不穏な予感
結局先程の戦闘は時間にすると5分くらいだったので、俺はふらふらしながらも自転車にまたがりスーパーに向かった。
家に付いたのは19時前だった。汚れてぼろぼろの俺の姿を見たのか、説教モードに入りそうだった祖母ちゃんも「今日は休みな」と言ってくれたので風呂に入ってから、ご飯ができるまでゆっくりしていた。
「にいちゃん、今日は料理しないの?」
妹の愛が可愛く首を傾げながら聞いてきた。
「ごめんなぁ、にいちゃん今日はすごい疲れちゃったから祖母ちゃんに料理お願いしたんだ。」
いつも料理は祖母ちゃんと俺とで二人で作るのだが、今日は祖母ちゃんが一人で作っているため少し時間がかかっている。ちなみに祖母ちゃんの名前は藤原幸、祖父ちゃんの名前は藤原栄一といって幼いころに両親を失った俺たち兄弟の面倒を見てくれている。
「ふーん?」
「それより兄ちゃん本当にどうしたの、顔真っ青だよ」
弟の裕二が食器をテーブルに並べながら心配そうにする。
「いやぁ、俺本当に生きててよかったなぁって」
「???」
生きている実感を家族と話すことで感じていると、いつの間にか料理が机の上に揃っていた。
家族全員そろってから両手を合わせて「いただきます」をする。食事が始まると、愛が自分のお皿に他のおかずを軒並みかっさらって独り占めしている所を祖母ちゃんが叱っていた。
いつもの光景だった。この光景を見れるだけで俺は生きててよかったと心の底から思った。
祖父の栄一は愛が取りすぎて戻しているおかずを自分のお皿によそいながら聞く
「しかし、太一はどうしてそんなに疲れてるんじゃ?」
「ちょっと学校で八木と組手をしただけだよ。それより、今日のニュースとかで神隠しについて何か、新しい情報とかなかった?」
「神隠しの情報かい?太一はそんなものには興味がないとおもってたが」
「ちょっと学校で友達に話を聞いてね、興味が沸いたんだ」
「神隠しか。わしが町内で聞いた話だと確か、高校生が8人同時に消えたとかそういう話があったような」
栄一は今の年になっても町内で自分の畑で作った野菜を売ったり他にも色々と仕事をしているので、町人と話しを聞く機会も多い。
「8人同時!?そりゃ、いつの間にかそんな大事になってたんだねぇ」
「祖母ちゃんは家にいるときにそういうニュースとか見ないの?うちの学校とかでは結構神隠しが起きる度に話題になるけど」
裕二はこの家一番の勉強家なので普段はずっと勉強をしているのだが、意外とこういう噂話が好きなのだ。
「あんた等が学校に行っている間は家事が忙しくてテレビを見ているような暇もないからねぇ。しかし、18時以降だったかい?裕二や愛がそこまで家に帰るのが遅くなることは無いと思うけど、神隠しが収まるまでは早く帰るようにしたほうがよさそうだねぇ」
祖母ちゃんの帰宅早まり宣言に対して、愛はお箸を持った手を高く振り上げて抗議を示す。
「えーせっかく夏になって遅く遊んでも暗くならないから大丈夫って話だったのに、話が違うよー。私は断固反対だからね!」
裕二が愛を宥めるように言う
「愛、これだけ大事になっているんだ。兄ちゃん達を心配させないためにもここは少し我慢しない?」
「えー、でも・・・」
「愛、兄ちゃんからもお願いするよ。愛と裕二には我慢を強いることにはなるけど、当分は早めに家に帰るようにしてほしいんだ」
太一がそういうと、家族全員がびっくりしたようにこっちを見てきた。
「太一が愛にそういう風にお願いするのはめずらしいの」
[僕こんな風に愛にいう兄ちゃん何年振りにみただろう」
「太一、爺ちゃんは早く家に帰らなくてもいいのかい?」
「もちろん爺ちゃんも早く家に帰ってほしいよ。どうだろう、愛もいいかい?」
愛は顔をうつむいたまま呟く。
「うー・・・わかった。・・でも!その代わりに兄ちゃんは米田屋のメロンパンを明日私に買ってくること!そしたら早く帰ってもいいよ」
米田屋というのは俺の中学校の近くにある最近有名なパン屋さんで、愛はそこのメロンパンが大変好きで、何かあればよくねだるのだ。
「わかったよ。米田屋のメロンパンだな、明日帰りに買って帰るよ」
うれしそうにする愛の頭をぽんぽんしながら食べ終わった食事の片付けを始める。
――――――――――――――――――
「どうやら八木の言っていた神隠しの詳しい内容はマスコミには伏せられているみたいだな。」
