入団2年目「人は誰しも大人になる前に、青春なる期間を過ごす」サビ
今はCSで放送されている某プロ野球ニュース系番組。今も昔も変わらないのは、アナウンサーが早口なのと、ローカル局の地元チームの身贔屓で。
雰囲気重視内容で……読み易さは、御免なさいです(平身低頭)。
一行目を消し忘れていましたので、削除致しました。誤字誤表記を訂正致しました。御報告に感謝を!(2021.08.23)
♪チャーチャラッチャッチャチャー チャーチャララララララ……♪
<ここからの放送は、RYOGI、NIMOLTA、ニッポン生命、本邦たばこ、KONDA、CHISEIDO、グラビオン、セントリーの提供でお送り致します>
「はい、『プロ野球タイムス』、坂本信也です、早速始めます。本日開幕しました日本シリーズ。エキサイト・リーグ代表は広島キャナル、二年振り五度目の優勝、日本一三回。ワイルド・リーグ代表は埼玉レイカーズ、前身の博多時代を含め九度目の優勝、日本一は五回、埼玉に移転してからは四度目の優勝、日本一二回です。
何れも優勝、日本一を達成したのは前任監督の時。今回は広島、埼玉共に新任監督同士、実にフレッシュな激突となっております。
第1戦の舞台は広島県広島市、城南市民球場。超満員32000人のファンが見守る中、華々しく行われましたが、いきなり凄い試合となったようです。
さぁそれでは早速ゲームを御覧戴きましょう。えー、この試合、テレビネオ広島の森本勝也さんと金田康秋アナ、そしてゲスト解説の江原豊さんでお願い致します、どうぞ」
「森本さん、やっぱり広島は地の利がありますよね。DH制じゃないっていうところが何かポイントになるんじゃないかと思うんですけどね?」
「ええ、まぁリーグでいつもやってるねぇ、そのままで広島は行きたいところですよねぇ」
「そうですね。江原さん、お帰りなさい。お帰りなさいって言うのも何だか変な感じですが、広島埼玉両方のOBなんですから。OBとしてはどちらが気になりますか?」
「それはどっちもですよ。兎に角、全力で良い試合をして欲しいですね」
「うん、仰る通り。さぁこの試合前、注目はやっぱり金月和博。3割30本90打点を軽くクリアして新人記録をドカンと更新、球界の未来を担う資質をいきなり見せつけた高卒18歳の登場に、超満員の観客も釘付けでした」
「まぁしかしねぇ、驚いたね、金月には。普通はあんなに打てませんよ。ユタカもそう思うだろう?」
「そうですね。活躍するだろうとは思っていましたが……」
「甲子苑の怪物は伊達じゃないって事でしたね。そんな甲子苑の怪物は城南市民球場でも大暴れするのでしょうか!?
さて先発は広島が北村学、埼玉が日高修。予想通りに両エースの登板です」
「はい、これは予想通りでしたねぇ」
「でしたね、さぁ日本シリーズ第1戦、開始であります。北村の立ち上がり何ですが、危なげなく埼玉の伊倉宏典、笠原栄治、浅川幸二をピシャリと抑えます」
「北村らしいナイスピッチングでしたねぇ」
「江原さんはどう見られましたか?」
「私もそう思います、安定感がありましたね」
「なるほど、一方の日高投手。広島先頭の龍田慶彦に3球目を叩かれライト前に運ばれますが、続く山形隆造の送りバント失敗に助けられ、三番小杉毅彦をショート併殺に斬って取ります」
「緊張しているのかねぇ、らしくない雑な攻撃でしたねぇ広島は」
「日高は去年の日本シリーズでも投げていますから、落ち着いたマウンドさばきでしたね」
「上々と言っても良い滑り出しの両エース。早くも投手戦の様相かと思った矢先の2回の表、先頭の金月に対し北村がまさかのデッドボール!」
「これには驚きましたねぇ。コントロール抜群の北村がいきなりでしたからねぇ。ぶつけられた金月も驚いた顔をしていましたねぇ」
「警戒し過ぎたのかもしれませんね。当たったのは左上腕ですし球種はカーブですから、大した事はないと」
「金月に当てた事で動揺したのか、北村は次のブロデリックに外角を痛打されます。打球はライト山形の頭上を越えて二塁打となり、先制点を献上。更に六番立木安志にもフォアボールを与えてしまいます。ノーアウト1塁2塁の大ピンチ!
