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SR満州戦記2  作者: 異不丸
第一章 八月一一日
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三 関門


瀬戸内海周防灘、部埼灯台近傍


 海軍予備士官の熊部五夫は丁型海防艦の艦橋に立って東の方向を監視していた。そのまま延ばせば姫島の北、周防灘の東端で、瀬戸内海を開門海峡に向かって来る航路である。熊部大尉は第一五四号海防艦の艦長であり、掃海艇四隻の指揮官だ。

 所属する第七艦隊は今年の三月に編制された。米軍が大量に敷設する機雷群から、海上輸送路を防衛するためである。瀬戸内海から九州周辺までを担当する。熊部は四月に関門海峡東部掃海部隊に着任し、ずっと部埼灯台の前方に投錨して、指揮を執ってきた。

 しかし、戦争は終わった。玉音放送があったのは八日の正午だが、実際には未明から戦闘停止が命ぜられていた。いずれ、艦隊司令部のある門司か、あるいは海上護衛総司令部のある呉への帰港命令が出るものと思っていた。ところが、翌日の午後に来たのは、掃海を再開せよとの命令だった。


 B-29が投下した航空機雷は、浮遊機雷ではなく、係維機雷と沈底機雷で、海上からは目視できない。といって、闇雲に掃海するのではなく、まず機雷の投下時の監視から始まった。何処へ何個が投下されたかを目視し、海図に記入するのである。B-29の瀬戸内海への進入航路は一定しており、足摺岬電探所はほぼ確実に探知できた。

 米軍の機雷投下は夜間で、掃海は昼間だった。投下情報を部埼信号所経由で門司に連絡すると、司令部は航路閉鎖を軍官民に通知する。掃海が終わると連絡を受けた司令部が解除するのだが、閉鎖の期間は長くなっていく。投下された個数に対して、掃海個数は大いに不足で、その差は広がるばかりだった。掃海個数には航行する艦船が起爆、つまり被雷した数も含まれた。



 夏用軍衣を着た陸軍将校が艦橋に上がってきた。一礼すると、熊部の隣に立ち双眼鏡を構える。そして、やはり東の海上を見る。園田大尉は、陸軍船舶司令部から派遣された連絡将校で、昨晩から乗艦していた。星に錨の船舶工兵の胸章は、海の青色だった。

「暑くなってきました。今日は三十度を超えますかね」

 見張り中は姿勢を変えないのがふつうだ。返事がなくても園田は気にしない。

「先鋒は連絡艇です。マストがないから十キロ近くならないと見えません」

 熊部が無言なのは、気を許すのに抵抗があったからだ。高等商船学校を出たから予備役海軍士官となった。海兵出の海軍士官とは違って、陸軍に対してかまえるところはない。しかし、一昨日からの掃海再開が陸軍の船団を通すためだと知ると、好感は持てなかった。

 敵は新型機雷を投入していて、それは大型の軍艦や商船だけでなく、小型船も、さらに機帆船や木造漁船にも感応し、起爆する。当然、掃海艇にも感応するし、実際に一艇を失っていた。停戦後の犠牲は戦死とはなるまい。靖国に祀られることもない。江田島や海兵団出身の乗員には納得できない者が多いだろう。例の噂もある。




挿絵(By みてみん)




 磁棹や掃海電線を持つ掃海具は磁気機雷に、音響掃海具は音響機雷に対して有効だった。この二つの掃海具を組み合わせたこともある。だが、すべてを掃海することはできなかった。掃海の終わった航路を、艦船が無事通行するとほっとする。しかし、数時間後あるいは数日後に、同じ航路を通過した艦船が沈没した例はいくつもあった。

 新型機雷だけでなく、事前の偵察も航空機の練度も、米軍は完璧だった。B-29から投下された航空機雷は落下傘を開き、驚くほど的確に航路上に落下し、着水、沈下した。落下傘は、機雷の機能や信管を保護するためではなく、投下地点と落下姿勢を適正に保つためだった。

