83.一流と三流
「で、向こうには何て返事をした」
驚愕したままの男は一先ず放っておいて、ゾーイに聞く。
「引き受けました。ご主人様であればそれを利用するかと思いましたので」
「うむ」
さすがは俺に長いこと従っているだけあって、ゾーイは俺の事が良く分かっている。
今回の件、店ごと消えた事も相まって、地下に潜られて出てこないのが一番面倒臭くなる。
ゾーイを買収しようとした、つまり限りなく表に近いところまで浮上してきてくれたのは、ありがたいという他ない。
ゾーイのファインプレイだ。
「俺達の正体はなんと答えた」
「私達は皇帝陛下の密命を受けて調べに来た、と返事しました」
「え?」
男は更に驚いた。
「そうか、よくやったゾーイ。ほぼ満点の対応だ」
「ど、どういう事だ……?」
半ば絶句するほど不思議がる男と、同じように、若干だが不思議がっているゾーイ。
男だけならスルーしたのだが、ゾーイには説明しようと思った。
「人を騙すとき、嘘を並べるのは三流のやることだ」
男は「なるほど」、ゾーイは「うんそうだね」的な表情をした。
「二流は本当の事を言いつつ、いざって時だけ嘘をつく」
「い、一流は?」
「本当の事しか言わない」
「本当の事しか言わない……」
俺の言葉を、まるで舌の上で転がすかのように、じっくり吟味する男。
一方で、男よりも少し理解が早かったゾーイは。
「さすがご主人様です」
と言った。
「お前の返事も中々だ。今の所嘘は無い。向こうからすれば当たり前の展開だと納得するだろう」
「これから私はどうすればいいのですか?」
「俺の動きを余す事なく全部伝えろ。せっかく向こうが出てきてくれたんだ、当面は泳がせておくさ」
「畏まりました」
頷くゾーイ。
この程度の事なら、彼女は問題なくこなすだろう。
俺は考えた。
この旅でのもう一つの目的、ゾーイを連れてきた理由。
それは、彼女を育て、更に鍛え上げる為だ。
そのためには何をしたらいいのか、折角のこのチャンスをもっと利用するには――と頭をフル回転させた。
ゾーイは俺の思考を邪魔しなかった、じっと佇んだまま、次の言葉を待つ。
その間、俺は策を練り上げて、ゾーイにまず聞いてみた。
「連中とは連絡が取れるのか?」
「はい、緊急の時の連絡方法を教えてもらってます」
「よし、ならそいつらに会いに行け。ああ、その3000リィーンをケイトにくれてやれ。都に戻ったら俺が補填してやる」
「ご主人様の為なら3000リィーンくらい……でもどうしてですか?」
「向こうに言って、更に金を要求して来い。理由は今言ったとおり、3000リィーンはケイト買収に使った、と」
「……」
「な、何でそんな事をするんだ?」
ゾーイは口を真一文字に引き結んで考え込んだのに対して、男は持った疑問をそのまま俺に聞いてきた。
「どう思う? ゾーイ」
「……より向こうに取り入るため、でしょうか?」
「半分正解だ」
俺は微笑んで、手を伸ばしてゾーイの頭を撫でてやった。
そこまで解ればとりあえずは充分だ。
「そう、こういう時にもっと要求するのは、相手を安心させ、信用させるという効果がある。だが、ただ欲に任せて要求したのでは、同時に向こうに安く見られる」
「安く見られない為に、ケイトを買収……?」
ゾーイの思考は上手く繋がったようだが、その先までは届かないようだ。
意地悪をしたいわけではないから、種明かしをしてやった。
「同時に、相手の力量を測るんだよ。ある程度出来るやつなら、お前がこの大金を任務遂行の為にまず使ったと知れば、お前の事をそれなりに評価するはずだ」
「評価」
「金はつまるところ道具でしかない。道具をより効果的に使いこなせる人間だけがより多くの財を手に入れられる」
「……はい」
ゾーイは真顔で、静かにうなずいた。
「お前に追加で金を渡すかどうかで相手の力量を測るって訳だ」
「なるほど……さすがご主人様です!」
「ぶっちゃけ今までの話と同じだぞ?」
「えっ?」
