表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神に至る拳  作者: ツタン亀ーン
6/13

謎の男再び


 必殺の一撃が俺に襲い掛かる。それは通常の人間にはありえないパワーを秘めていてまともに直撃するのはもちろん、体に掠っただけでも尋常でない被害が出ると想像できるような一撃だった。そんな一撃をまともに食らう、その瞬間に男は現れた。

 その男はなにやら大変楽しそうにしかし機械のごとく精密に化け物の攻撃を捌き、そして的確にダメージを与える。何度思い返しても人間技ではない。いや、本当に人間だったのだろうか、実はサイボーグとか言われても全く疑問に思わないほどの緻密な動き、そして化け物にも負けず劣らずのパワーをしていた。

  

 俺はなぜか意識がぼんやりとしている頭の中でなんどもその光景を繰り返し再生し続けていた。


 頭が痛い、体も熱い、おまけになんだか息苦しい。でも、なんだろう妙に温かい。


「・・・ん」


(どこだここ、というか俺はいつの間に寝てたんだ)


 俺はゆっくりとぼーっとしながら意識を覚醒させていった。


 周りを見渡すと白いカーテンに包まれていて俺はその中にあるベッドで寝ていたらしい。

 俺は自分の寝ていたベッドから降りると隣のカーテンを開ける。


「あ、気が付いたんですね」


 カーテンを開けると傍にある椅子に雫が座っていた。雫は背筋をピンと伸ばした状態で手元に持っているなにかの書類を読んでいたようだ。


「ここは?それに俺なんで寝ていたんだっけ・・・?」


 まだ若干寝ぼけが入っている頭を働かせようと頭を叩いていると、雫はこちらに近寄って来た。


「覚えていないんですか?授業中に実験を始めようというタイミングで急に倒れたんです。みんなびっくりしてましたよ」


「倒れた?そういえば急に頭が痛くなったような・・・あぁということは、ここは保健室か」


 この学校に通ってからもう1年以上経つのに保健室に入ったことがなかったので分からなかった。

 中学校に限らずそもそも保健室というものに生まれてこの方、お世話になったことのない俺は独特の空気感と匂いに若干顔をしかめながら言葉を続ける。


「あれ?でもなんで鳴海さんがここにいるんだ?」


 確かに鳴海さんとは授業中に少し会話をしたし全くの他人という訳でもなかったが、わざわざ保健室に来てくれるほど仲がいいわけでもないはず。


「いえ、藤原さんが倒れたのは私のせいでもありますし」


 雫は申し訳なさそうな顔をしながら言う。


「ん?いや俺が倒れたのは体調が悪かっただけで、誰のせいでもないと思うんだけど」


「結果的に倒れたのは体調のせいかもしれかもしれませんが、私も藤原君が体調が悪いことを聞いた時に直ぐに保健室に連れていくべきでしたので」


「いやいや、そんな倒れるかも分からないのに鳴海さんのせいじゃないよ」


 体調が悪い事を聞いたのに保健室に連れて行かなかっただけで自分の責任だと思うなんて、なんて責任感が強いのだろうか、と俺は驚いた。


(いや、というかちょっと責任感強すぎなのでは・・・)


