33.最高の信頼
「……ここ、は?」
「気がついたか」
「――ッ!」
ベッドの上で目覚めたドンは、驚きのあまり飛び上がろうとしたが、痛みを感じてそのままベッドに倒れ込んだ。
屋敷ではない、都の外れにある民家の一室で、俺とドンの二人きりだ。
「無理をするな、死ぬところだったんだ」
「し、ぬ?」
痛みに耐えて、眉をひそめて俺を見つめる。
「覚えてないか? 一部始終監視させてあるから、覚えてないなら教えてやるぞ」
「……あっ」
どうやら思い出したようだ。
「そう、お前は目撃者を消したという報告をした後、間をつないでる人間に切られたんだ。まあ、ドジったお前も切り捨てられたって話だな」
「そう、か……」
ドンはベッドの上に寝そべっていながらも、はっきりと分かる位がっくり――気落ちしていた。
「尾行をさせたのはこんなこともあるんじゃないかって思ったからなんだが、本当に口封じをしてくるとはな」
俺はため息をついた。
上の兄は本当にもう……。
「人は宝だというのに」
「……」
ドンはベッドの上で顔を横に向けて、俺を見つめてきた。
「私が切り捨てられることを読んでいたというのか」
「まあな」
「噂に違わぬ賢親王、さすがだ……」
ドンはふっ、と笑い、感心したような全てを諦めたような顔をした。
「もし、最初から殿下の方に……」
つぶやくドン、言葉に自嘲の色が混じっている。
「今からでも構わんぞ」
「え?」
「巡り合わせが違えば俺の部下になってるって意味だろ? 今のは。だったら今からでも遅くない」
「本気……ですか?」
「そのかわり俺は裏切りに厳しいぞ。一度俺の部下になったからには死ぬまで抜けることは許さない」
「ありがとうございます……ッ」
傷が痛むのか、ベッドに肘をついて体を起こしたドンは、ベッドの上で俺に土下座する形で頭を下げた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:3/∞
HP E+F 火 F+B
MP F+F 水 E+S
力 E+E 風 F+F
体力 F+F 地 F+F
知性 F+E 光 F
精神 F+F 闇 F
速さ F+F
器用 F+F
運 F+F
―――――――――――
スパイとしてやってきた時とは違って、俺のステータスがアップした。
心の底から、俺の部下になろうと決めているって証だ。
「よし。なら傷を癒やすことに専念しろ。明日にでも没落貴族を探してお前を養子にする。新しい身分と名前だ。そのうち顔も少し変えとけ」
「は、はい……」
「宮内省に、というか都はしばらくいない方がいい。アルメリアに代官の口を見つけてやるから、そこでほとぼりを冷ませ」
「あ、ありがとうございます……っ」
「当面はそれでいいだろ。その後のことはまたその時になったら決める」
「……」
「どうした」
「殿下のご恩に報いることが出来るかどうかはわかりませんが……ギルバートが陛下に進呈したポイニクスの酒、今すぐにでも飲用をやめさせるべきです」
「……何でだ?」
聞き返すと、ドンは押し殺した声で、俺にだけ聞こえるようにその秘密を教えてくれた。
☆
ドンを安置した都外れの家を出て、一度法務省に戻ってから王宮に駆け込んだ。
王宮に入って、陛下に面会を申し込んで、待った。
一時間くらい待ってから、図書館のような書斎に通された。
「おお、どうしたノア」
「陛下、極秘の話がございます。人払いを」
「ふむ……?」
陛下は俺をじっと観察するように見つめてから。
「このまま話せば良い。クルーズ以外は全員耳が聞こえない連中だ」
俺は陛下の横にいる、雑用をしている若い宦官を見た。
俺が陛下と話している間も、何も聞こえていないようなそぶりをしている。
なるほど、機密保持の為に、はなっから書斎に配置しているのは耳が聞こえない連中か。
「分かりました。陛下、いますぐポイニクスの酒の飲用をやめて下さい」
「ポイニクス……ギルバートの封地で生産して、今年から王宮に進呈したものだな?」
「はい」
