2.
いよいよ異世界人召喚の日である。王国きっての大イベントということで貴族たちは講堂に集まり、召喚をまだかまだかと待ちわびていた。
そんななか、「未来を担う人材」もこの場に呼び出されている。当然、王太子の婚約者であるアリアは特等席で様子を見守っている。
アリアは内心非常に緊張していた。胸がうるさいと自分の手で何度も胸をさする。正直おもいきり胸を叩いてやりたかったが、大勢の貴族の前だ。下手な真似はできない。
緊張の理由は二つある。
一つは、自分のやっていた乙女ゲームの名場面を見れるのだという期待からだ。いわゆるファンのしての想いが強かったのだ。
もう一つは、攻略対象がこの場に全員いるということからだ。王太子の顔はよく見るが、他の攻略対象を見るのは現世では初めてになるだろう。
「全員来るとは知っていましたが……」
「アリア?」
アリアの隣にいる父がいろんな意味で心配している。口に出ていたようだ。
「いいえ!ご心配には及びませんわ!」
父の信用はそのままに周りを見渡す。
『まずは私の婚約者、キラキラ担当アラン・カカロットね。んで、側にいるのは護衛の闇担当ファウスト。そして……あれが騎士団長の息子、熱血担当ハイド・シャーピアだわ。そのもう少し右にいるのが公爵宰相の息子、クール担当グリーン・アッカルドで……窓にはちょっと覗き見にきた平民、元気担当ロッドね……!』
次々と確認できる彼らに少々興奮気味だ。ついつい前世での呼び方で言ってしまう。将来の王太子妃として男との接触は避けられてきたためということもあり、アリアはこの日を楽しみにしていたのだ。
「ア、アリア様!!!開式前に失礼いたします!!!」
突然、現実に戻された。話しかけてきたのは昨日、書簡で念を押して行うようお願いした魔術師だ。
父は驚いて止めていたが、昨日のことを話して魔術師には話を続けてもらった。とは言え、魔術師の地位はかなり高いので、無礼というのも失礼だ。
「じ、実は、アリア様のおかげで!術式の改良に成功したのです!!!可能性としては、予想より多くの異世界人召喚が期待できますよ!」
どうゆうことなのか。
アリアは興奮が一気に冷め、冷や汗が止まらなくなった。このような展開はなかったはずだと頭が混乱した。
_____まさかシナリオが変わった……?
「ど、どど、どうゆうことですの?異世界人召喚は一人なのでは_____」
「特に規定はありません!国王陛下もアリア様に感謝していらっしゃりましたよ!」
魔術師に即答され、アリアは絶句した。
父はその言葉に恐縮しているようで、とても殴りたくなった。
もし本当に召喚されたのが複数人であるならば、シナリオはどうなってしまうのだ。異世界人は教養を身につけるために、平民・貴族関係なく通う学園に入る。必ずやシナリオに組み込まれる。無視できない。
昨日の書簡が原因か。
何故余計な真似をしてしまったのか。
「各領地からはるばるとよく来た。この素晴らしい記念日に集まってくれたこと、本当に感謝している。我が国のさらなる発展を期待してほしい」
国王陛下の挨拶だ。一通り話し終わり拍手が聞こえる。長く話すかと思いきや端的な挨拶であったため、心の準備がままならないまま進んでいく。
いよいよ異世界人召喚が行われるだろう。魔術師たちは最終準備を始めている。
「それでは皆、異世界人召喚を始めよう」
国王の掛け声を合図に、講堂の床に丁寧に記された大きな術式の前に5人の魔術師が囲み、魔力を注いでいく。
乙女ゲームで見た場面そのままだ。術式が光の粒子と共に輝き出す。
「……そう、それで、そのまま、ヒロインが、現れて……」
一際強い光が目を眩ませる。
ああ、目を離したくない。ヒロインは_____
「ここは一体どこなの!?道歩いてたはずよね!?」
「知らないわよ!!!まさか誘拐なの!?」
「ちょっとぉ!!!これじゃ予約してたネイルサロン行けないじゃない!」
三つの黒髪がふわふわ揺れる。
「「「きゃあ!貴方イケメンねぇ!あ、もしかして異世界転移!?」」」
話しかけられた王太子が困惑している。
しかし、アリアの困惑の方が大きい。
「ねぇ!この世界知ってるー!」
「あれってアラン王子よね!」
「あの乙女ゲームの世界に来たのよ!ということは私達ヒロインの立ち位置になるんじゃないー!?」
「「「きゃーーーー♡」」」
ヒロインが一人ではない?これからどうすれば良いのか。
思考を放棄するべく、アリアは後ろへ倒れていった。