09.戦士の国の十三王子
しばらく頭を撫でた後、陛下は俺の腰の魔剣に目をやった。
「それが今のレヴィアタンか、なるほど、本当に縮んでおるのだな」
陛下の口ぶりからして、レヴィアタンが縮んだのも情報を仕入れてたみたいだ。
それはつまり、俺の屋敷にも陛下に情報を届ける人間がいると言うことだ。
当然と言えば当然か。
「ノアよ」
「はい」
「それを再び大きくすることは出来るのか?」
「どうなんだろう……どうなんだ?」
陛下の言葉は聞こえているだろうが、レヴィアタンは俺が直で聞くまで答えなかった。
ますます忠犬だなと思いつつ、返事をそのまま陛下に報告した。
「どうやら出来る様です」
「やって見せろ」
「はい」
俺はレヴィアタンを抜いて、地面に突き立てた。
柄のてっぺんに手をかけて、レヴィアタンに大きくなれと念じる。
すると、レヴィアタンはグングン伸びていった。
六歳の俺の肉体にふさわしい長さから、初めて会った時の、大人が振るいやすい長さに戻った。
「おお……」
目の前で起きた変化を見て、陛下が驚嘆した。
「なるほど、確かに前代未聞だ。それに」
「?」
「完全に御しているのだな、あの魔剣レヴィアタンを。これについて回った忌まわしき歴史を考えればすごいと言わざるを得ない」
忌まわしき歴史、か。
まあ、こいつの狂犬っぷりは俺もよく知っている。
第三宰相レイドークに招かれていったパーティーで、俺が止めていなければ無駄口を叩いた男、いや下手したらその場にいる人間を皆殺しにしてたかもしれない。
レヴィアタンを止める人間がいなければ、確かに「忌まわしき歴史」が次から次へと作られるだろうなと納得した。
「もうよいぞ」
「はい」
頷き、レヴィアタンを俺専用のサイズにして、腰の鞘に戻す。
「見た目も似合う。そうだ、ノアに師匠をつけてやらんとな」
「師匠ですか?」
「剣術の師匠だ。魔剣を振るう技を身につけた方がいいだろう。クルーズ」
陛下が呼ぶと、それまでどこにいたのか、腹心の宦官が音もなく姿を現わした。
「お呼びでしょうか」
「ノーブルを呼んでこい、今すぐにだ」
「御意」
クルーズは命令を受け、そのまま立ち去った。
庭園で陛下と世間話をしながら待った。
約二十分後、騎士の鎧を纏った中年の男がやってきた。
男は父上の前に片膝をつき。
「ダミアン・ノーブル、参上いたしました」
「うむ、よく来た。お前にやってもらいたいことがある」
「何なりと」
「ノアの事は知ってるな。剣を教えてやって欲しい」
「はっ、微力を尽くします」
命令を受けて、ダミアンは立ち上がってこっちを向いた。
陛下には膝をついたのに対して、俺には会釈程度に頭を下げた。
「殿下の指南役を拝命したダミアン・ノーブルと申す。以後お見知りおきを」
「ノーブルは帝国で一番の腕前、剣では並ぶものなしと謳われるほどの剣豪だ」
「恐悦」
そういって軽く頭を下げたダミアン。
嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない、仏頂面をしている。
それはいつもの事なのか、陛下も気にはしなかった。
「ノーブルのもとで励め」
「はい」
「早速だが、殿下。まずは素質を確かめさせていただきたく」
ダミアンは腰の剣を抜いて、切っ先を俺に向けた。
これにはさすがに陛下も驚いたのか。
「まだ何も教えていない子供だぞ」
「ご安心を、技ではなく素質をみるだけですゆえ」
「ふむ」
陛下はあっさり納得した。
そんなに簡単に納得していいのか、とも思ったけど、そこは「帝国で一番の腕前」に対する信頼なのかもしれない。
「どこからでも斬りかかってくるといい」
「わかった」
俺はレヴィアタンを抜いて、ダミアンに斬りかかって。
真上から振り下ろす俺の斬撃、それをダミアンは剣を水平に構えて受け止める構えを取った。
キーン!
