28.ルティーヤーの成長
次の日、朝起きた俺は庭のあずまやの中にいた。
あずまやは「四阿」とも書くように、壁のない四本の柱のみで、その上に天井だけを乗っけた構造物だ。
涼しい風が吹き抜けていくあずまやの中で、メイドのゾーイをそばに侍らせながら、レヴィアタンとルティーヤーを戦わせていた。
鎧の指輪をリンクさせて、分身体を作り出させて、戦わせる。
水の魔剣に火の指輪、両方とも高い能力を持っているから、何かを壊さないように屋敷の中じゃなくて庭のあずまやでやった。
十回戦って、十回ともレヴィアタンの勝ちだった。
両方とも高い能力を持っているが、レヴィアタンの方が圧倒している。
それはそうとして。
「あがったな」
つぶやく俺、目線が戦闘後の二体の人形から、隅っこのステータスに移る。
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名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:3/∞
HP E+F 火 F+C
MP F+F 水 E+S
力 E+E 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F+E 光 F
精神 F+F 闇 F
速さ F+F
器用 F+F
運 F+F
―――――――――――
また、レベルが1上がった。
昨日と同じように、レヴィアタンとルティーヤーに戦わせて上がった。
今度は力が一段階上がって、Eになっている。
「ゾーイ」
「分かりましたご主人様」
侍っていたゾーイが頷き、目を閉じて、俺にステータスチェックの魔法を掛ける。
俺の屋敷に入ってから六年以上。
俺から恩を受けて、恩返ししたいということで、彼女は色々覚えた。
ステータスチェックの魔法がその一つだ。
彼女がかけてくれた魔法で、ステータスが即座に浮かび上がる。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:3/∞
HP E 火 C
MP F 水 SS
力 D 風 F
体力 F 地 F
知性 E 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F
運 F
―――――――――――
相変わらず俺が見えてるのとまったく違って、「+」の後ろがなくて、合算? したようなのが表示される。
「すごい……本当にご自分が戦わないでレベルが上がった……こんなの聞いたことが無い」
「この人形達が戦った結果だ」
「じゃ、じゃあ。ずっと戦わせてれば延々と上がるのですか?」
「そんな簡単な話でもない。レベルを上げる為の経験値は、同じ相手からはやればやるほど下がっていく。2になるには一回戦ったらなったけど、2から3は10回だ」
「あっ……」
「この感じだと、レヴィアタンとルティーヤーを延々とやらせても、レベル4は100回以上だな。根気よくやればそれでもいいんだが」
「そうなんですね……残念です」
「まあ、これでまた一つ分かった」
「何をですか?」
「レヴィアタンやルティーヤーみたいなのをもっと集めたらいい、ってね。100回必要でも、二百体いれば一瞬だ」
「確かに!」
ゾーイが納得した所で、俺は再びレヴィアタンとルティーヤーを戦わせ出した。
もうほとんど効果は無いが、それでもやらせた。
結構参考になる。
レヴィアタンとルティーヤーが戦っているのを見るのは。
二体の能力は頭に入っている、それが使えばどうなるのかを実際に見て、しかも第三者の視点から見れるのは大きい。
だから俺は侍らしたゾーイに給仕させつつ、延々と戦うのを見ていた。
今の所、レヴィアタンの全勝だ。
ルティーヤーも動きを見る限り弱いって訳じゃないが、レヴィアタンに比べると一枚――いや二枚くらい格が落ちる。
だから圧倒されている。
同時に、ルティーヤーの性格も把握できた。
忠犬のレヴィアタンと違って、ルティーヤーはかなりの負けず嫌いだ。
俺の配下になっているのに、負けたらすぐに「次だ」という感情で俺に訴えかけてくる。
それを延々とやらせた。
「あっ」
攻撃をしのいだレヴィアタンの動きに隙を見つけた。
攻撃を受け流した後の硬直。
俺はレヴィアタンの技も使えるから、はっきりと見えた隙だ。
