04.貴族は人を育てて使う
王宮の中、皇帝の書斎。
書斎と呼ばれているが、そこは十万冊以上の書物と即位してからのほとんどの書類を保管している、実質図書館のような場所。
その書斎に呼び出された俺は、父上――つまり皇帝陛下の前で跪いていた。
「お呼びでしょうか、父上」
「うむ」
威厳たっぷりの声で、鷹揚にうなずく父上。
俺が挨拶している間も何か書類に目を通して、それにサインをしてから、侍っている宦官に渡した。
政務が一段落したところで、ようやく父上は頭を上げて、こっちを見た。
「元気にしていたか」
「はい、日々精進しています」
「うむ」
父上は小さく頷き、直前の書類を手際良く処理した宦官に顎をしゃくった。
腹心とも言える宦官は更に下級宦官に指示を出して、その宦官が俺の側にやってきた。
俺に向かって魔法を使う。
ステータスを見る魔法、俺が生まれた直後に掛けられて、皆を結果的に驚かせた魔法。
しばらくして、俺のステータスが誰にも見れる形で現われた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 SS
力 E 風 F
体力 E 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 E
運 E
――――――――――――
「ほう、また上がっているな。前回と違って力がEになっておる」
父上は感心した様子で、執務机から離れて、俺の前にやってきて、ステータスをのぞき込んだ。
「それでいてレベルは1のまま、か。すごい話だ。レベル据え置きのまま能力が上がる人間など、今まで聞いた事もない。お前はつくづく不思議な子だ」
「ありがとうございます」
あの日皆を驚かせて、今父上が「不思議」だと評したこの特殊体質。
転生してから六年、俺はうっすらとその原因を理解しつつあった。
俺の「部下」と連動している。
普通の人間にはない、俺だけに見える「+」の後ろの部分、追加の部分は俺の部下とか使用人とか、そういう身分の人間に応じて増減する。
思えばあの時も領地が決定した直後に上がったし、今回も例の洪水の被害に遭った村を丸ごと俺の傘下に加えたから、力がF+FでEになって現われた。
ちなみに今、俺にはこう見えている。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E+S
力 F+F 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F+F
運 F+F
――――――――――――
これに気づいてから色々調べて、いろんな人に話を聞いたが、「+」を持つ人間は他にいなかった。
俺だけらしい。
それに「∞」も意味は分からないままだが、これも誰も知らない俺だけの物らしい。
だからこの事は、皇帝である父上とはいえ今は黙っている。
「このために呼び出したのでしょうか、父上」
「ん? ああそうだった、本題は別にあった。ノア、お前村を一つ丸ごと買ったようだな」
「……」
俺は息を飲んだ。
驚いた、数日前の話で、まだ報告もしてないのになぜ父上が知っている。
「そう驚くな、叱責のために呼んだのではない。むしろ逆だ」
「え?」
「……」
父上は手を後ろに組んで、考え事をしているかの様に書斎の中を歩き出した。
「あれほどの天災だろうが、それにつけ込んで一儲けしようとする輩が現われる。大抵の場合余の所まで話が上がってくる頃には、連中が甘い汁を吸い終えた後だ。そして余は――国はその後始末のために人と金を投入する。天災と人災、二重にかさなった惨状の後始末をな」
「……」
「どうやって知った?」
立ち止まり、後ろ手を組んだまま首だけこっちを向く。
俺は素直に答えた。
「その村出身の者が、十三親王邸でメイドをしてました。それが遊郭に身売りさせられそう、と言う話を聞いて」
「なるほど、では偶然か」
「……はい、偶然です」
「偶然か。天意でもある。アルバートの所だったら三重の尻拭いをするところだったな」
皇帝のぼやき。
何となく皇太子への不満に聞こえたから、俺は相づちも打たないで、無言でスルーした。
数秒間の沈黙、父上は再び俺に話しかけてきた。
「なんにせよよくやった。褒美をくれてやる。クルーズ」
「はっ」
それまでずっと離れた所にいた、気配を押し殺した腹心の宦官が応じて、一歩前に進み出た。
「ノアの俸禄は今どんな感じだ」
「十三親王殿下の俸禄は現在、年間8000リィーンでございます」
「少ないな」
多いから。
都で働く三十歳の平均月収が10リィーン――年間120リィーンだ。
