プラナコントロール その四
認識を改めた方がいいのだろう、思っていた以上にこいつはとんでもなく根性があるようだ。中学2年というのがどのくらいの年なのかは分からないが、背格好からみるにまだ13か14といったところだろう。そのくらいのガキといえば、体格もまだできてないし、精神力もまだまだ未熟だ。日本のガキなんて更に平和ボケしてると思っていたが、太一は普通の少年とは違い甘さが殆どない。
今まで同じようにコントロールの訓練をしてきた時は人によって内容を変えることはあるものの、基本的には同じ内容で訓練をしていた。大体の奴は最初のダッシュの訓練で悲鳴を上げその後2回目の訓練を最後に逃げ出す。そして逃げ出した奴に同じ訓練をいやいやさせても上手くいかないことも多いので違う訓練等を混ぜたりすることでなんとか訓練を続行させるのが常だ。
まぁ最終的には命を人質に無理やり訓練させてるのが殆どのため、恨まれる事はあれ感謝されるなんてことは数えるくらいしか無かった。まぁそれはいいのだ、別に感謝されるために訓練してやってるわけではなかったのだから。
いつだったか、一度この訓練の内容を知り合いに話したことがある。話をした切っ掛けはなんだっただろうか。なんでそんな面倒なことをやっているんだとかそんな話題からだった気がする。
そいつに一通りプラナコントロール訓練の内容を語ると、すごい顔をしながらそいつは引いていた。俺からすればまぁ普通の訓練のつもりだったのだが、どうやら一般人にする訓練にしては過酷すぎるだろとその時に言われたのだ。俺はそこで初めて、どうして訓練する人間がいつも逃げ出すのかをようやく理解できた。
とは言っても、それを聞いてもやることは変わらなかった。多少訓練される人間の気持ちを汲み取って言動を優しくしたり少し休憩を多めに増やしたりはあったかもしれないが訓練自体は引き続き過酷な内容で行った。
今回もそうなるだろうと思っていた。当然だろう、なんせこれまで誰一人としてそうじゃなかった人間はいなかったのだから。だが、太一は違った。言動がすごいとか体力があるとかそういうことではない。訓練中も普通に文句は垂れるし、体力だって人並だろう。だが、こいつは逃げない。そこが今までのやつとは決定的に違った。
おまけに、訓練3日目にもなると走ってばっかりだと飽きるから何かほかの訓練方法はないのかと自分から言いだしたのだ。
この時ばかりは流石に大笑いをしてしまった。ダッシュの訓練から逃げないばかりか飽きたとなればもう笑うしかない。俺は太一が学校で空手をやっていたことを思い出したので冗談交じりに「だったら組手でもするか?」といったのだが、太一は「手加減してくれないと俺死にますよ・・・」と嫌そうにしながらも、何だかんだやる気になっていた。
今ではダッシュと組手を交互にしながら訓練をしている。もちろん組手は極限に手加減しているし俺は強烈な打撃と身体強化禁止でやっているので太一の体が極端にダメージを負うことは少ないようにしている。とは言っても普通に投げたり避けれる程度の大ぶりな打撃は加えているので全く攻撃しないわけではない。しかし、普通の人間なら絶対にやりたくない訓練にはなっているはずだ。
常に体を動かしながら体力の限界まで投げ飛ばされるのだ、普通はダッシュ以上に嫌がられそうな訓練のはずなのに、こいつは前向きに取り組んでいる。
地獄のダッシュループ → 休憩 → 組手 → 休憩 → 地獄のダッシュループ →
こんな感じに訓練を繰り返して体力に限界が来たらプラナを感じるために長めに休憩、というのがいまの訓練の流れだ。
これまで訓練を受けてきたやつの中でも当然一番内容が濃い訓練になっているだろう。普通ならば才能なんてなくても訓練を1カ月ほどすればプラナを感じることが出来るようになるが、もしかしたら太一は相当早くに、感じ取れるようになるかもしれない。
そんなことを師匠が考えてるとは露知らず太一の訓練は4日目に突入していた。
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倒れこむように前傾姿勢をしながら目的地まで全力疾走をする。手は大きく振りながら体は一直線になるようにピンと胸を張って前に押し出すように走る。
特に意識をしなくても体が体力を使わずに早く走る方法を勝手に出来るようになっていた。
