久しぶり?の学校
学校に続く坂道を汗だくにならずに快適に進んでいるなんて、なんだか久しぶりなような気がする。
ぐいんぐいんとペダルを足で漕いだ後に機械の補助が入り普通の人間が足で漕ぐ挙動とは異なる動きになんだか奇妙な感じを覚える。唐突にここでアシストを解除したらどうなるんだろうとかどうでもいい事をぼんやり考えてしまうあたり、夏の暑さにやられている証拠なのかもしれない。
「あぁーこの快適さ。やっぱりPCDが使えない世の中なんて考えられないよな、本当に」
俺は今バイト先から自転車で学校に向かう途中にある長い坂道を登っていた。そしてその坂道を今PCDでプラナアシストすることで自転車を快適に走らせている。
そう俺は今、PCDにプラナを吸収させることが出来ている。つまりプラナコントロールが出来るようになっていた。
あれだけ脅されていたのだから本気で1カ月くらいは学校に通えないことを覚悟していただけに正直にいうとあっけなさを感じてもいる。
(実際のところは張りぼてもいいところで全然プラナをコントロールなんて出来ていないんだけどな)
昨日の夜、師匠との組手の最中にプラナを感じ取ることが出来た俺はすぐさま殴り倒されて死んだように気絶していた。そこから師匠に叩き起こされた後、プラナを知覚出来ていることを伝えた結果本当に感じ取れているかの実験を行った後に最終目標であるプラナコントロールの説明を聞くことになった。
『おい、太一いいか?実はコントロールとか大層なことを言っているがプラナを感じ取れてさえいれば実は簡単にできることなんだ』
具体的な説明を聞いたところ。
『あぁ?具体的にだ?んー・・・プラナを減らしたければこう自分のプラナをぎゅーっとしぼって抑える感じだ。ほらやってみろ』
全く具体的ではなかったため何をどうすればいいかも全然分からなかった俺はとにかく言われた通りにやってみたが全く自分の感じるプラナは何も変化が無かった。そんな説明で出来る訳ないでしょ、とその時口論になったりもしたのだが結局俺は理不尽にも蹴られていた。
まぁしかし、確かにこのプラナをコントロールするという技法はプラナを知覚出来ていれば簡単なことは確かだったようで、師匠の説明を聞いた後10分ほど試行錯誤した結果ゆらゆらと安定はしないもののプラナコントロールをすることに成功していた。
自分なりにプラナコントロールの流れのようなものを解釈するとすれば、このような感じだろうか。
プラナは巨大な水が体の中を渦巻いているように感じることができ、コントロールしていない場合はその水が蛇口の栓を全快にした時のようにすごい勢いで流れている。ちなみにこの流れの規模がプラナの吸収率の程度を示している。ここを抑えれば抑えるほど一呼吸で吸収できるプラナ量を減らせるというわけだ。
そしてもう少し集中して体全体に意識を伸ばすとこの流れの総量が把握できる。これはそのまま自分の今持っているプラナの総量つまりは現在の閾値となる。
では、自分のプラナをコントロールして現在の閾値下げたい場合どうすればいいのか。
まず体の中の多すぎるプラナ量を減らすために吸収率を落としそこから閾値を徐々に下げていけばそれでお終い。順序を意識するのがコツなのかもしれない。
しかし師匠曰くプラナ量を変化出来たといってもまだまだ安定してピタッとコントロールすることは出来ていないので数日は日常生活を送りながら練習したほうが良いだろうとのことだった。
「実際にコントロールするのに手いっぱいで少しでも集中を乱すと一瞬でプラナの吸収率が最大になっちゃうんだよな」
ちなみに体調の方だが、自分の感覚でプラナコントロールを出来ている間は過剰吸収による体調不良が起きないため圧倒的に以前よりは調子はよくなっている。
