232.想い出になった記憶
エンリル州、州都ララク内、シンディーの私宅。
夜の帳が降りても、喧噪が絶えない繁華街の一角にその邸宅があった。
エンリル州は大地震により被災したばかりである。
しかし皇帝――いや自ら降格し降臨してきたノア一世の執政により、エンリル州は誰もが目を瞠る速度で復興していった。
震災の復興となれば、当然の如く大規模な土木工事が行われる。
そして大規模な土木工事と言えば、人夫などの者達に日払いの賃金が払われる。
人夫たちがいわば臨時収入を得ようものなら、実に7割以上のものがすぐさま散財するというのが相場である。
エンリル州の中でもとりわけハイスピードで復興していった州都ララクは、夜になればそういった人夫達による散財で夜の繁華街が賑わっている。
それにより、ある程度の風紀や治安の糜爛が見受けられたが、ノアは最低限の最低限の取り締まりをしたのみで、繁華街で行われている事をほとんど完全に無視した。
彼が十四歳の時、封地アルメリア入りする前に諸州漫遊をした時に、つきそった正室――後の皇后オードリーにこう話した。
『よほどのことがない限り、金は民間に残して回らせたほうがいい。特にこういう娯楽はな。金が回れば回るほど、特に周りの方の庶民が回せるほど、最終的には生まれてくる子供が増える』
『国を強くする、豊かにする方法はいくつもあるが、そのほとんどは民の数を増やせば解決する』
エンリル州の復興に、先帝の「別荘」を民間に払い下げてまで大量の資金を投入したノアは、その金の流れを止めない、いやむしろより高速に回す方案をいくつも立ててきた。
そうして、街は賑わっている。
そしてその賑わっている街のすぐ側に、商売の空気を感じていたいシンディーがここエンリル州における私宅を構えた。
そんな私宅の中、自室の中で。
シンディーは部下の男とむきあっていた。
男はシンディーに一枚の紙を渡した後、そのまま土下座して額を床にこすりつけた。
シンディーはもちろんそれに眉間を寄せたが、渡された紙の中身をみて一瞬で目がカッと見開かれた。
「こ、これは! 本当なの?」
「申し訳ございません、私のミスです」
部下の男は額を床にこすりつけたまま、シンディーの問いに答える。
「シンディー様が陛下より賜った種子の事業。帝都で下準備を任せていたライグ・グルードがその立場を利用して賄賂を受け取っておりました――私の甥です」
「頭を上げなさい。あなたは関わっていないのね」
男は顔を上げないまま、さらにいう。
「この命に誓って。しかし甥を推挙したのは私、責任は免れません」
「いいから顔をあげて」
「……はい」
男は顔をあげた。
その顔は悔恨に満ちていた。
良き主に雇われた思った男は、自分の甥を主に引き合わせて同様に雇い入れてもらった。
そしてその甥はおじの優しさ、そして主の信頼全てを踏みにじって、不正に手をそめてしまったのだ。
あろうことかその不正は主が時の皇帝から請け負って、立ち上げようとしている新事業である。
本来なら土下座などでは到底すまされないレベルの事だが、それでも今の男はそうするしかなかった。
シンディーはまっすぐ男をみた。
「もう一度聞くわ、あなたは関わっていないのね」
「はい」
「わかったわ」
「今すぐにご命令を頂ければ……闇から闇へ」
「やめなさい……ふう」
シンディーは深いため息をついた。
肺の中にある空気をいっぺんにまとめて吐き出すような、そんな深いため息だ。
「これは早馬なのよね」
「はっ、逓信では記録が残ります」
「ならもう一度早馬を。とにかく身柄を拘束、そして死なせないように」
「よろしいのですか? 万死に値する所業でございますが」
「死んでしまってはそれこそ何もすすげなくなる。拘束、そして何が有ろうとしなせないこと。急いで」
「はっ!」
男はもう一度床に頭をたたきつけてから、起き上がって部屋から飛び出していった。
それを見送ったシンディーは、
「……さて」
とつぶやいた。
☆
深夜にもなろうという時間帯、俺は執務室の中でいつものように、ランタンの明かり頼りに書類を処理していた。