しかし此処からが北村の真骨頂。後続を併殺とファールフライに打ち取り、最少失点でピンチを切り抜けます!」
「流石は北村でしたねぇ。最多勝と最優秀防御率の2冠に輝いただけの事はありますねぇ」
「上位は兎も角、下位打線では手も足も出ない気迫のピッチングでした」
「ケンカ投法が信条の日高も負けん気全開でグイグイと攻め、広島が誇る純国産打線を抑え続けます。
3回の表は無難に済ませた北村でしたが、4回にまたもや落とし穴に自ら嵌ってしまいます。先ほどデッドボールを与えた先頭の金月に対しコントロールが狂ったか、投じたど真ん中の速球をセンター前に打ち返されてしまいます。
そして又々この男、ブロデリックに二打席連続で二塁打をさっきと全く同じ場所へと飛ばされてしまいました。これで0対2。北村、前半でまさかの2失点です!」
「エ・リーグを代表するエースが新人ひとりに振り回されているのは戴けませんねぇ。しかも二打席続けてとは」
「広島の四番五番、安原浩二と中嶋清幸がフォアボール一つだけに封じられているのと好対照でしたね」
「やはり中軸の主砲が打たなければ点は取れないという事なのでしょう。広島打線はいつになったら目を覚ますのでしょうか?
嫌ぁーなムードが広島ベンチに漂いますが、それを払拭すべく此処から北村が立ち直ります」
「大きな目をギョロリとさせ鬼の形相でしたねぇ」
「北村のプライドがそうさせたのでしょうね」
「立木をセカンドゴロ、池澤勤には送りバントを決められますが、八番に入っている日高をショートゴロ、ラストバッターの鶴発彦もセンターフライに打ち取り、これ以上の失点はなるものかと気迫の投球でした。
そして5回からは誰もが思い描いていた通りにスコアボードにゼロがズラリと並びます」
「野球の華はホームランですが、醍醐味は投手戦ですからねぇ。両投手共に際どい所、厳しい所へビシビシと投げ込みますから、バッターとしてはお手上げでしたねぇ」
「金月への過剰反応が無ければ北村クラスの投手は中々打てるもんじゃありませんし、日高も今期で通算230勝の投手ですからそう簡単には打たせませんし」
「さて試合は0対2の膠着状態のままトントントンと進んで終盤を迎えます。先に動いたのは広島ベンチでした。8回の裏、八番滝口光男が三振の後、2失点ながら好投を続けていた北村に代打を送ります」
「内容は決して悪くはなく、シーズン中も登板の半分以上は先発完投しているのですから、そのまま北村に打たせるのかと思いましたがねぇ。思い切りましたねぇ、愛川準郎監督。どちらかと言えば慎重派なタイプですが、前任の小松竹織監督のような采配をしましたねぇ」
「そうですね。前監督であれば問答無用でしょうが、愛川監督は7回に北村と会話をしていましたから、恐らくは北村の意志を確かめてからの交代だったのかもしれませんね」
「さて此処で登場するは長打が魅力の中堅、大和田孝。昨シーズンまでは主に外野を守っていましたが、今シーズンは故障により前半戦不調であった小杉の代理として三番ファーストを任されていました。
今日はベンチスタートでしたが本来はスタメンに名を連ねて然るべしの選手です」
「小杉が後半戦で復調しましたし、ベンチとしては此処一番の代打の切り札として使いたかったのでしょうねぇ」
「さぁその大和田、期待に応えられますでしょうか? カウント、1ストライク1ボールからの3球目、打った、打ちました、日高のシュートをライトへクリーンヒット! 空かさずベンチは代走の名人、石井譲二を送ります」
「ナイスバッティング。大和田は三振も多いのですが、ここぞでは頼りになる選手ですねぇ」
「百戦錬磨の日高も流石に疲れが見えてきましたね。いつもより大分コースが甘かったですね」
「ベンチとしては長打を期待したと思うのですが、しかしこれで同点のランナーが出ました。スタンドを埋め尽くす赤ヘルファンの想いは、切り込み隊長の龍田に託されます……が、此処で石井がまさかの牽制死!」
「らしくない、実にらしくないですねぇ、広島は」
「緊張し過ぎなのかもしれませんね。今日の広島はとてもチグハグです」
「期待が一気に萎む赤ヘルファン。ベンチの溜息が放送席にまで聞こえて来そうでした。チャンスが潰えた広島、龍田も初球に手を出し敢え無くライトフライ。好投する日高の前に広島、同点のチャンスを自ら手放してしまいました。
しかし勝負を捨てた訳ではありません。9回の表、北村に代わりマウンドに上がったのは、左キラーの喜多川栄治。すると森山祇晶監督は直ぐに此処まで無安打の立木に代えて左の及川隆則を送ります。
左キラーに左の代打を送るこの采配、森本さんは如何思われましたか?」
「うーん、正直言って判りませんねぇ。埼玉ベンチにはまだ、代打の切り札である左殺しの新山良洋が残っていたんですけどねぇ」
「江原さんは如何ですか?」
「恐らくは今日の試合、もう一波乱あるんじゃないかと森山監督は考えたんじゃないかと。それを防ぐ為に、立木よりも守備と肩が良い及川を送ったのかと」
「一波乱あるのでしょうか? その代打及川をライトフライに打ち取った喜多川はこれでお役御免、右の川久保順にスイッチ、後を託します。
森本さん、やはり広島ベンチ、愛川監督は試合を諦めていませんでしたね」
「そうですねぇ、本拠地での日本シリーズ開幕戦ですから、ファンの為にも最後の最後まで諦めて欲しくはないですねぇ。勝負は下駄を履くまで判りませんし、野球は審判がゲームセットを言うまでは、何が起こるか判りませんからねぇ」
「2点ビハインドで登板した川久保は池澤をセンターフライ、日高を三振と、後続をキッチリと仕留めます。
私はこの回、てっきり日高に代打を送るのかと思っていたのですが」
「私もそう思いましたけどねぇ。徐泰源というストッパーが控えているのですからねぇ」
「ブルペンと比べて、日高の方が上だと判断したのかもしれませんね」
「その森山采配が吉と出るか凶と出るのか、運命の分かれ道となりました9回裏!
