05.魔剣も屈服させて力にする
その後、しばらくアリーチェの歌を聴いてから、店を出て屋敷に戻ってきた。
夕暮れ時の屋敷の前に、何故か男が何人も土下座していた。
ただの土下座じゃない、俺の屋敷、十三親王邸に向かって土下座している。
何だろうと思いつつ、屋敷に入る。
「お帰りなさいませご主人様」
俺を出迎えたのは接客を専門とする若いメイド。
客が来る時も、俺が帰ってくる時もまず彼女の顔を見る事になる。
ある意味十三親王邸の顔みたいなメイドだ。
「エヴリン、表で土下座してる連中がいたけど、何か知らないか?」
「はい、ご主人様に謝罪をしたいと申し出てきた者達です」
「謝罪?」
「なんでも、ご主人様の不興を買った部下と一緒に謝罪に来たとか」
「……ああ」
つまり例の金貸しと、そのボスって事か。
俺に追い払われて戻ったはいいが、やったのが俺だってボスにばれて、それで謝罪に連れてこられたと。
「いかがなさいますか」
「……追い返せ。親王ってのは会おうと思って会えるものなのか? って言ってやれ」
「かしこまりました」
メイドのエヴリンが俺の命令を受けて、屋敷の外に出かけていった。
「いい処置だ」
「兄上!?」
まるで入れ替わりのように、屋敷の奥から兄上――第四親王ヘンリーが現われた。
「来られていたのですか兄上」
「ああ。今の処置は良かったぞ。あの様な連中に軽々しくあっては王族、親王の格を下げるようなものだ。よくやった」
ヘンリー兄上は嬉しそうな表情で俺をほめた。
「それもあるのですが、もう一つあるんです」
「ほう?」
俺はまず事の始まりを話した。
アリーチェの歌を聴きに行ったら父親の借金を取り立てに来た、それに介入して追い払った。
そこまで前提を説明してから。
「俺がまだ怒ってたと思わせた方が、向こうもアリーチェに手出しできなくなる。それをやると火に油を注ぐ事になる」
「ほう」
ヘンリー兄上の目が光った。
「その歳でそこまで考えてるのか、すごいな」
「たまに、こっちが忘れた頃にちょっかいを出し直すのがいるから」
「そうだな、ほとぼり冷めた頃にハネッかえる者もいる。いい判断だ。しかし」
「しかし?」
何かまずかっただろうか、と思ったがそういう話ではないようだ。
ヘンリー兄上はにやり、と口角を器用に片方だけつり上げて。
「そんなに良かったのか、その娘の歌は」
「取らないで下さいよ兄上。俺がじっくり育つのを楽しむんだから」
「気に入っているのだな」
「アリーチェは伸びますよ。歌い続けてさえいれば、というタイプです」
「なるほど。ならそのうち私も連れて行け」
「分かりました、案内します」
談笑しながら屋敷の奥に入る。俺が普段から使ってる居間に入った。
自然にヘンリー兄上に上座をすすめ、俺自身も下座に座る。
俺の屋敷とは言え、兄上は兄上だ。
だから上座をすすめた。
このあたりのバランスは難しい。
まず皇太子殿下は聞くまでもなく上座だ。
皇太子つまり次の皇帝で、俺たちにとって半分くらい主君の様なものだ。
そしてヘンリー兄上のような、歳が親子ほども離れてる兄たちにも客は客だが上座をすすめる。
歳が比較的近い、10番目くらいからはこっちも主人として上座に座る。
こういうのを間違えると大変な事になるんだが、幸いにして今まで間違えたことはない。
「お前はいつも礼儀正しいな」
「当然のことです」
「お前くらいの歳、フランクからギャリーまではそうはいかん。みんなまだまだ子供だ。特にギャリーがなあ……」
「兄上の弟ですね」
これも平民にはなかなか難しい、貴族でもあまりない話だ。
俺たちは全員皇帝陛下である父上の子供だが、母はそれぞれ違う。
そんな中、同じ母を持つヘンリー兄上とギャリーは他の兄弟とはまた違った繋がりというか、絆のようなものがある。
「いくら教えても礼法を覚えん、まったく困ったものだ。お前レベルとまでは言わんが、もう少しなあ」
「ギャリーももう少ししたら分かりますよ」
「だといいんだが」
「それより兄上。お一人で来られたのはどういう用件だったんです? 兄上ほどのお忙しい人が、まさか世間話だけって訳でもないでしょう」
「……」
ヘンリー兄上は複雑な表情、微笑んでるような、苦虫を噛み潰した様な、そんな顔で俺を見る。
