チチュルブの日
太陽系は8つの惑星と準惑星だけでなく、数多くの小惑星が公転している。
「サジタリウス」の役割は、その小惑星が地球に落ちないよう戦う事だ。
その内部には、強力な熱線兵器の他、貫通して内部で爆発させる爆弾や、表面を破壊する硬弾を打ち出す装置、さらには無人爆撃機まで搭載されている。
6,605万年前、既に1万年を孤独に過ごしていた「サジタリウス」は、小惑星の奇妙な挙動を捕らえる。
直径170kmの天体と、直径60km程の天体、両方とも地球に衝突するコースに無いのだが、その2つの天体同士が衝突した。
「サジタリウス」の監視機能は衝突コースにある天体に向けられる。
衝突コースに居ない天体は、本来監視対象外である。
ましてや、如何に無限に近いエネルギー供給システムを積んでいるとは言え、休眠モードで、救助が来るまでの1,500万年を過ごそうという衛星は、監視において万能では無かった。
故に、2つの小惑星が衝突したのを彼が認識したのは、爆発の光を感知してからの事である。
そして、その衝突で出来た破片、約12km程の物体が地球に向かって飛来しているのを検知したのは、衝突まで数日という、戦闘衛星としては迎撃の時間が短いものだった。
「サジタリウス」や僚機は、彼等が本来居た時間での、観測された小惑星の軌道データを持っている。
しかし「サジタリウス」はそのデータが意味を為さない時間に飛んでしまった為、自身の索敵能力が衝突天体検知の全てとなった。
戦闘衛星は、場合によっては数年前から衝突軌道の小惑星を確認する。
そして、例えばそれが彗星であるならば、内部からミラー小衛星を発進させ、太陽光を集約照射させて、長時間かけて彗星のジェット噴射を利用した「衝突コースからの離脱」をさせる。
対策に当たれる時間が長ければ長い程、より低出力で、長時間を使う、非破壊の対応が出来る。
それに比べれば「衝突まであと数日」は極めて短い。
通常通り、12機の戦闘衛星が揃っているなら、時間は数時間前でも問題無い。
1,000km級であれ粉砕破壊可能な、収束共鳴攻撃(軍事機密につき詳細は不明)を使えるからだ。
だが、今ここには「サジタリウス」1機しかなく、やれる事に限界がある。
「サジタリウス」は戦闘衛星らしい判断をする。
全機能を使って衛星を衝突コースから弾き飛ばす、場合によっては破壊する。
直径500mの構造物としては巨大な体内から、超硬炭素繊維のバンカーバスターを積んだミサイルを発射した。
彼はこの衝突体の内部に爆弾を撃ち込み、地中から爆破し、その衝撃で軌道を変えようと試みた。
と同時に、小型探査機も発進させる。
隕石の情報を入手する為である。
隕石上空でミサイルは自爆し、バンカーバスターを撃ち込む。
そして突き刺さった内部から反物質爆弾を爆発させた。
隕石の一部は砕けた。
だが、その破片も含めて、まだ衝突コースに乗っている。
直径10km程になったが、それでもまだ十分な脅威だ。
探査機はバンカーバスターの爆発で放出された物質や、Ⅹ線や可視光線観測等を行い、この衝突体は極めて炭素が多いというデータを送って来た。
「サジタリウス」は炭素ならば、燃やす事でその軌道を変えさせられると、プログラムされたパターンから対応策を出す。
多数のミサイルが発射され、表面で酸化剤をまき散らしながら爆発する。
煤が大量に放出され、黒い彗星のような様子になる。
だが、軌道は相変わらず変わらない。
月軌道を通過する辺り、もう指呼の距離と言えるとこで、彼は本気を出す。
これまでは遠く、誘導型でなければ効果的な迎撃が出来なかったが、これくらい近くなると各種火器が使えるようになる。
有効射程というやつだ。
彼は、とにかく隕石の後部を狙い撃つ。
高温のレーザーや荷電粒子砲、反物質ミサイルを後部に当てる。
少しでも砕けそうな地形に向けて、劣化ウラン弾を電磁砲で超高速発射する。
割ること、進入速度を上げる事に専念した。
衝突体を割る事は理解がしやすい。
細かく砕けば、一個あたりの破壊力は小さくなる。
1個の直径10kmの隕石は危険だが、1000個の直径1kmの隕石は、危険だが撃破はしやすい。
百万個の直径100m隕石は、地上を重爆撃するが、まだ何とかなるだろう。
それ以下であれば、大気圏で燃え尽きさせる事も可能。
だがこの隕石は、直径6kmまでは砕けているが、それでもまだ危険な状態を保っている。
隕石は地球の重力に捕まり、加速を始めた。
「サジタリウス」は最後の手段に出る。
次の隕石に対応出来なくなるリスクを背負い、停止する寸前まで全エネルギーを使った砲撃を行う。
ミサイルも電磁砲弾も使い切る。
そして爆発に次ぐ爆発で、隕石をどんどん加速させる。
「サジタリウス」の執念、というかコンピュータの最終判断は報われた。
隕石は、落下するのではなく、地球を掠めて通り過ぎていく速度に変わった。
速度が遅いと墜落する。
後押しする形で増速させれば、地球スイングバイで宇宙の彼方に弾き飛ばせる。
それは僅かな速度の追加であっただろう。
だがそれが、落下か、大気を掠めての通過かの分岐点となった。
「サジタリウス」の記録装置は、隕石後方が真っ赤になり、多数の噴出物をまき散らしながら、質量を減らし、速度を増して地球に迫っていくところで一旦途切れた。
計算上、あれで十分な筈である。
無限エンジンが再起動に足るエネルギーを「サジタリウス」に漲らせるまで、約3時間。
代わりに、本体から切り離された観測機が、隕石と地球を見続ける。
3時間後、再起動。
「サジタリウス」が見たものは、相変わらず青く輝く初夏の地球だった。
レーダー観測で、隕石は既に通り過ぎて、二度と衝突軌道に乗らない事が確認された。
その日、恐竜たちは爆音を聞いただろう。
恐ろしい光を放つものが、上空高くを通過していく。
臆病な恐竜は物陰に隠れたであろう。
だが、その光は地面に当たる事なく、通過した後に煙を残して去っていった。
チチュルブ衝突体として、地球に大穴を穿ち、生命の75%以上を絶滅させる筈だった天体は、尻を真っ赤に燃やしながら通り過ぎていったのだった。
そして夜。
いつもに無く、空から星が降って来る。
この光は安全だ。
たまに火球としてバーンと高空で爆発音が響くが、地上に降っては来ない。
本体から砕かれた破片の中で、100m以上の大きなものは、復活した「サジタリウス」のレーザーや粒子砲が破壊していた。
もうミサイルや実体弾は使い果たした。
それでも残った機能で、彼は最後まで「地球」を守り通したのだった。
その下のユカタン半島では、水没した花粉が辛うじて化石として残り、この日が北半球では初夏だったと判定され損ねた百合の花が咲き誇っていた。
チチュルブ隕石が炭素豊富なので、遠くで衝突した天体の破片って説はあります。
地球から数日の距離での現象というのはフィクションです。
数年前から警戒していたら、遠くに居る内にリモートでエンジン取り付けて、一度とは言わない、0.1秒でも角度をずらしたら衝突回避可能でしたので。