71.属性コンプ
次の日、書斎の中で、ドンの報告を聞いていた。
騎士選抜の件だ。
新皇帝の即位には必ず行われる大規模な騎士選抜、それのやり方と、テストの基準をドンから聞いた。
規模こそ大きくしたが、騎士選抜自体毎年やっている事。
ドンがまとめ上げた案は無難で、文句のつけようがないものだった。
「うむ、基本はそれでいい」
「なにか付け加えるものが?」
ドンは俺の言葉の行間を読んで、聞き返してきた。
俺は静かに頷く。
「選抜の最終段階は、余が直々に見ることになっているな」
「はい。陛下の恩顧を騎士候補たちに授けるという意味合いもございます」
「それ、選抜成績の上位100名と、下位100名を見させてもらおう」
「上位は分かりますが、下位……というのは底辺の100名ということでございますか?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
「何故でありましょう?」
「才能というのは尖っているものだ」
「はあ……」
「普通にやっていたんじゃ似たり寄ったりの人間しか上がってこない。だから、普通の基準でとことんダメなのをこの目で見ておきたい」
「なるほど」
「天才となんとかは紙一重とはいうが、凡人が見れば紙一重どころではなく両極端だろうさ。それに」
「それに?」
まだあるのか? って顔をするドン。
「余は先帝陛下の元で十年近く政務に携わってきた。通常の騎士選抜で、賄賂がそこそこ横行している事は知っている」
「……」
ドンは一礼して、何も言わなかった。
あるとも、ないとも言えないのが彼の立場だ。
だからそうして、ある種の黙認という返事をした。
「賄賂を徹底的に嫌い、自分の力でどうにかなるという自信家程、貰う側に嫌われて成績を下げられるものだ。だからこそ下位100人だ」
「なるほど……さすがでございます。御見逸れいたしました」
ドンは心から感銘を受けた表情で、もう一度頭を下げた。
「承知いたしました。陛下のおっしゃる通り、上下から100名を最終候補に挙げるように致します」
「分かっていると思うが、下位を取るのは内密にな」
「御意」
皇帝になった直後に、屋敷の書斎を改造した。
一番良い場所に俺の机があるのは変わらないが、入り口に近いところでドンの席も作ってやった。
ドンはそこで俺の命令を元に、詔書を作って、あるいは清書して、その後俺が印を捺すという形だ。
そのドンが詔書を作っているのを眺めつつ、俺は更に考える。
人は宝、そして可能性だ。
下位100人を見るのはその可能性に賭けるためだ。
もっと他に何かないのか、と。
俺は雪水を溶かして淹れた極上の茶を啜りながら考えた。
ドンをじっと見つめる。
彼のような男がもっと欲しい、どうやったら見つけられるのかを考えた。
「……」
「ご確認下さい陛下……陛下?」
詔書の草案をもって戻ってきたドンは、不思議そうな顔で俺を見つめた。
「ん?」
「私の顔に何かついていますか?」
「お前、騎士ではなかったな」
「はっ」
「お前のような騎士出身ではない男をもっと見つけるにはどうすれば良いのかを考えていた。騎士選抜の中に入れた方が都合がいいのかもしれんな」
「騎士選抜の中に文官を……ですか?」
驚愕するドン。
俺の言葉がそれほどショッキングなものに聞こえたようだ。
「ああ」
「それは……前代未聞の事でございます。そもそも騎士というのは――」
「知っている。帝国は戦士の国、武芸に長けた人間を騎士に抜擢する――のが毎年の騎士選抜だろう?」
「さようでございます。伝統でございますので」
「新皇帝即位の大規模な選抜は、伝統であり、特例でもある」
今回の選抜以外でも、年内にもう一度恒例の選抜が行われる。
新皇帝即位の直後はまるまる一回分増えると言うわけだ。
「特例なら、多少の前代未聞でも問題はなかろう? 何か――そうだな、テストでもして、文人を掬い上げようか」
「しかしそれでは……今まで通りではダメなのでしょうか」
「……」
俺は苦笑いした。
「今の制度のままだと、文官の抜擢には時間が掛かる。そうだな?」
ドンは静かに頷いた。
「騎士とちがって、若者はまず出てこない。特に大胆で自由な発想の若者は、な。余の目に入り、使われるころには皆が丸くなった中年ばかりだ。可能性の段階から欲しいのだよ」
「……なるほど」
俺は少し考えた。
ドンが異論を唱えるのは分かる。
が、俺は皇帝だ。
伝統に背いてても、望んだことの横車を押し通せるのが皇帝というものだ。
明日からあらゆる税を三倍にするという無茶な事でも押し通せる、文人を取り立てるなんて事はそれに比べれば大したことじゃない。
「決めたことだ。文人も拾えるようにしろ。少しでもより多くの人材が欲しい」
「御意……さすがでございます」
俺の決意に、ドンは感動したような熱い眼差しで俺を見つめた。
☆
文人選抜は前代未聞、故に草案だとしても時間が掛かる。
それをドンに投げた俺は、思考を邪魔しないように書斎を出た。
