75.可能性しかない
如何様にも、か。
跪いているレイモンドを眺めつつ、少し考えてから。
「父親の事は尊敬しているのか?」
「え? ……はい、それは、もう」
俺の質問に驚きはしたが、父を誇りに思っていることは間違いないようで、レイモンドはすぐに真顔に戻って、はっきりと頷いた。
「なら、お前の父親の爵位をそのまま受け継げ」
「――っ! ありがとうございます!!」
「やって欲しいことは、このまま縄張りを広げることだ」
「え?」
またしても「え?」できょとんとするレイモンド。
翻弄された人間特有の、困惑した顔をしている。
「盗賊をやって、このまま縄張りを広げろと言う意味だ」
「僭越ながら……なぜそのようなことを?」
「お前のようなやり方が珍しい事は自覚しているか?」
「……はい」
レイモンドが斬り倒した、狼藉を働いた彼の仲間の死体をちらっと見ると、その視線に気づいたレイモンドは小さく頷いた。
「お前らを官軍とかに編入するのは簡単だ、しかしそれではお前の縄張りが空白地帯になる。新しく入ってきた奴らは正反対のやり方をするかもしれん」
「はい」
「それよりもお前を置いたほうがいい。そして、お前が、やり方の違う奴らを押しのけて縄張りを拡大していけば……?」
「なるほど」
レイモンドはハッとして、頷いた。
俺の目論見が理解できたようだ。
「やってることは官軍、しかし表向きは盗賊団のまま、という事でございますね」
「賢いな、そういうことだ」
「御意」
「年に一人名誉騎士の枠をやる。手下の誰に与えるのかは、お前が決めろ」
「「「おおお!?」」」
レイモンドの後ろに跪いている手下達がざわついた。
全員が見るからに嬉しそうな顔をしている。
「糧秣も供給してやる。まったくやるなとは言わんが、略奪はほどほどにな」
「はっ」
「これもくれてやる、余に何か直訴したいときに使え」
前もって用意したフワワの箱を渡した。
皇帝になって、箱の外装をちょっとイジった。
皇帝の紋章を使い、すこし豪華にした。
「一度施錠すると余以外だれも開けられなくなる。慎重に扱え」
「そのようなものを私に……ありがとうございます!」
レイモンドは感極まって、更に頭を地面に擦り付けた。
誰の目から見ても、俺に心服している姿だった。
☆
「凄いです。陛下」
荷馬車の上で、再び二人っきりになったシャーリーが感動した声で言った。
レイモンドの件は片付いたが、せっかくここまで出てきたんだ、もう少しお忍びであっちこっち見て回ろうという事で、レイモンドともシェリルとも別れて、荷馬車を駆って街道を進んでいた。
さっきの一部始終を見ていたシャーリーがもの凄く感動していた。
「そうか?」
「はい! 名誉回復もそうですけど、それを受け継がせたのはさすがです」
「ほとんどの貴族の悲願だからな、世襲というのは」
貴族は(やせ我慢もあるが)死は恐れない。
恐れるのは名誉と地位を失うことだ。
そうすると、少しでも自分の手で地位を築き上げた貴族は、その地位を世襲する事を願うようになる。
親王の息子は通常親王ではない。
地位をそのまま引き継げるのは、本来皇帝ただ一人だ。
地位を世襲すると言うことは、皇帝に等しい何かという意味でもある。
親王であった俺は、その事をよく知っている。
「なるほど。だからそうしたのですね。さすがです陛下」
「そうか」
「賢い人でしたし、あの様子だと陛下のご命令なら命を躊躇なく投げ出しますね。陛下のステータス、また上がったのではありませんか?」
俺の最初の騎士という事もあって、シャーリーもまた、俺の「+」の詳細を知っている一人だった。
「ああ、上がった」
「やっぱり! 凄いです……人を従えて力が上がっていく、皇帝になるべくして生まれてきたお方だとますます思います」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
適性があるのは間違いないとは思う。
☆
馬車を進ませること半日。
夕焼けで大地が染まる頃になると、大きめの集落に辿りついた。
