07.魔剣の記憶
俺に暴言を吐いたやつは自然と居場所をなくして、いつの間にか会場から消えていた。
その間も、俺はレイドークから次々と客を紹介されていた。
ほとんどが取るに足らない、ただの上流階級の人間だったが、目を引く一組の男女がいた。
男は四十代、いかにも商人風の格好をしている。こういう場では一目で身分や職業が分かるのは大事だ。
女は十歳くらい。若干背伸び感のある、清楚なドレスで着飾っている。
そんな男女の二人組。
「お目にかかれて光栄です殿下。わたくしバイロン・アランと申します。こちらは娘のシンディー。お見知り置きを」
「うん。その子は、養女か何か?」
俺が指摘すると、バイロンと名乗った商人は一瞬顔が強ばった。
「ご、ご存じだったのですか」
「いや」
ただ、前世からの経験で「分かる」のだ。
四十代の男と十くらいの少女。二人はまるで親子には見えない。
「見てて分かるんだ」
「ほう、さすが殿下。後学のためその理由をご教示いただけないだろうか」
バイロンは戸惑っていたが、レイドークはさすがに冷静だった。
上手く間に入って、話を繋げた。
「アラン、お前は二代目か三代目かだな?」
「は、はい。おっしゃる通りでございます」
「だろうな。立ち居振る舞いが生まれついての上流階級って感じがする。それがこの子にはない」
転生したのは十三親王という貴族中の貴族であるのと同時に、俺は前世の記憶を持っている。
生まれついての上流階級と、そうじゃない人間の身のこなしが分かる。
それを感じて、指摘した。
すると第三宰相レイドークは楽しげな笑顔で。
「なるほど! さすが殿下。ご慧眼に感服いたしましたぞ」
と言った。
「ついでにいうと」
「まだあるのですかな」
「奴隷なんだろ、その子」
「え、ええ」
「なんと! そこまでお分かりになるのですか」
「ああ」
これは目線だ。
一度でも奴隷に堕ちた人間は、独特の伺うような目線をする。
娘の事を完璧に指摘されたバイロン、それで吹っ切れたのか、さっきに比べて大分落ち着いた顔で語り出す。
「この娘、奴隷商人のところから買ったのですが、他の子とは違って賢かったので、養女にして色々教えているのでございます」
「なるほど。いいね、俺はそういうのが好きだ」
俺がそう言った途端、どよめきが起きる。
それに構わず続ける。
「今度屋敷に招待する。その子の話をもっと詳しく聞かせてくれ」
「――っ! ははっ、喜んで!」
大喜びで頭を下げるバイロン、彼は周りから羨望の視線を一身に集めた。
十三親王のお眼鏡にかなった、このパーティーで一番のシンデレラボーイだから。
そしてバイロンは賢かった。
これ以上は嫉妬を買いすぎる、そして下手すると俺の不興も買う。
彼は娘を連れて、そそくさと輪の中心から離れた。
「レイドーク宰相。あの子が実の娘じゃないって分かった理由がもう一つある」
「ほう、それは何でしょう」
「ほら」
顎をしゃくると、そのタイミングで娘のシンディーがパッと振り向いた。
「こっちを向きましたな」
「あそこにだけ威嚇をした、それで反応した。最初の威嚇からずっと、彼女はバイロンを身を挺して守っていた」
「ほほう」
「あの年頃の娘は」
「なるほどそうでございますな。あの年頃の娘は通常親を身を挺しては守らない。守ってもらう側ですな」
「そういうことだ」
「最初の頃からということはそれも見てらっしゃったのですな。殿下の視野の広さ、感服いたしましたぞ」
褒め言葉を並べるレイドークにふっと微笑んで、俺は、他の客の紹介の続きを再開させた。
☆
翌日、十三親王邸。
朝食の後、庭に出て伸びをしていたら、メイドの一人がやってきた。
知った顔、ゾーイと言う名のメイドだ。
「ご主人様」
「ん、なんだ」
「第三宰相からの謝礼が贈られて来ました。如何なさいますか?」
ゾーイはそう言って、封書を一通差し出してきた。
なんてことはない、昨日は俺が出席したからパーティーは成功した、そのお礼として一万リィーンを納めさせてくれ。
という内容だ。
これも貴族の付き合いの基本。
はっきりと敵対しているのでもなければ普通に受け取るものだ。