今では師匠に蹴られなくても自分で体力の限界まで振り絞ってから倒れるのも当然のように出来ている。なんだか、どうでもいいことばかり出来るようになっている気がするのだがこれで本当にいいのだろうか。
「いいわけ・・・ねぇだろ・・・・」
体力が限界なので、ツッコミをする元気も当然ないわけだがこれだけは言わせてもらう。
「が・・・学校、はじまっちまったぁ」
「なーに言ってんだ、あらかじめそれなりに、時間かかるって言っただろうが」
そう、訓練4日目ということは休日は終わりもう学校は始まっているのだ。もしかしたら学校始まるまでになんとかなるのではないかという気持ちを多少持ってはいたのだが、やはりというか全く訓練は終わる気配をみせないまま4日目に突入してしまった。
自分が感じたことのない感覚を感じろというのがまず無理難題で、もうかれこれ20回以上はプラナが底をついた状態になっているが、一向にプラナを感じることは出来ていない。その代わりと言ってはなんだが、訓練自体のレベルはかなり上がってきていると思う。
ダッシュに関しては走ることに対しての理解が深まったおかげで総合的な走力自体に特に変化は無いものの、トップスピードの向上や全力を出し切ることが出来るようになり結果として早く走れるようになっている。
飽きた、という俺の言葉からなぜかすることになった組手に関しては、回数こそそこまでこなせていないものの体の動きはどんどんキレを増している実感がある。師匠から見ると全然ダメだそうだが。
「フッ!・・・フッ!」
太一は先程のダッシュ訓練の体力を回復するために1時間程休憩を取った後すぐさま組手を始めていた。
足で体を上下に揺すりながら攻撃するためのリズムを作り、そこから師匠の隙を見つけて前に、踏み込む。しかしまぁ、師匠の隙と言ってもこの訓練は基本的に俺が攻撃し続ける訓練なので、隙はわざと作ってもらっているのだが。
踏み込みながらスピード重視のジャブを左手で顔に放つ。当然師匠はこれを軽く腕で受ける。俺は師匠が受けるのと同じ、いや少し早く今度は右手で腹部を狙って拳を繰り出す。左と違い仕留めるために力を込めた一撃はまたしても師匠に捌かれる。拳の直進的なパワーを別の方向からの力で攻撃のベクトルを変えることで勢いを止められているのだ。
「くそっ・・・ぜんっ、ぜん・・・あたんねぇ!」
組手の訓練が始まって以来ひたすら攻撃ばかりをしているわけだが、一回も攻撃を体に当てられたことがない。
こうやって立ち会ってみて改めて認識できた。師匠の格闘技術はまさに人間業じゃないということにだ。というのも俺がたまに空手部に顔を出した時に空手を続けている現役バリバリのOBの人と組手をしてもらったこともあるが、こんな力の差を感じたことは無かった。
当然だが俺なんかがOBの方々に勝てる訳じゃない。だが、今のように一方的に攻撃をしているのに全く一撃もあたらないなんてことは無いだろう。
さらに師匠は露骨に手加減しているのではなく、俺の実力に動きを合わせているので傍から見ると俺が優勢に攻めているように見えることだろう。
「おーいどしたー攻撃止まってるぞー」
平然と攻撃を捌きながら笑う師匠。
「ちくしょう、汗で前が見えなくなってきた・・・」
先程の訓練で使った体力も回復しきっているわけではないので、組手を始めて2分ほどで既に足はがくがくだ。
「おら休憩すんなよ。来ないならこっちからいくぞ!」
師匠はこちらに踏み込んでから大ぶりの右フックを繰り出してくる。
避けろと言わんばかりのスローフックを下に少し屈むことで躱す。そして躱した勢いのまま下から体を跳ね上げながら師匠の顎めがけて拳を振り上げた。
師匠の顎に拳が吸い込まれていき間違いなく当たったと確信したその一撃は、ほとんど顎に当たっている状態からぬるりとそのまま空を切る。
(え・・・今の当たってないのか)
「おいおい、なんだそのひょろひょろのアッパーはよぉ!」
師匠は空を切って伸びきった腕を掴み体の内側に上から下に回して腕を極める。そしてそのまま肩と腕を持たれたまま太一はなすすべもなく動けなくなった。
「お前、さては徒手空拳においての超近接戦の立ち回りをほとんど知らねぇなぁ?あのざまじゃほとんど素人と変わらんぞ」
太一は単純な突きや蹴りが届く範囲の組手はやったことがあるのだが、今回のような打撃を打っても腕が伸びきらないくらいの超近距離戦はやったことがないので見様見真似で動いていた。