このまま日高は完封勝ちするのでしょうか、それを赤ヘル打線は許してしまうのでしょうか!?
先頭バッターの山形が5球目の外角低めのスライダーを引っ掛けてしまい、ファーストゴロ。これでワンアウト。広島に残された猶予は後アウト二つとなってしまいました。追い込まれてしまったぞ、さぁどうする広島キャナル!?
バッターボックスに立つのは三番の小杉。初回に併殺打、4回は三振、6回の第三打席ではレフトへの二塁打を放ち、此処まで三打数一安打。肩に担ぐように構えたバットのグリップを二度三度ギュッギュッと握り直して、マウンドを鋭く睨みます。期待して良いんでしょうか、森本さん?」
「大いに期待しましょう」
「不敵な面構えの日高、振り被って、第4球、投げた! 打った! 打ちました! 小杉、期待に応えるシリーズ第1号を赤い帽子で真っ赤に染まったライトスタンド中段へ、ドカーンとでっかく放り込みました!
360度グルリとスタンドを埋める赤ヘルファンは万歳万歳の大合唱。つられて私も万歳しそうになりました!」
「いや、本当に万歳万歳でしたねぇ。良くぞ打ってくれましたよ、小杉は。決して甘い球じゃなかったですし、よく踏み込んでバットを振ったと思いますねぇ」
「スタンドから沸き起こる小杉コールを背に受けて、今、ホームイン! 1対2! まだ同点には1点足りませんが、広島遂に完封勝利目前の日高から1点をもぎ取りました!
興奮冷めやらぬ城南市民球場は更にボルテージが上がります! 真打ち登場とばかりにバッターボックスに入りますは、赤ヘル打線の金看板、永遠の背番号8番、安原浩二!!
……残念ながらシリーズ前に今シーズンでの引退を表明している安原ですが、漲る闘志は健在です! 否が応でも期待が高まりますが、戦友として共に広島のユニフォームを着て79年80年の日本一連覇を達成された江原さんは、如何思われますか?」
「そうですね、打って欲しいですね。ですが日高も戦友ですので抑えて欲しくもあり……正直言って複雑です。兎に角、日高には最高の投球を、安原には最高のバッティングを、これぞ男の勝負を見せて欲しいですね」
「なるほど。答え辛い質問をして済みません。さぁ、江原さんも期待する男と男の名勝負。
思い起こせば昭和43年、大豊作と呼ばれたドラフト会議、広島に1位指名されたのが政法大の主砲として東京六大学リーグを大いに沸かせた安原浩二その人、そしてレイカーズの前身である博多ライナーズに1位指名されたのがエースとして和歌山県の三野島高校を初めて春の選抜大会出場へと導いた日高修。
年齢は違えど同期の桜による本日四度目の大舞台での真剣勝負。何れの桜が満開となるのか桜吹雪と散るのか、注目の一騎打ちです!
ワンアウト、ランナー無し。第1球、日高、振り被って、投げた、ストライク! 安原、ど真ん中の速球を見逃しました。いや、わざと見送ったのでしょうか。悠然とした雰囲気を崩しておりません」
「安原は敢えて見送った感じでしたねぇ」
「ウィニングショット以外にはバットを振る気がないように思えますね」
「第2球は同じ速球が内角に外れてボール。お二方の仰るように、安原のバットはピクリとも動きません。安原の鋭い眼差しはマウンドをひたと睨みつけたまま。一方、落ち着き払って返球を受け取る日高の口元は僅かに吊り上がっているように見えます。
何れも百戦錬磨の武者の如き佇まいで隙あらば斬るといった感じ。まるで巌流島の戦いのようであります。何れが武蔵か小次郎か。
第3球、日高が投げるは伝家の宝刀スライダー! 外角低目に決まった、ストライク!」
「これぞ、スライダーというスライダーでしたねぇ。日高でもシーズン中にそう何球も投げられる球じゃないですねぇ、あのスライダーは」
「当にウィニングショット。日高にすれば会心の一球でしょう。アレには流石の安原も手が出なかったようでしたね」
「ギリギリという鍔迫り合いの音が聞こえて来そうな戦いは、2ストライク1ボール。たった三球で安原、土俵際まで追い込まれてしまいました。このまま日高に押し切られてしまうのか、それとも通算500本塁打の実績で安原が押し返すのか!?