そのまま離宮を出て、腹心宦官のグランを伴って、王宮に入る。
俺が通った道は、兵士、女官、宦官ともに、全員が手元の仕事を置いて、俺が通り過ぎるまで跪いて頭を下げた。
皇帝らしい尊敬と畏怖を一身に受けながら、王宮の宝物庫にやってきた。
「うわぁ……凄い……」
山のような宝物を前に、グランはただただ感嘆した。
「気に入ったのなら、何か一つ持っていくか?」
「えええ!? い、いいえ! こんな凄いのをもらったら寿命が縮まりそうですよ」
「欲のないことだ」
俺は微かに微笑みながら、宝物庫の中を適当に歩いた。
前にここに来たのは、父上からルティーヤー――今のバハムートを頂いた時だ。
あの時の事を思い出して、もっと他に何か宝物はないものかと見に来た。
そう、宝物。
レヴィアタンやバハムートのような、能力が上がる宝物が欲しい。
俺は皇帝。
今なら、欲しい物を持ち出しても誰にも文句は言わせない。
だから、宝物庫の中をまわって、本当の宝物を探した。
宝物をじっと眺めては、手に取ってみて、視界の隅っこにいつもあるステータスに変化はないかと確認する。
変動はまったくなかった。
ルティーヤー程のものが、そうそう残っていないと言うことなのか……?
手元にある小さな宝石箱を取ってみた。
蓋に宝石を五個はめられるような窪みがあるが、今は何もはまっていない。
見るからに不完全な宝物で、そりゃ能力は上がらないなと思い、元の場所に戻そうとした。
「あれ?」
「どうしたグラン」
「その箱の窪み……さっきそれとまったく同じ形の宝石がありました」
グランはきっぱりと、「まったく同じ」と言い切った。
彼の記憶力はよく知っている。
「どこだ? 取ってこい」
「はい!」
グランは来た道を引き返していき、しばらくしてバタバタと戻ってきた。
手に、青色の宝石をもっている。
俺はそれを受け取って、宝石箱と比較しながら眺めると、グランの言うとおり宝石と窪みがまったく一致していた。
試しにはめてみると――びっくりするくらいスムーズに、まるで吸い付くように填まった。
「よくやったグラン。後で褒美をやる」
「ありがとうございます!」
「他にはなかったか」
「なかったです」
グランはきっぱり言い切った。
記憶力に長けて、アルメリアの屋敷の周りの地価も、この宝石の事も。
俺の為に気を配れるグランがこういうのなら、まだ見てないのは確かだろう。
「なら探してみろ」
「はい!」
グランは俺の命令通りに探し始める。
俺も一緒になって、残った四つの窪みに填まるものはないものかと探してまわった。
「ありました。陛下!」
グランはすぐに、赤い宝石を見つけてそれを持ってきた。
受け取って、填めると、さっきと同じく箱にジャストフィットした。
こうなると――きっと全部あると、ますます確信するようになった。
グランと二人で探し回って約一時間。
「これで揃ったな」
最後の宝石を宝箱に填め込む。
もともと高級感漂う箱だったが、宝石が全部はまると一層のこと、神々しさが出るようになった。
さてステータスに変化は――次の瞬間。
『我に命じよ』
バハムートの声が脳内に聞こえてきた。
何を命じるのかは分からないが。
「……よかろう、やれ」
無駄な主張はしないバハムートに全て任せることにした。
次の瞬間、バハムートの本体――指輪が収められている腕輪の中から光が飛び出して、あろうことか光なのに途中で曲がって、箱にはめたばかりの赤い宝石に吸い込まれていった。
赤い宝石が、宝物庫の中を照らすほど輝きだした。
すると、レヴィアタン、ベヘモト、フワワ、そしてアポピスから次々と、バハムートと同じものが聞こえてきた。
俺は更に「やれ」と命じた。
光が次々と腕輪から飛び出して、填め込んだ宝石を一つまた一つと光らせていった。
やがて、五つの宝石が全部光った――次の瞬間。
箱の蓋が勝手に開いて、その中に羽根飾りが入っていた。
『待ちかねたぞ』
頭の中に声が聞こえた。
そしてそれだけではなく。
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名前:ノア・アララート
帝国皇帝
性別:男
レベル:15+1/∞
HP C+C 火 E+S
MP E+C 水 C+SS
力 C+S 風 E+C
体力 D+C 地 E+C
知性 D+C 光 E+B
精神 E+C 闇 E+B
速さ E+C
器用 E+C
運 E+C
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風の「+」が、一瞬にして二段階上がったのだった。
おかげさまで再浮上して、日間表紙(5位)まで500ポイントと迫りました。
最後の表紙チャンスかもしれません……
面白かった
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更新頑張れ
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