「師匠!痛い!痛いって!」
「おう、ずっとこうしてても訓練の意味ないしな。――ほらっ」
極められた状態から突き飛ばすようにして太一はようやく解放される。
太一は肩に走るじわっとした痛みから極められていた反対の手で肩を持って休んでいたが、痛みが治まってくると呆れたような顔をしながら師匠の顔を睨みつけた。
「それが訓練に適してないって分かってるのならどうしてそんな技を使ったんですか」
「いやあんなひょろひょろパンチが飛んで来たら掴みたくなるだろ?・・・なんだよその目は。・・・あぁはいはい俺が悪かったよ。いいから体力が回復してしまわないうちにさっさとかかってこい」
体が疲れ切っていることもあり若干いらいらしながらも俺は再び体力を使い切るまで師匠に挑み続ける。
その後もダッシュと組手を繰り返しながら俺はプラナを感じ取る訓練を繰り返した。
そうして訓練に取り組んでいるうちにいつの間にか時間が経っていたようで既に空は真っ赤な夕暮れ時になっていた。どうやら今俺が取り組んでいる組手で今日の訓練は最後にするようだ。
一日中訓練をしていると、最後の方の訓練は余りの疲れから思考がまとまらない状態で行っているためダッシュも組手も傍からみるとまるで映画に出てくるゾンビのような挙動をしているらしい。
らしいというのは、以前この状態になった時の様子を師匠が隠し撮りをしていたことがあってその様子を後で見ながら『ほらやっぱり太一お前ゾンビみたいじゃねぇか』と爆笑していたからだ。ちなみにその時、俺も動画を見てみろと言われたが師匠の笑い方が妙にむかついた俺は見なかった。
今のような体力の限界を積み重ねた状態にもなると攻撃をするのも防御をするのも一苦労だ。踏み込む前にしっかりと深い呼吸をして酸素を脳に送って置かないとそのまま攻撃後のやり取り中に不意の一撃を食らってしまってダウンしてしまうので、行動一つ一つの前にしっかりと呼吸をすることが大事になる。
(あと2回か、いや3回ほどのやり取りで体力の限界が来るな)
俺はゆっくりと深呼吸をして最後のやり取りのために準備を整える。
「!ッ」
酸素を体に取り込んだあと鋭く息を吐きながら前に踏み込む。とは言っても足も限界状態の踏み込みだ。大したスピードはでていない。
(最後まで基本に忠実に行く。まずは左で牽制を打つ!)
踏み込みの着地と同時に左手でジャブを放つ。師匠はこれを腕を内から外に回して受ける。攻撃を捌かれた俺は少しだけ師匠から距離を取り様子を見る。
(牽制に対して何か行動をとってくれればその隙に攻撃することが出来たのにな・・・)
腰の入ってない高速ジャブは見てから相手の反撃を許さない最速の攻撃だ。相手が動いてないもしくは相手が完全にジャブを読んでいない場合はそこからの攻撃、もしくは相手の反撃に対して有利に動くことが出来る。
師匠の攻撃を釣ってから動きたかったのだが動かないのでもう一度自分から仕掛けることにする。
先程と違い深い踏み込みなしでも腕が届く距離だ。少しだけ踏み込みながら先程と同じように左手でジャブを放つ。そのまま師匠が受けることを見越してそのまますぐに右手での拳を続けざまに畳みかける。そこから何度も拳打を放つが師匠は全く崩れない。
「っと・・・」
少し強めに放った右の正拳突きを師匠は受けながら少し距離を取る。俺は更に攻めを継続するために、右手を戻しながら距離を少し取った師匠に強烈な前蹴りを腹部に放った。ドゥ!と音がするような強烈な一撃を叩き込んだつもりだったがこれも師匠に綺麗に捌かれる。体の中心部ましてや前蹴りという綺麗に捌くには難しい要素が多いのにあっさりと受け流された俺はようやく自分がまずい状態に陥っていることに気づく。
「まずっ――」
「おせぇよ――そぉらっ!」
視界が回った。
攻撃した足を急いで戻そうとしたときには既に師匠が攻撃を仕掛けていた。前蹴りを放った足を掴まれたまま前に師匠が踏み込んでくる。そうすると当然俺を立たせている足は一本しかないので踏ん張れずに俺は後ろにぐらつく。そして師匠はそのまま残る足一本を足で払いのけた。
「うわっ!」
師匠が足を持っているせいで背中から落ちそうになる。
俺は頭を打たないように首を前に向けながら地面に手を叩きつけるようにして受け身を取る。幸い師匠が足を持ってくれていたのでそんなに強い力で落ちたわけでは無かったのか、俺の意識はなんとか保てていた。
