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栄冠は地味に輝く  作者: wildcats3
15/21

入団3年目「『おもちゃのチャチャチャ』という童謡がある」Aメロ

 今年のレギュラーシーズンが終了、残すはCS、そして日本シリーズ!

 願わくばバファローズに日本一を!

 これまで、バファローズを名乗ったチームが日本一になった事がないので、今年こそは是非!

 誤字・誤表記を訂正致しました。御指摘に感謝を!(2021.11.03)

 埼玉レイカーズは、他球団よりも選手個々の自主性を重んじる方針を取っている球団である。

 それは根谷陸夫管理部長が、埼玉に移転し名を改めた球団の初代監督となった時からの方針であった。

 根谷が監督を辞して球団フロントを統括する立場となると、その方針は個人から組織のものとなり、より明確化する。

 “監督・コーチは、教え過ぎないのを旨とせよ”と。

 アレもコレもと手取り足取り教えれば、折角の才能が歪んだり捩じれたりして潰れてしまう、と考えたからであった。

 選手が未だ判っていない事は教えてはならず、理解しているのにどうすれば良いか判らない事だけを教えろ、が球団の方針なのだ。

 その方針にまさかの異を唱えたのが、根谷が三顧の礼で迎え後任に据えた広川達朗であった。

 現役時代からプロとしての技術に拘りを持ち続けていた広川は、拙いプレイに我慢が出来ず事ある毎に選手達に指導を施す。

 指導と同時に息苦しいまでのプレッシャーを与える広川のやり方を、根谷は当初黙認する。それもチーム強化に必要である、と。

 ところが次第に広川の指導はプレイ以外の時間にも波及し、最終的には私生活にも及ぶに至り、これ以上は容認出来ぬとの判断を根谷は余儀なくされる。

 広川の退任理由は表向き“契約満了”なれど実態としては解任であったのは、内部情報に精通した者なら誰もが知る事実である。

 以上の経緯を勘案すれば昨年、森山祇晶監督の許可の下で金月に対して行われた特訓は完全な勇み足、逸脱行為であったといえた。

 金月が内角攻めに悩み苦しむ前に、効果的な対処方法を教えてしまったのだから。

 結果としては大成功であったので、根谷は森山に対し批判めいた発言は一切口にしなかったが、打撃コーチの大輝正博だけは別であった。


 1986年度の日本シリーズが終了して直ぐに、 “おい、ちょっと来い”と根谷の自宅へと呼び出された大輝。

 そんな根谷の一声に背を丸めた大輝が押っ取り刀で参上したのは、別に相手が人事権を握る上司といつ契約を解除されても可笑しくない部下という関係だからではない。

 実はこの二人、上司部下だけでは語れぬ二十数年来に亘る関係があったのだ。

 高校一年生時点で既に打撃の才能を開花させていた大輝は、大学進学よりも早くプロ入りして家計を支えたいと思っていた。理由は父が戦死し、小さな書店を営む母の手一つで育ったからである。

 そんな大輝にプロとなる道を開いたのは、当時は阪南ブルズのスカウトであった根谷なのだった。

 父親代わりとして終生面倒をみる、プロとしてやっていけない場合は親会社の系列企業で雇用する、と断言した根谷の言葉に安堵した母親の勧めでブルズの一員となった大輝は、瞬く間にチームの主力打者へと成長を遂げる。

 以来、大輝の野球人生は常に根谷と共にあったのだった。

 さてレイカーズの一軍打撃コーチに就任後、金月という逸材を預かるに当たり大輝は根谷から“何も教えるな”と厳命されていたのである。

 才能の塊である金月に打撃指導をすると、その才能が歪んでしまう可能性が高い。打撃指導などプロの壁にぶち当たってからで十分であると。

 であるにも関わらず、大輝は根谷の命令に従わず開幕前に打撃指導をしてしまった。

 何故に勝手な振る舞いをしたのかと不気味なほど静かに問い質す根谷に、大輝が提出したのは光一郎の作成した金月用練習法のレジュメである。

 言い訳ではありませんが、と前置きしてから大輝は光一郎の提案に理があると判断したので採用した旨を訥々と語ったが、根谷は相槌を打つ事もなく口を真一文字に結びながらレジュメを二度三度と読み返す。