軽い金属音の直後。
「……えっ」
ダミアンは驚愕した。
ついさっきまで持っていた剣が、明後日の方角に飛んでいき、ぐるぐると回って、地面に突き刺さった。
無造作に振り下ろした俺の斬撃は、ダミアンの剣と打ち合った瞬間、そのまま巻き付いてひねり上げた。
刀身同士が吸い付くような巻き込み、そのまま持っていると手首が曲がっちゃいけない方に曲がってしまうダミアンは堪らず剣を手離した。
その剣は巻き上げられた勢いのまま、ぐるぐると遠くへ飛んでいった、という訳だ。
ダミアンは呆然と俺を見つめ、遠くに突き刺さった自分の剣を見て、天を仰いだ。
そして、最後は陛下に向き直って、片膝をついて。
「申しわけございませぬ、陛下。私には殿下に教えられるものはなにもありません」
「どういう事だ、分かる様に説明しろ」
「殿下の力も、速さも、それらは全て子供のものでございますが、剣の技は既に達人の域に達しておられる」
「達人の域?」
「先ほどのは、技のみで私から剣を巻き上げた」
「……」
「教えるなどおこがましい、私の完敗です」
「……おぉ」
さすがの陛下も一瞬、いや十秒くらいは状況を飲み込めずにポカーンとしていたが、我に返るとさっきよりも嬉しそうな顔をした。
「そうか、そうなのか」
「はっ」
「そうか、あはははは。やるではないかノア、すごいぞノア」
「はっ。さすがは陛下のご子息でございます」
「あはははははは!」
陛下はものすごく嬉しそうに、天を仰いで大笑いした。
「いい、いいぞ。そうだ!」
陛下は何かを思い出したように手を叩いた。
「今年の騎士選抜、メインの選考官をノアにやってもらおう」
「この上なくふさわしい人選かと」
ダミアンは陛下に同調した。
騎士選抜、それは帝国の年に一度の大イベントだ。
今や地上に帝国と言えばわが帝国で、誰もそう呼ばなくなったが、本来は「ミーレス帝国」というのが正式な名前だ。
ミーレスとは古い言葉で戦士、つまりミーレス帝国とは「戦士の国」という意味だ。
帝国は伝統として武人を重用する、武のみが唯一立身出世を果たせる道とすら言われている。
それを決めるのが、年に一度の騎士選抜だ。
帝国各地から勝ち抜いてきた人間が、帝都で死闘を繰り広げ、勝ち残ったものには騎士の称号が与えられて、一気に上流階級の仲間入りを果たす。
その選考官を俺にやれって言うのだ。
少し考えた。
これは非常に、俺に都合がいい。
なぜかと言えば、最後まで勝ち抜いた騎士は、その時の選考官の部下になるのが最初の仕事だ。
俺は視界の片隅にある、普段はあまり気にしてないステータスをみた。
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名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E+SS
力 F+F 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F+F
運 F+F
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何故か他の人間にはない、俺だけある「+」の能力。
それは俺の部下、俺の領地の人間次第で上積みされるものだ。
つまり、俺は強い部下を持てば俺自身強くなる。
騎士選抜の選考官は、願ってもない命令だ。
俺は一歩前に進み出て、陛下に片膝をついて。
「御意、選考官の任を見事果たして見せます」
「うむ。それなら早速一つだけ決めよう。ノアはどういう選考にする」
陛下の質問。これまた選考官の権利だ。
最後に残った人間を自分の部下にするのだから、選考のやり方を決める権利がある。
例えばリーグ戦とトーナメントじゃ、最後まで勝ち残ってくる人間の傾向がまるで違う。
俺は少し考えた。
何の事はない、より強い人間がいいのだから。
「一つだけ」
「うむ、申せ」
「帝国各地の予選を、全て帝都で。俺の目の前でやって欲しい」
「なに? それは何故だ」
「才能を見逃したくない。全てを自分の目で見て、決めたい」
帝国は大きい、こういう大きなイベントだと、地方の予選レベルじゃ完全にコントロール出来ない。
そこにもし俺の部下にふさわしい人間がいて、なんか変な事で落とされたらもったいない。
だから、全部自分の目で見たいと思った。
「おお、おおおぉ」
「陛下?」
「陛下は」
天を仰いで恍惚の表情をする陛下に変わって、ダミアンが説明をした。
「御立派な考えに感動しておられる」