師匠はまだ足を放そうとしないので、俺はなんとか足の拘束を解くために掴まれていない方の足で師匠を蹴る。
「はっはっは。そんな腰も入ってない蹴りじゃ効かんなー」
師匠は最低限の防御だけしてるだけなのに蹴っても蹴っても、何度蹴ってもびくともしない。
「くっそ、なめんなぁあああ!」
俺は師匠が手を放すくらい強い攻撃を加えるために大きく呼吸をして一度溜めた後、鋭く呼吸を吐きながら捕まっている足と床についている手を使って地面から跳ね上がった。
足を掴まれている状態からぐいっ、と通常では考えられない速度で地面から上半身捻じりながらを跳ね上がり、師匠に全力で拳を叩きつける。
「ハァッ!」
顔面に放たれた拳は防がれたもののこれまでの組手の中では一番良い一撃だった。流石の師匠も思わず足を放してしまったようで俺は何とか立った姿勢に戻ることが出来た。
(な、なんだ今の・・・)
俺は先ほどの動きで膨大な体力を使ったはずなのになぜか体に力が戻っていることに困惑する。
(それに、あんな動き体力全快でもできたかどうか・・・)
先程までのゾンビのような力の無い動きではなくキレッキレの動きに自分自身でも違和感を覚える。師匠も予想外だったのか神妙な顔つきをしながら「まさか・・・」と呟いている。
しかし力が戻ったのも一瞬だったのか、体から急激に力が抜けていく。
「なかなか活きのいい動きをするじゃねぇか。今度はこっちから攻めさせてもらうぜっ!」
師匠は先ほどの俺の動きを見てか体力が戻ってきていると勘違いしたのか、両手をわきわきしながらいきなりこっち向かって突っ込んできた。
(まずい・・・急に疲れが出てきているのにもう防ぐ力なんてないぞ)
少し離れたところから師匠は走って突っ込んでくる。
俺の目の前3m辺りまで走ってきた後そのまま構えを作りながら殴るようなモーションを取る。
「え?」
そんな位置から殴っても当然腕が伸びる訳でもないし拳が届くわけがない、と俺はそう思いながらぽかんと見ていると目の前に急に拳が迫って来る。
「ッ!!」
師匠は左足を前に右足を後ろに取る構えからそのまま殴るのではなく、そこから更に構えを逆向きにするように右足を大きく前に持っていきながら右ストレートを放つことで想像の2倍以上の射程を持った拳を打ってきていたのだ。
俺は綺麗に防ぐことは難しいと判断して顔の前に両腕を持ってきて衝撃をそのまま受けるように耐える姿勢を取る。
思っていたよりも拳は深く突き刺さる一撃だったようで、ガードの上から更に押しこむように力が加わった。
俺は衝撃を受けきれず後ろに下がりながらよろめく。そして師匠はそのまま追撃に左足で回し蹴りを放ってくる。
ズズズズ・・・
俺は蹴りの衝撃に備えて素早く大きく呼吸をする。
ズズズズズズズズ・・・
「ぐぅうううう!」
強烈な衝撃が俺を襲う。腕でタイミングよく防いだと思ったのに吹き飛ばされるほどの威力だ。
だが、なんとか耐えきった。まだ、立てる。意識もある。俺は呼吸を整えながら後ろに大きくバックステップして距離を作る。
そしていい加減先ほどから体に感じる妙な気配の奔流に気づいていた。
ズゥズズズズズズズズオオ・・・
「そうか、これがプラナなんだな」
呼吸をするたびにまるでその力の流れは生きているかのように脈動し、体に渦巻いていく。
すごい勢いだ。まるで、近くで大きな急流の滝を滝壺から眺めているように感じだ。これはまだプラナをコントロール出来ていないからこのように感じるのか、それともそもそもこのように感じるものなのかは分からないが、少しうっとおしく感じるほどだ。
しかしながら、プラナを感じ取れたからと言って体力が回復するわけでもない。体はへとへとの疲労困憊なのだ、なのでいち早く師匠に組手を辞めてもらうように俺は師匠に話しかける。
「あ、ししょ――」
「なかなか粘るじゃねぇか!太一!面白くなってきたぜ!」
俺の言葉を遮った師匠はそのまま身勝手にも勝手に一人でテンションを上げてからまたしても突っ込んできた。
そして今度は先ほどよりも更に早く距離を詰めた師匠は、最早動きすら早すぎて見えない一撃を放ってくる。
「ブホェ!」
(いや、話聞いてくれ・・・)
俺は顔に拳をもろに叩き込まれた後、膝から崩れるように地面に倒れた。