24.大局観
昼前の法務省、大臣室の中。
俺は次官のヴィニーと二人っきりでいた。
ヴィニーは手元のリストから名前を一通り読みあげた後。
「以上が、今回の謀反の主犯、従犯となります」
「見事に皇太子殿下の周りの人間ばっかりだな」
全員が聞いた事のある名前ばっかりだ。
皇太子の腹心やら、かつての教育係やら、騎士やら。
誰が見ても、皇太子一派の造反・謀反にしかみえない面子。
「どうなさいますか?」
「……」
俺はため息をついて、こめかみを揉んだ。
こいつらだけなら、法に則って量刑すればいいだけの話だ。
問題は――ちらっとヴィニーを見た。
ヴィニーは気まずそうに目をそらした。
当然の反応だ。
問題はただ一つ。
ここに、皇太子が絡んでいるかどうかだ。
帝国法じゃ皇族は法を犯しても、なんだかんだで刑を軽くするような条文がつけられている。
例外はただ一つ――謀反だ。
皇族が謀反に関わった場合、主犯従犯問わず、一番重い斬胴の刑って決まっている。
そしてこれだけ皇太子とゆかり深い面子だ、皇太子が「まったく知らなかった」と言うことはあり得ない。
通常の犯罪でも、犯罪と知りつつ通報しないことは罪である――まあ、窃盗とかだと軽い刑罰か、あるいは1リィーン程度の罰金ですむ。
ただし、それはれっきとした帝国法で定められている罪。
そして皇太子が「謀反と知りつつ(皇帝に)通報しなかった」場合、皇族が謀反に関わったとして、それだけでも極刑だ。
問題はここだ。
皇太子の謀反――そして死刑。
それはとんでもないスキャンダルになって、帝国そのものが揺らぎかねない。
「陛下はなにか言ってきてるか?」
「はっ、原文を復唱せよとのこと。『その者らは相応の刑に処すべし』とのこと」
「……そっちか」
俺はため息をついた。
「どういう事なのでしょうか」
「陛下は事を荒立てないつもりのようだ。まあ当然だが」
「では?」
「ああ、そのリストだけを処断する。幸い謀反は確実、自供をとる必要もない」
「たしかに」
「と言うわけで、全員が死刑、そして即日執行だ」
「……さすがでございます」
ヴィニーは深々と一揖した。
上目遣いに向けてきた目は、心の底から感心している目だ。
同じ死刑にも、執行のタイミングによって二パターンに分ける事ができる。
片方が即日執行、もう片方は年一のまとめ執行に回すものだ。
より罪が重かったり、酌量する余地がないものだとすぐに執行される。
逆に情状酌量する余地があったり、あるいは他にも未判明の罪があったりすると、執行を後回しにする事がある。
後回しだと、大赦に巡り会う事もある。
例えばだ、家族を何者かに惨殺された場合、その復讐として相手を殺した。
この場合帝国法では斬首刑だ。
ただ、事情が事情だから、最大で三年後執行の斬首刑とする事ができる。
その間に大赦があったりしたら、その者は自由の身となる。
あるいはこういう話もある。
死刑になった男はやっぱり情状酌量する余地があるし、三年の執行を待ったが、それでも大赦のタイミングに巡り会えなかった。
家族が牢屋の看守を買収して、女を送り込んで、男の子を身籠るようにして血筋を繋げた。
つまり、死刑でも執行を後回しにする事ができるのだが。
俺は、全員を即日執行と定めた。
陛下は明らかに、「現時点では」皇太子を巻き込みたくない。
だから俺はこうした。
そう決めた後、俺は大臣の椅子から立ち上がった。
「どこへ?」
「陛下に謁見してくる。念のためだ」
「分かりました。準備は進めておきます」
「頼む」
俺は大臣室を出て、法務省も出て、馬車に乗り込んで一直線に王宮を目指した。
陛下への謁見を申し出ると、そのまま陛下の書斎――図書館ほどもある書斎に通された。
そこで何か書類を読んでいる陛下は、顔を上げて俺を見て、笑顔で立ち上がった。
「おお、きたかノア」
「はい」
俺はその場で片膝ついて一礼して、それから立ち上がって陛下と向き合った。
「何用だ?」
「謀反の件でございます」
「なるほど。量刑はどうだ?」
「帝国法通り、主犯は斬胴の刑、従犯以下はそれぞれ死刑とし――」
ここで一旦切って、今回一番重要な所を切り分けて報告する。
「――全員、即日執行するものといたしました」
「うむ、よくやった」
