異聞新大陸征服者戦記
番外編です。
短編集です。
欧州の白人たちにとって、竜人は最早珍しくなかった。
北方の羽毛の生えた竜人、南方の禿て爪の長い竜人、いずれも知能はあるが、基本的に遊牧民と同程度のものである。
火薬と鉄砲を発明した白人は、遊牧民を恐れず、同時に竜人への畏敬も薄れた。
さらに竜人は、次第に人類の価値観に組み込まれていく。
竜人の神話「落ちて来た天を、雷神が救ってくれた」というもの。
これは人類の一神教における「裁きの日」または「堕落都市滅亡の日」と相性が良い。
人類も竜人も同じ「父なる神」に創られ、試練を経て今を生きている。
竜人たちも教会に通い、神を敬うようになった。
そして中には人類を上回る思想を持ち、神学を極める竜人も現れるようになった。
その宗教に忠実な男、エルナン・コルテスは、最近アステカという帝国を滅亡させ、神に帰依させた。
やがてスペインのという国に、新大陸征服ブームが訪れる。
甲鉄の鎧を纏い、銃や砲を持ち、ガレオン船で世界を股に架けるスペイン人は、何も恐れる者は無いと思い始めていた。
最初の遭遇はユカタン半島であった。
多くの遺跡を調べ、過去の悪魔の仕業として破壊しながら、インディオを彼等の価値観で「救済」して歩く征服者。
(どうした事だろう?)
次第に、ヨーロッパの技術でも出来ないような美しい球体が祭られているのを見る。
ここらの遺跡の中には、刃を通す隙も無い高度な石垣や、どう加工したか見当もつかない水晶の装具等がある。
(こんな物を作れるのは、まさに悪魔に違いない)
そして彼等の目の前に、謎の生物が現れた。
「白い神……」
インディオはひれ伏し、恐れて涙を流す。
「その赤白いサルは一体何なのでしょう?」
声帯の無い竜人の発声法で、アステカ語を話す。
その生物は、色としては薄緑から白い色で、黄色い目に縦に割けた瞳孔という竜人の特徴を持っていた。
だが、牙や爪という目立った武器を生やしていない。
前かがみな竜人と違い、直立しているが、やはり尾部には長大な尾が生えている。
前かがみでも7フィート(2.1メートル)近くあり、大型で迫力ある姿に比べ、こいつは5.2フィート(
160cm)程度で小さい。
頭身で見れば、恐竜や竜人よりも、人間の子供に近い、頭の大きさを持つ。
雰囲気は尊大で、睥睨するように人に接する。
450年程後の日本人が見れば、「様」をつけて呼ぶ宇宙人の最終形態に近い。
或いは「赤唐辛子」の名を付けられた、生命エネルギーの具象化像がそっくりだ。
「我々は神の使徒である。
お前たち竜人は、全知全能なる父なる神に仕える僕。
我々に従うならば同じ神を知る者として接しよう。
だが、そうでないならば……」
「ほほほほほほほほ……」
その白い竜人は笑う。
(竜人が感情を出すのか?)
竜人は怒りと悲しみ、嬉しさを確かに持っている。
だが鼻息や羽毛のディスプレイで現す以外の特徴は無い筈だ。
「笑わせますねえ。
神の使徒?
貴方がたはサルの仲間で、私たちの先祖がこの地上を支配していた時は、地面に穴を掘って隠れてこそこそ暮らしていたのですよ」
「我々は父なる神が、その身に似せて創られた万物の霊長。
悪魔がその身に似せて創りしも、改心して神の御許に参じた竜人が、我々をサルと同じに扱うのか?」
「貴方は父なる神とやらを見た事が有るのですか?」
「いつも心の内に……」
「妄想ではなく、見た事は有るのですか?」
「神を見る事が出来る者など居ない!」
「やはりそんなとこでしょうね。
私たちの先祖は、この目で神を見たのです。
そして、我々こそが神に選ばれた民の末裔なのです」
「信じられるか!
では聞くが、その神とは我々と同じような形をしていなかったか?」
「球体です」
「何?」
「貴方は馬鹿なのですか?