緊張感高まる第4球、投げた、またもやスライダーだ! 今度は安原のバットが唸りを上げて振り抜かれ……あ、あ、あ、打球がライナーでライトへと飛んで行く、ライトバック、ライトバック、ああライトのブロデリックが見送った、フェンスギリギリで観客席最前列へと打球が飛び込む、安原、チームの危機を救う起死回生の同点ホームランだ!!
呆然と打球の行方を見つめガックリと膝をつく日高。勝利目前、後アウト二つというところで勝ち星を逃してしまいました。
地響きの如き歓声に包まれる城南市民球場。ゆっくりと三つのベースの感触を確かめるようにダイヤモンドを一周した安原、ホームイン! 同点です同点、広島、土壇場で勝負を五分に引き戻しました。
ベンチ前でナインらの手荒い祝福を受ける安原は満面の笑顔、苦楽を共にして来た相棒の肝付祥雄は顔をいつも以上にクシャクシャにしています。負け投手の汚名を吹き飛ばしてもらった北村もこの笑顔、愛川監督も良くやったと何度も手を叩いております」
「いやぁ、驚いたねぇ、よく打ったよねぇ、安原は。さっき見逃したコースと全く同じだったのにねぇ、打ったスライダーは」
「ええ、本当に吃驚でした。日高ほどの投手であっても二球続けて会心のスライダーを投げられる事など滅多にないでしょうし、それを打たれるなどとは……。
悔やんでも悔やみきれない一球というものは私にも経験がありますが、今の打たれた一球は悔やみようがない一球、打たれるはずのない一球ですから。
これは、何故同じところに同じボールを投げたなどと日高を責められません。投げた日高も凄かったが、打った安原の方がもっと凄かったのでしょう」
「安原ももう一度打てと言われても無理かもしれんねぇ。例え事前に判っていても、ホームランは無理だろうねェ」
「いやはや、投げも投げたり、打ちも打ったりという名勝負でありました。さぁこうなれば、広島はイケイケドンドンでしょう。去年のサンダースがバックスクリーン三連発なら、今年のキャナルはライトスタンド三連発を目指しましょう!
次のバッターはシーズン中は12本の中嶋ですが、勝負強さには定評があります。此処までの成績は三振、フォアボール、サードへのファールフライと当たっていませんが……さて、此処で埼玉ベンチが動きます。森山監督が主審に歩み寄り投手交代を告げます。誰の名前が告げられるのか……絵本光一郎、エース日高に代わってコールされたのは、まだ実績の乏しい絵本の名前でした。これには少し首を傾げてしまったのですが、森本さん、森山監督の采配をどう思われましたか?」
「そうですねぇ。はっきり言って判りませんでした。絵本って確か、去年の日本シリーズ最終戦で投げた姿しか記憶にありませんので。良いピッチングだったのは覚えていますが、このタイミングで登板させる投手とは思えなかったのですがねぇ」
「江原さんは去年まで一緒に戦っておられましたが?」
「そうですね。私は森山監督からチームへのメッセージだと思いました」
「と、申されますのは?」
「中継ぎで登板する投手には大事な役割があります。その役割とは勝ちを守る事。ですが負け試合に投げなければならない事もある。
1シーズン130試合、全てを勝つのは無理ですので、ある程度は負け試合を計算しなければなりません。
ところが計算違いが往々にして起こります。負けてはいけない試合、易々と負ければ後を引きそうな試合。連敗などがその最たるものでしょう。
そんな試合に起用されたのが、今年の絵本です。
去年までは完全に勝ち目のなくなった負け試合に登板する事が多かった絵本ですが、今年はむざむざと負けるには惜しい試合、今日負ければ連敗しそうな試合に起用されていました」
「ほうほう、何故そのような起用がなされていたのでしょうか?」
「大崩れしないのですよ、絵本は。
連打を喰らわない、四死球を出さない、簡単に追加点を与えない。
敵の攻撃の勢いを食い止め、味方に希望を抱かせるピッチングをする、それが絵本という投手なんです」
「それだけ良い投球をするなら、私が監督なら必勝リレーの一員に組み込むけどねぇ」
「勿論それが起用法としては最適でしょう。ですが今のレイカーズには増山の弟や石橋、西川や市川など勝ち試合で起用出来るスタッフが揃っています。ところが彼らは勝ち試合では気合十分で良いピッチングをしますが、負け試合となるとその力が半減してしまうのです。
何もこれは彼らが悪い訳じゃありません。ピッチャーとは本来、そういう生き物だからです。誰が好き好んで負けている試合で一生懸命投げるでしょうか?