訓練期間中は体調が悪い上に毎日疲労困憊で帰宅し祖母ちゃん達には大変心配をかけてしまっていたので、これからは早く家に帰って家の手伝いを出来ると考えるとありがたくて涙が出そうだ。
(いやーしかし、祖母ちゃん達には言い訳するの大変だったな。特に愛や裕二からは滅茶苦茶心配されるしでこっちとしてもすごい気を使ったしな)
これからは師匠に会いに行くのも数日に一度経過状態を見てもらうだけなので時間も余裕ができそうだな、等と考えているうちに太一はいつの間にか学校に到着していた。
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自分が病気で休んだ後次の日学校に行く時って妙に行きにくい気がしないだろうか?別に悪いことをして休んだわけでは無いのだけれども何故か教室に入った時に周りの生徒の目が気になってしまうのだ。
今回に限って言うと完全に病欠と言いながらも全然そうではなくてむしろかなりアクティブに動き回っていたので嘘をついたサボりと言えばその通りなのだが。いや、実際にプラナ不全症候群になってたから病気はある意味間違ってないのかもしれないのかもしれない。
俺が若干の居心地の悪さを感じながら自分の席に着くといつかのように椅子を倒しながら器用に顔をこちらに向けて八木が話しかけて来た。
「よぉ太一、体調はどう・・・・・あまりよくはなさそうだな」
訓練を始めて以降どうやら寝ても体力が完全に回復していないらしく、朝起きる度に「あんた酷い顔してるよ」と最近祖母ちゃんによく言われている。なので、この八木の言葉は顔色だけでみると間違ってはいないのだ。しかし実際のところ体調はプラナの過剰吸収が無くなって非常に良くなっているので、そういう意味では間違っているとも言えるだろう。
「これでも倒れた日よりはましだよ」
「そうか、まぁもしまたしんどくなったりしたら言えよ?前倒れた時は鳴海さんにお前を任せきりにしちまったからよ」
「あぁそういえば保健室で起きた時も鳴海さんがいてくれてたな」
「太一が倒れた時は鳴海さんすごかったんだぜ?こう、すごい動きでシュバッと倒れそうなお前を地面スレスレで抱えてよ」
(そういえば、意識を失う直前に誰かに受け止められた感触があったけど、あれ鳴海さんだったのか)
「何というか鳴海さんすごいよな。転校してまだ間もないはずなのに、既に校内じゃ可愛いだけじゃない有名人として人気なんだぜ」
八木はうんうんと首を振りながら俺が休んでいる間に鳴海さんがいかにすごいかを懇切丁寧に教えてくれた。
「そういや俺、あの時のお礼ってことで愛の話を聞かせてほしいって言われてたんだよな。」
「愛ちゃんの?なんだか変わったお礼だな」
「まぁ単純に保健室で家族の話をしてたから適当にそういっただけで別に本当に愛の話が聞きたいわけじゃないと思うけど・・・そういや鳴海さんはまだ来てないみたいだな」
噂の鳴海さんは俺の席の隣なのだがどうやらまだ教室には来ていないようだった。
俺は八木と一通り喋った後ふわぁーと欠伸をして眠そうに目をこすった後ひと眠りしようかなと考えているとドアを開ける音と共に教室の後ろの扉から「おはようございます」と挨拶をしながら鳴海さんが入って来た。
すると八木が再びこちらに振り返ってきながら話しかけてくる。
「お、どうやら来たようだぜ」
(・・・なんだ?)
こちらに歩いてくる鳴海さんはしかし、少し緊張感のあるピリっとした顔つきをしているように思える。それにこちらに向かって歩いては来るものの少し教室を見渡すようにきょろきょろと顔を振って何かを探しているようにも見える。
(なにかあったのか?)