 若干苦笑いをしながらそんなことを考えていると雫が話しかけてきた。


「それにしても藤原君はPCDを腕に着けていませんが、体調が悪いのとなにか関係があるのですか?」


「え!?いやPCDはただ今日は忘れただけだよ。授業にはプラナが入ったPタンクを使おうと思ってたから、問題はなかったし」


 鳴海さんは深い意味で質問したわけではないだろうに、俺は過敏に反応してしまう。


「そうですか。そういえば八木君も前の休み時間に様子を見に来ていたそうですよ」


「八木が?というか俺が倒れてからどれくらい時間が経ったんだ?」


 どうやら俺が倒れてから何人もの人間が様子を見に来ていることからそれなりに時間が経っているんだろう。


「今はもう授業は終わっていて放課後ですよ。私も帰る前に少し様子を見に来ただけですし」


「もうそんなに時間が経っていたのか・・・って放課後!?早く帰らないと」


「なにか用事でもあるのですか?」


 不思議そうに雫が聞いてくる。


「晩御飯の買い出しに行かないといけないし、今日は妹に頼まれごとをしてたから尚更急いで帰らないと」


 俺は慌てて保健室のベットを整え始めた。シーツは俺が寝ていたせいでかなり乱れていたので、上の掛布団を横に避けて、一番下から順番に元の綺麗なベットに戻していく。


「藤原君は妹さんがいるのですね。そういう理由でしたら早く帰らないといけないですけど、体調の方はよくなったのですか?」


「まぁまだ体がだるかったり頭も相変わらず重いけど、倒れた時と比べたらだいぶすっきりして良くなってるよ」


 雫はほっとしたように息を吐くと自分の鞄を持って入口の方に移動してからこちらに振り向いて言った。


「体調が大丈夫なら帰れそうですね。でしたら私は保健室の先生に藤原君のことを話してくるので、あなたはもう先に帰ってもらって大丈夫です」


「いや、そんなこと鳴海さんがやらなくても」


「早く帰らないといけないんですよね?だったら私に任せてください。あ、そうだ、負い目に思っているならまた今度その妹さんの話を聞かせてください。それでは私は行きますね」


 そう言うが早いか雫は扉を開けると素早く出て行ってしまった。


「なんだか張り切ってたなぁ」


 きっとそうやって人のためになにかをするのが好きなのだろうか。俺は口元を緩めながらベットを整え終わると鳴海さんのように少し急ぎ足で教室に向かった。






 ――――――――――――――――――






 俺は教室に荷物を取りに戻った後、直ぐに自転車に乗ってこの学校の近くにある米田屋に向かっていた。

 米田屋というのは学校の近くにあるパン屋なのだが、つい最近できたのも相まって連日たくさんの人が買いに来ているため、いつ行ってもお客さんがたくさん店内にいるのでパンを買うだけでも一苦労なのだ。


 俺自身特別パンが好き、という訳でもないため、このようなパン屋さんにはまず足が向かうことはないのだが、前に一度バイト料が多めに入った時に家族に米田屋のパンを買って帰ったことがあった。その時に愛がここのメロンパンを大層気に入ったため、今では何か事ある毎にここのメロンパンを買ってきているというわけだ。


「やっぱり、結構人いるなぁ」


 店に到着した俺は自転車を店先に止めて、店の窓から店内を覗いていた。覗いてみた感じでは店内には数十人は人がいる感じで、お目当てのパンが残っているかは微妙なところだろう。

 しかし、俺は何度かこういった愛の突発的な『メロンパン買ってきて』を経験しているため、こういった事態への対策はバッチリできているのだ。


 店内に入るとパンを置いてあるテーブルがそこら中に置いてあり美味しそうなパンが籠やトレイに入って売ってある。俺はそれらを素通りしてそのままレジの方に進んでいき、お客が並んでいる列に何も持たずに並ぶ。


「次のお客様、どうぞー」


 店員に呼ばれた俺は並んでいる列からレジの方へ歩いていく。そしてレジには顔なじみの店員さんがいて、話しかけてきた。


「お、藤原君、ようやく来たか待ってたよ。」


「どうもです。ちょっと色々あって遅れちゃいました。朝、言っていた分のパン出来てますかね?」


「もちろんだよ。藤原君がうちの店に来る大体の時間も知っているからね。ほぼ出来立てだよ。」


 はい、と手渡された紙袋の中にはメロンパンから食パンやフランスパン等様々なパンが入っていた。

 

 俺が手ぶらでレジに並んだのは詰まる所パンを予約していたからなのだ。最初の頃俺がこのお店でパンを買っていた時は予約制度というものを知らなくて、学校が終わった後急いでメロンパンを買いに来たけど、もう既に売り切れになっていたということがよくあった。その後何度かそういうことが続いたため、思い切って店員さんにどうにかしてメロンパンを買う方法はないものか、と尋ねたところ、予約してもらえればパンを残しておいてくれるということを教えてもらったのだ。

 