「お前は3000リィーンで買収されたと俺に報告した、俺は3万をお前にくれてやった」
「あっ……」
「それと本質は一緒だ。細部と金の流れ方が微妙に違うだけだ」
「なるほど!」
ゾーイは完全に納得したみたいだ。
まあ、買収を俺に知らせたのはこれで二回目だから、理解はしやすかったんだろう。
そして、ゾーイはにわかにやる気になった。
相手に接触して、更に買収の金をせしめようとするのにやる気が出た。
正直、結構な危険が伴う。
ゾーイにさせようとしているのは、二重スパイという事でもあるのだ。
今までのとは訳が違う、本人にも高いリスクがついて回る。
だが、それでも俺はやらせた。
ここにゾーイを連れてきたのは、彼女を更に育てるためだ。
多少の危険に踏み込ませて、この一件で更なる成長をしてくれる事を、俺は心から願った。
☆
次の日、俺はゾーイを連れて宿を出て、街をぶらついた。
もちろん、事前にゾーイとケイト経由で相手に情報を流した。
調査に出かける時間、ルート。
それらの事を、相手に流した。
「いや……最近はすっかり不景気でねえ」
「俺らもどうにか食えてるような状況なんだよ」
「景気が戻ってくれればねえ……」
行く先行く先で、街の人間が不景気に嘆いていた。
住民が着ている服も質素な物になって、店に並ぶ商品も品揃えが悪くなった。
一晩で、街が思いっきり変貌した。
昨晩、フワワに見てこさせた街とはまったく違った感じだ。
「ふっ……やり過ぎだ」
「やり過ぎ、ですか?」
ゾーイは首をかしげて聞いてきた。
「この街に入ったときの事は覚えてるだろ? それがいきなりこれだ。何かを隠すにしても、やり過ぎだよ」
俺はそう言って、第三者には分からない様にゾーイに目配せした。
このやりとりも、向こうに伝えろというアイコンタクトだ。
ゾーイは縦にも横に首を振らずに、ただ、俺を見つめて「了解」と応じてきた。
☆
ガベル食塩ギルド、本館。
その応接間で、ゾーイは二人の男と向き合っていた。
二人とも、華美な衣装に身を包んでいる。
ゾーイの目から見ても、皇帝のそれに勝るとも劣らないほど、上質な衣服だ。
二人とも大商人の肩書きがついてる割には若く、片方が三十台の中盤で、もう片方は三十になったばかりか、といったところだ。
ゾーイは二人に、ノアの言葉をありのまま伝えた。
「ご主人様は、やり過ぎ、だとおっしゃってました」
「やり過ぎだと?」
「はい。このデュセルにやってきた夜の事は私もよく覚えてます、夜ながらかなり栄えて、賑わっていました。それがあんな感じでいきなり不景気になるなんて……ご主人様がやり過ぎだと見抜いても仕方ない事かと」
「……だろうな。やり過ぎだ、馬鹿」
「馬鹿だって!?」
若い方の男が反発した。
どうやらこの男が実行したようだ、とゾーイは理解した。
「今の話を聞かなかったのか? 俺も実際に見てきた、あんなの、一回普段の街を見ていたら誰だって変化に気付くくらいの豹変だ。やり過ぎ以外の何がある」
「ぐっ……」
「少し緩めろ。それと……そうだな。少しだけ密輸をさせろ」
「何だって!?」
「ここまできたら密売がゼロなんて向こうも信じない。生け贄を用意してそいつに罪を被せろ」
「……なるほど」
二人の男が策を練るのを眺めるゾーイ。
彼女は密かに感心した。
(さすがご主人様……当たり前の反応を伝えただけで、相手の警戒を緩めていったわ)
ゾーイは確信していた。
この事は、ノアが狙ってやらせたことを。
なぜなら、ノアは彼女に「全部伝えろ」と言った。
そして、ノアは「嘘は言わない」のが一流だと本人も言った。
ノアは出来ない事は口にしない。
つまり、ノアはゾーイにも、「言わないでやろうとしている」ことがあるのだ。
それがきっとこれで、あるいはもっと色々あるはず。
(ご主人様……凄い……)
ゾーイは、その事を確信しきっていた。
ここまでの物語いかがでしたでしょうか。
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