「なんか賑わってますね」
「そうだな、祭りかなんかか?」
遠目から見たそこは、街ではなく村だった。
街であれば日常的に賑わっているのだが、村だとよくも悪くも日常は平穏なものだ。
それが、かなり騒々しく、村人達が動き回っている。
村であれば収穫祭かなにかをまず想像させる。
「良い時に来たのかもしれませんね」
「そうだな」
頷きつつ、集落に入る。
入り口で村人を捕まえて、シャーリーが尋ねた。
「すみません、ここに宿はありますか? 無ければ他にどこか一晩泊めていただける場所ってありますか?」
呼び止められたのは中年の女だった。
女は馬車の上にいる俺たちに一瞥して。
「商人さんかい? 悪いことは言わない。ここから北に半日くらい行ったところに宿屋があるよ、そこにいって泊まりな。今から出発すればまだぎりぎり間に合うよ」
「はあ……」
シャーリーは見るからに困惑した。
この手の村で、泊まる所がないって言われるのはかなり珍しいことだ。
「なにかある――」
俺が口を開いたが、女はそれを聞こうともせず、早足で村の奥に向かっていった。
何か急いでいる様子で、切羽詰まっているようにも見える。
「どうしますか、ご主人様」
周りに誰かいないとも限らないから、シャーリーは俺の正体を悟られないようにまた呼び方を変えた。
同時に、彼女もなにか気づいているようだ。
「どうする?」って聞いてきたときの顔が、かなり真剣な顔だ。
「少し様子を見ていこう」
「はい」
シャーリーは頷き、気を引き締めた。
馬車を更に進めていくと、遠目にうっすらとそれが見えてきた。
村の開けたところに簡素な高台が作られて、祭壇のように設えている。
その祭壇の上に一人の少女が手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされて、寝かされている。
その周りに村の住民達が集まっている。
住民の中から一人、杖をついて、震えた足取りの老人が前に進み出た。
「皆の者よ。今日、この時。レイナを我らがカラ神に捧げる」
村民達はシーンと、静まりかえって、老人の演説じみた言葉を聞き入っていた。
「レイナの事は子供の頃から知っている。わしにとっても娘同然じゃ。しかし、レイナはよそ者に乱暴された。そのような不浄の身を、村に置いておくわけにはいかない。故に、カラ神に捧げて、魂まで浄化していただく」
老人はそう言ってから、振り向いて、祭壇に向き直って。
「神よ、カラ神様よ。どうか我らの汚れを浄化して下され!」
「「「カラ神よ!!」」」
老人の言葉の後に、村民達が一斉に叫んだ。
大体の話は分かった。胸くそが悪い。
「ご主人様」
「俺が出る」
シャーリーにそう言って、俺は馬車から飛び降りた。
ズンズンと大股で祭壇に進んでいく、途中で村人が俺に気づいて、呼び止めようとしてきたが、無視して更に進んだ。
「その儀式待った」
村民全員に聞こえるくらい声を張り上げて、祭壇の前に立った。
「何者じゃ」
村長がプルプル震えたまま、俺を睨んだ。
「俺が誰かなんてどうでもよろしい。この儀式を今すぐやめろと言っている」
「余所者か。出しゃ張るでない」
「そうだそうだ!」
「余所者に何が分かる!」
「この村が滅んだら責任とれるのか!」
村人達が俺に怒鳴ってくる。
「旅の者よ」
老人は静かな、しかし有無を言わさない口調で俺に言った。
「右後ろの山を見なされ」
「山?」
俺は振り向き、背後にあると言う山を見た。
夕焼けの中、奇特な形が目に付いた。
「欠けておるじゃろ? アレはカラ神様が噛み砕いた痕じゃ」
いわれて初めて分かった。
山の奇特な形は、巨大な生物に噛み砕かれた、という痕らしい。
「そういう化け物がいるから、怒らせないように供物を捧げるというのか」
「おお……なんと恐れ多いことを」
自分達が信じる「カラ神」とやらを化け物呼ばわりされたからか、老人は目眩を起こしたかのようにふらついた。
だが、そんな事はどうでもいい。
「人間を生け贄に捧げる行為は帝国法351条で禁止されている、それを――」
どっしん!