「何故だ」
「食べ合わせです」
俺はドンから聞いた話を陛下につげた。
「ポイニクスの酒はそのままで滋養強壮の効果のあるいい酒ですが、特定のものと一緒に食べると激しい毒に変化します」
「なんだ? その特定のものとは」
「竜の爪、と呼ばれるものです」
「竜の爪……ふむ、年に一度の儀式で、余と皇太子が先祖を祀る時に口にするものだな」
「はい」
俺は一度深呼吸して、更に続けた。
ドンから聞いた話に、推測を肉付けしたものを。
「この食べ合わせの恐ろしいところは、ポイニクスの酒は飲んだその日だけではなく、一週間は効果が体内に残り続けるところです。そしてポイニクスの酒は進呈して一年弱、陛下が日頃から飲用していることもあって、陛下自ら毒がないと証明しているようなものです。故に、その時になって竜の爪との食べ合わせを疑う者はいませんし、ポイニクスの酒が毒だと疑う者もいません」
「下手人のアリバイが成立する、と言うわけだな」
「はい」
「しかしそれは、その食べ合わせが本当ならという前提がつく」
「試してきました。死刑囚に無事だったら釈放という条件で両方口にしてもらいました。結果は」
「なるほど、効果はてきめんだった、と言うことだな」
「はい」
てきめんもてきめん。
ポイニクスの酒のみの死刑囚。
竜の爪のみの死刑囚。
両方を口にした死刑囚。
三人のうち、片方だけの二人はピンピンしているが、両方口にした者はほぼ即死した。
「そうか。つまり、このままでは余も、そして皇太子も儀式の時に絶命するわけだな。ポイニクスの酒は皇太子にも下賜しているし、竜の爪は余と皇太子のみが口にする」「はい」
「よくやったノア、すごいぞ。良くそれを暴いてくれた。クルーズ」
「はっ」
「ヘンリーを呼べ。兵を出して第一親王邸を包囲させろ。沙汰は追って伝える」
「はっ」
腹心の宦官クルーズは、陛下の命令を受けて動き出した。
これでよし。
ギルバート兄上には悪いが、さすがにこれほどのことは見逃せん。
「ノアももういいぞ。褒美は追って伝える」
「はっ」
最後に一礼して、書斎から立ち去ろうとした。
あとで法務親王大臣としての意見を求められるかもしれんが、今はこれまでだ。
身を翻して、外に向かって歩き出そうとしたその時。
何かが頭の中をよぎっていった。
足が止まった。
大きな違和感。
その違和感は何なのかと必死に考える。
やがて、思い出す。
何度もそれを思い知らされてきた。
ドッソの村の件とか、その後の色々とか。
陛下の耳目は凄まじく、俺がやっていることはほぼ筒抜けだ。
その陛下が、ドンでさえ知っている事で、俺に言ったこと。
それを――まるで今知ったかのように振る舞ったと言う違和感。
……まさか?
振り向き、おそるおそる陛下を見る。
目があった、陛下が苦笑いした。
「お前はやっぱりすごく賢いな、ノア」
「――っ!」
その一言で、俺が気づいた事を陛下も気づいたのが分かった。
「き、気づいていたのですか」
「うむ。もっといえば、余はポイニクスの酒を飲んではおらぬ」
「……」
「余は長く皇帝をやり過ぎた、何人かはもう待ちきれないものもいるようだ」
「……」
「お前は……そういうのはないようだな」
「ありません」
俺は即答した。
正直生まれ変わりだし、皇族として生まれたこともあって。
陛下には、あまり「父親」と感じたことはない。
親子の情はうすい。
それでも、陛下を殺してでも帝位を奪おうとはまったく思わない。
「そうか。ノア・アララートよ」
「……はっ」
「お前に兵務副大臣を命ずる、今の法務大臣と兼任しろ」
「は……?」
「そして第一軍、通称皇帝親衛軍の提督も命じる」
「御意」
応じたはいいが、陛下の意図を今一つ掴みきれずにいる俺。
「余は、むざむざ倒れるつもりはない。息子にやられてしまえば後世のいい笑いものだ。だが、もしもの時は、そなたが親衛軍で帝都を掌握して、ふさわしい人間を皇帝に立てろ」
「――っ!」
俺は息を飲んだ。
この人事は、陛下からの最高の信頼だった。