もしかしたら味方が点を取って逆転してくれるかもしれませんが、それは後で判る結果であって、登板を命じられた時に確約されたものじゃありませんから。
絵本は去年の後半から一軍デビューしたばかり、実績の乏しい投手ですから所謂敗戦処理で評価を得なければならない立場であるのは当然ですが、どうもそうとばかりは言えないと、私は思っています」
「ほうほう、続けて下さい」
「負け試合というスポットライトの当たらぬ舞台でこそ、輝く投手かと。試合を壊さないだけじゃなく、壊れてしまった或いは今にも壊れてしまいそうな試合を修復するのが得意な投手なのだと思います」
「はっはー、そりゃあ随分と変わった投手だねぇ。確かに今は広島が上げ潮ムード、況してや全国が注目する日本シリーズの第1戦ときたら、生半可な投手では打たれる前に潰れてしまうかもしれないねぇ」
「ええ、その通りです。私の知る限り、絵本という投手は私の半分ほどの年齢ながら、私と同じ位に修羅場を潜ったような度胸の持ち主ですから」
「かなりの高評価ですね、江原さん」
「ええ、去年ずっと一緒にやっていて実感しました。絵本はそんじょそこらの若造とは毛色が違うぞと。森山監督もその度胸を買って登板させたのでしょう。そしてチームに告げたかったのでしょう、今日の試合は絶対に落とせないぞ、と」
「絶対に落とせない試合ですか。確かにそうかもしれませんね。しかしそれは広島ベンチも同じでしょう。
さて、試合の続きでありますが、江原さんの申された通りの展開となります。いつもよりも怖い顔でバッターボックスに入った中嶋でしたが、絵本の投じた3球目のカーブを打ち上げてしまいレフトフライ、ライトスタンド三連発を期待する赤ヘルファンは一斉に落胆の溜息。それでも次は鉄人のサヨナラホームランをと声を嗄らして応援しますが、鉄人肝付は三球三振に切って取られてしまいます。絵本、見事な火消しです。これで試合は2対2のまま延長戦へと突入します。
因みに日本シリーズ第1戦での延長戦は今から11年前の1975年に神戸ブレイザーズとの戦いで広島は既に経験済みです。尚その時の広島は、球団創設以来リーグ初制覇で日本シリーズに挑んだのでしたがブレイザーズの壁は厚く、1勝も出来ずに2分け4敗で敗退しております。悪夢を払拭する為にも広島は、今日は勝ちたいところです」
「ああ、そうだったねぇ。私が監督を辞めた翌年だったねぇ。ルート監督が開幕早々に退団して、小松コーチが急遽昇格して監督になった年だったねぇ」
「一方、埼玉は昨年の日本シリーズの初戦を落とした事が響き、2勝4敗で日本一を逃しておりますので、やはり今日の初戦は勢いをつける為にも負けたくないでしょう」
「初戦を勝つか負けるかは、単なる1勝でも1敗でもありませんから。シリーズの有利不利がチームに及ぼす影響は計り知れないものがありますから」
「全く以て、さぁ延長10回の表を迎えます。広島のマウンドを守るは、川久保。考えてみれば川久保も通算で15勝10敗10セーブながら今年で入団3年目。去年は主に先発として投げ新人王に輝きましたが今年はチーム事情により配置転換、先発陣から一転して中継ぎ要員として大車輪の活躍を致しました。
広島の川久保が3年目なら、絵本は埼玉の2年目、チームの命運は若き両右腕にかかっていると言っても過言ではないでしょう。どちらに勝利の女神は微笑みかけるのか、息詰まる延長戦をじっくりと見て参りましょう。
先ずは先頭の鶴が川久保の六球目を打ち、これがサードへのボテボテのゴロに。サード肝付が懸命にファーストへと送球し間一髪アウト! 打順はトップに帰って一番伊倉、これもサードゴロ。此処でまた埼玉ベンチが動きます。笠原に代えて、代打に送り出したのは、新山です。
右ピッチャーの川久保に対して左殺しの新山を送り出した森山監督の采配、森本さんはどう見られましたか?」
「私には埼玉ベンチの焦りのように感じましたねぇ。何とかクリーンアップの前にランナーを溜めたい、其処で止む無くの選択をしたのかと」
「江原さんは如何でしたか?」
「私も同感です。勝負師として一波乱あると思った森山監督は9回表にその準備をしましたが、選択肢を増やしたが為に戦術に狂いが出たのかもしれません」
「きっとこの回に勝負をかけようと考えていたのだろうねぇ。伊倉が凡退したのが実に痛かったねぇ」
