73.おとり捜査
「それだ……というのは?」
ヘンリーは訝しみ、首をかしげて俺を見つめた。
「盗賊団――ああいう裏稼業の人間は縄張り意識が強い。それを利用するのだ」
「……そういった輩同士に、互いに争わせるように仕向ける、と?」
「そうだ」
俺は大きく頷いた。
「毒をもって毒を制す。ジェリーを見て分かったのだが、ああいう人間は下手をすると騎士よりも名誉を欲しがっている。考えれば当然のことだ、裏稼業に身をやつす以上それを諦めなければならないが、それはしょうがないと思うからこその諦めに過ぎない。そこに、相応の名誉というエサをぶら下げてやればいい」
「具体的にはどうなさるおつもりで?」
「妥当な連中を見つけて、名誉騎士を授ける」
名誉騎士というのは、数年前に俺が考えついた制度だ。
国庫に寄付した人間にのみ与える、文字通り名誉だけで、実権は一切無いものだ。
仮にも「騎士」であるのだから、現在は「まともな人間」にしか与えないようにしている。
盗賊などの裏稼業をしている人間には全くの無縁だ。
だが、ダメというわけではない。
伝統のある制度でもないし、そもそも親王である俺が考案したものだから、皇帝になった俺がどうイジろうが勝手だ。
「そうすると、名誉騎士を貰った連中に、貰えなかった連中が嫉妬する。そうすると――」
「自然と仲違いを始める。毒をもって毒を制す――さすがでございます」
ヘンリーは感心した表情で言った。
「ああ。もらえなかった連中の台詞はすぐに思いつくぞ。帝国の犬に成り下がった奴らめ――ってとこだろうな」
「間違いなくそうなると思います」
ヘンリーはその事に賛同した。
嫉妬というのは大抵の人間が持ち――逃れられない感情だ。
それを上手く突っついてやれば……。
「ヘンリー」
「はっ」
「いくつか候補を調べて来い。武力を持つ――盗賊団が良いな、それも奪うだけで、女に乱暴はしないタイプのを」
「何故そういうタイプを?」
「盗賊には二種類ある」
俺は「二種類」と言いつつも、一本だけ指を立てた。
「食うに困って仕方なくやってるのと、そうじゃないのとだ。食うにやむなく身をやつした連中は、よほどのことが無い限り余計な悪事を働かない。女というのはそれを測る尺度の一つだ」
「なるほど」
「そういうのを調べ出せ。名誉騎士にする口実も作りやすいし、ジェリーのように『改心』する可能性も高い」
「御意――さすが陛下、素晴しいお考えです」
☆
半月後、俺はシャーリーと二人で、郊外の公道を進んでいた。
乗っているのは普段の馬車ではなく、荷馬車だ。
荷台には行商人らしい商品を山ほど積んでいて、御者台でシャーリーと肩を寄せて座っている。
「今からでも……おやめになった方がいいのではありませんか。陛下」
既に都を出発して一日近く経つが、シャーリーはまだ、俺の説得を諦めきっていないようだ。
「危険です、いくら何でも、陛下自らが囮など」
「危険だからといって何もしないんじゃ話にならない」
「それは分かりますが……今回の事、陛下が自らお出になる程の事ではないかと……」
「だからこそ余がでるのだ」
「だからこそ……?」
シャーリーは首をかしげた。
「良いか、何かあったときってのは、関係者が対処している時だ。余はもはや皇帝、そういう時にのこのこ出ていったところで、何も真実は見えやしない」
「それは……そうですね……」
ためらいながらも、シャーリーは静かにうなずいた。
「真実を知らなきゃ国は治められない。だから普段から、何も起きてない時から出歩き、自分の目で見て、体で感じるようにしなければならん」
「でも、危険です」
「危険?」
俺はふっ、と笑った。
「危険なんてあるものか」
「え?」
「お前の事だ、どうせ護衛は付けてるんだろう?」
「――っ!」
図星だったようで、シャーリーはわずかにのけぞりながら、目を見開いてびっくりした。
しばらくして、落ち着きを取り戻して。
