異業種
私が通っていた小学校にあった、ブロンズ像なんです。
門を入って昇降口までゆく途中に置かれていました。
女の子と男の子、ふたりの子供が両手をつないで顔を合わせ、踊っているような形でした。
みんな仲良く、というメッセージでも込められていたのかもしれません。
私は毎日、何となくその像を見ながら通り過ぎるようになっていました。
それで気付いてしまったんです。
ふたりがつなぐ手、位置が変わるんです。
下の方で繋いでいるときもあれば、高々と上げているときもありました。
肘を曲げているときもあったし、真っ直ぐなときも。
はじめは気のせいかと思いました。
その次は記憶違いかと思いました。
でもそうではなかったのです。
怖くなった私は、像の前を通っても全く目を向けなくなりました。
気付いていないふりをしました。
人に話しても信じてもらえないと思い、言いませんでした。
そうして何年か過ぎました。
怖さは薄れていました。
それがよくなかったのかもしれません。
梅雨の晴れ間に、校庭の紫陽花が咲き誇っていました。
水色の大きな花がみごとで、きれいで、私は帰り道にそれらを見ながら歩いていました。
校庭の紫陽花は、どれも背が高くて。
夢中で見回すうち、あの銅像が、視界に入ってしまいました。
男の子と女の子、ふたりは両手を胸の高さでつなぎ、顔を合わせていました…
が、ふたりの目が一瞬、私の方に向けられたのです。
ブロンズ色のふたりの目は、生きているかのように…いえ、生きている人以上に光を帯び、なのにとても暗く深く見えました。
私は悲鳴を上げていたかもしれません。
その後どうやって帰ったか憶えていません。
次の日からは、学校に行けなくなりました。
「では、それからはずっと不登校だったのですか?」
訊ねられ、私は答えました。
「小学校はね。でも中学からは普通に通えましたよ。私はあのブロンズ像が怖かっただけですから」
大人になった私は今、とある異業種交流会に来ていた。
意識高めの女を気取るつもりはないけれど、何となく、自分と違う立場の人と話してみたくなったのだ。
目の前にいるのは、同じくらいの歳の、女の人。
「今でも思い出しますか?」
「普段は別に。でも今のように、思い出そうとすればすぐに甦ってきます。きっと忘れることなんて出来ないのでしょう」
「そうですよね、わかります」
相手は言い、大きく頷きました。その様子がわざとらしく感じられ、うわべの言葉なのかと思った私は、少し意地悪く訊ねました。
「あなたにもそんな経験があるのですか?」
「ええ。あります」
相手はあっさり言いました。
「聞かせて下さい」
「構いませんが。いいんですか? 」
「もちろん」
「では…
以前の仕事で、通りすがりに、いつも知らない人に睨まれていまして…でも知らない人だし、身に覚えは全くなかったんです。でもあるときわかりました、私の仕事でのミスが原因だったんです。その人には全く関係ないのに、いかにも粗探しするように、怖い顔で私をいつも見ていました。耐えられなくなって、辞めました。
あの人がいなければ、今でもその仕事を続けていたかもしれません。
前の仕事は、いつも決まった恰好をするというものでした。小学校で…」
おわり
読んで頂きありがとうございました。