特殊プラナ犯罪対策課
「ただいま帰還しました」
男は椅子に座って何か作業をしながらこちらに目をくれることなく返事をしてくる。
「おー、おかえりー」
この時間であれば、外に調査に出かけている可能性が高いと考えていただけに、部屋で作業をしているのは少し予想外だった。
私は綺麗に靴を整えた後、スリッパに履き替えてから作業をしている男に近づいた。
「なにをしてるんですか?」
「んー?今日中に書類をまとめないといけなくてね」
返事をしながらもやはり男はこちらを見る気はないようで手元は引き続き書類を読んでいる。
しかし、男はふと何かを思い出したかのように急に顔を上げて質問を投げかけてきた。
「そういえば鳴海君、学校では収穫あったのかい?」
「収穫、ですか?」
「ほら、言ってたじゃないか例の能力特待生の兄から話を聞ける機会を作ったって」
「あぁ、その話ですか」
雫は学校指定の鞄をテーブルに置きながら男の方に振り向く。
この男の名前は雨堤 優斗
髪は少し長めの黒髪を後ろでまとめていて、顔立ちはいかにも優男といった風で本人曰く、学生時代は女の子からモテモテだったそうだ。立場上仕方がないとはいえ今の職場についてからはそういう浮ついた話がないと、いつも顔を伏せながら愚痴っている。
ちなみにだが、今の私の直属の上司であり隊長である。
そして今、隊長が言っている話を聞ける機会というのは先日約束した能力特待生である妹さんの話を藤原君から聞くと約束した件についてだろう。
「聞けませんでしたよ」
「というと?」
「学校に来られていませんでした。今日は体調が悪かったそうです」
「そういえば、先週の学校の授業中に倒れたんだっけ特待生の子のお兄さん?えーと名前は藤原 太一だったかな。そういえば鳴海君はその太一君自身も気になることがあるとか言ってたよね」
「はい。元々は妹の愛さんと接点を作るためだけに話しかけたのですが、彼には少し妙な気配を感じたんです。今日はそのことも一緒に調べたかったのですけど、先日の体調不良を引きずっているのなら仕方ないですね」
「うーん鳴海君の勘は妙にあたるからなぁ。しかしその子の様子は聞く限りだと普通の中学生って感じしかしないんだけどね。・・・ただ、一つだけ気になったことがあるとすればそれは――」
隊長は本格的に話を聞く気になってくれたのか手に持っていた書類とペンを机に置いて、椅子に深くもたれかかりながらこちらに改めて向き直る。
「PCDを着けていなかった。・・・ですよね」
雫は雨堤が理由を言う前に先にその答えを言う。
「うん、その通り。ぶっちゃけ僕はみたことないなぁ、これまで普通に生活しててPCDを着けてない人をさ」
「・・・確かに私も今まで通った学校でも学生は皆着けていたように思います」
そもそもPCDというデバイスは着脱可能ではあるものの基本的には常に身に着けていても不快感が無いように設計されている。そのため一日中付けているというのが当たり前なのだ。
とはいっても汚れたり調子が悪くなる場合は外して適切な対応をすることもある。そういう意味では100%着け忘れがないという確証はない。
「まぁ、だからと言って着け忘れだけで怪しいと決めつけるのは些か早計だろうね。全く考えられない出来事ではないし・・・ただ僕たちが探してる怪しい奴っていうのはそういう"PCDがなくても生活できる者"だからねぇ・・・どうしても普通の人よりは怪しく見えちゃうよな」
雨堤は手を顎に当てながらうんうんと何度も頷く。
「それで、怪しいかもと思った鳴海君は大事な大事なプラナ測定スコープを勝手に持ち出しちゃったわけだ。しかも無断でねぇ」
今度は困った困ったと呟きながら同じ格好で頷く。
「も、申し訳ありません!ちょっとあの・・・気になったくらいでは、スコープの持ち出しは許可が貰えないと思って・・・それに、迅速な・・・そう!何事も調べるなら早い方がいいと、思いまして!」
雫はまさかばれているとは微塵も思っていなかったので、あたふたしながら、なんとかいい言い訳が無いものかと喋りながら考えていたが、逆に稚拙な言い訳を連ねるだけになっていた。
