愛もう起きてるって!痛い痛い!」


 愛にしてはやっぱり過剰に攻撃をしてくる。うん?よく見ると俺が寝転がってるところ床の上だ。


「おい、寝ぼけてないで起きろ」


 どうやら俺を攻撃していたのは師匠だったようだ。半分ボケた頭で、周りを見渡すと、ここは先程まで走っていたあの廃墟の中だ。


(そうかさっき、疲れすぎてそのまま寝てしまったのか)


「師匠、俺はどのくらい寝てたんですか?」


「あれから丁度1時間くらいだ。どうやら意識を失う寸前の様子を見るにプラナを感じ取ることは出来ななかったんだろ?」


「そう、ですね。とにかく体の倦怠感が凄すぎて他には何も感じませんでしたけど」


「まぁ最初から感じ取れるようならこんな訓練必要なく自力でプラナをコントロール出来ているだろうしな。とにかくプラナを感じ取れるようになるまではこの訓練を繰り返すぞ」


「えぇ・・・まだやらないといけないんですか」


 先程の訓練をいつ習得できるかもわからない技術のために繰り返すというのは相当にきつい。というか本当にもう走りたくない。今も中途半端に眠りからたたき起こされたため体力は全然回復しきってないしで体中へろへろになっている。これを毎日繰り返すとか体が先に壊れるんじゃないだろうか。


「まぁ泣き言いっても無理やりやらせるからな」


 鬼だ。


 しかし、だ。逆にいうと親切に訓練をしてくれてるとも取れる。相変わらずこの訓練は師匠にはなにもメリットはないわけだし、パン屋前で話した時にも結局教えてくれる理由は聞けなかったが一体何のために俺に訓練を施してくれているのだろうか。


「太一、今日はもうこれで終わりにするが、明日は一日使ってみっちりやるぞ」


「一日中ですか・・・確かに明日と明後日は休日で学校もありませんけど一日中はきつそうだなぁ」


「人間慣れればどうとでもなるもんだ。ちなみにだが、プラナを感じ取る訓練が終わらない限りお前は学校等の一日の大半を縛る行動は禁止させてもらう」


「が、学校禁止!?さぼれっていうんですか?」


「そうだ、今のお前はPCDを扱えない状態だ。そんな状態で人前に出るなぞそれこそ自殺行為だ。数日は誤魔化せたとしてもそれ以降はどうなるか想像してみるんだな」


 確かに、ちょっとでも何かしらの病気を疑われて検査するために病院送りなどにされたらそれでおしまいな気がする。


「でも結局学校を長くさぼったりするようなことになればそれはそれで騒ぎになりそうですけど・・・」


「それが嫌なら早い事死ぬ気でコントロールするんだな」


「はぁ・・・分かりました。ただバイトは行ってもいいですか?朝に数時間働くだけなんですけど」


「本来ならそれもやめた方がいいだろうが、朝に数時間くらいならまぁいいんじゃねぇか?」


 なんとかバイトは行ってもいい許可をもらう。正直なところ太一の中では学校よりもバイトのほうが優先度が高いのであんまり問題は無かっりする。家のために働くバイトと違って、学校に行ってもどうせ寝るだけなのだ。


「よし、明日からの行動はそんな感じだ。さぁさっさと帰ってそしてさっさと寝ろ」


 そういって師匠は俺を廃墟の2階からたたき出す。帰り際に明日ちゃんと来ねーと首ちょんぱだぞーと脅しを食らってから俺は廃墟を後にした。



 廃墟から出た俺は時間を確認する。


「あー、遅くなるかもとおもったけどまだ8時半過ぎか・・・裕二や愛は起きてるかな」


 どうやら訓練自体はたいして時間を使ってなかったらしい。とにかく早く帰らないと祖母ちゃん達に何言われるか分からない。

 

 太一は再びぶり返してきた強烈な眠気と戦いながらふらふらと自転車に乗りながら帰宅の道を急ぐのだった。




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