97.模範提督
巨竜が倒れた後、十分の一程度――それでも人間よりは大きい竜が何体も同時に飛び出してきた。
魔剣リヴァイアサンをぐるりと回し、地面に突き立てる。
刀身が光る。
柄と刀身の境目から、何本もの水柱――いや激流とも言うべき物が打ち出された。
かつて反乱軍の首魁を遠距離で撃ち抜いたそれよりも、鋭く絞り込まれた針のような鋭さの水柱。
それが次々と、竜の眉間を撃ち抜いた。
竜達はバタバタと撃ち抜かれて一瞬で絶命する。
「ぐおおおおお!!」
天と地が震撼した。
最初の巨竜が咆哮を上げた。
首を一刀両断に斬り捨ててもなお絶命しない生命力にすこし驚いた。
起き上がった巨竜は、こっちに向かって跳びかかってくる。
「慮外者が」
幼げだが、威厳をたたえた声が静かに響いた。
次の瞬間、水竜が顕現した。
巨竜よりも一回り巨大な水の竜。
リヴァイアサン。
顕現したそれに、巨竜が気圧された。
ビクッと身を震わせ、進むことも引くことも出来ずに、固まってしまう。
わなわなと震えた後、まるでしっぽを丸めて逃げ出すかのように、一歩後ずさったが。
「万死」
水竜が低い声でつぶやく。
次の瞬間、巨竜は全身を水に取り囲まれる。
その水は徐々に圧縮されていく、中の巨竜ごと圧縮される。
水の中でつぶれて、弾けて、やがて消滅する。
巨竜ごと水はドンドン小さくなっていき、完全に消滅した。
「ご苦労」
「はっ」
リヴァイアサンは水の竜のまま頭をかすかに上下させ、依り代の魔剣リヴァイアサンの中にもどっていった。
忠犬で狂犬のリヴァイアサンが戻ったと言うことは、敵が一掃されたということ。
俺は剣を腕輪の中に収納し、エヴリンに振り向いた。
「……」
「どうした、目と口が必要以上に開いているぞ」
「え? あっ……す、すみません。すごすぎて、もうなんと言えばいいのか」
「リヴァイアサン――レヴィアタンの狂犬っぷりはお前も知っているだろう」
「そうではなく……いえそれもそうですけど。そのリヴァイアサンをそこまで手懐けてるご主人様がすごくて……。『従えている』という情報と、実際に見るのとでは大違いです」
「なるほど」
俺は頷き、その話をそこまでで打ち止めにした。
地面を――大地を見つめる。
まさにエヴリンが今言ってたとおりだ。
知っているのと、実際に見るのとでは大違い。
巨竜を倒した後、それがより顕著になった。
大地に見えている、力の流れがはっきりと見て分かるようになった。
本物の川のように、力が流れてきて、一点に集まる。
すると、何もなかったそこに変化が現われた。
何もない空中から、ぽたり、と水が一滴したたりおちた。
「あっ」
「さわるな!」
「――!」
手を伸ばしてキャッチしようとするエヴリンを止めた。
「それは大地の純粋な力が物質化したものだ。超高濃度の魔力だと思え」
「は、はい」
慌てて手を引っ込めるエヴリン。
俺はフワワで容器を作って、雫を受け止めた。
そして、最初に作ったのと同じように、大地の雫をポーションに加工した。
「それが……ポーション、ですか?」
「ああ」
俺は頷き、爪で自分の手の平をひっかいた。
血が一瞬でどくどくと流れ出るほどの深い傷、そこにポーションをぶっかける。
傷が、一瞬で治った。
「――っ! す、すごい!」
「ヘンリーもそう言っていた。戦争の概念がかわるってな」
「それだけじゃありません。世界の在り方が変わってしまいます」
「そうだな。だからこそ、しばらくは管理が必要だ。エヴリン」
「――はい!」
それまでメイドで、お付きの人だったエヴリンの空気が一変した。
俺が名前を改めて呼んだ事から察した。
一を聞いて十を知るのように、自分の立場と役目に一瞬で気づいて切り替えた。
「ここの管理は任せる。製造もだ。やり方は後でじっくり教える」
「分かりました」