それの七十人分くらいの額だ、決して少なくない。
「とりあえず1000上げてやれ。遡って今年からだ」
「御意」
宦官クルーズは応じて、それを伝達するために立ち去った。
「ノア」
「はい」
「よくやった。これからも目が届く範囲でよい、余の力になってくれ」
「わかりました」
☆
皇帝の書斎を出て、豪華な廊下を引き返す。
すると、廊下の向こうから知った顔が見えた。
そっちも俺が見えて、これでもか、ってくらいのニコニコ顔でやってきた。
「ノア様」
俺の名前を呼んで、その場で片膝をつく若い宦官。
名前はシーズ。役職のない、雑用をしてる下級宦官だ。
王宮に入った頃は母上のところに配属されたから、それで顔を知っている。
「ノア様に会えて良かった。ノア様のお顔を見るだけで、一日の活力が湧いてくるかのようです」
「相変わらず口を開けばおべっかだな。ほれ」
俺は懐に手を入れて、こういう時のために用意しておいた革袋を取り出し、シーズに放り投げた。
ざっと100リィーンが入っている、銀貨袋だ。
これも転生してから覚えた事だが、貴族は「施し」を美徳とする。
立場が明らかに下の、恵まれない人間に施す事をよしとし、またそれができる程の力があると誇示する目的もある。
宦官の給料は実に安い、月5リィーンだ。
それでも農村部に比べれば高いし、その職務上「永久就職」になるから、安定を求めてのなり手は多い。
だからといって薄給には変わりないから、こうして施すのは普通だ。
シーズはずしりとする革袋をキャッチして、ますますニコニコ顔になった。
「ありがとうございます!」
「独り占めするなよ。仲の良い連中くらいには分けてやれ」
「いやあ、さすがでございます。皆言ってるんですよ、十三親王様はあっしらに優しいだけじゃなく、ここにいない者の事も気に掛けて下さる神様のようなお方だと」
「おべっかがますます上手くなったな。さては御膳の蜂蜜をつまみ食いしてるな」
「とんでもありません、全て本心でございます、はい」
「そういうことにしとこう」
俺は歩き出した、シーズは俺の横について来て、あれこれよいしょしてきた。
「そういえばノア様。最近売り出し中の歌い手をご存じですかい」
「歌い手?」
「へい。レイド通りのキースって店でやってる女ですがね。名前はアリーチェ。まだまだ青臭いですが、伸び代はあるって評判でして。あっしらも通っているんですよ」
「へえ」
適当に雑談を聞き流しつつ、俺は王宮を出た。
☆
王宮を出たあと、都を適当にぶらつく。
繁華を極める帝国の都、地上で一番栄えてる都市と言っていい。
人も物も――そして金も。
あらゆるものがここに集まってくる。
当然人間の欲望を満たすものも一通り揃っているが、まだ六歳であるこの体じゃやれる事もない。
街に来たはいいが、結局ぶらつくことしかできない。
ふと、シーズから聞いた話を思い出す。
売り出し中の歌い手か。
これが大臣とか、それか他の兄から聞いた話だったら、そこに色――つまり性的なものが絡んでくる。
だが、シーズは「あっしらも通ってる」って言った。
宦官というのは、万が一にも間違いが起きないために、男性器を切り落とされた人間だ。
それによって性欲はなくなる(代わりに金銭に対して執着するようになるが)から、彼らが通ってるって言うのなら歌だけなんだろう。
それなら六歳の俺でも楽しめる。
そう思って、話で聞いたレイド通りに足を向けた。
キースって店はすぐに見つかった。演劇や演奏などを楽しめる茶屋だ。
中に入って席代を払っていい席に案内してもらう。
店員は一瞬俺を見てきょとんとしたが、服の材質や装飾で貴人だとわかると相応の扱いをした。
席に座って、店員に聞く。
「アリーチェって女は今日いるか?」
「お客さん運がいい、今歌ってるのがそのアリーチェだよ」
「へえ……注文は適当に。野菜や葉物はいらない」
「へい!」
店員が立ち去った後、俺は改めて店の前方に目を向けた。
ステージがあって、放射線状に客席が配置されてる構造。
後ろに行けば行くほど見えにくいが、俺が席料をはずんだこともあって、案内されたのは最後尾ながらも台の上にあるような席で、前の客の頭関係なくステージを眺めていられる。
ステージ上では、ハープを鳴らしながらアリーチェが歌っている。
しばらく聞き入った。
なるほど、悪くない。
まだ技術は途上の域だが、真剣に、そして真面目に歌っているのが伺える。
音楽はその人の性格がよく出る。文字とかと一緒だ。
俺もまだそれを知って六年くらいだが、それでもはっきりとアリーチェが真面目な性格だというのを感じ取れた。
これなら俺もしばらく通って、場合によってはパトロンに――。
パリーン!