 それからというもの俺はパンを買いたいときは朝の新聞配達の時に朝の仕込みをしている米田屋に行き無理を言ってその日にパンを買えるように予約しているのだ。


「ありがとうございます。いつもいつも無理を言ってすみません。」


「はははは、世話になっているのはこちらも同じだからね。新聞にうちの広告を挟んで一緒に配達してもらって本当に助かるといつも店長が言ってるよ。」


「そう言われると、こちらとしてもありがたいです」


 いつも無理して朝からやっていただいているのも忍びないので新聞配達の時に一緒に米田屋のチラシがあれば新聞と一緒に挟んで投函できるのではないか、ということを米田屋の店長とうちのバイト先に提案したところ、とんとん拍子でお互いの話が進んでいき、たまにチラシを配達で投函するようになったのだ。


「では、藤原君、妹さんによろしくね」


 俺は店員さんに伝えておきます、と言った後レジを離れた。


 俺がレジに並んでいる間にさらにお客さんが増えてきたようで、店内のパンは心なしか売り切れが増えてるように見えた。

 俺は変な時間に人が増えるもんだなぁと、帰る前に軽く店内を見渡す。晩御飯の買い出しのついでに買いに来ているであろう主婦、おいしそうなパンをトングでトレイに入れている女子学生達、明らかに周りの空気から浮いているぼさぼさの頭をしたタンクトップの男等、色んな人がパンを買いに来ていた。


「・・・ん?」


(なんだろう、いまとても既視感のあるやつがいたような・・・)


 もう一度先程同様に店内を見渡すと、やはり、そこには昨日、化け物と殴り合いをしていた男が悩ましそうな顔をしてパンを選んでいた。

 俺はまさかこんなパン屋で会うと思っていなかったので、男を二度見して硬直していると、タンクトップの男もこちらに気づいたようで、俺を指さして叫んだ。


「あぁああああああ!」


「ちょちょっと、お店の中で大声ださないでくださいよ」


 突然店内で男が大声を出したので、反射的に俺は男に近づいて店から追い出すように背中を押した。男がなにか喚きながら文句を言っていたが聞く耳を持たないでそのまま店の外までなんとか追い出す。


「おい、くそガキ。俺はパンを選んでいる最中だったんだぞ、なにしやがる」


「俺だってあんたが騒ぎ出さずにそのままパンを選んでくれていたら別にこんなことしなかったですよ」


「・・・ふん」


 男は腕を組んだまま、むすっとした顔で斜め上を見上げている。表情をみるからに全く反省していなさそうだ。俺は呆れながらもこの男は初対面の時からこんな自由奔放な感じだったことを思い出す。

 あの化け物と戦闘していた時に現れたこの男は、俺が死にかけているというのに呑気にベンチで座りながら見物していたというのだ。常人の思考をしていないだろうことは想像に難くない。


 太一が男を眺めながらそんなことを考えていると、男はなにかを思い出したような口調で話しかけてきた。


「あ、そうだそうだった。お前を探してたんだよ。昨日あの後あそこに戻ったんだけどお前いなかっただろ。なんで残ってなかったんだよ」


「いや、なんであの場に残るとおもっているんです?あの後は普通に家に帰りましたよ。 それより昨日あの後化け物はどうなったんですか?」


「あ?・・・あれなら少し移動したところで適当にボコったら消えちまったよ」


「き、消えた?つまりその化け物は死んだんですか?」


「んあ・・・?まぁいなくなったんだから死んだんだろうな?多分だけど」


 男は面倒くさそうに頭を搔きながら俺の問いに答えた。男とは対照的に俺はあの化け物が死んだという事実に安心と、そもそもあれは元々神隠し中に人間が変異したであろうということなので、その化け物を殺しているのだから殺人になるのではないのか、という事実に震えていた。

 