「お前は本当に賢いな。大人でもそう察する事ができる人間はそうそういない」
「って事はやっぱり何かあるんですね」
「ああ、魔剣のことだ」
魔剣レヴィアタン。
ヘンリー兄上と、皇太子が俺にプレゼントしたものだ。
この場合、皇太子からの贈り物だから、賜った、と言った方が貴族として正しい。
「魔剣がどうかしたんですか?」
「いずれの話だが、まずは耳に入れておこうと思ってな」
「はい」
「あれは意思がある、喋れはせんが、はっきりと意思を持っている」
「そうなんですか」
「そして、やっかいな事に上下意識に凝り固まっているようだ」
「上下意識」
おうむ返しにつぶやくと、ヘンリー兄上ははっきりと頷いた。
「犬と同じと思えばいい」
「なるほど」
「もう少ししてからでよいが、振るう前には上下関係をきっちりさせておくといい。屈服させておいた方がお互いのためだ」
「屈服……」
ヘンリー兄上の言葉を舌の上で転がした。
もしや、という言葉が頭をよぎった。
「ちょっと待ってください兄上。だれか」
「はっ」
俺が呼ぶと、すぐにドアが開いて、使用人の男が入ってきた。
「例の魔剣を持ってこい」
「は、はい」
魔剣と聞いて、使用人の男は明らかに顔が強ばった。怯えているのだ。
「なんだあれは」
「実は試しに魔剣を振るってみたところ、その時に居合わせたら気分が悪いって言われまして」
「ああ、水がC以上はないと、そばにいるだけで気分を悪くするだろうな」
「それで取りに行かされるのが怖い、って訳です」
「なるほど」
ヘンリー兄上が納得するのとほぼ同時に、さっきの使用人が箱を抱えて戻って来た。
目に見えて顔色がもう悪くなっている。
「わかったわかった、テーブルの上に置いて下がっていい。しまう時は他の誰かに来させろ」
「ありがとうございます!」
男は赦しを得たかのように、大喜びで部屋から飛び出していった。
俺は箱を開けて、魔剣レヴィアタンを手にする。
柄を握り締めて、念じる。
柄を通して、反発が返ってきた。
魔剣の力、水の力で俺の意識に侵入してこようとしてる。
今まで二回持ったが、こういうのはなかった。
だからこっちからしかけた、「俺の物になれ」と念じて。
すると案の定魔剣が反発した。
が、その反発は俺には効かなかった。
今まで持った使用人達の反応と、俺が持った時に何もなかった事と、更に水がE+SでSSになっていることと。
その三つの事を合わせて考えて、大丈夫だと判断した。
そして、判断通り大丈夫だった。
魔剣は次々と俺に侵入して来ようとするが、水SSに阻まれてる形だ。
しばらくそれを好きにさせてから、タン! と魔剣を床に突き立てた。
下に見て、柄を頭に見立てて押し込む。
しばらくして、変化が現われた。
直接もっているから感じるもの、魔剣が諦め、俺の下につくという意思を伝えてきた。
同時に。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E+SS
力 F+F 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F+F
運 F+F
――――――――――――
いつも見えているステータスが上がった。
水がSからSSに。
狙い通りいった。
魔剣を屈服させる。
ヘンリー兄上が教えてくれたのは多分、あくまで魔剣を使いこなすための事だ。
だが、俺の体質は何故か従うものの能力が一部加算される。
だから魔剣を従えれば? と思ったのだ。
そしてそれは上手くいった。
「その顔はやったって顔だな」
「はい」
頷き、使用人を呼んで、ステータスチェックの魔法を掛ける。
もちろんこういう雑用はヘンリー兄上の手を煩わせられないから使用人を呼んだ。
すると、俺が見てるものと違って、「+」のない表向きのステータスがでた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 SSS
力 E 風 F
体力 E 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 E
運 E
――――――――――――
それを見た兄上が。
「むぅ……そうなるのか……すごいなあ……」
と、水がSSSになったのを本気で感心していた。