食事が終わった後自分の部屋で神隠しについて調べると、どうやら神隠しで起こった時の現場の状況等の詳しい情報などは、一切外に漏れないようになっているようだった。
これは今日あった出来事が神隠しの時に毎回あったと考えると明らかに不自然だった。
(大騒ぎになるのを恐れて警察があらかじめ流す情報を絞っているのか・・・。あの化け物は一体なんなのか、それに今日俺を助けたあの男も人間離れしていたし、一体どうなっているんだろう。)
なんにしても家族に心配をかける訳にもいかないし、警察も詳しい情報を公開していない以上あまり俺がいろいろ騒ぎ立てるのもよくないだろうと考え、一先ずこの出来事は自分の中にだけ閉まっておくことにする。
少しでも何かを考えると今日のあの戦闘を思い出してしまう。死を覚悟するほどの恐怖、そしてその恐怖をもたらした化け物を圧倒したあの男の動きを。
「あぁーだめだ、早く寝よう明日も朝から忙しいし」
俺は同じことばかりをぐるぐると考えてしまう頭をぶんぶんと振りながら、寝る準備をするために洗面所に向かった。
洗面所に向かうと先に栄一が何かを考えるように立っていた。
「祖父ちゃんこんなとこで突っ立ってどうしたの?」
相当考え込んでいたのか、栄一は話しかけられてから気づいたように返事を返す。
「あ、あぁ太一か。いやぁちょっとなぁさっきの食事の話であった神隠しのことでちょっと考えていたのじゃよ。」
「まさか祖父ちゃん他にも何か知っていることがあるのか!」
「うーむ、そういうわけじゃないんじゃがな」
俺はまさか町内では神隠しに化け物が出ることや現場で破壊行為があること等が噂になっているのかと思ったが、祖父ちゃんの様子を見る限りそうではないようだ。
「それより、太一よ。お前本当に今日はなにもなかったんじゃな?」
栄一はこちらを真剣な顔で見ながら訪ねてくる。
「え?なにもなかったよ。ちょっと怪我したのだって八木との組手でちょっとやっちゃっただけだし」
俺は神隠しに自分が巻き込まれたことに祖父ちゃんが気づいたのではないのかと焦り、早く話を終わらせようとする。
「そうだ、明日も朝から新聞配達があるのに自転車にプラナ補充してなかった。じゃあ祖父ちゃん俺ちょっとちょっと準備があるから行くね。」
「ああ、太一ちょっと待ちなさい。」
俺は既に背を向けて歩き出している所を呼び止められる。
「え?なに?」
「お前が何を抱えてるかはわしには分らんが、無理だけはしてはいかんぞ。裕二や愛はもちろん、お前もまだ中学生なんじゃ。いつも家族のために頑張ってくれているのはありがたいが、お前も子供らしく困った時は、何時でも大人に頼ってくれて良いのだからの」
「うん、わかったよ祖父ちゃん・・・。ありがとう。」
栄一とやりとりをした後俺はプラナを補充しに、自転車を止めてある庭に向かった。
栄一はそんな太一の背中をみながらポツリと呟く
「千恵子の言っていた恐ろしい予感が当たるのかもしれんな。のう、婆さん」
栄一の後ろにそっと立っていた幸は、複雑そうな顔でそれに返事をする。
「そうならないように祈ることしかできないねぇ・・・」
――――――――――――――――――
「おかしい、絶対になにかがおかしい。俺おかしくなったのかな?いや、でもそんな話きいたことないし」
俺は自分がおかしいことを認めたくなくて現実逃避をしながらぼやいていた。と、いうのも昨日の夜自転車にプラナを補充しに行った時点で、おかしいことは認識していたのだが、なにやらプラナを補充することが出来ないのだ。
そして今日の朝、新聞配達のバイトをしながらプラナを補充することを試すも当然失敗。自転車がおかしいのかとも思い、他の機械にPCDでプラナを流し動かそうにも全く出来ずどうなってんだ、といいながら今必死に自転車で坂道を漕いでいる所なのだ。
「やっぱりPCDが壊れてるんだろうか、PCDってどこで直してもらうんだろう。まさかプラナを体内に取り込めなくなったとかではないよな。そんな人間がいるなんてきいたことないし・・・」
プラナを体内に取り込めない人間がいないというのは世界でも共通認識となっていることで、呼吸をしている限りどのような人間だろうとプラナは体内に取り込めているという研究結果がでているらしいのだ。
ただし事故などで後天的にプラナを取り込めなくなる"後天性プラナ不全症候群"と呼ばれる病気になるケースもごくまれだが、あると聞いたことがある。