 約10分に亘る弁明とも釈明とも受け止められる大輝の説明を聞き終えるや、根谷は渋い顔で目を閉じてから、やおら重い息を吐き出した。


「お前も……誑かされた口か」

「え?」

「こっちの話だ、気にするな。

 ……良し判った。お前ェは悪くない。

 むしろ怪しげな提案だと切り捨てず、金月の成長に役立たせてくれた、良くぞ金月を育ててくれた、礼を言うぞ。

 ……それにしても、全く色々とやってくれる奴だな、絵本って子狸は。

 来年からはお前ェがコイツは、と思った若手には同じ練習をさせろ。但し投げるのは打撃投手に任せろよ。一軍投手にやらせるのは投球過多になるからな」

「判りました」

「おい、奴から目を離すんじゃねぇぞ」

「大人しくするよう意見しますか」

「目に余るようならな……そうでないなら」

「はい」

「好きなようにやらしとけ」

「……はぁ」

「まぁ今年は御苦労だった。一軍コーチは大変だったろう。取り敢えずはゆっくり休め。来年も頼んだぞ」


 叱責ではなく労いの言葉で大輝を送り出すと、根谷は書斎に籠る。

 大輝の置き土産であるレジュメを机の真ん中に積み上げた書類の束の上に載せるや、徐にパイプに煙草の葉を詰めて火を点けた。

 パイプの吸い口を嚙みながら立ち昇る一筋の紫煙を目で追うのは、根谷が考えを巡らせる時の癖である。


 本来なら子狸の分際で増上慢が過ぎると頭の一つでもぶん殴るべきなんだろうが、奴の言葉にゃ理があるし為す事は筋が通っていやがる。

 しかも御立派な実績を上げていやがるのが何とも質の悪い。

 手のかかる奴への対処法なら慣れちゃいるが、ここまで手に余る奴を相手にするのは正直いって初めてだ。

 全く困った、こまっしゃくれ野郎だぜ。

 さて、どうしようか、どうしてくれようか。

 ……整然と理と利を説きやがる子狸に誑かされるのも悪かねぇと思っちまうのが、ちっとばかし業腹だがな。

 畜生、何が『レイカーズを球界の盟主にする為に』だ。

 子狸如きに言われずとも、こちとら朝から晩まで毎日そればっかり考えていらぁな。

 だが、俺の考えが古臭ぇのも確かだ。子狸に比べりゃ、どうやらカビが生えつつあるらしい。

 ならば新規の考えとやらを採用するのも悪かねぇ。

 先ずは予算内で出来る事からだな。

今年は新外人の獲得を止めて、設備投資に振り替えるとするか。

 トレーニング器具とトレーナーの増員は何とかなるだろう。

 それで現有戦力の底上げが出来るのなら安いもの、当たるも八卦の新外人を雇うよりも効果的な補強策かもしれねぇしな。

 それとマスコミ対策か。

 売り込むより買い求められる情報提供を、とは本当に子狸の発想か?

 恐らくは智恵付けている奴がいるに違いねぇ。

 身内か、他にいるのか、少し探る必要がありそうだな。



「クワちゃん」

「ワカちゃん」

「「の、“キャンプFOCUS”!!」」

「はい、どーも、クワちゃんこと桑島公康です!」

「ワカちゃんこと若林久信です!」

「そしてニッシーこと西村幸広です。今年からレイカーズの一員になったばかり、ピカピカのプロ一年生です。バレンタインチョコ募集中です!」

「おいおいおいおい、俺達のコーナーなのにいきなりジャックされちゃったよ」

「新人は新人らしく先輩を立てなきゃ」

「新人類代表に怒られちゃいました」

「「「チャンチャンッ!!」」」

「ハイ、オッケーです! 一旦、カメラ止めまーす!」


 現場を仕切るディレクターの声にスタッフ達が一斉に深呼吸をする。

 張り詰めた緊張感を緩ませたのはテレビ取材班のみならず、出演者である選手達もであった。

 二年前、ドラマやバラエティ、映画などの放送が主流であった夜の時間帯に割り込むように始まり、報道番組としては異例の高視聴率を叩き出し続けている『ニュースグラデーション』。