歌がガラスの割れる音に遮られた。
一つ二つじゃない、歌が完全に止まるまで継続的にだ。
アリーチェの手が止まって、客もそっちを向く。
すると、今し方店に入ってきた数人の男が、途中にある客のグラスや皿を掴んでたたき割りながら、ステージに近づいていく。
「おいおいおい、何ここでちんたら歌ってんだ、ああん?」
「お客様、ここは――ぶへっ!」
取りなしに入ろうとした店員が殴られて、テーブルを巻き込んで吹っ飛んだ。
店の中がざわつき出す。
「それはお金を――」
「おめえの!」
先頭のボス格らしき男が、ドスの効いた声と一緒に、近くにあるテーブルを蹴っ飛ばした。
安い脅しだ。
「父ちゃんが作った借金はこんなんじゃ返せねえだろ」
「で、ですがこれ以外では」
「はあ? なあ皆まで言わせんなよ。女なら女の稼ぐ武器があるだろ?」
「……ッ」
アリーチェは下唇をかんで、悔しそうにうつむいた。
……。
俺は立ち上がって、ステージに向かっていった。
「おい」
「ああん? ガキか? ガキはママのおっぱいでも吸ってろ!」
「帝国法第六十七条の二。親の借金を子に肩代わりを求めてはならない」
「はあ?」
「金貸しの是非を問うつもりはないが、父親の借金を娘に、それも体を売って返せってのはれっきとした罪だ」
「ガキが、大人なめてんじゃねえ!」
男は逆上して、俺の肩を掴んできた。
こうなると分かっていたから、俺は用意したものを発動させた。
魔道具、スプラッシュ。
使い切りの魔道具、魔力の有無に関係なく魔法を発動する代物だ。
効果は使用者の属性に依存。
発動した水の魔法は、人数分の猛烈な水流を産み出して、男達の肩を貫いた。
「ぐわっ!」
「ひいぃぃぃっ!」
「な、なんだこいつは」
直前まで威勢のよかった男達は、全員が血の滲む肩を押さえて、尻餅をついて後ずさった。
「まだやるか?」
そういって手をかざすと、男達は悲鳴を上げて、転がるように逃げ出した。
店の中は静まりかえった――直後。
爆発的な歓声があがった。
「なんかすげえぞ!」
「やるなボーズ!」
「ばか、言葉に気をつけろ。ありゃ貴人だぜ」
歓声の中、俺は殴られて、鼻血が出るのを押さえてる店員に手招きした。
「へ、へい、何でしょう……」
「連中がまた借金の話で来たら俺の所にこいって言ってやれ」
そう言って、懐から一枚の札を取り出して渡す。
店員はそれを見てぎょっとした。
「し、親王様!?」
店の中が更に大きくざわついた。
それを無視して、半ば放心しているアリーチェの方を向く。
「さっきの演奏、良かったぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「お前、月の生活費いくらだ?」
「え? その……母の医療費も……」
「25リィーン」
アリーチェの言葉を途中で遮った。
「毎月それ渡してやるから安心して歌え。上達したら増やしてやる」
「――ありがとうございます!」
感激して頭を下げたアリーチェ。
親王――貴族だってこともあり、俺の能力もあって。
俺はこうして、ちょこちょこと必要な人間を見つけては、パトロンをしていった。