 それでも、いくつかは目標から反れる。目標航路周辺の陸上や船上に落ちたことがあり、それらの回収には掃海部隊が派遣された。発見した航空機雷は、いつも上下を保った正しい姿勢で地面に、砂地に、コンクリートの岸壁に、あるいは船の甲板に突き刺さっていた。


 海中以外に落下した機雷で、起爆した例はない。それは、安全装置が海中でしか外れないからだった。安全装置の回路端は針状になっており、それが砂糖や食塩などで切断状態に固定してある。すなわち、着水して浸透した海水に固定物が溶解し、電路針が解放されて回路が通じるようになる。日本軍が使った係維機雷の安全装置と同じ原理だった。

 信管からの刺激で電気回路に電流が流れ、起爆装置に所定の電圧がかかって発火爆発する。問題は、その信管の作動原理だった。磁気と音響は間違いない。が、不本意な掃海結果は、それ以外にも作動原理があることを示していた。

 第一五四号海防艦の機雷科分隊は、対潜学校出の士官と下士官たちで増強されていた。陸上で回収された航空機雷が船内に持ち込まれ、分解される。色とりどりの着色被覆電線が、起爆装置の回りを取り巻いて、あちこちに結線されていた。米国式のマスプロダクションの成果だ。



「あれから、うちも研究しました。技術研究所にも依頼しましたが、意外なところで解決できました」

 また、園田大尉が話しかけてきた。表情を見ていたらしい。新型機雷の機構が解明されたとあっては、熊部も応じざるを得ない。双眼鏡を下ろした。

「意外な、ですか」

「はい。海軍さんは結線を解析して起爆回路を再現しようとされたらしいが、うちには結線されてない電線に着目した技術将校がいたのです」

「結線されていない電線ですか?」

「はい。米国とて戦争になれば物資は不足する。不要な電線をなぜ残置するのか。それが動機です」

「なるほど、それで」

「結論は、同じ構造で信管だけ、いや起爆回路だけ異なる数種が存在する」

「ああ、そうですね。えっ」


 熊部は最初、がっかりした。それは効率を重んじる米国式マスプロダクションの通例であったからだ。しかし、よく考えると、新型機雷の肝を掴んでいた。すなわち、起爆回路は数種の信管に同時に通じている可能性がある。

 それは予想されたことであった。しかし、園田大尉が言いたいのはそれではない。新型機雷の大半は、複数の信管によって作動するのだ。つまり、一種類や二種類の掃海具ではだめなのだ。三種類以上の掃海具を使って、掃海を反復するしかない。それが陸軍船舶司令部の結論だった。

「一つ一つの信管作動の閾値を探っても遠回りだと」

「遠回りとは、うまいことを言われる。その通りです。うちでは境界値と呼んでいますが、一つが超えても作動しないのなら精確さにこだわる必要はありません」


 大いなる発見だった。そうなのだ。例えば、磁気信管が三で作動するとして、二以下なら通航できるというものではない。今のところ判明している起爆の要因は、推定も含めて、磁気、音響、水圧、起動回数であって、そのすべてで閾値を下回らなければならない。磁気の閾値を下回っても、音響の閾値を上回れば起爆する。その組み合わせは不定で、近接する別の機雷があればだめなのだ。

「音響といっても、音量や音圧もあれば、周波数もあります」

「あ」

「さよう、一つや二つの掃海具ではすまないのです。むしろ、米軍はそこを突いてきたと思われます」

「そこ?」

「日本人の習性です。この場合は数値に対するこだわりですね」

「なんと」


 園田大尉は振り向いて、正対した。はじめてみる仕草だ。

「考えられる信管作動の要因を、すべて一度に発生させます。それを少なくとも十回は繰り返します」

「なぜ、十回なのです」

 怯まず、熊部は質問した。それがやっとだった。

「米国人も、日本人と同じく、指は十本だ」

 そう言った園田は、元の姿勢に戻って東を見る。

「まもなく来ます」




 双眼鏡の中に最初に見えたのは白い波頭だった。その白い波だけがぐんぐんと近づいてくる。速かった。園田大尉の言う連絡艇は見えない。そこで気がついた。波の後に隠れているのだと。それほど小さい艇なのだ。