 “ティーンに伝わるニュース”をコンセプトとした番組作りの中で、スポーツコーナーは取り分け人気の高いものであった。

 人気が高い理由は視聴者を飽きさせぬ様々な企画を凝らしていたからで、そんな人気企画の一つであったのが “キャンプ情報”だ。

 地味で、白熱した試合ではない単なる練習風景も、見せ方次第では野球ファンではない一般視聴者も楽しめる立派なコンテンツになり得ると『ニュースグラデーション』は証明してみせたのである。

 尤もその内容には、ライバル局の深夜の看板番組のパクリ的なものも含まれていたのは否めないが。

 しかしパクリ的手法も、視聴率獲得の為の必要手段として認知されていたテレビ業界では問題にすらならなかった。

 事実として、企画をパクられた側である『プロ野球タイムス』は抗議する事もなく、スポーツ報道番組の先駆者として更なる人気獲得策として新人女性アナウンサーをメインに据える方針を固めていたのだから。

 昨年、流行語になった“新人類”なる新語を象徴する現在の若者代表に選ばれた桑島と若林の二人は、テレビ的には旬の美味しいキャラである。

 これまでのワイルド・リーグの選手といえば、髪型はパンチパーマか角刈り、エラの張ったいかつい顔立ち、体格はガッチリとした四角形タイプばかり。

 十代二十代であっても、見た目は肉体労働者かヤクザ映画の登場人物にしか見えぬスタイルで、ファッションセンスも垢ぬけないオッサン風であるのが当たり前であった。

 そこに登場したのが、桑島と若林の二人である。

 丁度良い長さで綺麗に整えられた髪型、私服は青山・渋谷・原宿にあるアパレルメーカーが発信するDCブランド、スマートな体型。

 愛嬌のある顔立ちながら垢抜けた桑島と、スラッとしたハンサムボーイの若林。そんな二人をテレビ局が放っておくはずがない。

 更に昨年のドラフトで女性人気間違いなしの二枚目、西村がレイカーズに加わった事で、『ニュースグラデーション』のスタッフ会議は大いに沸き立つ。

 最初の案を即座に修正してレイカーズに持ち込めば、観客動員の向上策と新たな人気獲得手段を模索していたレイカーズ側には、渡りに船と歓迎される。

 斯様な次第でキャンプ中にも関わらず、現役選手によるキャンプ取材、という今までにない企画がレイカーズ側の全面的協力の下に実施されたのだった。



 エキサイト・リーグに比べれば陽の当たらぬワ・リーグの臨時広報係となった桑島達がテレビの密着取材を受けているのを遠目に、手のかかる仲間三人を叱咤激励しながらグラウンドの片隅で短距離ダッシュを繰り返している絵本光一郎。

 仲間三人とは、昨年の成績がまぐれ(フロック)でない事を証明せねばならぬ金月和博と、武者修行にと送り出されたアメリカで十分な評価を得て一軍キャンプに初めて抜擢された小野寺博元と高山徳雄である。

