74.降伏
街道を進んでいると、前後から急に荒くれの一団が俺たちを挟み込んだ。
前後ともに50人、合わせて100人って所か。
全員が武装していて、荒事に馴れている人間特有の顔をしている。
「ご主人様……」
「心配するな」
及第点の演技をしたシャーリーの頭に手を乗せて、そのままでいいと暗に示す。
俺は馬車から飛び降りて、大声で言った。
「私はミレース・トゥルース。ご覧の通り商人です。私に何か御用がおありなのでしょうか」
いうと、正面の五十人の中から、一人の青年が進みでた。
荒事に馴れていて、ガタイが良いのは他の人間と同じだが、どことなく冷静さを感じさせる瞳が特徴的な男だ。
「商人なのは知っている。少し、通行料をもらおうと思ってな」
「通行料、ですか」
「そうだ。商人ならそういうの、分かるだろう?」
男は笑顔のまま言い切った。
「払わなかったらどうする」
「払えないという訳でもないのだろう?」
男は更に笑顔のまま言い放った。
昨日の宿屋での俺の振るまいが、耳に入っているんだと確信した。
「素直に払った方がいい。そうすれば手荒な事をしなくて済む」
「残念だが、払うつもりはない」
男の笑顔がすぅ、と消えた。
その部下たちがざわつきだした。
一介の商人がこんな感じで要求を撥ね退けるなんて想像もしてなかったって思われたようだ。
「ならしょうがない、少し痛い目を見てもらう。おい」
男が顎をしゃくると、背後から部下が三人、手やら首やらをボキボキならしながら出てきた。
「よく見たら綺麗な面してやがる」
「こういうお坊ちゃんがおりゃあ大っ嫌いなのよ」
「泣くなら早めの方が良いぜ」
男達は口々にそんな事を言い合いながら、俺に襲いかかってきた。
三人とも腰のボロい長剣を抜いて斬りかかってきた。
拳にバハムートの炎を纏わせて、無造作になぎ払う。
払われた長剣は、どろり、と刃が一斉に半分以上溶け落ちた。
ジュウ……と地面を焦がす真っ赤な溶鉄。
男達はまったく状況を理解できないでいた。
すかさず三人を殴り飛ばした。
見た目だけ盛大に燃え上がった火だるまになって、男達は吹っ飛んだ。
「凄いご主人様!」
シャーリーがいいつけ通り馬車の上で喝采を贈った。
「……どうやら、本気で痛い目を見たいようだ」
リーダーの青年が言うと、盗賊達が一斉に襲いかかってきた。
両手にバハムートの炎を纏わせて、迎撃する。
武器を溶かし、盛大に火だるまにして吹っ飛ばす。
敵は次々となぎ倒されて、地面に転んで悶絶する。
全員が俺に向かってきていた。
あっちには行かないのか――と思っていたら。
「動くな! こ、この女の命がないぞ!」
いきなりの恫喝に、俺も、そして盗賊達も動きが止まった。
ゆっくり振り向くと、盗賊の一人が馬車の上に飛び乗って、シャーリーを人質に取って、後ろから羽交い締めにして、剣の刃を喉に当てている。
「……」
俺は答えなかった。
「か、頭。今の内にさぁ!」
俺の動きが止まったのをみて、男はリーダーの青年に言った。
青年は無言のまま剣を抜いて歩き出し――俺の横をすり抜けた。
「えっ――ぐわっ!」
そして、まったく躊躇することなく自分の部下を斬り捨てた。
「な、なぜ……」
斬られて、馬車から転がり落ちた男は、信じられないって顔で自分のボスを見る。
「女を人質にとるなど、恥を知れ!」
「うっ……」
青年が吐き捨てるように言った後、シャーリーに向き直って。
「もう大丈夫だ……え?」
そして、今度は彼が驚く事になった。
なんと、シャーリーの首筋に剣が吸い付いていた。
人質に取った男が押し当てた剣が、首にそのまま吸い付いている。
「さすがご主人様。何があってもケガをする気が全くしません」
シャーリーは尊敬の眼差しを俺に向けてきた。
さっきの喝采は、シャーリーに前もって言って、やらせたものだ。
最初からシャーリーに目が行けばよし、行かなくてもシャーリーが声をあげて注意を引く。
それでどうするのかが見たかった。
もちろんシャーリーにはケガ一つ負わせないように、もっとも俺に忠実な猛犬であるレヴィアタンと鎧の指輪をリンクさせた上で、シャーリーを守ることだけに専念させた。
その結果が、喉元に押し当てられた剣が吸い付いた、という光景に繋がった。
