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52.蛇と少年

 朝。

 起きた俺は、オードリーとメイド達の手で、寝間着から着替えていた。


 まずオードリーが俺の寝間着を脱がす。

 鍛えた筋肉質の体に、窓から朝日が降り注ぐ。


 体を拭かれ、香料をすり込まれ。

 俺はいつもの様に、ほとんど動かずにオードリーやメイド達に身支度を任せた。


「ノア様?」

「ん? どうした」

「何かお悩みごとですか?」

「……なぜ分かる」

「お顔が、いつもより優れませんので」

「よく見てるな」

「ノア様のお顔ですもの」


 オードリーはにこりと、しかしちょっとだけ頬を染めながら答えた。

 こういう類の言葉は聞き慣れたものだが、妻の口から言われるのは悪い気はしない。


「お前の言うとおりだ。陛下の御下賜の、アポピスが気になってな」

「あの蛇の杖ですか」

「ああ」


 俺は頷く。

 オードリーはレヴィアタンらの事も知ってるから、前提をすっ飛ばして「気になる」の内容を話した。


「あいつ、まだ俺に臣従していない。今日はそれをやろうと思ってな」

「そうだったのですか。あの、それは見ていて大丈夫な事なのでしょうか」

「見るか?」

「はい」


 オードリーが頷く。

 強い憧れと、懇願の色が表情に出ている。


「ノア様の神器(、、)達の話は聞かされてますが、それがノア様にかしづく瞬間は見たことがありません」

「ああ、確かに」


 言われてみれば、と思い出す俺。


 レヴィアタン。

 バハムート=ルティーヤー。

 フワワ。

 ベヘモト。


 これら全部、俺がオードリーと実際に会う前。

 まだ都にいた時の事だ。


「なるほど……いいぞ」

「ありがとうございます!」


 オードリーはものすごく嬉しそうな顔をした。


 そうこうしているうちに着替えがすんで、そのまま大食堂に移動して、上機嫌のオードリーの給仕で朝食をとった。


 その後、オードリーとメイド達を連れて、庭に出た。

 庭の東屋の前で、前もってアポピスを箱ごと持ち出してもらっていた。


 それに近づき、箱を開ける。

 蛇の意匠をかたどった杖を手に取って目の前にかざす。


「応じろ」


 すると、念が返ってきた。


 言葉にならない念だが。


「大丈夫なのですか、ノア様」

「問題ない、多少見くびられているだけだ」

「見くびられている?」

「臣従して欲しければ倒せと言ってきた。お前のような力に使われる子供には無理だろうがなと」

「なんたる無礼!」


 オードリーは眉を逆立てて、自分の事の様に怒った。


 俺は杖――アポピスを見た。

 わかりやすくああ言ったが、アポピスから伝わってきたのは「SSSに振り回されただけの子供」だった。


 総理親王大臣は解任され、俺の能力は元に戻った。

 それで見下してきた、って訳だ。


 一方で、話は早い。


「お前を倒せばいいんだな?」


 俺は再び、アポピスに話しかけた。

 帰ってきたのは再び嘲りが混じった、しかし「そうだ」という意志だった。


「よし。ならこれを貸してやる」


 俺はそう言って、アポピスを箱の中に戻して、ついでに鎧の指輪を外し、一緒に箱の中に置いた。


 次の瞬間、アポピスが変化した。


 アポピスは鎧の指輪とリンクして、巨大な蛇に姿を変えた。

 巨大な蛇は杖を丸呑みして、人間など楽に丸呑みできそうな口を開けた。


「来る、鼻垂れ、小僧」


 片言チックに喋って、威嚇するように口を開け放って、舌がちろちろと震える。


「ああ」


 俺はレヴィアタンを抜き放って、斬りつけた。

 水色の光を曳く魔剣の斬撃は、アポピスの鱗に弾かれてしまう。


「堅い!」


 アポピスは一瞬得意げな顔をした後、そのまま俺に噛みついてきた。

 地面を蹴って後ろに下がる。


 アポピスは更に襲ってきた。

 蛇の長い胴体がうねりながら突進してきて、ぐるっと俺の周りを回って――締め付けてくる。

 レヴィアタンを横一文字に構える。

 締め付けがレヴィアタンにつっかえた。

 