 30本ダッシュを終え、深部体温を冷まさないように柔軟体操を入念に行う四人の内、ひとりの表情がふと悔しげに歪む。


「……何で俺はあっちやなくて、こっちですねん」

「そりゃあ、キンタローよりも西村さんの方がビジュアル的に圧勝だからじゃないか」

「オブラートに包んだ説明をしたらやな、キンタローはテレビ的に今ひとつって判断されたってこっちゃ」

「包んでないちゃんと包んでない、思いっきり中身が漏れてますやん!」

「隠しようのない事実やからな」

「上手い! 座布団一枚!」

「ジッさんは兎も角、ファッチョさんまで酷いわ! オヤジさんも黙って笑ってへんで何とか言うて下さいよ!」

「……」


 勿論ながら、“ジッさん”とは光一郎の事である。

 金月は去年まで“絵本さん”と苗字で呼んでいたのだが、周囲に流されるように変更したのだ。但し最初は“ジッサマさん”であった。

 しかし呼び難さからいつの間にか短縮され、今は“ジッさん”で落ち着いている。

 “ファッチョ”とは小野寺の愛称だ。名付けたのは二軍の鷲尾博実打撃コーチだったりする。

 例年行われるアメリカ武者修行の引率担当であった鷲尾が、少しでも小野寺が現地に溶け込めるようにと親心で命名したのであった。

 とはいえ由来が小野寺の体型にあり、“太っちょ”と“ファット”を混ぜた造語なので、鷲尾の親心の真摯さには多少の疑念がもたれるところではあったが。

 そんな風に和気藹々と軽口を叩き合う三人とニコニコしているだけの一人は、十分に時間をかけて体を解した後は室内練習場へと足を向ける。

 本拠地ほどではないにしろ、十分に設備が整った場所へと。


 因みにレイカーズは球団初年度の1979年から、一軍の春季キャンプを高知市春野町にある県立の施設で行っていた。

 春野の地がキャンプの場となったのは、当時の日本国内において一番新しい球場だったからである。

 チーム名、ユニフォーム、ロゴマークなど全てを一新したチームには、完成ホヤホヤの球場こそが相応しいと選ばれたのだ。

 1971年に設立されたスポーツ振興を目的とする公益財団法人が運営する運動公園内には現在、野球場の他に体育館や武道館、弓道場までが併設されている。

 今年度中には陸上競技場と補助競技場が完成し、将来的にはサッカー場も建設が予定されていた。

 総合的な運動公園が着々と整備されつつあるのは、県民の健康増進とスポーツ推進だけが目的ではなく、高知県単独で国民体育大会を主催する為でもある。

 戦後から十年と経たぬ頃に一度、高知県は国民体育大会の場所となった歴史があるが、それは他三県との合同による四国全体での開催であったのだ。

 合同ではなく単独での開催は自治体のみならず県民にとっても大いなる誇りとなる。しかし実績を作らねば候補地に名乗りを上げる事すら難しい。

 故にプロ野球のキャンプ地となるのは、実績を欲する県にとっては実に得難い事であった。

しかもレイカーズは運動公園内では未整備の室内練習場まで新規に設け、寄付するという。

 現在はプレハブ造りの仮設であり、キャンプ期間中は一般の使用は禁じられてはいるものの、年内に本格的な工事を行い永続的に利用出来る施設となる契約が交わされたのである。

 運営と管理は公益財団法人が担うものの、設備の維持と更新にかかる費用はレイカーズ側が負担するという内容に、県側は諸手を挙げて大歓迎。

 春野の運動公園は今後も益々の発展が確約されたのであった。


 レイカーズと高知市の協調の象徴ともいえる室内練習場に移動した光一郎達は早速、専門家の指導を受けながら筋トレを始める。

 指導をするのは、今年度から球団管理部が業務提携した埼玉県内の社会体育専門学校から派遣された教員二名。

 教員が提示した最新の知見に基づいたトレーニングプログラムは、耐久性よりも柔軟性を重視されている。

 それらは、未だ体作りの途上である入団3年目までの者は半ば強制であり、投打の主力選手達である4年目以上の者は希望者のみが受けるといったものであった。

 入団以来二軍暮らしの小野寺と高山は当然として、既に一軍で実績を上げている光一郎と金月も強制される側である。

 4年目以上の選手で希望したのは自己に適したトレーニング方法を模索中の桑島と浅川幸二と戸松誠治など他数名であった。

 既に自己流のトレーニング法を確立している中堅やベテランのほとんどが見向きもしなかったのは、むしろ当然であろう。

 唯一の例外が、コーチ兼任の肩書の緒方卓司だ。

 昨シーズン終了後にユニフォームを脱ぐ心算であった緒方だが、引退後の生活を心配した根谷の説得により引退を撤回したのである。

 大輝ほどの深く長い付き合いではないにしても、根谷と緒方の間にも太い絆があった。

 逆らえぬ相手の差し伸べる手を振り払える程に引退後の進路が定まっていた訳でもなく、緒方は逡巡した末に現役続行の道を選ぶ。

 スポーツ医学の専門家によるトレーニング指導は球団管理部の発案で行われている。つまり根谷の肝いりだと了解した緒方は、これもコーチ修行の一環であると率先して参加していたのだった。