俺と八木がポケーっと雫を見ていると何かを探すのを辞めたのかそのまま自分の席に座ってから俺と八木に話かけて来た。
「八木君、藤原君、おはようございます」
俺と八木は声を揃えたかのように同時におはようと挨拶を返す。
「鳴海さんなんか朝からソワソワしてるようだけど何かあった?」
八木も雫のおかしな様子には気づいていたようで、早速その部分について触れる。
「いえ・・・特に何かあったというわけでは無いのですが、少し落ち着かなくて」
理由を聞いて見たものの結局具体的な回答は帰って来なかったため、ますます分からない。
あのプレッシャーがかかったであろう転入時にさえ緊張らしい緊張もしてなかった雫が今日という変哲もない日にぴりぴりするなんて何事だろうと太一と八木は顔を見合わせる。
「・・・実は登校中に階段で躓いたり犬に吠えられたりと運の悪い出来事が他にも続いたせいで挙動不審になってしまっていたようです。八木君に言われて初めて自分の行動に気が付いたんですが、言いだすのが恥ずかしくて・・・すみません」
鳴海は少し恥ずかしそうに声を小さくしながら内緒話をするように話しかけて来た。
「なーんだそういうこと全然大丈夫だよなぁ!太一」
「ん?あ、うん。まぁそういう運が悪い日もあるよな、うん」
最初はもっと堅物タイプだと思っていただけに、なんだか話すたびに印象が変わる不思議な人だ、と改めて思う太一だった。
そうして3人で話していたのだが、次第に雫の席には他の生徒達が集まりだし、最終的には何時ものように八木と太一の二人きりになっていた。
「鳴海さんすごい人気だな」
俺は思わず団子のようになっている人混みをみながらポツリと口に出す。
「そらあの容姿に真面目で人当たりのいい性格なんだぜ。嫌われる理由がないだろ」
八木もどこか遠くを見つめるようにボーっと喋る。
「お互いの席が近いとは言え部屋に入ってきてから真っ先に俺たちに話しかけてくれるなんて、俺たち得してるよな・・・」
普段八木は冗談で女子の話をすることはあってもこういう風に思いつめたように話すことは無かったので、雫と話すことで何か思うことでもあったのだろうか。
「なんだか八木らしくないな。もしかして鳴海さんに恋心抱いちゃった?」
俺は雫が転校してきた初日に散々タイプなんだろ?みたいに八木にからかわれたのを思い出して、やり返してやろうとここぞとばかりに八木に意地悪な質問を言う。
「あぁ?・・・そんなわけないだろ。鳴海さんを恋愛対象にするには俺にはレベルが足りなさすぎるよ」
「いや俺が言うのもなんだけど、恋することにレベルとか関係ないだろ」
「んーまぁそうかもな。まぁとにかく恋とかじゃなくてな。ただ・・・」
「ただ・・・・?」
太一は普段八木とあまりこういう話をしないせいか余計に続きが気になり思わず前のめりになってしまう。
「・・・彼女欲しぃなぁ・・・って」
なんか真剣に恥ずかしそうに言うその表情から俺は別に笑う所でもないのに妙にツボに入ってしまったのか笑いを堪えきれず大笑いをしてしまった。
「は?・・・っぷ、ハハハハハハなんだそれ、おま、お前全然らしくなくてっぷ、ハハハハハハハ」
「あ!?こら太一てめぇ笑うな!」
「いや、だっていつも適当なお前が、今の顔反則だろダメだ腹痛い、ハハハハハハ」
あまりに太一が笑うので、八木は脇に太一の頭を抱え込みヘッドロックを極めながら「笑いすぎだ!」と八木自身も半笑いして太一の頭を締め上げる。
そのあまりの騒がしさに隣の席で団子を作っていた生徒も何事かと太一達の方を見る。普段そんなに騒いだりしない二人組だからか物珍しさに見ているのだろう。
俺はこんな何の気兼ねなく友人と馬鹿できるのもプラナ不全症候群の症状から回復できるようになったおかげなんだな、と何気ない日常を送れることに改めて師匠に心の中で感謝をしていた。
結局この馬鹿騒ぎは予鈴がなる寸前に太一がギブアップするまで続いたのだった。