はぁーとため息を付きながら雨堤は雫に少し黙るように、と言った後呆れかえりながら喋り出す。
「鳴海君も昔から本当に変わらないねぇ。真面目そうないい子に見えるけど、実は自分が決めたことは何が何でもやり通す頑固ものだし、勝手に一人で突っ走るところも相変わらずだ。あぁ、いやごめんね別に君を貶したいわけじゃないんだよ。それに鳴海君はうちのメンバーの中じゃ一番真面目でいい子なのは間違いないしね。ハハハハ・・・」
雨堤はなにか遠い目をしながら乾いた笑いを漏らす。
そして一通りやるせない感情を吐き出してから、雨堤は申し訳なさそうにしゅんとしている雫に顔を向け今度は優し気な声色で話しかける。
「鳴海君からすると僕はもしかすると頼りないのかもしれない。でもさ、一度は僕にも君が思っている事を相談して欲しいんだ。そして一緒に考えた結果もしかしたら僕は君の行動を止めようとするかもしれない。でもね、もし鳴海君が僕の言葉が間違っていると思った時、その時は僕を無視してやりたいようにしてもらって構わないと思っているんだ」
雫はこの人はなにを言っているのだろうと口をぽかーんと開けて言葉を失ってしまった。なぜ私は今怒られていないのか、なんで?どうして?
「た、隊長?いったいどういう――」
「だってそうでもしないと鳴海君勝手に行動しちゃうでしょ?もうそれを咎めるのが難しいのは分かったから、せめて君の行動を把握しておきたいと思ってさ。」
「いや、隊長がだめといったら流石にやらない・・・ですよ?」
雨堤は苦笑いをしながらそれに答える。
「いやいや、今までの君を見ている限りではそれも怪しいところだぞ?それに、別に鳴海君はうちの業界では珍しく悪い奴じゃないからさ。そういう意味では君の独断専行はけして喜ばしい事ではないけどそれが悪い事にならないんだったら僕はいいと思うんだ。」
雨堤が生暖かい目でこっちを見ているのを雫は何とも言えない顔をで見返しながら呟く
「褒めてるわけでは無いんでしょうけど別にそれフォローにもなってないですよ・・・まぁ、確かにこの仕事をしていると周りでまともな人間は私を含めて見たことありませんけど」
「あれ、鳴海君それだと僕はまともじゃないといっているように聞こえるんだけど」
「失礼を承知で言いますけど、隊長も大概普通じゃないです」
えー僕この業界絶対唯一のまともな人間だよと、雨堤が呟いている中雫は自分が今先程まで勝手に持ち物を持ち出したことがバレてしゅんとしていたことを忘れていたことに気が付いた。
(私さっきまで持ち出しがバレて落ち込んでいたはずなのに、いつの間にか隊長と冗談を言い合ういつもの空気感に戻っている)
隊長は私が落ち込んだままにならないように上手に会話を続けることで私の気分をいつも通りに戻してくれたのだろう。
「ま、とりあえず今回の事はこれで終わりってことで次からは動くときはちゃんと一声かけてくれよ」
雫は「隊長には本当に敵いませんね」と小さく呟いてから「わかりました」と微笑みながら返事をした。
――――――――――――――――――
一通り話が終わったあと雫は一度自分の部屋に荷物を置いて着替えに行こうとしていた。そこに先程まで何かの書類と睨めっこをしていた雨堤がもう書類仕事は終わったのかこちらに速足でやって来た。
「鳴海君!少しさっきの話の事なんだけどいいかい?」
雫は話すべきことはもう全て話していたと思っていたのでなんだろうと思いながら雨堤に返事をした。
「何かまだありましたか?」
「あぁごめんね。そういえば聞いてないと思ってさ。明日はプラナスコープを藤原 太一に使用するのかどうかをね」
「スコープの件ですか。先程の話を聞いてやはり私は少し事を急ぎすぎることが分かりました。ですので誰かに取られたり紛失しても困りますし、明日は持って行かないと考えていたのですが・・・それでよろしいでしょうか?」
「いや、やっぱり明日はスコープを持っていってくれ」
雨堤の先程とは違う顔付きに雫も表情を硬くしながら答える。
「もしかして、"神隠し"関連でなにか進展でも?」
「報告書をさっきまで見ていたんだけど、あることに気づいたんだ」