 その選択が間違いでなかったと証明されるのは暫く先の話であるが、光一郎の提案を実現させた根谷の判断は、本来の時間軸と異なる結果をレイカーズにもたらす事となる。


 光一郎の提案を採用したのは根谷だけではない。森山もまたそのひとりであった。

 レイカーズが球界の盟主となるにはリーグ優勝は当然として、日本シリーズでの連覇が欠かせぬ条件となる。

 その為、森山はこの年に掲げたスローガンである“前進”をチーム全体へ求めたのだ。

 具体的には、投手陣全員に打撃練習を、特に送りバントの練習を義務付けたのである。DH制の無いエ・リーグとの戦いでは、投手もバッターボックスに立たねばならぬのだから。

 更に送りバントの練習に関しては投手陣のみならず、得手不得手向き不向きの別なく野手全員にも課せられた。

 金月や浅川など、常にホームランが期待される打者にもである。

 一つでも先の塁を奪う事。出塁したランナーを確実に進める方策として、送りバントの精度を高める事を選手全員に求めた森山。

 当然ながら、金月は監督やコーチの聞こえぬ所で不平を鳴らした。何でバントなんかせなならんねん、と。

 それに同調したのは小野寺である。高校時代から長打を打つ事のみに汗をながしてきたのだから仕方がない。

 二人だけでつるんでいれば、若気の至りでサボタージュをしたのかもしれなかったが、幸か不幸か二人の傍には常に光一郎がいた。

 文句タラタラの二人に対し、光一郎は言葉巧みに不満解消を施す。

 曰く、バント練習とは即ち選球眼を養うのに最適だ、と。正確にストライクゾーンのボールを見極めねば、バントは絶対に成功しないのだから云々。

 曰く、バントを成功させるには手首が柔らかくなければならない、と。手首が柔軟であればどんな球種も的確に望む方へ打つ事が出来る云々。

 幾らボールを遠くへ飛ばす力があろうとも、バットに当てる技術がお粗末ではどうしようもない、と。ホームランの打ち損ないがヒットかもしれないが、ヒットの延長線がホームランであるのも真理である云々。

 苦もなくバントを決められる打者ほどベンチが重宝する存在はない、と。戦況を判断し状況に合わせてバットを振れるのが最高の打者である云々。

 まるで詐欺師の手口であり、光一郎もそれを意識しながら真顔で丁寧に説いてやれば、それほど擦れていない金月と小野寺はコロッと態度を変えてしまう。

 誰よりも積極的にバント練習に精を出す金月と小野寺の姿に、レイカーズナインの誰もが目を丸くした。呆気に取られ、直ぐに負けじと励み出す。

 因みに、己の未熟さを自覚している高山などは不満を抱く筈もなく、ひたすらに黙々と練習を重ねていた。

 バント練習を課した意図がどこまで浸透するだろうかと不安を抱えていた森山だったが、やがて満足そうに目を細める。不安は杞憂であったとの実感を得たからだ。

 金月に慢心はなく二年目のジンクスに苦しむ事はないだろうと心密かに安堵し、驚くべき素直さで練習に専念する小野寺と高山に一軍合格の太鼓判を胸中で押す程に。

 さて森山の指令が実を結ぶのかどうかは半年以上も後、秋にならなければ判らぬ事であったが、少なくとも金月と小野寺に関しては手首のケアと強化をシーズン終了まで意識するようになる。

 それは二人にとって幸いとなるのも又、後の話だ。


 世間へアピールする新規の人気獲得策は、キャンプが終了しオープン戦が始まる頃にも試みられた。

 レイカーズ主催試合に限り、選手個々の応援歌が流されるようになったのである。

 これまで一般的に行われてきたのは、スタンドに陣取る応援団による自作であったり替え歌であったりする応援歌の合唱と、ラッパやトランペットや太鼓による賑やかな演奏だ。

 また各球団の本拠地球場では、電子オルガンによる生演奏で選手を鼓舞していたのである。

 だがこの年のレイカーズは、打者が打席に入る度に、或いは投手が最初にマウンドへと登る毎に、選手が好む歌謡曲をワンフレーズだけ球場側のスピーカーで流すサービスを開始したのだ。