 レヴィアタンを手離して、その場で飛び上がって、蛇の締め付けから脱出。


「縮め」


 脱出した後レヴィアタンを縮ませた。

 伸びると力比べになるが、縮む分にはなにも問題ない。


 針くらいに縮んだレヴィアタンは地面に落ちた。

 締め付けが空を切って、蛇は一瞬とぐろを巻いたが、すぐに伸びて向かって来た。


 それをかわして、レヴィアタンを回収して元のサイズに戻す。


「お前、非力。俺、斬れない」


 蛇はそう言って、舌をちろちろ出して、ゲラゲラと笑った。


「とどめ、刺す。丸のみ、する」


 蛇は突進してきた、口を開け放って噛みつこうとしてくる。

 レヴィアタンを構えて蛇を受け流す。

 受け流した蛇はすぐにターンして、また突進してきたが、これも難なくいなす。


「「「おおおっ!!」」」


 オードリー、そしてメイド達から歓声が上がった。

 そうか、彼女達は分かるのか。


 俺は力を捨てて、技のみでいなしていた。

 それは毎朝の日課になった、ガジュマルを「斬らない」剣術だ。


 武術は大抵、柔と剛にスタイルが分かれるもの。

 俺が修練していたのは柔の極みとも言える技だ。


 それを使って、何度も何度も蛇をいなした。


「お前、せこい。男、もっと来る」

「ふっ」


 見え透いた挑発には乗らなかった。

 そのまま更にいなしていると、ふと、ある一定の角度で受け流すと、蛇の胴体に引っかかる箇所があるのが分かった。


 何度かやってみた。

 引っかかりはよりはっきりと分かった。


 そこに切り込んでみた。

 突進を受け流したあと、蛇はすぐにターンして突っ込んでくる。


 そのタイミングにあわせて俺も突っ込んだ。


「――っ!」


 今までいなされてばかりだった蛇は見るからに驚いた顔をした。


 向こうの勢い、そして俺自身の力。

 そして刃はちゃんと角度をつけて、引っかかりにつっこむ。


 すると、それまで堅くて、つるつるで刃が通らなかったのが、まるで豆腐を切るかのように刃がすんなりと通った。


 そのまま更に突進、レヴィアタンで突き進む。


 完全にすれ違った後、蛇の体は、まるで魚の開きのようにパカッと開いた。


「勝負あり、だな?」


 鎧の指輪での具現化なので痛みはないだろうが、見事に斬られた事で蛇は唖然として、動きが完全に止まった。


 しばらく待つと。


「お前、強い。しもべ、なる」


 蛇はさっきまでの態度とは一変、実にしおらしくなった。


 なんかの罠か? とも思ったのだが。


――――――――――――

名前:ノア・アララート

法務親王大臣

性別:男

レベル:10/∞


HP D+E 火 E+A

MP E+E 水 D+S

力  D+A 風 E+F

体力 E+E 地 E+D

知性 E+D 光 E+C

精神 E+D 闇 E+C

速さ F+E

器用 E+D

運  E+D

―――――――――――


 視界の隅っこにあるステータスの「+」、闇が一気にCまで上がったので、心から臣従したと分かった。


「これからよろしく」


 蛇は上手く頭を上下して頷いたあと、具現化をといた。

 大蛇があった所に、鎧の指輪と蛇の杖――アポピスが落ちていた。

 俺はそれを拾い上げた。


「さすがノア様!」


 終わったことを正しく感じ取って、それまで距離をとっていたオードリーが感動した表情で近づいてきた。


     ☆


 数日後、外苑の書斎。

 総理親王大臣はもう解任されたけど、政務の中で、使いやすいように改造していった書斎は、この先も使えると思って残しておいた。

 その書斎で、ドンから報告を受けていた。


「これは?」


 報告を受けた後、リストを眺めながら、ドンに聞いた。


「アララート州の代官が連名で送ってきた贈り物です。いずれもアララート地産の品ですね」

「アララートか」

「新たに統治者となった殿下への贈り物ですな」

「ああ、よくあるあれか」


 口ではそういうものの、実の所俺は初体験だ。


 アルメリアを封地にしてもらった時はまだ産まれた直後だったから、こういうことは全部周りの大人が処理していた。


 だから、実際に俺の所に送ってきたのはこれが初めてと言うことだ。


「いやいや、よくあるなんて違いますな」

「ん?」

