63.子供補正
「なぜ族長の娘がこうして一山いくらの中に入っている。答えろ」
「うっ……」
少女ペイユは口籠もったが、既に絶対服従の魔法が掛かっているから、俺の命令には逆らえなかった。
彼女は苦虫を噛み潰した顔で、訥々と俺の質問に答えた。
「父様に、逃がされました」
「族長にか? しかしお前が族長の娘なら、狙われる戦利品としてはかなり優先順位が高いはずだ。そう簡単に逃がせないし、逃げられたとしてもこんな風に売られるのはおかしい」
「父様は、母様と一緒に、別の子を殺して、それから自殺しました」
「なるほど」
それなら話は分かる。
陛下の方を見る、長年帝国の頂点に君臨して、時には親征もした陛下は静かにうなずいた。
族長は、負けを悟って一家心中――を演出したんだろう。
それはよくあることだ。
戦争の敗者の末路は大抵が悲惨なものだ。
生きてその苦しみを味わうくらいなら、そして我が子がそれを味わうくらいなら。
と、負けを悟った指導者がその家族を自ら手にかける事は非常によくあることだ。
おそらく、族長がそれをやって、現場検証したら頭数があっていたからそれで処理された。
「で、逃がされたは良いが、逃げ切れなくて捕まって、奴隷商に売られたって訳だ」
「……」
ペイユは静かにうなずいた。
「名前を捨てて、どこかで静かに暮らしなさい……って」
「そうか」
なるほど、これで話は分かった。
「ノアよ、その娘はどう処する」
陛下が聞き、ペイユがビクッと身震いした。
俺は法務親王大臣として、頭の中に全部叩き込んでいる帝国法を引っ張り出した。
「サエイ族は元々帝国に降っておらず、従って反乱ではない。故に族長の血筋なら、男は斬首、女は功績のある者に奴隷として下賜するものと定められております」
「取り立てて何かをする必要はない、ということか」
「おっしゃる通りでございます」
既にペイユは奴隷になっている。
絶対服従の魔法を掛けられて、俺の命令には何があっても逆らえない。
ここで死ねと命じれば彼女は泣き叫びながらも、体はその命令に従って勝手に動くだろう。
そんなペイユをみた、目と目が合った。
怯えた感じの彼女は、すぐに目を伏せて視線をそらした。
彼女は怯えた様子で、俺の顔色を窺っている。
目の前の男が自分の生殺与奪の権利を握っていると、正しく理解してそれ故に怯えている顔だ。
「なら、その娘はノアにくれてやろう」
「ありがたき幸せ」
俺はその場で膝をついて頭を下げた。
改めて陛下から下賜されたという形になった。
立ち上がって、ペイユを見て。
「というわけだ。これからは俺の奴隷。屋敷でメイドをやってもらう」
「メイド、ですか?」
「ああそうだ」
「殺さない、んですか?」
「必要ないな」
人は宝だ。
直前にジェリーの活躍を聞いたのもあって、またペイユは既に絶対服従の魔法が掛かっていることもあって。
ペイユを殺すつもりは微塵もない。
「……あ、あの」
わずかな逡巡の後、ペイユは勇気を振り絞った、って感じで切り出してきた。
「みんなも、一緒じゃ……だめですか?」
「みんな?」
「はい」
ペイユはおずおずと頷き、周りを見た。
彼女の周りにはまだまだ、多くの麻袋がある。
「みんな、同じ村で育った友達だから……」
「なるほど」
俺は頷き、さっきからずっと黙っている奴隷商の方を向いた。
「今ここにあるの、全部買い取った」
「お買い上げありがとうございます!」
「それと今の話は聞いてたな?」
そう言って、金を取り出して奴隷商に渡す。
袋入りで持ち歩いている金、1000リィーンを渡した。
「サエイ族の生き残りがいれば、売りに出さないで十三親王邸に送ってこい」
「し、親王様!?」
奴隷商は大げさに驚いた。
「畏まりました。手前に全てお任せ下さい」
「これでいいか?」
「――っ! はい! ありがとうございます!」
ペイユはものすごく感激した様子で満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は美しく、少しだけどきっとした――が。
それ以上に。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:15/∞
HP C+D 火 E+A
MP E+D 水 C+S
力 C+A 風 E+F
体力 D+D 地 E+D
知性 E+D 光 E+C
精神 E+D 闇 E+C
速さ E+E
器用 E+D
運 E+D
―――――――――――
体力の「+」が一段階上がった事の方が、より目に留まったのだった。
☆
数日後、アルメリア州都、ニシルの屋敷。
昼過ぎに到着した俺は、リビングでゾーイを呼び出した。
メイド長のゾーイ。俺に対する忠誠心は折り紙付きで、それを買って全てのメイドの管理を任せている。
その彼女を呼び出して。
「都から連れ帰ってきた奴隷達、全部任せる」
「分かりました。みんなメイド、と言うことでいいのでしょうか」
「ああ。絶対服従の魔法を掛けられてて、俺が上書きしない限りお前の命令を聞くように言いつけておいた。全部お前に任せる」
「かしこまりました」
「それと――」
念の為にもういくつか言いつけておこうとしたところ、ドアが開いて、オードリーが部屋に入ってきた。
「お帰りなさいませ、ノア様」
「ただいま。居ない間、屋敷に何か変わったことはあったか?」
「屋敷の方は何も。いつも通りです」
「そうか」
「私の方から、一つノア様にご報告が」
「なんだ?」
「ややを身籠りました」
「……ほう」
ちょっと驚いた。
俺は立ち上がり、オードリーに近づく。
見えはしないが、彼女の前に片膝をついて、腹を見つめて、そっと触れる。
「確かなのか」
「はい」
「そうか。良くやった。嬉しいぞ」
不思議なものだ。
オードリーに告げられた後、胸の奥から湧き上がってくるこの感情。
様々なものが満たされていくこの感情。
自分の気持ちに芽生えた変化が面白かった。
「ありがとうございます」
「名前を決めねばな」
「お願いします」
俺は立ち上がって、少し考えた。
いくつか名前を思い浮かべて、それらを取捨選択して、二つまで絞る。
「男ならセム」
「素晴しい名前だと思います」
「女ならアヴィス――」
そう、俺が言った瞬間。の事だった。
よく見た光景に、初めての変化が生じた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:15+1/∞
HP C+D 火 E+A
MP E+D 水 C+S
力 C+A 風 E+F
体力 D+D 地 E+D
知性 D+D 光 E+C
精神 E+D 闇 E+C
速さ E+E
器用 E+D
運 E+D
―――――――――――
なんと、今までの能力だけでなく。
レベルの値にも、「+」がついた。
「どうかなさいましたか?」
「ゾーイ、俺のステータスを」
直接オードリーには答えず、話の途中で、少し距離をとって控えていたゾーイに命じた。
ゾーイは命令を聞き返すことなく、手慣れた感じで俺に魔法を掛けた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:16/∞
HP A 火 S
MP C 水 SSS
力 SSS 風 E
体力 B 地 C
知性 B 光 B
精神 C 闇 B
速さ D
器用 C
運 C
―――――――――――
表向きのステータスが表示された。
それを見たオードリーは。
「レベルが上がってますね。いつ上がったのですか?」
「今だ」
「え?」
「今、お前の腹の中の子に名前を付けたら上がった」
「――っ!」
オードリーも、ゾーイも揃って驚きの表情を浮かべた。
俺の能力が、部下や封地が増える度に上がることをこの二人は知っている。
その上で。
「レベルも上がる……? 凄い……」
初めての現象に、二人は絶句していた。