50.親王の話術
ニシルの郊外。
100人近くの兵士に守られて、水の輸送隊が陛下の避暑地に向かっていく。
水を運ぶ荷馬車とは別に、ヘンリー兄上が乗ってる馬車が並走している。
俺は更にその横で馬に乗っている。
兄上が水を運ぶのを、途中まで見送るためだ。
「ふぅむ」
「どうしたんですか兄上」
「ノアは、馬に乗ってる姿が様になるな」
「そうですか?」
「ああ、見ていて惚れ惚れするくらいだ。普段から乗ってるのか?」
「それなりには。帝国は『戦士の国』。兄上だって、馬くらいは乗れなきゃ、と子供の頃から躾されたでしょうに」
「それでも乗らない人間はとことん乗らないのだよ。私もオスカーも、馬は苦手だ」
「オスカー兄上も?」
そうなのか……と思ったが。
オスカーは一言でいうと「優男」という感じの人間だから。
馬が苦手だ、と言われれば納得かもしれない。
兄上といろいろ話していたが、ふと、水を護衛してる兵士達がざわつき始めた。
「どうした」
運送の責任者である、兄上が部下に聞く。
部下の兵士は顔をしかめながら答えた。
「申し上げます。南より砂煙が。おそらくは……」
兄上と俺は南を同時に向いた。
地平の向こうから、砂埃を巻き起こしながら一団が迫ってくる。
それは一直線にこっちに向かってきて、あっという間に隊列を包囲した。
「盗賊か」
兄上の口調が変わった。
顔も強ばっていて、眉間は紙を挟んで落とさないくらい皺が寄っている。
「まさかこんな所で」
「任せてください、兄上」
俺はそう言って、馬から飛び降りた。
止まった隊列を包囲する数百人の盗賊たち、それを指揮してるリーダーらしき男に近づいていく。
「お前たち、何のつもりだ」
「へへ、こんなに仰々しく護衛してるんだ、さぞや値打ちの物を運んでるんだろうな」
「……」
俺は後ろを振り向いた。
確かに、陛下に届ける為に、護衛の兵士は普段の輸送隊よりも増やした。
それで誤解した、と言うことか。
振り向いた先にいるヘンリー兄上と目があった。
俺たちは苦笑いしあった。
「大人しく積み荷を渡せば、命くらいは助けてやらんことも無いぞ? んん?」
男は持っているロングソードを、肩にとんとんと叩きながら、ニヤニヤする表情で言い放った。
俺はそいつの「勧告」を無視して、腕輪からレヴィアタンを引き抜いた。
水色の光を曳く魔剣。
抜いた瞬間、敵味方ともにそれに注目したのが分かる。
「なんだ? やるのか?」
「――ふっ!」
一歩踏み込み、男の背後にいる三人の盗賊を一瞬で斬り伏せた。
三人は何が起きたのか分からないって顔で、武器を手放して倒れ込んだ。
「……」
ぐるりと周りをみる。
あまりにも一瞬の出来事だったからか、敵味方ともに反応できていない。
「なっ! て、てめえら! やっちまえ!」
最初に我に返ったのは、盗賊のリーダーの男だった。
そいつが号令を掛けると、盗賊が一斉に俺に襲いかかってきた。
積み荷を奪うことも忘れて、俺に襲いかかってきた。
予想通り注意を引けた俺は、レヴィアタンを振るって、次々と盗賊を斬り伏せた。
能力オールSSS、総理タイムの無敵モード。
一人につき一斬で、次々と斬り伏せていく。
三百人はいた盗賊を、全部斬り倒すのに三十分と掛からなかった。
全員倒したあと、兵士に命じて、とりあえず縄で腕を縛りあげて、拘束する。
ヘンリー兄上は馬車から降りて、俺の横にやってきた。
「すごいな、ノア。まさか一人で全員倒してしまうとは」
「被害を出せば、陛下へお届けするのがそれだけ遅くなりますからね」
「うむ。それにしても見事な腕前だ」
頷く兄上は俺を褒めちぎった。
俺は、縛られ両膝を無理矢理つかされた男をみた。
男は肩からどくどくと血を流しながら、俺を睨んでいる。
それを少し見て、考えてから、男に聞く。
「お前、名前は?」
「ホワイトタイガーのジェリー・アイゼン様だ。覚えときな」
答えるジェリーは威勢が良かった。
「ジェリーか。お前、自分が何をしたのか分かってるのか?」
「はっ、こういう稼業をやってるから覚悟は出来てるわ。どうせ死刑とかなんだろ。そんなのを怯えるほどやわじゃねえぜ」
「いい覚悟だ、だが無意味だ」
「なに?」
「ところで、お前は盗賊をやって、何人殺した」
「はっ! そんな事を聞いてどうする。罪を増やすつもりなら諦めろ。どうせ死刑だ、殺すなら今すぐ殺せ!」
ジェリーは一気に言い放った。
その表情は、本当に死ぬことは怖くないかのように見える顔だ。
……ふむ。
俺は少し考えてから、話題を変えた。
「この輸送隊は、陛下への献上物を運んでいる。つまり御用の品だ。いわば皇帝陛下の財産を奪おうとする人間はどうなると思う」
「だから――」
「最高で胴斬の刑までいくぞ」
「どう……ざん?」
聞き慣れない言葉だったからか、ジェリーは明らかに戸惑った。
「言葉通りだ、首じゃなくて、胴体を上下にたたっ切る処刑法だ。心臓を避けて胴体を切るとな、すぐには死なん。三十分くらいかけて、じっくり苦しみながら死んでいくのだ」
「……」
ポカーン、となってしまうジェリー。
「体を両断された痛みを三十分だ。そして徐々に体が動かなくなっていく、もがこうとしても、もがく力すら失っていく。でも痛みはずっと残る」
「……」
