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96.狂犬・リヴァイアサン

 アルメリアに移動する途中で、ガベル州の辺境を通り過ぎた。

 ポーションの件を早く何とかするために、余計な事に巻き込まれないために、夜は道の駅――それも私営のところに宿泊する事にした。


 の、だが。


「お、お久しぶりです、陛下」


 馬車から降りて、道の駅の宿に入ろうとしたところ、待ち構えていた男が俺に跪いて頭を下げた。


「お前は……フィル・モーム。なにゆえここにいる」


 顔を上げた青年――フィル・モームは、塩税の一件で取り立てた青年総督だ。

 ガベル州の総督であり、奴隷上がりでまだまだ不慣れで多忙の身のはずなんだが。


「陛下が来るって聞きました、だから護衛に」

「護衛?」


 眉をひそめまわりをよく見た。

 なるほど、確かに隠してはいるが、あっちこっちに旅人じゃない雰囲気をした連中が多数いる。


「こういう時、護衛と、挨拶にくるものだって聞きました」

「……なるほど。ついでに話がある、どこか話せるところに案内しろ」

「はい」


 まだ臣下としての言葉使いに不慣れなフィル・モーム。

 立ち上がって、自ら俺を案内した。


 宿の一つ――事情を知っていれば貸し切ったとすぐにわかる宿に案内され、その中でも一際豪華な部屋に通された。


 俺が促すと、フィル・モームは部下とか使用人とかを全部下がらせて、部屋の中で俺と二人っきりになった。


 そして、改めて片膝を付いて、臣下の礼を取った。


「よい、そんな事よりも話がある」

「は、はい! なんでしょう」

「まず、報告は読んでいる。あれでいい、気になったこと、報告したいことがあればいつでも送ってこい」

「はい!」


 フィル・モームの報告書、読み書きが出来ないから、絵にして俺に送ってきた。

 今の話を聞いてると、あれもそのうち、部下だかなんだかの「善意のアドバイス」につぶされかねない。


「誰か何か言ったら、あれでいい、勅命だ、と返しておけ」

「わ、わかりました!」


 勅命だと強調すると、フィル・モームは無駄に力が入ったポーズで頷いた。


「で、これからはこういうのはいい」

「い、いいんですか?」

「ああ。お前にもう一つの勅命、密命をやる。民の為に動け、余への礼法は無視していい」

「し、しかし。それじゃ――」


 何か言おうとするフィル・モームを遮って、真っ直ぐ見つめた。

 はっきりと、若干遅めの口調で、重々しく言い切った。


「礼法に長けた人間は腐るほどいる。それが必要ならお前を取り立てていない」

「――っ!」

「わかったな」

「はい! わかりました!」

「うむ」


 ここまで言えば大丈夫だろう。

 そしてそこまで言ったせいで、フィル・モームはかなりかっちこっちに緊張していた。


 それをほぐすために、適当な話を振ってみた。


「そういえば、結婚はしたのか?」

「ま、まだです」

「なんだ? いい相手が見つからなかったのか? 余が紹介してやろうか」

「そうじゃなくて。ずっと一緒だった子達がいて、どっちにするべきか、悩んでて……」

「なんだ、そんな事か」


 俺はフッと笑った。


 フィル・モームは、奴隷上がりにありがちな「思い違い」をしている。


「いいか、フィル・モーム。一夫多妻というのは貴族の義務だ」

「ぎ、義務ですか?」

「奴隷だったお前の目には権利、しかも特権に見えるだろう? 違うのだ、義務なのだ」

「どういうことなんでしょう?」

「養える人間が多く養って、育てるのが義務だ。庶民は産めても養えない事が多いだろう? 極論、同じ病気になったとしても今までのお前だったら神頼み、しかし今のお前なら医者に診せられる」