「このリスト、通常の倍くらい豪華ですね、こんなにすごいリストは見たことがない」

「そうか?」

「リストには民からと思しきものもあります。総理親王大臣のご政務、アルメリア・ニシルの治水。様々な殿下の噂を聞いて、自発的に送ってきたんでしょう」

「なるほどな」

「ギルバートの時は、これの三分の一程度でしたね」


 かつて、第一親王の元で働いていたドンが苦笑い交じりに言った。


「いやはや、すごいにも程がある」

「とはいえこんなにもらってもしょうがない。誰かいるか?」

「お呼びですか?」


 ドアを開けて、一人の少年が入ってきた。


 外苑に当るこの書斎の周りには、内苑と違って男子禁制がそこまで強くなく、男の使用人もいる。


 少年は初めてみる顔だから、最近屋敷に入ったんだろう。


「これを俺の家人達に分配しろ。エヴリンはあれで酒好きだから醸造酒と蒸留酒1タルずつ。帝都にいるシャーリーはこの冷鉄の剣を二振り、フォスターとハワードは一振りずつ。ディランは娘がいたな、絹をまるまる送ってやれ。バイロンには醸造酒、シンディーは蜂蜜四種を全部一瓶ずつだ」


 家人達の趣味と地位に会わせて、贈り物を分配する。

 特に屋敷の中じゃなくて、外に出している者達を中心に配った。


 一通り言い終えて、誰か漏れはないか、と考えていると。


「分かりました。エヴリンさんは醸造酒と蒸留酒1タルずつ。シャーリーさんは冷鉄の剣を二振りで、フォスターさんとハワードさんは一振りずつ。ディランさんは絹を。バイロンさんは醸造酒、シンディさんは蜂蜜四種を一瓶ずつ。ですね」

「……」


 俺はちょっとだけ驚いて、少年を見た。

 俺に見つめられて、少年はちょっとたじろいだ。


「ま、間違いがありましたか?」

「いいや、逆だ。よくあの一瞬で、一回聞いただけで全部覚えてたな」


 叱られた、とかじゃないって分かった少年はほっとした。


「お前、名前は?」

「グランっていいます」

「屋敷に来てどれくらい経つ」

「一ヶ月くらいです」

「なんでここに来た」


 俺が少年に語りかけた直後は、何か言いたげにしてたドンだが、矢継ぎ早にグランのパーソナルな情報を聞いていくのを目の当たりにすると、逆に何もいわないって感じで口を閉ざした。


 一方で、聞かれたグランは若干戸惑いながら、俺の質問に答えた。


「両親が病気で、兄貴の稼ぎが少ないから、なにか稼げないかと思ってたら、宦官の募集がありました」

「なるほど」


 宦官は毎月の給料とは別に、最初にまとまった金がもらえる。

 去勢――つまり男性器を切りおとすのだから、それに対する補償というか、恩情だ。


「両親の病気は」

「少しは良くなったけど、まだ……」


 グランは少しうつむき、顔が翳った。


「ふむ。今の給料はどれくらいもらってる」

「一月5リィーンです」

「50に上げてやる」

「……………………え?」


 何が起こったのか分からないって顔をしたグラン。


「それからドンの下につけ。分かるな?」


 最後の言葉はドンに向かっていった。

 ドンは静かに頷いた。


 俺がグランの記憶力を見込んだのを理解して重用するつもりだ、って顔だ。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 グランは何度も何度も頭を下げてから、品物分配の為に書斎を出た。


 残ったドンは俺に向かった。


「さすがでございます。あれなら、恩義を感じて殿下に命賭けで尽くすでしょうな」

「命は賭けなくていい」

「へえ?」

「人は宝。尽くすのはいいが、生きて尽くしてもらわないとな」

「さすがでございます」


 ドンは、完全に心服した、そんな顔で俺に一礼した。

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●感謝御礼

「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

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なろう時代から強く応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
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