27.初めての模擬戦
「陛下」
俺は腰を折って一礼して、陛下を真っ直ぐ見つめた。
「どうした」
「法務省でやりかけの仕事があるのを思い出しました。退出を許していただきたく」
「……」
陛下は眉をひそめ、首をかしげて俺を見つめた。
ここまでだ。
何事もそうだが、出しゃばりすぎは良くない。
この話もそう。
陛下は財務親王大臣のオスカーを呼んだ。
ここに俺が居続けてしまうと、下手したらオスカーの領分を侵すことになりかねない。
こういうのはほどほどでいい、いやほどほどでなくちゃならない。
だからオスカーが来る前に、適当な口実で辞することを上奏する。
陛下はしばらく俺を見つめた後、微かに聞こえるため息交じりに言う。
「賢しいな、ノアは」
どうやら総てお見通しのようだ。
が、そこはさすが皇帝と言うべきか。
陛下はそれ以上突っ込んでくることなく、元の表情に戻って。
「差し許す」
「ありがたき幸せ」
最後に片膝つく一礼をして、陛下の書斎から退出した。
書斎を出て、表に歩き出す。
近くにいる宦官を見つけて手招きする。そいつは向かって来た。
近づいてくると、顔見知りだと分かった。
「シーズか」
「へい」
王宮に来る度にちょこちょこ会っている、下級宦官のシーズだ。
「屋敷に戻る。俺の馬車を用意しろ」
「既に表に待たせてます」
「手際がいいな」
「ありがとうございます」
「なんかあっちが騒がしいみたいだけど、何かあったのか?」
「何をおっしゃいますか」
シーズは甲高い声で答えた。
宦官というのは大抵が幼いころに生殖器を切りおとして王宮に入るから、ほとんどがヒゲも生えず、声変わりもしない。
医者に言わせると、男が成人した後に、体内で分泌するはずの何かが、されなくなったからということらしい。
ちなみに過去には、教会に属している聖歌隊で、少年の声を保つ為に宦官と同じようにしてたこともあったが、今は皇室が抱えている宦官以外で生殖器を切り落とすことを帝国法で禁じている。
「先ほど殿下がなさったことの後始末をしているのですよ」
「俺が?」
「なんでも地面がドーナツ型に溶けているだとかで、何をどうしたらこうなるのか皆不思議がって、あっしらの間であれこれ噂してますよ」
「なるほど」
「皆それをみて、殿下の力の凄さに舌を巻いてます。ドロドロに溶けた後の土を掘り起こそうとして、その穴に落ちたのもいます。あまりにも深すぎて落ちたやつは足を折ってしまったくらいで」
「そそっかしいな――ほれ」
俺は懐から革袋を取り出して、シーズに向かって放り投げた。
いつもの様に、褒美に出す為に用意した100リィーンが入った革袋だ。
「治療費と、手間賃だ」
「ありがとうございます! いやあ、みんな言ってますよ、殿下はお若いのに下の者にはお優しいって」
「おべっかは程々でいいぞ」
「いえいえ、本当のことです。殿下はもうすぐご成婚するかと思いますが、今からお仕えする希望者が殺到して、倍率が100を超えてますよ」
「へえ」
王宮だけじゃなく、親王邸も希望すれば宦官を派遣してもらえる。
宦官は元々、去勢することで貴人の正妻や側室などと「間違い」を起こせないようにするもの。
皇帝が血統の純潔を保つ為には必須の処置であるのだが、親王クラスでもそれは結構重要だから、結婚した後は宦官を屋敷に入れることが多い。
「この分だとまだまだ増えそうです。今上陛下の御子の中では一番の人気だそうで」
「へえ。ところで、お前の懐の中にあるそれ、なんだ?」
広げすぎると政治的に微妙な話になる話題を逸らして、シーズの懐の辺りを指した。
「あっ、これですかい」
シーズは懐から透明な箱を取り出した。
箱の中には二匹のカブトムシがいる。
「十六殿下のために持ち込んだものです。殿下はカブトムシを戦わせるのがお好きみたいで」
「なるほど」
十六殿下――俺の弟である十六親王は今年で三歳になったばかりだ。
まだ幼いから、王宮の外に屋敷を構えずに、王宮内に住んでいる。
親王だからそれなりに厳しい教育はされている一方で、宦官に頼んでこういう当たり障りのないおもちゃをねだる子も少なくない。
第四親王――ヘンリー兄上もそういうのが好きだったと聞いた事がある。
シーズと適当に雑談しながら王宮の外に出て、待っていた馬車に乗り込んだ。