ほら、あそこにある球、あれが神の形なのです」
「なんだ、太陽信仰ではないか」
「太陽と神を見間違える程、私たちはおバカではありませんよ。
説明してさし上げましょう」
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百合の花の咲く季節であった。
空から巨大な破滅が降って来た。
だがその破滅は、火を噴きながら通り去った。
視力の凄まじく良い祖先は空を見上げた。
天空の遥か彼方にある球体。
それが火を噴き、雷を放ち、その身から天使を放出しながら、破滅をもたらす岩を赤く燃やしていた。
まだ原始的な知能しか持っていなかったが、祖先はそれを見て語った。
あの球体は神で、我々はあの方に救われたのだ、と。
神に感謝しながら、遠い年月が過ぎた。
身を焼くような暑さが、多くの同胞を死においやった。
祖先は空を見た。
神はいつも遠くから我々を見守っている筈だった。
それなのに神である球体は、ある日この地上に墜ちて来た。
神を失った祖先は悲しんだ。
しかし、神が墜ちてしばらくして、この大地は再び穏やかになった。
我々は神の奇跡に感謝しながら、選ばれた民としての誇りを忘れず、生き続ける。
ある時、裸のサルがこの地に住み出した。
隅の方だったが、目障りだったので、皆殺しにして叩き出した。
しばらくすると、またサルが住み出す。
何度も駆除していたが、ある時サルが勇気を振り絞って、我々に話した。
「定期的に生贄を捧げます、だから居住を許して下さい」
先祖は強い我々に話しかけて来たサルの勇気を認め、草地や禿山に居住許可を与えた。
選ばれし民である我々は、数も少なく、それ程の面積を必要としない。
1年食わずとも死なない我々に比べ、サルたちは1月食わないと死んだ。
哀れに思った我々は、農業、土木、医学、建築の知識を与えたが、火の技術だけは与えなかった。
これが我々と裸のサルの共存の歴史である。
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スペイン人たちは笑った。
蛮人の自己中心的な神話だと思ったのだ。
白い竜人たちは不愉快な雰囲気を醸し出す。
「おい、出来損ないの小さいトカゲ野郎。
いいか、よく見ろ、これがその神の火だ」
そう言って銃を撃つ。
脅えるインディオ。
しかし白い竜人はキョトンとしている。
「硫黄と、鳥の糞石を火を使って爆ぜさせたのでしょう?
それのどこが神の火なのですか?」
征服者たちが先にイラつき、
「構う事は無い! 神にまつろわぬ民だ!
さっさと殺して、皮を剥がして本国に持ち帰ろうぜ」
そう叫ぶと、叫び声を上げながら白い竜人たちに発砲する。
しかし、
「野蛮なおサルさんですこと。
これはお仕置きをしないといけませんねえ」
彼等は平然としている。
いや、一人、頭に当たった者が傷を抑えて悶絶している。
「なんだ、その服は?」
「樹液とか鉱物とかを固めて作ったものですよ。
貴方たちこそ、原始的な獣の毛を編んだだけで、よく服などと言えますね?」
そう言いながら、銃器のようなものを取り出した。
(鉄砲だと?)
それは外れた。
そこから放たれたのは弾丸ではなく、赤く熱い、指向性のある光だった。
「私たちは、貴方たちの祖先が木の上で果実を奪い合っている時期に、
洞窟の中から『神の火』を再現する鉱石を見つけ出したのですよ。
我々の文明は、貴方たちサルより遥か昔からあったのです。
神に選ばれた我々は、そうでない地の同胞と違います。
我々は前に進んだのです。
貴方がたの知能の発達速度は驚くべきものです。
ですが、我々は貴方がたよりゆっくりしているとは言え、おそらく数千年の優位が有るのですよ。
『神の火』と『神の雷』は既に再現出来ました。
様々な樹液や材質を組み合わせて作ったこの戦闘服も、貴方がたが辿り着くのは何千年後でしょうかね?
いいですか、おバカさん。
祝福されたこの土地を穢す事は許しません。
来るなら、私たちが貴方たちを亡ぼします。
私たちも、劣る文明を叩くのは気が引けるので、尻尾を巻いてお逃げなさい。
おや、尻尾はとうの昔に失ってましたか、オホホホホホ」
侵略者たちの死骸の上に、その言葉が投げつけられていた。
ただ一人の生き残り、道案内のインディオが起きた事を知らせる。
メキシコでは大騒動になったが、白人たちは
「作り話に過ぎない」
と、そのインディオを逆に「白人を殺し、嘘の報告をした罪」で処刑した。
そして何も知らないフランシスコ・ピサロという男が、南米インカ帝国征服に向かっている。
生贄を求める文明の裏にいた、白い竜人の超文明には気づかぬままに……。
番外編もここまでにします。
本編ガチSFなのに、番外編はテイスト違いますしね。
恐竜人類と既存の歴史のミックスという設定。
プロットとして、いつかまたどこかで使えたら良いよ思ってます。