 だからこそ、帝国は闇奴隷商を禁じて、その辺りをどうにかしようとしていた。


「は、はい! 診せられます!」

「貴族なら養える、育てられる。人は宝、そして可能性だ。養える力のある人間が多く産ませるのは義務だ」

「そ、そうですか……」


 分かったような、分からない様なフィル・モームだ。


 このあたり、貴族と平民とでは考え方の違いが激しい。

 庶民は一夫多妻に意味を見出せず、もっぱら享楽の為にしているのだと、はなから思い込んでる事が多い。


「そもそもだ」

「え?」

「帝国は戦士の国、というのは分かっているな」

「は、はい」

「常に外敵と戦争状態にある帝国は、男が常に前線で死に続けている。女は前線には出ないから減らない」


 今のところはな、と、ジェシカの姿が脳裏に浮かび上がってきた。


「全員が一夫一妻では女は余ってしまうのだよ」

「あっ……」


 フィル・モームはハッとした。


「まあ、どうしても自分はやりたくないのならそれはそれでいい。それだったら下の人間がそうできるようにしろ。女が余るのは帝国が帝国である以上変わらん。ならお前が治める土地を豊かにして、男が普通に複数の妻を娶れるほど豊かにすればいい」

「な、なるほど。さすが陛下! やっぱり民の事を考えていたのですね」


 どっちかというとお前を納得させるための理屈を探していたんだ、とは。

 話をややこしくさせてしまうから言わないでおいた。


「というわけで、取り敢えず迷っている古馴染みはどっちも娶っておけ」

「わかりました!」


     ☆


 フィル・モームの一件があったため、俺はペースを上げつつ、更に行方をくらましつつ。

 途中のいざこざ(の可能性)を全部スルーして、最速でアルメリア州、州都ニシルに到着した。


 ニシルの入り口に馬車をとめて、飛び降りる。

 封地入りしていた頃からあまり変わらない、街中に張り巡らされた水道で栄えている水の都そのままだった。


 いい街だ、と改めて思ったのとほぼ同時に。


「お待ちしてました、ご主人様(、、、、)


 そばから、懐かしい呼び方が聞こえてきた。

 振り向くと、メイド服に身を包んだエヴリンが一人で(、、、)佇んでいた。


「ああ、久しぶりだなエヴリン」

「ご案内します、こちらへどうぞ」


 エヴリンはそう言って、俺を先導して歩き出した。

 俺は馬車の御者に目配せだけして、エヴリンについて行く。


 しばらく歩いて、エヴリンに連れられて質素な家に入った。


 家に入って、ドアを閉めきってから、エヴリンは改めて膝をついた。


「ご無礼をお許し下さい」

「いや、これでいい。ついでだ、人がいないここでなら陛下呼びもいらん。ご主人様でいい」

「かしこまりました」


 エヴリンはすっ、と立ち上がった。

 十三親王邸から外に出して大分経つ、そのメイド姿は懐かしさを覚えるほどだ。


「俺がくるのは誰にもいってないな?」

「はい」

「よし。で、龍脈の話なんだが――」


 前もって、簡単な説明を手紙でエヴリンに送った。

 その補足に、もっと詳しく説明してやろうと思った。が、


「それでしたら、三日間の取水制限と、貯水命令を出しました」

「ほう?」

「水源に、とのことですので。貯水はもとより取水も制限致しました。これでよろしかったでしょうか」

「ふむ、よくやった」


 俺はエヴリンを褒めた。

 エヴリンは嬉しそうに、微かに頬を染めた。


 急ぎだったし、事が事だったというのもある。

 エヴリンに宛てた手紙は最低限の説明しかしてなかった。

 それでもエヴリンは、最大限民の事を考えた施策をした。


「本当によくやった。十三親王邸から一番最初に外に出した家人だ。お前がそうしてくれてると、俺も鼻が高い」

「そ、そんな……恐縮です」


 エヴリンはますます恥ずかしそうに、顔を背け目をそらしてしまった。


 そして、それをごまかすかのように、袖の下から一枚の紙を取り出し、俺に手渡した。


「これは?」

「ニシルの全水路を描いた図面です。これも必要になると思いまして」

「ふむ」


 俺は水路図を受け取って、開いて眺めた。


 一通り眺めてから、俺もポケットから四つ折りの紙を取り出して、開いて比較するように交互に見た。


「それは何でしょうか、ご主人様」

「ああ、ニシルの最古の水路図だ」

「え!?」


 エヴリンがブルッと震えた。

 何故か大きなショックを受けてしまったかのように震えてしまった。


 そして俺が見せた古い水路図を見て、ますます顔が驚きに染まる。


「どうした」

「実は……」


 エヴリンはもう一枚、紙を取り出した。

 それを受け取って、目を通す。


 俺が取り出した「最古の水路図」とほぼ一致しているものだった。


「これは?」

「ご主人様がおっしゃったように、古い方の水路図です。これも必要だと思って調べさせたのですが、何分既に歴史になっているほど遙か昔の出来事、真実だと確認するまでは出来ませんでしたので、出すべきかと迷っていました」