ちなみに誰も彼もが贈ることが出来るわけじゃない。
親王の俺に贈り物をするのも、身分とエピソードがいる。
昨日あった人間だと、レイドークとバイロンだけだ。
まあでも、バイロンは見た感じつけあがるような性格じゃない。
そんなすぐには贈って来ないだろう。
俺は手紙を封筒に収めて、ゾーイに手渡す。
「いつもの様に受け取っておけ」
「かしこまりました!」
ゾーイは振り向き、頷いた。
その視線の先に別の使用人がいて、ゾーイのジェスチャーを受けて動き出した。
謝礼の処理に行ったんだろう。
さて、一つ考えなきゃいけないことがある。
魔剣だ。
昨日はレヴィアタンを屈服させて、支配下に置いた。
それで二回、実践的に威嚇もした。
それはいいんだけど、いつまでもそれに頼りっきりではいられない。
魔剣を持つからには、剣そのものを振るえるようになっとかないと格好がつかない。
さてどうしたもんかな――と思っていた所に、レヴィアタンから何かを伝えようという感情が流れ込んできた。
言葉じゃない、シンプルな感情。
わくわくしている子供のような感情だ。
「……へえ」
「何がですかご主人様」
横からゾーイが聞いてきた。
まだいたのか、という言葉を呑み込んだ。
「ちょっと面白いのを思いついて」
「面白いものですか」
「見てろ」
俺はスタスタと歩き出した、ゾーイはついて来た。
しばらく歩いて、庭師が毎日手入れしている庭園の中を歩く。
そして、一本の大木の前に立った。
結構な太さのある大木、少なくとも六歳の今の俺じゃ抱きかかえようとしても両手がつかない。
その大木の前に立ち、レヴィアタンを抜き放つ。
上段に構えて――振り下ろす。
「わああ!」
歓声があがった。
パワーも、速度もない。その辺の能力はEとかFとかのままだ。
その程度の力で、大木を斜めに両断した。
「すごーい! ご主人様いまのどうやったのですか。すごい軽々って見えましたけど」
「逆にこれじゃキレなかったさ」
俺はそういって、もう一度残りの大木を切って見せた。
いかにも力を込めて、体重を掛けての斬撃。
今度は刃が大木の途中で引っ掛かった。
「なっ」
「今の方が力込めてるように見えてたのに、どうしてですか?」
「今のは素人の斬り方だからさ。これが達人の――」
レヴィアタンの記憶にある、かつての所有者の動き。
その動きをトレースして振り下ろすと、またまた力も速さもない一撃だったが、大木を更に斬って、輪切りにした。
「わあああ! すごい! まるで達人みたい」
そういう動きだからな。
そう、使えるようにしたいと思った俺にレヴィアタンが伝えてきたのは、かつてのそいつの所有者の動き。
所有者を選ぶ魔剣だからか、かつての所有者も出来る人間がほとんどだ。
その動きとか技とかを、レヴィアタンが覚えていて、それをその記憶通りに再現した。
力と速さがEとかFとかでも、達人級の斬撃が出せるようになった。
これで、しばらくは格好がつくだろう。
そして、更に。
「へえ」
「どうしたんですか今度は」
「これを知ってるな」
俺はそう言って、魔道具スプラッシュを取り出してゾーイに見せた。
「はい! ご主人様の切り札ですよね」
「ああ。これと同じことをレヴィアタンも出来るらしい。俺の魔力を消費しない、自分も消耗しない代わりに、一時間に一回しか使えないらしい」
「なるほど」
「ちょっと撃ってみるか」
わくわくするわんぱく少年のようなレヴィアタンの感情にのって、それも試し撃ちしてみた。
レヴィアタンの刀身を立てて、残った大木の残骸に向かって撃とうとした。
直前、勘が働いた。
慌てて刀身を下に向けた。
轟音が轟く、地面が思いっきり揺れてゾーイが尻餅をつく。
「いたたた……ええっ!」
尻餅をついたゾーイは、起きた事を見て声をあげるほど驚いた。
俺も、ちょっと驚いた。
慌てて下に向けたレヴィアタンから放ったのは太さ五メートルを超える水柱。
それが地面に向かって放たれて、直径五メートルの、底がみえない大穴をえぐり出した。
「す、すごい……」
それまでのとは違って、ゾーイは半ば絶句ぎみに呟いたのだった。