加速度的に進んでいく復興は、けっして手放しで放置できるというものではない。
復興が進めば進むほど細かい指示や決裁が必要となる。
今はそれを丁寧に捌いていくのが大事だと思った俺は、こうして夜遅くまで決裁を続けている。
そこにノックとともに、ゾーイが姿をみせた。
「ご主人様。シンディー様がお見えです」
「通せ」
俺は顔を上げずにいった。
足音でゾーイが出て行き、代わりに別の足音が入ってきた。
おそらくはシンディーだろう。
俺はいつも通り、一つの書類を処理し終えるまで放置した。
特に皇帝になってからはこうすることがふえた。
謁見者には常に、一区切りするまで待たせている。
仕えて長いシンディーはその事がよく分かっていて、何も言わない。
しばらくして、処理が終わった俺は顔をあげた。
そこにはシンディーがいたが、いつもの格好ではない。
彼女は後ろ手に縛られていて、おそらくは音を立てずに執務机の向こうに跪いていた。
「どうした」
「もうしわけございません」
シンディーは後ろ手に縛られたまま、頭をさげて床に額をたたきつけた。
「説明しろ」
「はい。ノア様から承った種子屋の事業、帝都にいる私の商会を主にすすめさせていましたけど、その担当者が賄賂をうけとっていたとのことです」
「……」
「担当者は即座に拘束し、帝都の法務省に引き渡すようにいたします。同時に責任者として出頭した次第です」
「ふむ」
俺は立ち上がり、ぐるりと執務机を回って、シンディーの前にたった。
シンディーは頭を下げたまま動かなかった。
「顔を上げろ」
「……はい」
シンディーは顔をあげた。
その顔は決意の表情にみちていた。
出頭、という言葉の向こうにはおそらく
「一命をもって償う」
という続きがあるようにみえた。
俺はふっとわらった。
シンディーは訝しんだ。
「『頭を上げなさい』」
「え?」
シンディーは驚いた。
俺の口調らしくない言葉に驚いた。
「『あなたは関わっていないのね』」
「――なっ」
「『この命に誓って。しかし甥を推挙したのは私、責任は免れません』――『いいから顔をあげて』――だったか。ふっ、今の俺達のやり取りと一部似ているな?」
俺はまたふっとわらった。
ちょっと面白かった。
そして面白かったのはそれだけではない。
ふと思い出したのだ。
俺が十二歳の時だったかな? 第一親王ギルバードの闇奴隷商を暴いたときに、全面対決を避けるために自分で手錠をかけてギルバードの所に「出頭」した事をおもいだした。
シンディーもまた、俺の所に出頭してきた。
ギルバードの事はいう必要はないが、その事を思い出して、ちょっと面白くなった。
一方で、俺がやり取りの内容まで知っている事をシンディーは驚愕した。
「な、何故それを……?」
「情報は武器だ」
「――っ!」
息を飲むシンディー。
そんな彼女の姿に、俺はかつての自分の姿をダブらせた。
『情報は武器だ、常に磨く癖をつけるといい』
父上にされた事、言われたことを思い出した。
「もっと磨くように精進するといい」
「すごいです……こんなにも情報の質と速さが……え? もっと」
「うむ、もっとだ」
「で、ですが、私はこの罪で」
「ああ、任用した責任者の罪はあるだろうな。が、出頭したことに免じて猶予を付けてやれる」
「……っ」
「実行犯の首はもらう、いいな」
「はい!」
☆
シンディーが去ったあと、入れ替わりにゾーイが部屋に入ってきた。
俺が窓の外を眺めたままで、ゾーイがそんな俺にむかって腰をおった。
「すごいです、ご主人様」
「アン・ロックの諜報網。俺自身先帝からさんざんやられたきたことだ、こっち側にたつと、なるほどこういうことかと興味深い」
「はい! やりご主人様はすごいです」
顔だけ振り向き、肩越しにゾーイをみる。
ゾーイは心の底から感動した顔をしていた。
お世辞ではない、おべっかでもない。
心の底からの感動だ。
俺もあの時、先帝にこんな表情をむけていたのだろうか、と数十年越しの気づきにふっと口角をゆるませた。
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