98.七光りのいらない男
元十三親王邸、現離宮の中庭で。
俺は一人の老将と打ち合っていた。
ダミアン・ノーブル。
帝国最強の武将として、今なお現場の頂点に君臨している実直な男だ。
そのダミアンと、手合わせという名目で打ち合っていた。
ダミアンの剣、一撃一撃が重かった。
剛剣の類だが、それだけではない。
打ち合っただけで、骨の髄まで衝撃が浸透してきそうなほどの剛剣。
華やかさはない、一斬一殺。
無数の戦場で鍛え上げた、実践的な剣だ。
それが分かったところで、俺は互角に打ち合って、鍔迫り合いに持ち込んだところで、止めて大きく飛び下がった。
ここまで、という体で手合わせを終わらせた。
「さすが帝国最強の将」
「恐悦」
ダミアンも剣を下ろし、その場で一度片膝をついた。
「陛下こそますますお強くなられた。わが帝国の頂点に陛下ほどの剣才が君臨なさるのは、神の恩寵と言わざるをえません」
「お前は口が上手くなったな。歴戦の老将も歳を取れば角もとれるのかな」
「すべて偽らざる本心でございます」
「ふっ、冗談だ。お前と会った時にはもういい歳だっただろう」
俺はフッと笑って、冗談だと強調した。
ダミアンはその風貌もあって、歴戦の老将という肩書きそのままの、謹厳実直、冗談の通じない一面がある。
こうやって冗談は冗談だと明言してやる必要がある。
俺は目配せして、庭にある東屋にダミアンを連れてきて、座れと命じた。
「今日お前を呼んだのは他でもない、ギャルワン討伐の件だ」
「はっ」
「単刀直入に言う、余はジェシカにはギャルワン叩きに専念させたい。そのための国境封鎖、糧秣の運送、他勢力の警戒。全てを万全にしたい。もちろんヘンリーとも諮るが、現場のトップのお前の意見も聞いてみたい」
「はっ」
「とは言え、軍事は余の専門ではない。現場にしゃしゃり出るのは歴史にいくらでも見られる失敗を繰り返すのみ。余は方向性を示した。それに見合う戦術、もしくは人材はいるか?」
「恐れながら」
ダミアンはそうと前置きしてから、話し出した。
「まずは国境封鎖」
「うむ」
「私の長男、カール・ノーブルが適任でしょう。国境封鎖にはある種の融通のきかなさが必要となります。陛下のご命令のみに従い、例外はないと言い含めれば十全に役割を果たしましょう」
「なるほど」
くそ真面目さということか。
それはそれでどうかと思うが、使いようによっては安心できる。
「次に他勢力への警戒。これは私の次男、キールを推挙します」
「なぜだ」
「キールは子供の頃から痛みに耐えることに長けて、非常に辛抱強い。突発的な状況で開戦することはまずなく、徹底的な牽制には向いておりましょう」
「そうか」
「最後に糧秣の運送。どうか私の四男、エールにお任せいただきたく」
「いいだろう、任せる。余が認可したとヘンリーに伝えて、そのまま諮るといい」
「ありがたき幸せ」
「細かいことは言わぬ。とにかくジェシカにその一点だけに専念させたい、良いな」
「はっ」
「下がってよいぞ」
「失礼します」
ダミアンはその場でもう一度膝をついてから、立ち上がって立ち去った。
それを見送った後、ドンを呼ぶ。
「お呼びでしょうか、陛下」
「ダミアンの三男、名前は知っているか?」
「確か……ニール・ノーブルだったかと」
「そのニールの事を調べろ」
「何故でしょう?」
不思議そうに首を傾げるドンに、俺はダミアンが三人の子供を推薦した事を話した。
「あれは父上と正反対の目だった」
「上皇陛下と?」
「ああ。子供を溺愛する目だ。自分の七光りで、どうにか出来の悪い子供達をすくい上げたい、と。理由がいちいちこじつけすぎる。四男の糧秣運送にいたっては、理由なんか無くてとにかく頼みこんで来る始末だ」
「あのダミアンどのが……」
俄には信じられない、って顔をするドン。
分からなくもない、謹厳実直でならした、帝国最強の老将だ。
そういう一面があるなんて意外も意外、というわけだ。
「だから、三男の事を調べろ」
「一人だけ名前が挙がらなかった三男ですね」
「ああ」
俺は深く頷き。
「余の予想が正しければ、三男だけ『七光りがなくてもいける』と思われてるだろう」
☆
翌日、書斎の中。
調査を終えて戻ってきたドンが感心した目でいった。
「さすがは陛下、陛下の予測通りでした」
「ほう?」
「ニール・ノーブル。ダミアン殿の剣才を受けついだともっぱらの噂で、12歳の時の稽古でダミアン殿に深手を負わせたとか」
「あのダミアンに?」
「はい」
ダミアンがあの歳にして、未だに現場の指揮官に留まっているのは、ひとえに「強すぎる」からだ。
強すぎて、戦バカとも言うべきダミアンは、戦功を立てることも多いが、やり過ぎて処罰されたことも少なくない。
殲滅までしなくてもいいところで、殲滅してしまって、その結果現地の民の反感を買い、戦とその戦後処理を長引かせた事もある。