「なるほど。この二つが一致しているということは、これであっているということだな」

「それをどうやって……?」

「リヴァイアサンに書かせた」

「リヴァイ……レヴィアタンですか? あの魔剣の」

「ああ。そしてリヴァイアサンとは、かつての四賢者のリヴァイアサンと同一の存在だったのだ」

「なんと!? そんな存在を屈服させている……さすがご主人様です」


 エヴリンはこの日一番の、尊敬する眼差しで俺を見つめた。


     ☆


「なるほど、これが大地の力か」


 ニシルの街から少し出て、二つの水路図と、リヴァイアサンの記憶から導きだした龍脈の上に立った。


 すると……感じた。

 大地の下に流れている、「見えない水脈」を。

 大地の力、魔力が流れているその龍脈の存在をはっきりと感じ取った。


「凄まじい力だ」

「そのようなものがあるのですね」

「感じないか?」

「愚鈍にして……」


 エヴリンは申し訳なさそうに、微かにうつむいてしまった。


「しかし、これほどの力だ。リヴァイアサンが言うとおり、川が集まって海に流れ込んでいくかのごとく――なら大地に異変がとっくに起きてるはずだ。何かないのか?」

「いいえ。お話ではご主人様が新たな水路を増築した前後の話でしたので、それを調べてみたのですが、『自然界』というくくりでは、特に何かが変化したと言うことはありませんでした」

「ふむ」


 どういう事なんだろうな。

 俺は龍脈の流れに沿って歩き出した。


 流れているのは確かだ、なら、集まっている最終地点も見ておこう。

 そう思って、流れに沿って歩き出すと、街から約二十分ほど離れた辺りで、それ(、、)に気づいた。


「ここか」

「なにがですか?」

「淀み、か? せき止められている」

「せき止められている?」

「下がれ」


 俺が言うと、エヴリンは理解不能ながらも、言われた通りに下がった。


「リヴァイアサン」


 腕輪の中から魔剣を抜き放ち、彼女を召喚した。

 幼げな老女が、人を越えた存在が目の前に現われた。


「どうすればいい」

「河川となんら変わりない。決壊させてしまえばいい」

「ふむ」


 頷き、少し考える。

 腹を決めて、リヴァイアサン(剣)を地面に突き立てた。

 そして、力を流す。


 龍脈に向かって、一瞬だがその一瞬で全力で力を流した。


 ゴゴゴゴゴ……地鳴りがした。


 直後、大地から何かが飛び出してきた。


 大地を割って、空に飛び上がった黒くまがまがしい肉体。


 竜。


 まがまがしいオーラを放った竜種だった。


 モンスターの中でもとりわけ強い相手を見て、エヴリンは叫んだ。


「お逃げ下さいご主人様! 今すぐ兵を集結――」


 両断。

 飛び上がり、肉薄して、リヴァイアサンを振るって竜を縦に真っ二つにした。


 一刀のもとに斬り捨てられた竜は、力を失って地面に墜落する。


 どしん! と大地が更に揺れた。


 竜は強かったが、それ以上にリヴァイアサンが強かった。

 そして、やる気になっていた。


 現われるなり俺に殺気を向けてきた竜に、リヴァイアサンがぶち切れた。

 今まではブレーキをかけ続けてきたリヴァイアサンの殺意、それを初めて好きにさせた。


 結果、おそらくは1000人ほどの兵で討伐を試みるほどの竜を、一刀の元に斬り捨てた。


「す、すごい……」


 それを至近距離で見ていたエヴリンは、ぽかーんと口を開いて絶句してしまった。

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●感謝御礼

「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

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なろう時代から強く応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
― 新着の感想 ―
[一言] 「一刀の『元』に」←日本語の難しさの最たる例だと思います。 ここは「元」ではなくて「下」が正しいでしょう。
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