「でも、それって昔に大勢いた症状で今ではそんなことになった人はいない、って聞いたことあるんだけどな。・・・まぁとりあえず学校に付いたら真っ先に八木にPCD借りよう、それで故障かどうかもすぐわかるしな」
俺はようやく上り終えた坂道を一気に下りながら、学校へと急いだ。
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俺は八木の背中から声をかけて挨拶をする。
「おはよう、八木」
背中から挨拶をしたため、八木はこちらに振り向いてから挨拶を返した。
「よう、太一今日はずいぶんと早いな」
「ちょっと、朝のうちに済ませておきたい用事があってな」
すると、八木が不思議そうな顔をしながら訊ねてくる。
「わざわざ早く学校に来るほどの用事?もしかして宿題を写すつもりか?貸さねぇぞ」
宿題なんてあったんだ・・・と、絶望しながらもPCDを貸してもらうために適当に考えた理由を話す。
「いや、そうじゃなくてさ。今日、PCDを使ったプラナに関する授業があっただろ?俺今日PCDを付けてくるの忘れちゃってさ、Pタンクはあるからそこに少しだけでいいからプラナ入れさせてくれない?」
どうせPCDが使えないのであれば持ってくるのを忘れたことにしたほうが誤魔化しが効きそうと考えて、今日はPCDを持ってくるのを忘れたという設定を作ったのだ。
今の現代日本でPCDを使わない日常というのは考えられなく、忘れるなんてことは基本的にはありえないのだが、学校で一日を過ごす分には絶対に必要なタイミングというのは実はないので今日乗り切るだけなら別に忘れたということにしても問題ないはず。
ちなみにPタンクというのはPCD以外にも変換したプラナを溜めておける予備のことだ。PCD一つで事足りるため基本的にはいらないのだが、このPタンクは授業で使うことがあるため、学生一人一人に学校が支給してくれている。
「え?PCDを忘れた?・・・まさかこの世の中PCDを付けないまま生活するやつがいるとはちょっと俺びっくりだよ。というより太一の自転車たしかプラナアシスト付きだったよな?自転車乗る前に気づかなかったのか?」
「今日バイト行くのに出発が遅れてて家出るときに慌てて気づかなかったんだよな。その後バイト中に気づいたけどもう時すでに遅しって感じでさ」
「あぁそうか、太一バイト終わってから学校にそのまま来るんだっけか。」
「そう、だから今日くらいまぁいいかなぁ、と」
(八木を騙しちゃっているのは、少し気が引けるけど仕方ない。)
「じゃあ授業始まるまでだぞ、ほら」
「サンキュー」
八木からPCDを借りた俺はさっそくPタンクと接続をして自分のプラナを流してみる。
「・・・」
俺はなんとなく最初から分かってたんだ。でも、とりあえずPCDが壊れている可能性も加味してこんな回りくどい設定まで作って試してみている。
そして、結果はもちろん八木のPCDでもプラナが補充されることは無かった。
八木のPCDが壊れていないことは八木のPCDのプラナメーターがMAXになっていることを見れば直ぐにわかる。
自分用に最適化されていないからプラナの通りが悪いとはいえ、他人のPCDでも問題なくプラナは補充することができる。それが、出来ないということはつまり俺自身がおかしくなってしまっているという証明だ。
(そんな気はしていたとはいえ、どうする。・・・まじで病気になっちまったのかな)
現代で後天性プラナ不全症候群と呼ばれる症状を持つものがいないことは知っている。であれば、自分は一体何なのか。病院に行ったら果たしてすんなりと治すことができるのか。そうでなくても家族に迷惑がかかる。せめて八木には相談したほうがいいのか、そうではないのか。
太一は頭の中で色んな事を一度にぐるぐると考えながら、自分の机に突っ伏した。
色々考え事をしている間に朝の時間が過ぎ、始業前になるころには教室にはほとんどの生徒が登校してきて友達と談笑をしていた。
そんな中、急に教室の扉が勢いよく開かれて男子生徒がすごい勢いで入ってきた。
「なぁ!今日うちのクラスに転校生が来るらしい!しかも女の子だって!」
突然の転校生ということでクラス中が色めきだった。
これからどうしようと考えている俺以外を除いてだったが。
ちょっとでも話のストックを溜めようとしているため投稿ペースが速くならない・・・
もうちょっと溜まったら投稿ペースを上げたいと思っている(願望)