同時に、ルティーヤーの能力も使えるから、ルティーヤーではそれをついて破ることは出来ないだろうことも分かった。
残念だが、この隙をしのいでまたレヴィアタンの勝ちだな。
そう思った次の瞬間、ルティーヤーの動きが変わった。
しのがれたあと完全にバランスを崩したが、それを炎を吹き出すことで勢いを殺して持ち直した。
そして炎に包まれた手甲で、フルスイングしたハンマーパンチをレヴィアタンに叩き込む。
レヴィアタンの体が両断、のちに炎上する。
ルティーヤーの勝ちだ。
負けず嫌いなルティーヤーから、「どうだやったぞ!」という感情がダイレクトにつたわってきた。
「見事だルティーヤー。今の動き、一皮剥けた感じだな」
ルティーヤーから喜びの感情が流れ込んでくる。
同時に、視界の隅でステータスが動いた。
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名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:3/∞
HP E+F 火 F+B
MP F+F 水 E+S
力 E+E 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F+E 光 F
精神 F+F 闇 F
速さ F+F
器用 F+F
運 F+F
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俺のレベルと能力は変わりなくて、火の「+」があがった。
「お前の方が成長したのか」
パチパチパチ。
背後からいきなり、拍手の音が聞こえてきた。
振り向くと、ヘンリー兄上が、新しい接客のメイド(エヴリンの後釜)に案内されてこっちに向かってきた。
「兄上」
「さすがだなノア。意志があるとはいえ、指輪をも成長させるとは」
「どこから見ていたんですか兄上」
俺は苦笑いした。
「少し前からな。面白そうなことをしていたから、つい」
「そうですか」
また苦笑いしていると、兄上はあずまやに入ってきて、俺の向かいに座った。
「それより、俺に何か用ですか兄上」
「ああ、実は、兵務省で管理しているモンスターの巣が熟した」
巣が熟した。
前世の俺にはない記憶で、皇室に、親王として産まれた後に知った言い回しだ。
皇室の男、親王は夭折を防ぐため、皇帝の許しがなくては実戦にでる事は出来ない。
だから俺は昨日までレベル1のままだ。
そして実戦――初陣での事故を防ぐために、あらかじめ手を加えた「それなりに安全な」狩り場、モンスターの巣を用意する事がある。
それは兵務省の管轄だ。
なるほど、それの準備が済んだって訳だ。
「陛下の許しも得た。だからお前の初陣の占いをする」
「占い?」
「これだ」
兄上はそう言って、継ぎ目のない箱を取り出して、俺に手渡した。
「これは?」
「有名な占い師の箱だ。これを開けると、必要なことを占ってくれる。今回は開けた人間の、初陣に必要な兵力を占う造りだ」
「こんな物があるんですか」
「この辺は慎重にやらねばならんのでな」
兄上は真顔になった。
「初陣に随行する兵が多すぎては、後々の汚点になってしまう。かといって少なすぎては、危険が生じて元も子もない。だからこうして適切な数を占うのだ」
「なるほど」
「ちなみに」
兄上の表情が一変、にやりとして、イタズラっぽい笑顔を浮かべてきた。
「それ、一つで1万リィーンするぞ」
「高いですね」
親王になってから金銭感覚が相応になった俺だが、それでもこれには驚いた。
詐欺師なら笑い飛ばすところだが、持ってきたのがヘンリー兄上、兵務親王大臣の第四親王だ。
一万リィーンの高額にふさわしいアイテムだろうな。
「これをどうすれば?」
「なんでもいい、開ければ中に答えがある」
「わかりました」
俺はそう言って、力を箱に加えて、おしたりひねったりしてみた。
すると、継ぎ目のない箱が、糸のようにほぐれてしまった。
その糸が更にすぅと消えてなくなり、一枚の紙が残った。
その紙を掴んで、書いてある文字を読む――むっ。
「どうした……むっ」
立ち上がって、紙をのぞき込んできた兄上も驚いた。
紙には――「1」という数字だけがあった。
「これは……1人で十分、ということか?」
「そういうことだな。……すごいぞノア」
自分が持ってきた箱だからか、兄上は占いの結果が、俺の実力だと信じ切っていた。