「鶴のボテボテの当たりが7回の時のように内野安打になっていれば、違ったのだろうなと思います」
「そうですね。肝付も同じ轍は踏まないとばかりの守備でしたから。
さぁ、2アウトランナー無し、川久保、どう攻めるのか? 初球はカーブが外れてボール、2球目、得意球のパームボールがフワッと落ちた、新山のバットが引っ掛けた、またもやサードゴロ。力のない打球を肝付、掬い上げてファーストへ送球、アウト! 川久保、危なげなく10回表を捌きました。
広島、10回裏の攻撃ですが此処からは下位打線。七番の塩屋耕三の今日は、セカンドゴロ、ファーストゴロ、レフトフライと当たっておりません。守備では堅実なのですが打棒は全く揮っておりません。2ストライク2ボールとバッティングカウントですが、5球目の小さく落ちるフォークにバットが空を斬り、三振。
次打者は北村の古女房、川久保の好投を導き出している滝口光男。今日は第一打席でヒットを打っているものの、その後はピッチャーライナーと三振です。第三球の……スライダーでしょうかカーブでしょうか外角へと斜めに落ちるボールに手を出し、ショートへのポップフライ、これで2アウト。
打席には川久保がそのまま入ります。此処で代打を送れないのが広島の苦しい台所事情か。初球は高目の速球でストライク、2球目も同じ所に速球が、これを川久保が打った打った打った、打ちました。打球はライトのブロデリックの前にフラフラと上がりポトリと落ちました、
広島、川久保のテキサスヒットで2アウトながらサヨナラのランナーを出しました!」
「どうしてブロデリックは前進守備をしていなかったのかねぇ」
「ちょっと不用意な投球でしたね、絵本は。まぁ長打さえ喰らわなければ良い、という投球をする投手ではありますが。強打者には強いのですが、好打者や非力なバッターには時々迂闊な投球するのが、絵本の数少ない欠点ですね」
「さぁ、初回にヒットを打った後は三打席凡退の龍田ですが切り込み隊長として、今シーズン157安打21ホーマーの実力を遺憾なく発揮してもらいたいところですが……三球三振でした。
江原さん、今の全三球は塩屋に投じたのと同じ小さく落ちるフォークでしたが、アレはそんなに打ち難いボールなのでしょうか?」
「そうですね、フォークはストライクゾーンからボールゾーンへと大きく落ちるので見極める事さえ出来れば空振りせずに済みますが、それでも振らされてしまうのがフォークなのですが、小さいフォークは落差が小さい分、ボールからストライク、ストライクからストライク、ストライクからボールと三段階の変化があるので、バッターにとっては厄介なのかもしれません。
サンダースの大エースであった村井実さんは、小さく落ちるフォークと大きく落ちるフォークを上手い具合にミックスして投げ、長門茂雄さんをはじめとしてエ・リーグの並みいる強打者をキリキリ舞いにしていました。
勝部正一さんの“懸河のドロップ”と呼ばれたカーブもそうですし、川久保のパームボールもそうですが、落ちるボールは投手にとって最高の武器なのです」
「縦に変化するボールを打とうとすると目線が上下してしまうから、うっかりすると打つ姿勢も上下してしまうからねぇ。私も現役時代は苦労しましたねぇ。絶頂期に対戦した事はないけれど、名古屋の鈴木茂さんのフォークには手も足も出なかった、流石は“フォークの神様”だったねぇ」
「なるほど、有難うございました。さて延長戦は更に続きます。11回と12回は全て三者凡退。川久保と絵本の前に、広島の中軸も埼玉の中軸も沈黙してしまいます。息詰まる投手戦です」
「2点を先制した金月とブロデリックのバットも、アベックアーチで同点とした小杉と安原のバットも、すっかり湿っちゃいましたねぇ」
「両軍ベンチも次の一手をどうするのか、頭が痛かったろうと思いますね」
「再び試合が動き出したのは13回の表、2アウトからの事でした。代打で出た後そのままレフトを守っていた新山がライトへクリーンヒット! 更に三番浅川にフォアボールを選ばれてしまいます。4イニングを投げた川久保、流石に疲れが出て来たか? 迎えるバッターは初回のデッドボールの後は四打数二安打と色々当たっている四番の金月和博! 2アウトランナー一、二塁と広島、絶体絶命のピンチ! 金月のバットが勝つか、それとも川久保のボールが勝つか、初対決となった11回表ではショートフライで川久保に軍配が挙がっています!