それを見た青年がもの凄く驚き、おそるおそる俺を見る。
「お前は……一体、何者だ……?」
その目から、色々と察しつつあるのが分かった。
少なくとももう、俺をただの商人だとは思っていない目だ。
「レイモンド=グリフ・デイリー」
「!!!」
青年が盛大に驚いた。
そして部下の中から「グリフ?」という疑問の声が相次いでざわつきだした。
「この二十年間レイモンド・デイリーとしか名乗っていないのに、なぜフルネームを知っているのかが不思議か? お前の父親が獄死してからはその名前を使わなくなったんだったな」
「なぜ……それを知っている」
さっきまでとはまるで違う、喉の奥から搾り出すような、しわがれた声だった。
「代官だった父親が死んだ後、物乞いを経て、盗賊に流れ着いた。それはそれで平穏に生きていたが、ある日盗賊団の団長が部下の妻を無理矢理手籠めにしようとしたのを見かねて、カッとなってその団長を殺した後、周りに推されて団長の座についた」
「……よく調べがついているな。お前は一体何者だ」
後半の盗賊団に入ってからの事績は、おそらく本人も隠してなくて、今の部下も皆知っている公然の事実というものだろうから、それを俺が言い出した辺りから、レイモンドは大分落ち着いてきた。
「このままだと、まともな死に方をしないぞ」
「この稼業を始めた時から覚悟はしている。そういう風に生まれついた人生だ」
「別の道があるといったらどうする」
「そんなの、あるものか」
「お前の父親の事は調べさせた。飢饉の時に独断で食糧を難民に配った事で投獄されたな。独断は独断だが、皇帝が変われば処遇も違う」
「どう違うというのだ」
吐き捨てるように聞き返してくるレイモンド。
「追号に、男爵をつけてやる程度には」
「……お前は、本当に何者だ?」
ますます、目の訝しむ色が強まるレイモンド。
「シャーリー」
「はっ」
シャーリーは頷き、空に向かって信号弾を打ち上げた。
手に持つタイプの花火の様なもので、一直線に打ち上げられて、爆音とともに、昼間でもはっきりと見える光を放った。
一分も経たずして、地鳴りのような足音が聞こえてくる。
更に一分くらいたって、兵が現われた。
2000人の兵がいきなり現われて、俺を取り囲む盗賊100名を更に取り囲んだ。
そうした後、シェリルが俺の前にやってきた。
「シェリル・ハイド、ただいま到着いたしました――陛下」
シェリルがそう言って俺に跪いた。
同時に、2000人の兵も俺に跪いた。
ちゃんとした格好の、正規軍2000人。
それが一斉に俺に跪いたのを見て、レイモンドを含む盗賊団は青ざめた。
「へ、陛下……お前が、いやあなたが……」
「ノア・アララート。余が皇帝だ」
「――っ!」
まるで雷に打たれたような顔をして、一歩後ずさるレイモンド。
固まること十秒。
レイモンドは我に返って跪き、作法に則った綺麗な一礼をした。
すると、盗賊達も次々と跪いた。
シャーリーも馬車から飛び降りて、跪いていた。
総勢2100人、全員が跪き俺だけが立っている。
皇帝でしかあり得ない光景だ。
そんな中、俺は鷹揚とレイモンドを見下ろし。
「お前の事は調べさせた、さきほどの対処も見せてもらった」
「はっ……」
「死なせるには惜しい男だ。余のために働く気はないか」
レイモンドはハッとして、顔を上げる。
「そ、それは、父の――」
「そっちは関係がない。あれはもう名誉回復をさせた」
「――っ!」
レイモンドはますます驚き、同時に目に感謝の色が浮かんでいた。
「凄いわ……」
女の誰かがつぶやく中、レイモンドはそのまま頭を下げて。
「仰せのままに。この命、如何様にもお使い下さい」
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名前:ノア・アララート
帝国皇帝
性別:男
レベル:15+1/∞
HP C+C 火 E+S
MP E+C 水 C+SS
力 C+S 風 E+C
体力 D+C 地 E+C
知性 D+B 光 E+B
精神 E+C 闇 E+B
速さ E+C
器用 E+C
運 E+C
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身も心も、俺に降ってきた。