 最初はレコードやカセットテープで行う予定であったが、予行演習で流すタイミングが難しい事が判り、急遽CDプレーヤーを発注する事に。

 世にCDが普及してほんの数年、プレーヤーも音楽CDも決して安いものではなかったが、レイカーズは先行投資であると設備を整える。

 どこよりも早くショーアップを目指した武蔵野球場は、電子オルガンの生演奏と応援団の合唱にプラスして、CD音源が試合に華やかさをもたらしたのだった。


 昨年度の日本チャンピオンであるという立場に胡坐を掻く事無く、様々な手段を講じながらオープン戦に突入したレイカーズ。

 その前途は順風満帆……とはならなかった。

 レイカーズの前途に暗雲が立ち込めたのはオープン戦の後半、三月末日の武蔵野球場で行われた大阪サンダースとの一戦の最中。

 不動の二塁手として今年も活躍が期待されていた好打者の鶴発彦が、大怪我を負ったのだ。

 右手人差し指の骨が皮膚を突き破る程の解放骨折。全治は不明。

 シーズン開幕前に守備の要が不在となる緊急事態の発生に、森山は大いに動揺する。

 しかも拙い事に、レイカーズは今シーズンからショートを守っていた伊倉宏典を守備の負担が少ないサードへ、サードを守っていた浅川を走塁力が活かせるセンターへとコンバートしていたのだ。

 森山の目論見としては空いたショートには若手と守備要員の中堅を併用し、伊倉と鶴にそのフォローを任せる予定であった。

 であるのに鶴の長期離脱というアクシデントで、森山の目論見は敢え無く水泡に帰す。

 レイカーズを襲った突然の災難に、並みいる評論家達は慌てて順位予想を修正した。

 内野に二ヶ所も大穴が空いてしまったのだ。連覇はほぼ無理だろう、Aクラスの確保すら危ういかもしれない、と。

 一部の口の悪い者に至っては、余計な事をしたから罰が当たったのだろうと公言する始末。

 著しく士気の下がるこんな時、チームを盛り立てるのはベテランにしか成し得ぬ役目であるのだが、レイカーズはこれまでチームの躍進を支えていたベテランを三名もストーブリーグ期間中に手放していた。

 加藤晋作と長沢保を横浜ウィザーズに、立木安志をサンダースに。

 残るベテランの中で発言力があるのは、投手ではエースの日高修で野手では緒方の二人だったが、日高は投手陣の兄貴分で満足しており、緒方は寡黙な男である。

 全く残念な事に、両名共にチーム全体をグイグイと引っ張るタイプではなかった。

 モチベーションは一向に上向かず、応急処置も侭ならず、誰がどう見ても危機的状況に陥ったレイカーズ。

 僅かな光明は、期待出来そうな若手の台頭とドラフト一位の存在であったが開幕前の時点では、捕らぬ狸の皮算用でしかない。

 球団も選手個々も不安だらけの中、光一郎ただ独りだけが呑気に構えていた。


 ホンマはおらんかった新人王候補の西村投手がおるんやもん。

 守備が少々弱くても、打線が滅法湿り気味でも、圧倒的な投手力で何とかなるって。

 そないに心配せんでも、ぶっちぎりで優勝するから大丈夫大丈夫。


 光一郎は失念していたが、ぶっちぎりでレイカーズが優勝したのは自身が介入する前の歴史でしかない。

 さて、どうなるのか?

 かくして四月十日の金曜日、午後六時。波乱含みのシーズンが開幕する。

 一方で、我らがライオンズは西武となった初年度以来、42年ぶりのドベ。

 ドベですよ、ドベ。無敵常勝だったのが、ドベ。栄枯盛衰の果てに、ドベ。

 もうね、今の心境を地球の言葉で表せば、シオシオのパー、ですわ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  これは次回への素晴らしい引き。  歴史改変によって変わってしまった歴史の中で、歴史を変えた当人だけが呑気にしていますがさて鶴選手の離脱はどう影響するのか。実に期待させられます。  歴史…
[良い点] 鶴さんが離脱!? となると一塁:小野寺、二塁:伊倉or高山、遊撃:伊倉or高山、三塁:金月 いや全然行ける!(懸念事項があるとするならば小野寺と高山の体力面だけど) [気になる点] あ…
[一言] あっ…バークレオ来ないんですね(ノ∀`;) 確かに入団翌年の1年しか活躍できずデストラーデにとって変わられてしまうんですが… 『歌えバンバン』の応援歌が懐かしい。 そしてショート:田辺(高山…
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