06.狂犬で忠犬
俺は、じっと魔剣を見つめた。
ヘンリー兄上の話を聞いて、こいつを屈服させてから、気のせいかよく手に馴染むようになった。
そうなると、別の考えが出てくる。
「何を考えている」
「せっかくここまで屈服させたんだから、このまま持ち歩きたいと思って」
「なるほど。しかしそれは難しいな。魔剣としてのそいつを押さえ込んだのはすごいが、物理的に大きすぎる。腰に下げるのはもちろん、背中に背負っても長すぎる」
「はい」
「まあ、もう何年か待て。陛下も、お前の他の兄も皆背が高かった、お前もすぐ伸びる」
「そうですね」
と言いつつも、諦めきれない。
それほど、振った後のレヴィアタンのなじみ具合がすごい。
その時だった。
――。
脳内に声が響いた。
何かが聞こえてくるそれは人間の言葉じゃない、だが、不思議と「意味」が理解できてしまう。
「どうした、変な顔をして」
「失礼します兄上」
過程はどうなるか分からないから、ヘンリー兄上には一言断りを入れた。
そうしてからレヴィアタンを握り締め、目を閉じて念じる。
俺が欲するように、こいつが望むように。
「むぅ」
ヘンリー兄上が呻く。
目を開ける、手に持っているレヴィアタンを見る。
魔剣は縮んでいた。
さっきまで六歳の俺には大剣サイズだったレヴィアタンは、フォルムそのままに縮んで、子供サイズだがいい感じの長剣に縮んだ。
「うん」
何度も握りなおし、感触を確認。
フィット感は相変わらず――いやさっき以上だ。
試しに腰元に持ってきてみる、ちょうどいい感じの長さだ。
一通り確認してから、顔を上げてヘンリー兄上に言った。
「これで持ち歩けます」
「……」
「兄上?」
何故か兄上がポカーンとしていた、俺は首を傾げて下から顔をのぞき込んだ。
「……ああいや、予想外すぎてな」
「予想外ですか?」
「その魔剣のサイズを変えたのは、ノア、お前なんだろう?」
「はい」
「前代未聞だ。国宝というていで隔離して二百年、その前の記録も残っているが、こんなことはなかった。ただただすごい――脱帽だ」
「こいつが提案してくれたからですよ」
「なるほど」
ヘンリー兄上は微笑んだ。
「そこまで狂犬を手懐けていると言うことか」
「そうですね、そうなります」
兄上はますます感心した目で俺を見た。
何はともあれ、これでレヴィアタンを装備できる。
これからは持ち歩こうと思った。
☆
日が沈み兄上が帰るので、見送りのために部屋を出た。
すると応接のメイドがやってきて、まずはヘンリー兄上に一礼、その後に俺に報告した。
「ご主人様、第三宰相様から招待状が」
「招待状?」
「はい、今夜自宅で宴会を開くので、是非ともお越し頂きたい。とのことです」
メイドはそう言い、第三宰相の名刺と招待状を差し出した。
俺は受け取らない、こういう時貴族は自分の手で中身を読まない。
貴族の矜恃そのままに、メイドに聞く。
「時間は?」
「いつでもお越し下さい、とのことです」
「そっか」
こういう時の行間も、転生して六年大体読めるようになってきた。
つまり今日の主賓は俺、開始時刻は俺が到着した時間って意味だ。
そこまでの招待、しかも相手が第三宰相。
さすがに断るわけには行かない。
「兄上もどうですか?」
「私は遠慮する。騒がしいのは苦手だ」
「そうですか。わかりました」
なら一人で行こう。
メイドに下準備しろと命令だけして、ヘンリー兄上を見送るために一緒に外に出た。
兄上が馬車に乗りこんで、屋敷の外まで出るのを並んで歩いた。
「ん?」
「どうしましたか兄上」
「あれがそうか」
馬車の中から外を見る兄上の視線を追いかける。
その先に、土下座している数人の男の姿があった。
ああ、例の借金取り。
「そうですね」
そうとだけ頷いて、兄上を見送るために視線を外した。
もとより関係のない兄上も、そいつらから視線を外した。
すると。
「もうガマンならねえ! シカトこいてんじゃねえぞ!」
土下座している男の一人がいきり立った。
立ち上がって、こっちを睨む。
肩は包帯を巻いている、見た顔だ。
アリーチェに取り立てを実行していた男だ。
「てめえなんざ――」
「……」
こっちに食ってかかろうとした男、仲間の制止を振り切ってまで飛びかかろうとしたが、急に脱力して、茫然自失の顔でへたり込んだ。
それを仲間が後ろからつかみかかって、頭を地面に押しつけて再び土下座の体勢に戻したが。
「何をしたんだ?」
ヘンリー兄上は、その直前のへたり込んだのも俺がやったと察して、聞いてきた。
「失礼」
一言断ってから、兄上にも、男にしたのと同じことをした。
レヴィアタンの力を一部だけ開放した威嚇、それで男をねじ伏せた。
もちろん、兄上に向けたのはそれよりも遥かに弱いものだったが。
それを兄上も理解したようで。
「そこまで使いこなせるのか、すごいな」
最初に魔剣を屈服させた時よりも褒めてくれたのだった。
☆