では全球見てみましょう。先ずは初球、内角低目にカーブが決まってストライク。2球目は同じ内角低目への速球が外れてボール。3球目は内角高目への速球が同じく外れてボール。これでカウントは打者有利の1ストライク2ボールとなりました」
「滝口のリードによる内角攻めを、金月は冷静に見極めていましたねぇ」
「シーズン中よりも余裕を持って見送っているように感じましたね」
「さぁ注目の4球目、滝口は何で攻めますでしょうか? 川久保、振り被って投げた、真ん中やや低目のスライダーだ、金月のバットが出る、打球は三塁線を襲います……が肝付の真正面、サードゴロ、チェンジ。二打席目も川久保の勝ちでした。金月無念、埼玉勝ち越しならず」
「金月の打撃は中途半端だったねぇ。恐らくは外角に狙いを定めていたんだろうけど、真ん中に絶好球が来てしまい慌てて振った感じでしたねぇ。完全に打ち損じだったねぇ。狙い球と違うボールをスタンドへ運べるようになれば、ホームラン王も夢じゃないかもしれませんねぇ」
「川久保の失投が功を奏した、結果オーライでしたね」
「攻守交替、ピンチの後にはチャンスありの言葉通り、13回の裏に今度は広島が一打サヨナラの場面を迎えます。滝口がレフトフライ、川久保が三振の2アウトとなりますが、龍田が意地を見せてファースト強襲の内野安打を放ちます。さぁ待望のランナーが出ました。更に山形がお手本のような右打ちライト前ヒットで続きます。
絵本、2アウトながら二人のランナーを背負ってしまいました。此処で迎えるバッターは、9回裏に同点の切っ掛けを作った三番小杉。サヨナラ打を期待してスタンドの赤ヘルファンは大盛り上がりです」
「この13回表裏の攻防は見応えがありましたねぇ。スタンドのお客さんもテレビ観戦の視聴者も、ハラハラドキドキだったんじゃないですかねぇ」
「何を隠そう、中継を担当した私もハラハラドキドキでした。さて、小杉、またもやドッカーンと大きなアーチを見せてくれるのでしょうか? 全国の野球ファンも注目のこの打席、全球見て参りましょう。
初球、絵本が投じたのは外角高目へと外れるカーブでした。江原さん、これはサイン通りだったのでしょうか?」
「恐らくそうだと思います。ストライクにする心算がないようなボールに見えましたのが気になるところですが」
「気になるとは?」
「池澤の考えなのかベンチからの指示なのかは判りませんが、勝負を急がないようにしているのではと思いました。ですがボール球を有効に使うのならば、初球はストライクにしても良かったのではと」
「なるほど、確かにそうかもしれません。さて2球目、今度は外角低目一杯への速球でした。これは良い所に決まってストライクとなります。バットはピクリとも動かず小杉は平然と見送りました」
「これは打ってもファールか凡打にしかならなかったと思います。もしかしたら小杉の目にはボールに見えたのかもしれませんね。という事は、小杉の意識は真ん中から内角にあるのでしょう。この2球目でバッテリーもそれを察知したのかと思いました」
「3球目も外角へのカーブ、ストライクがコールされてこれで2ストライク1ボールとなり、小杉は三球で追い込まれてしまいました。森本さん、打者心理としてはどうでしょうか、狙い球を変えますでしょうか?」
「うーん、難しいねぇ。安原や肝付みたいに経験豊富ならば、龍田のように器用であれば狙い球は臨機応変出来るのでしょうが、小杉はそこまでの打者に育っていないからねぇ。それに意外と頑固な性格だからねぇ」
「なるほど。4球目の速球は外角低目に外れてボール。江原さんの申された通り、埼玉バッテリーは外角一辺倒を攻めるようです。5球目の外角へのカーブ、堪らず小杉が手を出しますがファールとなります。カウントは変わらず2ストライク2ボール。6球目、外角高目にスライダーが外れてボール。
これでフルカウントとなりました。次の1球が勝負球になると思われましたが、江原さんならば何を投げますか?」
「私ならば6:4で外角低目へのスライダーですね」
「6:4とは?」
「内角低目にフォークを投げます」
「それはまた何故?」
「内角に狙いを定めていた小杉の意識が外角へとかなり引っ張られているからです。余程度胸がないと腕が縮こまって打ちごろのボールとなってしまいますが、三振を狙うのならば内角ですね」
「そんな江原さんの声が聞こえたのでしょうか、勝負の7球目、絵本が投じたのは内角低目に大きく落ちるフォーク。小杉のバットは虚しく空を斬ります。あわやパスボールかと思われるほどに落ちたボールを池澤何とかミットに収めました。
度胸ありましたね、絵本。此処まで一球も投げていなかった大きな落差のフォークボールを、この場面、このタイミングで投げるとは!」
「いや、私も吃驚でした。想像以上に度胸を見せましたね、絵本は。全く大した奴ですよ、アイツは!」
「私も驚きましたが、それ以上に驚いていたのは小杉でした」
「イメージしていたのはきっと小さく落ちるフォークだったのでしょうねぇ。それならば完璧に捉えられるとバットを振ったら、ボールはそれよりも下に行ったのですから、小杉にすれば狐に摘ままれた気分かもしれませんねぇ」
「実に見応えのある勝負でありました。広島打線も脱帽するしかない絵本の投球でありました。
さて試合は14回に入りますが、試合開始から此処までに要した時間は何と4時間と21分! 規定により4時間半を超過した時点で新たなイニングには入りません。つまり9分以内に14回の表裏を終えなければ、15回の攻防は無いという事であります。つまり、この14回が今日の試合の最終回となってしまうという事です。
その14回の表、広島ベンチは川久保を続投させますが五番ブロデリックをセカンドゴロに打ち取りますが、続く及川にフォアボールを与え、更に池澤にはレフト線へのツーベースを打たれてしまいます。広島、土壇場で1アウト二、三塁の大ピンチ!