その事で処罰され、位を下げられた。
そうやって、戦功とやり過ぎの処罰を繰り返してきたせいで、兵務省に入るほどの出世は出来ず、ずっと現場にいたままだ。
そのダミアンに、十二才で傷を負わせた、か。
「会いに行く、場所は知っているか?」
「はい、ご案内します」
☆
城下町のとある酒場の中にその男はいた。
隅の席で、手酌酒を不敵な笑みを浮かべながら飲み続けている男。
身形は汚くはないが、かなり適当だ。
その辺のごろつきの服――をちゃんと洗濯したような、ちぐはぐな感じのする男。
その格好もあり、体つきが大きいこともあり、さらには右目に盲目を示す眼帯をしている事もあって。
賑やかな酒場の中で、そこだけ人が寄りつかず、ぽっかりと空間が空いているかのようだった。
俺はまっすぐ行って、男――ニールの向かいに座る。
「ニール・ノーブルだな?」
「おう、ボウズ飲むか?」
名前を聞き返してくる訳でもなく、話しかけた相手にはまず酒を勧める。
俺はニールが差し出した杯を受け取って、中身を一気に飲み干した。
「大分安物を飲んでいるな」
「酒なんて酔えりゃ上等。どうせ明日にはションベンになってるんだから」
「なるほど、一理ある」
「で、ボウズはなんだい。俺になんか用か」
「スカウトだ。帝室に仕える気はないか?」
「俺が?」
「ああ」
「なんで」
「腕を見込んだ、というのでは不十分か?」
「なるほど。帝室ってのは、皇帝に仕えろってことか」
「そういうことになるな」
「なら」
ニールはニヤリ、と口角を歪めて、また自分で酌をして、一気に飲み干した。
「皇帝自ら誘いに来てくれたら考えてやるよ。そう皇帝に伝えとけ」
「なんだ、そんな事でいいのか? じゃあ今考えてくれ」
「はあ?」
「余は、既にお前の目の前にいるぞ」
「……へ?」
杯がポロッと手からこぼれて、テーブルの上でコロコロコロと転がって、酒の瓶に当たって止まった。
それを落としたニールも、止まったままだ。
「こう、てい?」
「うむ」
「よ……?」
「なんだ、余の顔を知らなかったのか」
「こ、皇帝――陛下だったのか!」
ニールはハッと我に返り、盛大に驚いて立ち上がった。
途端、酒場中の注目を集めてしまう。
「ああ、余が帝国皇帝、ノア・アララートだ」
名乗りつつ、リヴァイアサンの力を借りて、船を意匠した紋章を示す。
誰であっても、皇帝だと信じる魔剣を使った名乗りだ。
それは、ニールにも通じた。
「皇帝が直に? しかも最初から?」
「おかしいか」
「……オヤジに頼まれたのか?」
「いいや」
俺はフッと微笑った。
ニールが落とした杯を取り上げて、酒をついで、飲み干して微笑った。
「ダミアンは、他の三人しか推薦しなかったよ」
「……ふっ」
その話を聞いて、ニールは落ち着きを取り戻し、ニヒルに笑った。
「オヤジらしいぜ。あの三人もなあ、いい加減独り立ちしねえと。オヤジもいい歳なんだから、いつまでもスネをかじっていられんだろうに」
ニールの、苦笑い混じりのぼやきだった。
どうやら、ダミアンの親馬鹿は相当のもんだな。
「ふっ」
「なんだよ、急に笑ったりして」
「いや、それを聞いても嫉妬したりしないんだな、と思ったのだ」
「……」
「まあそんな事はどうでもよい。それよりも、余が直接来てるのだ、考えてくれ。余に仕えてみぬか」
「あーだめだめ、俺は敬語も作法も苦手だ、宮仕えなんて――」
「なんだそんな事か。それなら今のままでいい」
「――はあ?」
「なんだ」
「今のままでいいって、このままでいいのか?」
「何がおかしい」
「いやおかしいだろ。あんた皇帝だろ? もっとこう、威厳とか伝統とかそういうのとかさ」
「そんな事よりも、人材が手に入るかどうかの方が重要だ」
「……」
ぽかーん、と言葉を失うニール。
やがて、我に返った彼は天を仰いで大笑いして。
「ははははは、お前すげえな。そんな皇帝きいたこともねえ」
「そうか?」
「気に入った。今のままでいいってんなら仕えてやる」
「うむ、よろしく頼むぞ」
俺はそういい、握手のために手を差し出すと、ニールはますますおかしさに大笑いして、手を握ってきた。
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名前:ノア・アララート
帝国皇帝
性別:男
レベル:17+1/∞
HP C+B 火 E+S+S
MP D+C 水 C+SSS
力 C+S 風 E+C
体力 D+C 地 E+C
知性 D+A 光 E+B
精神 E+B 闇 E+B
速さ E+B
器用 E+C
運 D+C
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そして、ステータスの「+」が、また一つあがったのだった。