 俺がいろんなことを一度に考えすぎてひとりでぼーっと立ち止まっていると、


「おい、あの化け物の話はどうでもいいんだ。それよりもお前に聞きたいことがあるんだよ」


「え?なんですか」


「お前今、PCDが使えないんだろ?」


「!!・・・ん?PCDが使えない人間なんて存在しないんじゃないですか?」


「誤魔化したって無駄だぜ、お前からはプラナの淀んでいる気配が漂っているからな。お前を始めてみた時から気づいていたから、こうやってわざわざお前を探していたんだ」


「・・・仮にそうだとしてどんな要件で俺のことを探してたんです?」


 気配が漂うとかいう如何にも胡散臭いことを言っているが、この男の昨日の異常性を見た後では一概に馬鹿げていると断言できないところが俺の信用を多少得る原因となっている。それに、俺の今の状況を知っているのであればそれの解決策も知っているかもしれない、という打算から話を聞いても良いと判断していた。


「お前がその状態になったのは俺のせいでもあるからな、面倒くせぇが助けてやろうと思ってな」


「な、治るのか!?」


「治る、とは違うな。治りはしないがプラナを正常に使える方法を教えれるだけだ」


「・・・よくわからないけど、それを覚えればまともに生活できるということですか?」


「俺はまともな生活とやらがわからねぇから断言はできねぇが、まぁそうなんじゃねぇか? んで?どうするよ?教えてほしいなら教えてやるが」


「・・・一つ聞きたいんですけど、俺のこの状態はいわゆる"後天性プラナ不全症候群"に近いと思うんだけど、その病気という事でいいんですか?」


 "後天性プラナ不全症候群" この病気は後天的にプラナを取り込めなく病気で、現在これにかかっている人はいないとされている。


「ん?あぁなんか一応そういう病名らしいな。ちなみにだが、お前がいつからその病気になっているかは知らねぇが、状況からいって恐らく昨日の化け物に襲われたことが原因でなったんだろうよ。なんせこの病気は身体と精神が死ぬほどの何かを受けることで発現することが多いらしいからな。」


色々と知らないことを大量に聞いたせいで脳の処理が追い付かないが、ようやく落ち着いて物事を考えれるようになってきていた。当然俺はこの話を受けた方がいいのだろう、だが一つだけどうしても気になることがある。少し勇気のある質問内容だが俺は思い切って聞いてみることにした。


「本当にこれが、最後なんだけど質問いいですか」


「んだよ、まだなんかあるのか」


「こんなことを聞くのは失礼なんだけど、あんたはなんで俺の事を助けてくれるんです?正直メリットのない人助けをするタイプには見えないんですけど」


「・・・お前まじで失礼だな。失礼すぎて流石の俺でもびっくりするわ。」


 まさかこんなことを質問されるとも思っていなかったのだろう流石の男も引き気味に答えていた。男は目線を宙に浮かすと少し考えるようにしながら話し出した。


「まぁ、俺にもいろいろあんだよ。それを話す義理はねぇけどな、んでどうすんだ?もう俺帰った方がいいか?」


 どうやらこの男にもなにやら事情があるようで、様子をみている感じでは悪意を持っているわけでもなさそうだ。どっちにしろ俺の選択肢は最初から決まっていたが、最後の質問を通して俺はこの男を多少は信用してもいいかもしれないと思った。


「色々聞いてすいません。そのプラナを正常に使える方法とやらを教えてください」


 男は最初からそういっときゃいいんだよ、等とぼやきながら俺に今から時間を取れるかどうかを聞いてきた。

 俺は一度買い物を終えて家に帰った後であれば時間を作ることが出来る、と伝えると男は俺にここで待ってると言いながら住所のようなものを書いた紙を渡してきた。


「おい、ガキ。言っとくが今のところお前の印象は最悪だぜ、今日来るの忘れんじゃねぇーぞ。ちなみに忘れた場合はお前の首を捻じり切ってやるからな。」


 なにやら恐ろしいことを言いながら男は背中を向けて歩いて行った。俺はめんどくさそうに歩くその背中に声をかける。


「おい、おっさん俺はガキじゃない、太一って名前がちゃんとあるんだ。ちゃんと名前で呼んでくださいよ」


「おー太一、ならば俺の事はこれからは師匠と呼べよー」


 男はガハハハと笑いながら俺に師匠呼びを強要して、どこかに歩き去っていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