しかし、広島にはこの男がいます。辻谷恒美、背番号14。“炎のストッパー”の登場です! 大大大ピンチであるにも関わらず、スタンドのボルテージは最高潮! スタンドを揺るがす大声援を受けてマウンドに上がった辻谷、投球練習を終えました。
此処で埼玉ベンチが再び動きます。まだこの男が控えておりました、八番に入っていた絵本への代打は加藤晋作です。
さぁ試合再開、絶体絶命のピンチを辻谷、抑えられるか!? それとも加藤が最後のチャンスをものに出来るのか!?
辻谷の代名詞、唸る剛速球が加藤を捻じ伏せました! 力ない打球はフラフラと上がりショート龍田のグラブにスッポリと。この内野フライではランナーは動けません。ラストバッターの鶴もサードゴロに打ち取り、辻谷、たった五球でチームのピンチを救いました!」
「いや、見事なピッチングでしたねぇ」
「惚れ惚れするような速球でしたね」
「さて14回の裏、泣いても笑っても今日はこれで決着がつきます。代打が出た都合上、絵本は降板、埼玉ベンチは増山兄弟の弟の雅之をマウンドへと送ります。
その増山の前に安原、中嶋は凡退、肝付が本日のラストバッターとなりサードフライで、ゲームセット。
4時間半を越える死力を尽くした激闘となった日本シリーズ第1戦でありましたが、2対2の引き分けとなりました」
「いやぁ、プレイした選手にも最後まで応援してくれたお客さん達にも、お疲れ様と言いたい今日の試合でしたねぇ」
「双方一歩も引かぬ、稀に見る熱戦でしたね」
「さて森本さん、今日の試合を御覧になって明日からはどうなりますでしょうか?」
「そうですねぇ、どちらも主軸が打っているのでその前後、一番二番の出塁率、六番以降の打者がどれだけ奮起するか次第でしょうねぇ。後は代打を何回に誰のところで起用するか、ベンチワークも大事ですね」
「江原さんは如何でしょうか?」
「延長戦となりましたが、ブルペンはそれほど疲弊していません。川久保はちょっと投げ過ぎかもしれませんが、しかし広島は今日の北村をはじめ先発陣は全員の完投能力が高いので、それほど心配する事もないでしょう。第二戦以降も今日と同じで、先発の出来次第でしょうね」
「なるほど、森本さん江原さん、有難うございました」
「有難うございました」
「有難うございました」
「此方からは以上です。東京の坂本さんにお返しいたします」
「はい、戴きました。森本さん江原さん金田アナ、皆さんお疲れ様でした。新人監督同士の戦いとなりました今年の日本シリーズ、どんな戦いとなるかと思いましたが初戦からがっぷり四つの当に激闘となりました。
明日の第2戦も期待が高まる、目が離せぬ試合となりそうです。皆様、どうぞお楽しみに!
では次の試合です。既に日本シリーズが始まりましたが、エ・リーグと違いワ・リーグはまだシーズンを終了しておりません。埼玉と阪南は全日程を終えていますが残る四チーム、神戸・川崎・東京・南紀は今日明日とダブルヘッダーがあります。順位の確定もそうですが、二年連続の三冠王をほぼ確定させている川崎の折笠博満の結果も気になります。
先ずは気になる京浜球場で行われた川崎と神戸のダブルヘッダーからお伝えしましょう。担当は…………」
実際の試合は土曜日開催。当時は佐々木信也氏は平日担当で、土日はみのもんた氏の担当でした。
内容は、NPBのHPに掲載されておりますスコアブックを参照にさせて戴きました。
https://npb.jp/bis/scores/nipponseries/boxscore1986_1.html
入団2年目は後1回ございます。