陛下は手を後ろに組んで、書斎のなかでくるっと歩いてから。
「クルーズ」
「はっ」
腹心の宦官、クルーズが相変わらずどこからともなく現われた。
「ノアはよくやった。俸禄に年間1000リィーンの加増だ」
「御意」
クルーズは事務的に陛下の勅命を受け取って、無表情のまま立ち去った。
やっぱり……巻き込みたくないのが正解か。
この程度の判決なんて加増をする程の功績じゃない。
それでもしたのは、陛下の「そういう」メッセージだということだ。
「さすがだ、ノア」
陛下は俺に近づき、肩を叩いて真っ直ぐ見つめてきた。
「よくやった」
真剣な顔は、ますますそういうことなのだと思った。
「これからも期待している、しっかりやってくれ」
「はい」
☆
書斎から退出して、王宮の外で馬車に乗り込んで、法務省に戻った。
こうなった以上、謀反した連中はすぐに執行しなきゃならない。
馬車を急がせて法務省に戻ると、何故か、外からでも分かる位ドタバタしていた。
馬車から飛び降りて、オロオロしている門番の若い男に聞く。
「おい、何があった」
「で、殿下! その、侵入者が」
「侵入者だと?」
「はい、もう何人も仲間を殺されて、侵入者は中に」
「……お前、兵務省に行って兄上に――」
兵の応援を貰ってこい。
と、言いかけたのをやめた。
このタイミング……大事にしたらまずそうだ。
「ここにいる全員をかき集めろ。俺以外誰も出すな、誰も入れるな。相手が親王だろうとだ」
「は、はい!」
「行け!」
慌てた様子で駆け出す門番を見て、俺は腕輪からレヴィアタンを抜いて、元のサイズに戻した。
魔剣を携えたまま法務省の建物の中に突入する。
中に入ると、剣戟の音と、悲鳴と怒号が聞こえてきた。
その声の方に向かって進んでいくと、衛兵の一人を短刀で斬り倒したあと、こっちに疾走してくる黒い影が見えた。
目を凝らすと、正体を隠すための黒装束を頭のてっぺんからつま先まですっぽり覆っているのが見える。
「キェェェェェィッッッ!」
そいつは奇声をあげ、更に加速して俺に飛び掛かって、短刀で斬りつけてきた。
「甘い」
レヴィアタンで斬撃を受け流して、返す刀で四肢の腱を断ち切る。
そいつが地面に墜落すると、魔剣とリンクした指輪から猿ぐつわをそいつの口に生成した。
自害防止だ。
動きをほとんど封じると、更に後続がやってきた。
今度は三人、まったく同じ格好で、黒装束には返り血がべったりとくっついている。
三人は一斉に飛びかかってきた。
正面に、左右。
息の合ったコンビネーションだ。
同じ短刀での斬撃をレヴィアタンで受け流し、三人が巴のように、AがB、BがC、CがAへとそれぞれ斬りつけるように斬撃を誘導した。
そして同じように、手足の腱を斬って、猿ぐつわを噛ます。
騒ぎが徐々に収まる、少なくとも戦いの物音はしなくなった。
「殿下!」
廊下の曲がり角の向こうから、ヴィニーが慌てて駆け寄ってきた。
「ご無事ですか殿下――なんと! 全員倒したのですか。なんというすごい腕前」
「そうか?」
「はっ、何しろ衛兵が二十人以上死傷者が出ており、更に」
「更に?」
「謀反の連中。全員が殺されておりました」
「……」
あまりにも事が大きいから、通常の牢屋じゃなくて、法務省で預かっていた謀反の一味。
「全員か?」
「全員です」
俺を真っ直ぐ見つめて、頷くヴィニー。
そういうことです。
と、暗に言ってるのがわかった。
つまり、この四人は皇太子の手の者だ。
皇太子は自分に累が及ばないために、口封じに走ったのだ。
「どうしますか?」
「……」
俺は無言で、レヴィアタンを使い、自分の腹を斬った。
脇腹をちょっと深めに斬って、血がドバドバと噴き出す。
「殿下!?」
「この四人にやられた。親王に重傷を負わせた場合、一番重い量刑はどうなる」
「――っ!」
息を飲むヴィニー、理解したようだ。
「いずれも死刑、それも即決となります」
「ならそうしろ」
「ははっ!」
ヴィニーは応じて、動ける衛兵を呼んで、その場で俺が止めた四人にトドメを刺した。
全員が息絶えたのを確認してから、ヴィニーは戻って来た。
「執行いたしました」
「ああ」
「殿下……さすがでございます」
「……これでこの件はおしまいだ」
ふう……。
まったく、一歩間違えたら国が揺れたぞ、皇太子よ。