「あること、ですか?」
「うん。この神隠しは若い人を中心に起こっているのは鳴海君も書類に目を通していたから知っているよね?実はこの事件中学生だけに限定すると妙にここ辺りでの発生数が多いんだ」
そういって雨堤は地図を差し出しながら中学生が神隠しに遭った場所を書き込んでいく。
雨堤が書き込んだ場所は雫が今通っている高校の周りで発生しているようだった。
「本当・・・ですね。確かにこの辺りばかりです。・・・それに多すぎませんか?」
中学生限定だというのにやけに密集して発生しているように見える。それに、雫が確認した時はこんなに中学生がたくさん神隠しに遭っていることもこの学校の周りばかりで神隠しが発生していることもなかったはずだ。
雫は一体どういうことなのだろうかと怪訝そうに雨堤を見る。
「鳴海君も気づいたようだね。そう、実はこれはさっき新しい報告書で分かったばかりの情報なんだ。つまりここに書いてある神隠しに遭った人間の殆どは今日、消えたんだ」
雫はまさか、と言わんばかりの驚きの表情を浮かべた。
ここにて急に特定の場所で神隠しが多発するなんて、その発生の中心地である学校周辺に何かあるとみて間違いないだろう。それにしても、これまではそういった特徴的な動きというのはなく、どういう基準で神隠しが起こっているのかも分からない状態だった。それと比べると今回の事件は明らかに何かしらの人為的な意図を感じる動きをしている。
雫は思考をここまで巡らしてから隊長が自分に求めていることを理解した。
「なるほど、つまり隊長は何者かの意図を感じるこの事件の中心地である学校付近を調べてきてほしいということなんですね」
「そういうことだね。いやぁ鳴海君は理解が速くて助かるよ。ここまで急な方向転換をしてきたんだ、何かある可能性は高い」
もし神隠しを行っている人間と遭遇したら戦闘になる可能性もある。それ相応の準備はしておいた方がいいのかもしれないが、やはり問題は学校やその周辺では戦闘行為は少し目立ちすぎることだろう。
「隊長、装備はどうしたらよいでしょうか」
「一応、最低限の戦闘を想定した装備で大丈夫だろう。鳴海君には明日はどちらかというと調査に行ってもらうことがメインだからね。もし怪しい人物を発見したら監視を最優先にして戦闘行為はなるべく控えてくれ。とは、いってもそうは言ってられない状況もあるだろうし、そういう場合は君の判断に任せる」
今日の事があったばかりなので、雫も隊長の言うとおりに動きたいものだが現場の状況というのはほんの一瞬で大きく変わってしまうため実際はどうなるかは分からない。どうなっても動ける心の準備はしておこうと雫は気持ちを固める。
「とは言っても鳴海君が見て回れる範囲も限界があるだろうからね。まずは学校の人間にスコープを使いながらおかしいところがないかを探すところから始めるのがいいんじゃないかな。まぁあまり肩肘張らずによろしくお願いするよ」
少し緊張感のある雫をみて雨堤は雫の緊張を和らげるように言う。
その後いくつか明日の任務について情報を交換して準備が終わった後、雫は少し考えるように俯いてから顔を上げて気になっていたことを雨堤に質問をした。
「・・・隊長はやはり今回の神隠しは"デビルビースト"、彼らの起こした出来事だと考えていますか?」
「ん?まぁそうでないと僕ら"特殊プラナ犯罪対策課"に話が来たりしないだろうしね。事件の内容もまさしく奴らが関わっていそうな気配がするし、まぁ、今回のような事件は珍しいから疑いたくなるのも分からなくはないけどね」
そして、少し間を開けてから雫はさらに質問を重ねる
「・・・では、もし彼らだと分かった時は」
「もちろん、問答無用で捕獲、ないしは殺すさ」
雨堤は雫の問いになんでもないようにさらっと答えた。
すみません。更新が随分と遅れてしまいました。今回の話は半分雫たちのパートでもう半分は学校パートにしたかったのに色々書きたいことを書いていたら、あっという間に5000文字を超えてしまって泣く泣く分割することに・・・
色々書きたいこと増えて来たので更新頑張って早めます(多分)