俺が言い終えるよりも早く、巨大な音と、地響きがした。
「来たぞ!」
「カラ神様だ!」
村人は一斉に青ざめた。
その視線を追って振り向くと、祭壇の向こうに、巨大なモンスターがいた。
ドラゴンの一種か、ただし首は長く、二つもある。
瞳は爛々と燃え盛っているように見えて、とても雰囲気のあるヤツだ。
そいつは祭壇に近づくと、視線は寝かされている少女にそそがれている。
「ふん」
俺は祭壇を駆け上がった。
「やめるのだ!」
老人の制止を振り切って、更に階段を駆け上がる。
「やれるものは?」
駆け上がりつつ、問うた。
すると、レヴィアタンがもっとも強く応えた。
「よし、ならばお前だ。レヴィアタン!」
腕輪の中から水の魔剣を抜き放つ。
祭壇まで一気に駆け上がると、目をきつく閉じて震えている少女の上を飛び越えて、カラ神とやらに飛びかかる。
カラ神は巨大な口を開けて、俺に噛み付いてきた。
「遅い!」
体をひねって噛みつきをかわして――一閃!
レヴィアタンで、二つの首を斬り落とした。
ドサッ……ドッシン!
首が落ちて、胴体が力なく大地に倒れ込む。
「バハムート」
念の為に、炎で死体を燃やした。
けいれんなのか硬直なのか分からないが、ドラゴンの死体は炎に包まれて、急速に黒焦げになっていった。
俺はレヴィアタンをしまって、祭壇の上に戻る。
まだ震えている少女を助け起こす。
「もう大丈夫だ」
「……え」
未だに何が起きたのか分からない少女。
しかし炎上するカラ神の死骸をみて、まなじりが裂ける程、目を見開いて驚いた。
そんな少女を抱き起こして、一緒に祭壇を降りる。
老人を含め、村民達はポカーンとしていた。
「この娘はもらっていくぞ」
☆
夜、少女の家の中で。
俺とシャーリーと、少女の三人でいた。
俺が座って、出された茶を飲みながら、少女の話を聞く。
前半はありきたりな話だった。
村の近くに化け物がいて、土着の土地神として崇められている。
後半は胸くその悪い話だった。
少女が外地からの人間に乱暴されたせいで「穢れて」、それを「神」に捧げて汚れを浄化してもらう。
「なるほど、話は分かった」
「助けてくれてありがとうございます……でも」
「もう村にいられない、っていうんだろう?」
この手の話はよく知っている、ごまんとありふれている。
少女の心配も察しがつく。
「俺の所に来い、仕事くらいくれてやる」
「いいん、ですか? 私、穢れているのに」
「そんなのどうでもいい」
乱暴されたからといって何かが変わる訳でもない。
「ありがとうございます、なんでもします、一生懸命働きます」
「ああ」
とりあえず今夜はここで一晩明かして、朝になったら村を出よう。
俺の正体は追々明かしていけば良い。
シャーリーが話しかけて。
「能力はあがりましたか、ご主人様」
「いいや。だが、今はそれでいい」
俺はほとんど味のしない、出涸らしのような茶で唇を湿らせつつ、更に続けた。
「人は宝、そして可能性だ」
「なるほど」
「生きてさえいれば、その先可能性しかない」
「……さすがでございます!」
可能性しかないという言い方に一瞬きょとんとしたが、すぐに感動した目をしたシャーリー。
「さて、明日だが――」
俺はそう言いながら、癖で茶に手を伸ばした。
味がしないと分かっていても、つい癖で手を伸ばしたのだが――驚いた。
直前に、湯飲みがさっと入れ替わったのだ。
さっきはぬるく、そろそろ冷たくなって来た茶を、少女がサッと熱いものに入れ替えた。
俺はそれを手に取って、少女を見つめる。
「あっ、熱いのが嫌いですか?」
「……いいや」
俺はふっと笑った。
どうやら、少女は給仕の――気持ち良くさせるタイプの給仕の才能はあるようだ。
俺は微笑んだまま、シャーリーに向いて。
「ほら、既にな」
「はい! さすがですご主人様!」