03.六歳親王の采配
二人の兄が帰った後、俺は部屋の中で魔剣を振るっていた。
確か名前は……そうだレヴィアタンだ。
水の魔剣、レヴィアタン。
鞘から抜き、振るう度に水色の残光を曳く。
六歳の俺にはまだ重くて扱いにくいが、そこそこ見栄えがするから、このまま持っていよう。
何より兄上――皇太子殿下からの贈り物だ。
大事に使うという所を見せて忠誠心をアピールするのは必要な事だ。
とは言え、家の中でまで持ち歩く程のものじゃない。
「誰か」
人を呼んで、魔剣をしまわせることにした。
「……ん? 誰か?」
呼んでも誰も来ないことを不思議に思った。
これでも十三親王であり、この屋敷の主だ。
使用人達はいつでも呼べばすぐにやってくるものだ。
それが来ない。
どういう事なのかとドアの方を見ると、使用人の男が一人、怯えた顔で部屋の外に立っているのが見えた。
「どうした?」
「い、いえ。失礼します……」
男は慌てて入ってきた。
しかし顔色が青ざめて、体が小刻みに震えている。
明らかに様子がおかしい。
「どうしたんだ」
「そ、その剣が……」
「この剣? ああ」
言われて、兄上達がこれを持ってきた時の事を思い出した。
あの時も兄上の使用人が青ざめていたっけ。
この魔剣の影響なのか、と感づいた直後、男が想像した通りの原因を口にした。
「それを見ていると、全身がものすごく凍えて、針に刺されたように痛いのです」
「なるほど、本当に魔剣の影響だったか。えっと……たしか兄上達は……」
もらった時の事を思い出して、箱に入れる。
「これでどうだ?」
「あっ……少し楽に……」
「そうか」
「これ魔剣ってヤツですよね。さすが親王様、触ってもなんともないなんてすごいです」
「だから皇太子殿下が俺にくれたんだ。それよりも箱入りなら持てるか? ならちゃんとしまっておいてくれ」
「わかりました!」
まだ少し顔色が悪いが、それでも呼んだ時よりは遥かに良くなった男。
俺の命令で、魔剣の入った箱を持ち上げて、部屋から出ていった。
それと入れ替わりに、メイドの一人が部屋の外に立って、そっとノックをした。
「ご主人様」
「ん? ゾーイか。入っていいぞ」
メイドの中でも比較的顔を覚えている一人、ゾーイって名前のメイドだ。
歳は二十の手前、屋敷の中では比較的行ってる方だ。
毎日俺の風呂を世話しているから、なんだかんだで覚えてる方のメイドだ。
「どうした、呼んでないのに来るなんて、何かあったのか?」
「はい……その、お暇を頂こうかと」
「うん?」
前世が平民だった俺が、転生した直後にいくつかミスしたことがあって、これがそのうちの一つだ。
使用人が「暇をもらう」というのは「やめる」という意味で、最初はそれを知らなくて行き違いとかあった。
もちろん今は知ってる、それを前提に聞き返した。
「なんで辞めるんだ?」
「その、実家の畑が春先の洪水で流されてしまって」
「そうなのか?」
「はい、それで家も畑も何もかもが流されて、実家が食べていけなくなって、私に遊郭に行けと……その、親王様をお世話した、という売りで」
「わかったそこまででいい」
俺は少し考えた。
この六年間、貴族――それも親王としての振る舞いを学んできた。
その中で、最適解を探す。
「ゾーイの実家は確か母親だけだったな、畑を守ってたの」
「はい、それもあって――」
「その先はいい。母親を都によべ」
「え?」
「母親は屋敷の……そうだな裏門の戸締まりだ。一ヶ月十リィーンやる」
「ご主人様!?」
驚愕するゾーイ。
それもそのはず、裏門の戸締まりなんて職はない、今考えた適当なものだ。
十リィーンというのも、都の三十代男が一ヶ月で稼げる平均的な額だ。
「都の西外れに空き家を幾つか持ってたな、一つを家族で使え」
「……ありがとうございます!」
びっくりしすぎて、我に返るまで十秒近くかかったゾーイ。
我に返るなり俺に跪いて、頭を地面につけて感謝した。
「気にするな。それよりも早く母親を田舎から呼んでこい」
「はい! ありがとうございます!」
ゾーイは大喜びで部屋から飛び出した。
この処置には二つの理由がある。
一つはゾーイ、遊郭に売られていく彼女、売りを「親王の世話をした女」って言ってた。
そんなのを放っておくと、十三親王の名が落ちる。
そうなったら他の兄達――いや下手したら父上である皇帝からの叱責が飛んでくる。
親王の面子というものがあるのだ。
もう一つは――俺の独占欲だ。
例えなんであろうと、俺の使用人になったからには一生使用人でいてもらう。
やめる時は死ぬ時か、俺自身が追い出す時だ。
そんな、何十リィーンかの端金で、俺の使用人が辞める、それも遊郭に売られていくのなんて我慢できない。
「……ディラン」
「はい、こちらに」
呼んだ直後に、三十代後半の中年が入ってきた。
糸のような細目で、ヒゲを蓄えている男だ。
十三親王邸の執事のようなポジションの男だ。
「早かったな来るの」
「一部始終見ておりました故。しかし、さすがでございますノア様。見事な采配で御座いました」
「聞いていたのなら話は早い。洪水の話を知っているな?」
「ドッソの事ですな」
「そこの土地を買えるだけ買ってこい。洪水の後だ、ゾーイの実家のように、立ちゆかなくなった家から巻き上げようとする商人が現れる。その前に保全しろ」
「……」
「どうした、そんなにびっくりして」
「びっくりしておるのです」
ディランはストレートに返してきた。
「ノア様が産まれてから初めての洪水、にも関わらず見事な先読み采配。しかも、話を聞いた直後」
「……」
「何故それが出来たのかを驚いてる次第でございます」
転生前にそういうのをたくさん見てきた、とはさすがに言えない。
「いや、愚問でしたな。偉大なる皇帝陛下の御子、十三親王殿下でございます。その資質に『なぜ』と問うのも失礼でございますな」
「だったら動け」
「五十万リィーンほど必要となりますが」
「おって届ける、直ぐに行け」
「はっ――それとノア様」
「なんだ」
まだ何かあるのか、と思ったらディランの目が真剣な事に気づいた。
「ありがとうございます」
「うん」
頷いた後、ディランが部屋から辞した。
ああそうか、そういえばディランもあのあたりの出身だったっけ。
と、彼がいなくなってからその事を思い出した。