エヴリンはすぅ、と手をあげた。
すると、どこからともなく全く同じ服をきた男達が現われた。
エヴリンが目配せするだけで、男達の半分は大地の雫をガッチリガードして、半分は地面にラインを引いたり掘ったり――建築を始めた。
「お前の部下か?」
「はい。ご安心下さい。全て命を助けたり援助したりした男達です。私の命令には忠実です」
「それって――」
「はい、ご主人様から学んだやり方です」
「道理で」
俺は微かに苦笑いした。
「道理で?」
エヴリンは小首を傾げた。
俺は手を伸ばして、エヴリンの襟に触れた。
「お前の格好に懐かしさを覚えていたんだ。その理由が今分かったよ」
「え?」
「格好が普通すぎる、質素すぎる。見ろ、この襟、ほつれは一切無いが、洗濯を繰り返してうっすらと色落ちしている。総督が着るようなものじゃない」
「あっ……」
エヴリンは顔を赤らめた。
「す、すみません」
「よかろう。これからお前に毎年9000リィーンをやる」
「え?」
「親王の基本俸禄と同じ額だ」
「あっ……ご主人様が最初の……」
親王邸の最初期にいたメイドエヴリンはその事を思い出した。
「内務省、つまり余のポケットマネーから出す。お前の好きに使え」
「しかし、そのようなものがなくても――」
「お前は俺への忠誠心で動く」
俺は襟に触れながら、エヴリンの言葉をさえぎって、
「お前自身、霞を食んでても生きていけそうだ。だが、お前の部下はそうは行かないだろう?」
「それは……」
「なら聞こう。お前が俺に抱いてる忠誠心。それと同じレベルの部下がお前にはいるか?」
これはかなり意地悪な質問だ。
どう思っていても、エヴリンは「いる」とは言えない。
だからエヴリンの「言葉」は予想通りだった。
「い、いません」
「なら、金で育てろ。金があれば、数も質も上げられるだろう?」
「わかりました。誓って、全て好きに使います」
「うむ」
俺は頷いた。
そして歩き出し、エヴリンに目配せをして、彼女を連れてその場から離れた。
「それともうひとつ。ポーションの効果が分かってくると、絶対に横流しをするものが出てくる」
「……はい」
そこで「ない」とは言わないのが、エヴリンのいいところだ。
「あらかじめ分かっていればいくらでも対処出来ます。防ぎます」
「いや、いい」
「え?」
エヴリンはきょとんとした。
彼女の部下たちが絶対に聞こえない程度の距離に離れてから、立ち止まって彼女に振り向く。
「防ぐよりも、あぶり出しに使え」
「あぶり出し」
「その方が得だ」
「で、ですが。このポーションはご主人様の戦略にとっての大事なものです。そんなものを流出させては」
「人は宝だ」
「――っ!」
「あらかじめ分かってれば、流出も数本から数十本程度で済む。その程度の損害で、不届き者をあぶり出してお前の忠実な部下たちを作れるのなら、安いとは思わないか?」
「……やっぱり、ご主人様ってすごいです」
「ん?」
「あのポーションを、ただでさえすごいアイテムをそんな使い方が出来るなんて……」
エヴリンはますます感動した目で俺を見つめた。
「分かりました。ポーションも、年間9000リィーンも。全てお預かりします」
「ああ」
俺は頷き、エヴリンの頭に手を乗せた。
かつては俺よりも背が高かった少女だ。
俺が成長し、彼女は年齢を重ねた。
いつしか身長差が完全に逆転し、こうして頭に手をポンと乗せれるようになった。
「お前に模範提督の称号をやる、もどったら正式な文書で全国に告知する」
「……はい」
エヴリンは真顔で、重々しく頷いた。
理解したのだ。
俺の屋敷からでていった家人第一号。
彼女を模範とすれば、彼女のやり方を真似る人がでる。
俺に――皇帝にとりいるためだけだとしても、彼女のやりようを真似られれば俺にはありがたい。
人は、宝なのだ。