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表紙
「どうした?」
「B29だ」
「え」
本郷は野口の視線を追って、上空を見つめる。左手の遥か上空にきらりと光るものがあった。あの針の先のような点を、野口は機種まで判別できるのか。
「忘れるものか」
「そうか、蘭花特別攻撃隊か」
一年前、成都基地から飛来した米軍機B29は満州国の重工業地帯である撫順、鞍山、奉天を空襲した。奉撫地区防空司令官の野口は迎撃にあたったが、高空を高速で巡航するB29に対して有効な攻撃法は限られた。敵機の進路を予想し待ち伏せて、尾翼を狙って体当たりするのである。
「今年になってマリアナに移動した。だが、戻って来た」
「しかし、日米は停戦に入って一週間になる。いまさら…」
「広島に落ちた新型爆弾は大きく重いらしい。運べるのはB29だけだ」
「なに。まさか」
「竹林に聞いた。投下前には念入りに偵察するという」
本郷は、真っ青な空に引かれた数条の飛行機雲の先端を見極めようとする。しかし、霞んで見えなかった。気がつくと、飛行機雲も霧散している。本郷は野口を振り返って、その異相にギョッとした。野口は笑っていた。