「どちらへ行きますか?」
馬車の横に侍っていた、新人メイドのジジが俺に聞いてきた。
「屋敷だ」
「か、かしこまりました」
ジジはまだ不慣れながらも、俺の命令を馬車の御者に伝達した。
馬車が動き出し、ジジは歩いて横についてくる。
馬車に揺られて、親指の指輪を眺める。
陛下の下賜品、新しい装備、ルティーヤーの指輪。
これも、上手く使いこなせるようにならなくてはな。
「……ふむ」
ふと、シーズが持っていたカブトムシのことを思い出した。
それを思い出して、意志のあるレヴィアタンとルティーヤーに可否を問う。
両者共に、「可能」と答えてきた。
ならばやれ、と両者に命じる。
鎧の指輪をレヴィアタンとルティーヤーの両方とリンクをさせる。
両方とも鎧の指輪を変形させた。
しばらくして、人形が二体できた。
俺の手のひらと同じサイズの人形で、両方とも足先は鎧の指輪と繋がっている。
片方は水色で剣を構えていて、片方は赤色で拳を握っていた。
次の瞬間、二体の人形が戦いだした。
俺の目の前で、馬車の上で、二体の人形が戦う。
水色の剣士の動きは見たことがある、レヴィアタンの記憶で、俺が剣を振るっていた時の動きとよく似ている。
こっちの方がパワーもスピードも上。俺も成長すればこれくらい動けるんだなと思った。
赤色の格闘家は初めて見る動きだが、こっちは両手両足に炎を纏わせて、拳を放ったり蹴りを見舞ったりしている。
ルティーヤーの力を使えば、俺もこういう風に動けるんだな。
戦いは一分も持たなかった。
終始水色の剣士――レヴィアタンがルティーヤーを圧倒して、最後はガードをこじ開けて、胴体を真ん中から真っ二つに斬り裂いた。
「うわぁ……」
横から感嘆の声が聞こえていた。
歩いてついてくるジジが、尊敬の眼差しで俺を見ている。
「どうした」
「ご主人様すごいです、何ですかそれは?」
「カブトムシとか、コオロギとかを戦わせたりしなかったか?」
「えっと、村の男の子達がやってました」
「あれと同じだ」
「でもすごいです、それって魔法ですよね」
「似たようなもんだ」
俺は少し考えて、さっきのレヴィアタンの動きを真似た。
ルティーヤーを両断した最後の斬撃を真似て、抜き出した魔剣を振るう。
レヴィアタンは馬車前方の装飾を斬った。
「あれ? 通り過ぎたのに斬れてないんですか?」
「斬れてるよ、ほら」
そう言って、装飾の先端をつまんで持ち上げる。
「わあ」
そのまま戻す――レヴィアタンのアドバイスで。
装飾は元に戻った。
斬り口などまったく無いかのように、吸い付くかのように元に戻った。
馬車が街中を進む、車輪が小石に乗り上げて馬車がちょっとはねた。
しかし。
「あれ? 落ちない」
斬れたはずの装飾がぴったりくっついたままで、ジジは不思議そうにそれをマジマジとみた。
装飾を再び掴んで、ジジに見せる。
「断面がつるつるだろ?」
「はい」
「それなりの技で斬ると、こんな風につるつるになって、戻したらぴったりくっつくんだ」
「わあ……すごいです!」
ジジは目を輝かせながら言った。
俺はふっと微笑んで、レヴィアタンとルティーヤーのことを考える。
鎧の指輪と組み合わせて使ったいわば模擬戦。
これで、両者の中にある技を練習することが出来る。
偶然だがいいやり方を編み出したと、ちょっと嬉しくなっていると。
「――っ!」
すっと視界の隅っこにあるステータス、それが目に入った。
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名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:2/∞
HP E+F 火 F+C
MP F+F 水 E+S
力 F+E 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F+E 光 F
精神 F+F 闇 F
速さ F+F
器用 F+F
運 F+F
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何故かレベルが上がっていて、HPが一段階上がっている。
何故だ、と思った直後に指輪が目に入る。
「……まさか」