ジェリーは青ざめた、歯の根が合わなくて、ガクガクと震えだした。
「お前、これまで何人殺した」
「こ、殺しはやってねえ……」
一瞬で唇まで真っ白になって、震えた声で答えた。
「なんでだ?」
「昔……飢饉にあったんだ。お代官様も何もしてくれなくてよ。気がついたらにっちもさっちも行かなくなって、こういう稼業に手を染めちまったのよ……」
「やってたのは不本意だってことか」
「そりゃ……そうだ。まともに働けるんなら、誰だって好き好んでこんな稼業しちゃいねえよ……」
答えたジェリー、徐々に俯いていく。
その言葉は感情がこもっていた。
俺は少し間をおいて、真顔で聞いた。
「やり直す機会は欲しいか?」
「――っ!」
ジェリーは顔をパッとあげて、何が起きたのか分からない、信じられないって顔で俺を見つめてきた。
「や、やり直すって!?」
俺はジェリーの周りを見た。
彼も部下も、同じような目で俺を見つめている。
「ただの盗賊なら、従軍刑というのにしてやれる」
法務親王大臣として、帝国法を思い出しながら話す。
別に盗賊に限ったものじゃない、ぎりぎり死罪に値する若者に処すための刑だ。
「文字通り軍にぶち込んで、辺境で戦わせる刑罰だ。そこで立てた軍功次第では、罪の帳消し、更に立身出世も不可能ではない」
「そ、そんなのがあるのか!」
目に光が戻るジェリー。俺の話に食いついてきた。
「手心は加えん――が、ちゃんと戦功を立てたら取り立ててやろう。どうする、乗るか? それとも胴斬刑か?」
二択を突きつけると、ジェリーも、その部下たちも。
迷いなく、額を地面に叩きつけるほどの勢いで、俺に頭を下げてきた。
そのまま兵士を一部割いて、ジェリーら盗賊団をニシルに送る。
それを見送った後、ずっと黙って話を聞いていた兄上が。
「お前の話術はすごいな」
と言ってきた。
「そうですか」
「胴斬刑で散々脅して、怯えさせてから一気に切り崩したのは見事だった。だが、そこまで手間をかけるほどの相手か?」
「人は宝、そして希望ですよ、兄上」
「あんな輩でもか」
「あれでも、です」
「ふっ、そこまで言い切れるのはさすがだな」
☆
兄上と別れた後、俺はニシルの屋敷に戻ってきて、追加の護衛の兵士を手配して、ジェリーの後処理をした。
ジェリー達は喜んだ。
俺が提示したのは、いわば人生一発逆転のチャンスだ。
もちろん死ぬこともある、兵として戦う訳なのだから。
しかし、帝国は『戦士の国』、戦功はあらゆる功績を凌駕する。
もしも生き残って戦功を立てられたら、一気に貴族になることも夢ではない。
人生大逆転のチャンスを提示されて、ジェリー達は全員、しつこいくらい俺に感謝した。
それの処理がすんだ後、接客メイドのセシリーが書斎に入ってきた。
「ご主人様。ロレンス、と名乗る方がお見えになってます」
「ロレンスか、通せ」
「かしこまりました」
セシリーが出ていき、しばらくしてロレンスが入ってきた。
ロレンスは部屋に入るなり、俺に片膝ついて頭を下げた。
俺は椅子から立ち上がって、ロレンスの腕を引いて立たせた。
「体はもう大丈夫か?」
「十三殿下のおかげで、もう大丈夫です。殿下直々に助けに来ていただいて、どうお礼を申し上げればよいのか」
「気にするな。それよりも、お前はこれからどうするつもりだ。俺の部下になる気はないか?」
「申し訳ございません。既にパスカル様に仕えている身でございますれば」
「……」
俺は眉をひそめた。
今の瞬間、沸き上がった感情をそのまま口にした。
「失望したな、お前には」
「え?」
いきなり何を? って驚きの顔で俺を見るロレンス。
「お前は有能な人間だ。謙遜するな、色々調べた」
「はっ……」
ロレンスは気持ち頭を下げた。
「民のために色々出来る有能な人間だ。なのに何故つまらんことにこだわってる」
「それは、パスカル様を裏切るのは……」
「自分が裏切り者になりたくない。それは私利私欲だろ。自分の名声を重視するという」
「――っ!」
「パスカルが民のために何かをする人間ならそれでもいい。だがあいつは民など毛ほどにも思ってない人間だ。お前もそれは知ってるだろう?」
「……」
「そんな男の元に戻る、自分が裏切り者だと呼ばれたくないが為に。それに失望したと言ってるんだ」
俺はため息をついた。
「もういい、どこへでも行くがいい」
そう言って、身を翻した直後、ロレンスがパッと土下座した。
両手両膝をついて、頭を床にたたきつける。
「なんの真似だ」
「私が……私が間違っておりました」
「……」
「殿下のおっしゃる通りです、私は……いつの間にか自分の名声のことを考えておりました。自分でも気づかぬ内に……いえ、それは言い訳になってしまいます」
「殿下の素晴しいお言葉に目が醒めました。殿下こそ、真に仕えるべき主です。こんな男ですが、どうか、麾下に加えてください!」
お願いします! と最後に付け加えて、ゴツン、と音がするほど額を床にたたきつけた。
「民のために働くのだな」
「はい!」
「よし、なら許そう」
「――っ! ありがとうございます!!」
視界の隅っこのステータスはSSSで動かなかったが。
そうじゃなかったら間違いなくステータスが上がっていただろう。
そんな男が、俺の元に加わった。