馬車に乗って、揺られること数十分。
帝都を半分横断したところで、目的地の屋敷に到着した。
馬車には十三親王の紋様が掲げられていたので、誰何されることなく、むしろ馬車の中からでも分かる位に歓迎される。
馬車が止まって飛び降りると、屋敷の扉が全開になって、その正面に一人の老人が立っていた。
俺の趣味じゃないが、今流行りの形にヒゲを整えている、割とダンディな初老の男だ。
第三宰相、ジャン=ブラッド・レイドーク。
複名を持つ、由緒ある名家の血筋だ。
レイドークは俺がしっかりと着地するのを見計らってから、大股で近づき、俺の前で膝をついて一礼した。
「ようこそいらしてくださいました、ノア殿下」
「お招きありがとう。今日は楽しい夜になりそうだな?」
「精一杯おもてなしさせて頂きます。ささ、中へどうぞ」
レイドークは立ち上がり、宰相の身でありながら、まるで使用人のように、俺の一歩後ろについてきた。
俺を先導にして歩き出し、屋敷に入る。
そのまま使用人の行列で出来た道を進んで、この手の屋敷には必ずあるパーティールームの扉の前に立った。
レイドークが目配せして、使用人が重たそうな扉を左右に開く――すると。
拍手の渦が巻き起こった。
パーティールームの中にはざっと数百人の、礼服やドレスを着た男女が集まっている。
それらが全員、俺に向かって拍手している。
ちょっと驚いたが、レイドークの指図だとすぐに分かった。
こうやって、俺を歓待すると言うのを形にした、まあ先制パンチのようなもんだ。
まあでも、悪い気はしない。
拍手の花道を、レイドークを従えて進む。
「あれが十三殿下なの」
「幼いのになんと凜々しいことか」
「場怖じしないどころか泰然自若とされている。さすが陛下の御子よ」
あっちこっちから聞こえてくる声の中を進む。
中央まで進むと、全員が群がってきた。
とは言え、無秩序にじゃない。
第三宰相主催で、主賓が十三親王のパーティーだ、賓客も全員上流階級の者達ばかり。
だからこそ、ちゃんと序列が決まっていて、俺に挨拶する順番もあらかじめ決まっているみたいだ。
群がってきてるように見えても、実に順序よく俺に話しかけてきた。
「ところで、殿下。腰のお召し物は……以前お会いした時はなかったようですが」
一人挨拶が終わって、次の者が話しかけてくる前に、レイドークが聞いてきた。
「これか、これは皇太子殿下から賜った。レヴィアタンという」
瞬間、全員が一斉に息を飲み、その後ざわつき出す。
おそらくは全員疑問に思っている、それ故のざわつき。
そんな皆の疑問を代表するかのように、主催のレイドークが更に聞いてきた。
「レヴィアタンというと、あの?」
「あの」
ここまで皆驚いてるのは知ってるって事だから、俺は肯定のニュアンスだけで返事した。
「おおお、まさかあのま――国宝が」
やっぱり魔剣って知ってるのかレイドーク。
「それを皇太子殿下から直々に」
「そういえば十三殿下の封地はアルメリア」
「なるほどそれつながりで!」
周りの声が一色であるが故に、ふとしたつぶやきでも、異質なものは目立った。
「へっ、そんなおもちゃ。どうせ偽物」
本人は小さくつぶやいただけって感覚だろうが、その一瞬で場は水を打ったかのように静まりかえった。
全員が一斉に、言葉を発した人間に注目した。
礼服を着た、二十代前半くらいの青年だ。
青年は一瞬たじろいだが、もはや後には引けないのか、顔を引きつらせながらもイヤミっぽい笑顔を作った。
ふむ、どうしてくれるか――。
瞬間、場の空気が更に一変した。
全員が一斉に青ざめた。
ドレスを着た女達に至ってはへたり込んでしまった。
全員、何かものすごい恐ろしいものを見てしまった、そんな反応だ。
「待て」
俺は小さくつぶやいた。
「お座り」の方がぴったりかもしれないが、「待て」でもいいかなと思った。
すると、空気は弛緩した。
レヴィアタンがキレたのだ。
狂犬は狂犬のまま、忠犬になった。
故に主への侮辱に激しく反応した。
存在するだけで周りを圧倒する魔剣レヴィアタンが放った殺気が、この場にいる全員を圧した。
それはいいが、やり過ぎとも言える。
殺気から解放されてほっとしたものも多いが、まだ多くが青ざめている。
それだけの殺気を放ったのだ、レヴィアタンは。
どうしようかと思っていたら、レイドークが助け船を出してきた。
「いやはや、さすがでございますぞ殿下」
「うん?」
「今の一瞬、ここにいる全員が等しく感じたでしょう、『死』というものを。それが国宝の力ですな。そしてそれが」
レイドークはぱっと皆の方をむいて、しかし手は俺に向けて、演技掛かった紹介のような仕草をした。
「圧倒的な力すら御してしまう、十三殿下の凄さですな」
強引なまとめ、しかしそれは効果的だった。
死に直面したからこそ、心の底からの反応がでた。
俺が入場した時よりも更に盛大な拍手が起きて、全員が魔剣を飼い慣らした俺を褒め称えたのだった。