 ようやく連絡艇が垣間見れるようになった。六米内火艇より小さいぐらいで一人乗りらしい。船体の前半は完全に浮き上がっており、後部だけが海面に接している。モーターボートじゃないか。

「四式肉薄攻撃艇です。秘匿名称が連絡艇なのでマルレと呼んでいました。最高時速は二十五ノット、船体は木造合板です」


 ばりばりと響いてくるエンジン音は、自動車用のガソリン機関か。時速四十六キロは秒速十三メートル、船体は海面を跳ねている。騒音と振動と衝撃の塊であるから、作動要因を一度に発生させているのはたしかだ。しかし、被雷したらひとたまりもない。

(正気の沙汰ではない)

 そのマルレの後方に、突然、白い柱が立った。機雷が起爆したのだ。水柱は一つだけではなかった。爆発の影響を受けて、他の機雷も誘爆したらしい。前方の海面も盛り上がって来るが、軽く舵を切ったマルレは、爆発の影響を受ける前に高速で走り去る。乗員は鉄帽に救命胴衣を着けていた。


「第一〇教育隊の船舶特別幹部候補生です。特攻艇でした。操縦席の後に二百五十キロ爆雷を搭載します」

 双眼鏡は、もう必要なかった。爆音と波を残して、二艇のマルレは関門海峡の方に去りつつある。大きなうねりが押し寄せて来て、艦を揺らす。

「彼らは、ここのところ戦災負傷者の世話をしてました。広島はひどいものです。それで志願してきたのです。命令だけではすまない。作戦の詳細を伝え、質問にも応じた」

 熊部は、園田を見つめた。しかし、園田大尉はなかなか双眼鏡を下ろそうとはしない。ぱたぱたと空から乾いた音がする。見上げると翼のない飛行機が飛んで、いや、空中に静止していた。

「カ号観測機です。ご覧のとおりオートジャイロです。上空から、海図と照合しています」


『なに、いろいろやってもだめならフネだ。その機雷はフネには感応するのだろ。ならば簡単だ。フネを突撃させろ。何度もやれ。いずれ機雷も尽きる』

「え」

「佐伯司令官は、そう言われた」

「すると」

「はい、マルレが十回通過します。カ号の照合結果によっては、爆雷も投下します。その後に機動艇、海軍さんで言う二等輸送艦を二十隻ほど。先頭の六隻は機雷原啓開船です。最後に熊野丸と摂津丸。夜までかかるでしょうね」

 熊部は愕然とした。無謀な企てなどではない。本格的に計画された作戦なのだ。


 ようやく園田大尉は、熊部に顔を向けた。双眼鏡の跡で目の周りは赤い。

「兵器や弾薬を積んでいます。もう内地では必要ない」

「満州ですね」

「誤解しないでほしいのですが、目的は帰りです。満州から食糧を運んで来るのです」

「あ」

「そうでなくては、彼らも志願はしない。それに、日本の海はきれいにしないといけない」




 園田大尉が退艦したのは、もう深夜だった。乗艦した時と同じく指揮刀を吊って、海軍式に敬礼をする。短剣を吊るした熊部は、ゆっくりと答礼した。見送った熊部が艦橋に戻ると、緊急電が入っていた。呉から海軍艦艇が出港するという。熊部は待った。そして見た。


 関門海峡へ向かう海軍艦艇は、駆逐艦だけで二十隻、潜水艦も十隻あった。さらに、巡洋艦が三隻に、航空母艦と特設水上機母艦と潜水艦母艦が一隻ずつ。呉軍港は空っぽだろう。

(いったい、何が起きているのだ)






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