「はい。シェリルに2000の兵を持たせて、後方数キロで待機させております。騎兵もあり、いざという時は数分以内で駆けつけられます」
「どれどれ」
俺はすっくと立ち上がった。
御者台の上でジズの力を使い、背中に翼を生やして、垂直に飛び上がった。
ジズを手に入れて一ヶ月近く、毎日鍛錬してきたおかげで、垂直に飛び上がるだけなら、十メートル近くまで飛び上がる事ができるようになった。
その高さから、後方をみる。
地上にいるときは見えなかったが、この高さなら見える。
シャーリーの言うとおり、2000人くらいの兵が後方でゆっくりついてきている。
それを確認したあと、ゆっくりと荷馬車の上に降り立つ。
「過保護な事だ。まあ、それで気が済むのなら思う存分やればいい」
シャーリーもシェリルも俺の騎士だ、俺の身を案じて、対策を講じるのは彼女らの本分だ。
「……」
降りてきたあと、シャーリーは何故かぼうっと俺を見つめていた。
「どうした」
「……」
「おい、何かあったのか」
「……かっこいい」
「ん?」
「――はっ! な、なんでもありません! 失礼しました!」
我に返ったシャーリーは盛大に赤面して、顔を背けてしまった。
しばらくそうした後、顔色が戻ったシャーリーは俺に向き直って。
「でも、すごいです陛下。今のは何ですか?」
「余の新しい力だ。飛ぶだけのものだがな」
「『だけ』なんて、凄いです。まるで天使か、神のようでした。やっぱり陛下は凄いお方です……」
「それは良いんだけど、そろそろ直しとけ」
「直す?」
「呼び方だ。今回は身分を隠して事にあたる、俺を陛下って呼んでいたら話にならないだろう?」
「わ、分かりました! これからはご主人様って呼びます!」
真面目な気質のシャーリーは、御者台の上で背筋を伸ばして、まるで敬礼するかのような勢いで応じた。
呼び方も直させたところで、俺たちは荷馬車に乗ったまま更に進んだ。
ヘンリーに調べさせた、候補の盗賊団に狙われるような進路をとって、進み続ける。
その日は何事もなく、途中にある宿屋に辿りついた。
荷馬車を止めて、シャーリーと宿屋に入る。
「いらっしゃいませ、お二人様でしょうか」
「そうだ。部屋は一つでいい、一番上等なのを用意しろ」
俺の従者になったシャーリーが、宿屋の主人と交渉した。
「はい、ありがとうございます。湯水もすぐにご用意しますので、まずはご案内します」
宿屋の主人はそう言って、俺たちを部屋に案内した。
宿屋の更に奥にある、独立した一軒家の部屋だ。
中の調度品はそこそこ良くて、それなりの村の村長の家くらいの感じだ。
郊外の宿屋でこれくらいの部屋があるのはかなりのものだろう。
「どうでしょう、お眼鏡にかないましたでしょうか」
宿屋の主人がうかがうように聞いてくる、シャーリーも俺の方を見た。
「いいだろう、ここで一晩あかそう」
俺はそう言いながら、懐から革袋を取り出して、宿屋の主人に放り投げた。
「200リィーンある。釣りは要らん」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
宿屋の主人は大喜びして、顔や足を洗うためのお湯とタオルを持ってくると言って、部屋の外に出た。
二人っきりになると、シャーリーが聞いてきた。
「ご主人様……今のは与えすぎなのではありませんか?」
「あれはエサだ」
「エサ?」
「気前の良い商人の噂を広める為のな。ただ漠然と歩いてたんじゃ 何時狙われるかも分からん。多少はエサを撒いて、食いつきを早めないとな」
「なるほど! さすがでございます!」
シャーリーは感心した顔で言った。
その晩、宿屋の主人のサービスがいいって理由をつけて、更に倍の400リィーンを与えた。
主人の目が糸のように細くなって、満面の笑みを浮かべたのは言うまでもない。
その事が宿に泊まった他の客の耳に入って、噂になったのをシャーリーに確認させた。
それが功を奏した。
次の日、宿屋を出発してから一時間足らずで。
俺たちは、盗賊の一団に包囲された。