230.アン・ロックと遺産
「では情報屋として問います」
「…………はい、なんなりと」
老人は一瞬だけ意外そうな顔をしてから、再び額を床にこすりつけてそうこたえる。
直前に一瞬だけみえたまなじりの涙は嬉しさなのかそれとも申し訳なさなのか……いや全部だろうなと俺はおもった。
アンは続ける。
「お父様はいまどうなっているの?」
「病に伏せておられます」
「それってやっぱりおばさまのせい?」
「さようでございます」
「もしかしてお母様の時も?」
「大奥様の件は確証がございません、しかし旦那様とは症状が全く同じです」
「お父様の事は証拠があるということですか?」
「こちらを」
老人はそう言い、土下座したまま器用に懐から小さな箱を取り出した。
アンはそれを受け取って、箱を開ける。
中には十数枚の紙が入っていて、アンはそれを取り出して書かれている内容に目を通す。
「これって――」
「今の奥様に関するありとあらゆる証拠です。薬を調達した証拠、若い男と姦通した証拠、医師を買収し見て見ぬ振りをさせた証拠。すべてが」
「証拠……っ」
アンは目を見開き、怒り交じりの眼差しでさらに目を通していく。
「見せてみろ」
「え?」
「お言葉に従う方がよろしかろうと存じます。その方はかつて帝国史上もっとも法に厳格であったと評されたすごいお方。元法務王大臣ノア・アララート様にございます」
「法に厳格……」
老人の言葉に息を飲んだあと、アンは証拠の紙の束を俺にわたした。
受け取って、一つずつ目を通していく。
「うむ」
俺はうなずいた。
「どうですか?」
「これだけ揃っていれば10回は首を落とせる」
「――!」
「後はお前の気持ちだ」
俺はそういい、いったん証拠の束をアンに返した。
受け取ったアン、きょとん顔で俺をみる。
「私の、気持ち?」
「ああ」
「どうしてそんな事を? だって、あの人はお母様を殺して、今もお父様も。それに私も――っ」
そういって、いったん飲み込んだ気持ちがあふれてきたアン。
あふれた涙を、下唇を噛みつつ、袖で乱暴にぬぐった。
そして、キッとした目つきで、まるで俺を睨むようにつづけた。
「死刑にしてほしいに決まってるじゃないですか!」
「うむ、これを元に裁けば間違いなく死罪だ」
「なら――」
「が、ただ死罪ともいえる。やったことをもっとも重く量刑したところで、首を落としてそれでしまいだ」
「首を……?」
どういうことなのか、といまいち理解できない様子のアン。
「復讐を考えるのなら、自分でやった方がもっとすっきりする方法があるはずだ」
「それって……?」
「情報屋として」
まだよく理解できていないアンに、土下座姿勢のまま、顔だけあげた老人が口を開く。
老人の顔は怒りにみちていた。
「情報や知識をすすんで売り込むことはございます」
「え? ええ」
「この場合、例えば相手が『ひと思いに殺してくれ!』と心の底から懇願させるような方法などをご提供する事が可能です」
「蛇の道は蛇という、刑罰を司るこちら側もある程度はしっているが、そっちにはかなわないだろうな」
俺は老人の話にのった。
「恐れ入ります。例えば……奥様は自分の美しさに自信をお持ちのようだ。ならば奥様を拘束し、目の前に鏡を置き、徐々に顔が腐り落ちていくような薬を用いればどうでしょう」
老人はいった。
口調は淡々とはなしているが、もはや隠そうともしていない怒気があふれ出している。
腹の底からにじみでる怒気だった。
主が殺されそうになって、その主に躾られたがために手が出せなかったような人間。
それが「やりかた」の話でようやく漏れ出た怒り。
その分、かなりの怒気に思えた。
「そういうこと……」
アンはようやく、俺と老人が言いたいことを理解した。
つまりは法に則って一刀の元に首を切りおとすか、私刑をもちいて残酷に復讐するか。
「もうひとつ」
老人は更に言う。
「ノア様の立場では公言できないことでありましょうが、帝国法で殺人罪を成立させるには、何かの形で遺体の確認が必要不可欠でございます」
「……っ」
アンはパッと俺をみた。
俺はすっとぼけた。
「何の意図でそういっているのかわからないが、帝国法ではたしかにそうだ」
「そして私どもはある者が二度と誰の目につかない方法の知識もご提供できます」
ある意味で追い込みをかけられているようなアンだった。
アンは迷った。
自分の手で復讐をし、本懐を遂げるべきなのか。
それをまよった。
表情が百変する、それだけ胸中が荒れ狂っているのがわかる。
「……じい」
「なんでしょう」
「お父様は……私にそれを望むとおもいますか?」
「…………」
老人は目を大きく見開いた。
驚き、意外そうな顔をする。
そして、今度は苦虫をかみつぶしたような顔で。
「……いいえ。旦那様はお嬢様に手を汚すことなく幸せに過ごしてほしいとお思いかと。表の商売に絹糸を選んだのも、お嬢様にずっと綺麗なままでいてほしい、そう願っての事だと常々うかがっておりました」
「わかりました」
アンはもう一度唇をかんだ。
沈痛な表情で、しかしもういちど全てを飲み込むような表情をして。
そうしてから、証拠の束を全て俺にてわたした。
「いいのか?」
「お父様がそう願うのなら、私はずっと『綺麗』でいたいです」
「わかった」
俺は頷き、箱を懐にしまい。
「法にのっとって量刑し、すぐさま執行させると約束しよう」
アンはあふれ出る涙を拭いながら、小さく頷いたのだった。
☆
その後、ジョンとリオンを呼び出して、兵を率いてアンの実家を包囲した。
二人はアンに直接接していないが、娼婦をひどい目にあわせたケグナを嫌っている。
そのケグナの被害者の一人でもあるアンのためにうごいてもらった。
証拠があるから、アンの叔母、つまり実母の妹にして父の後妻でもある。
今度の事件の首謀者とも言える女を捕縛した。
後日しかるべき手順を踏んで「正しく処刑」するため、生命だけは守るように厳しく言いつけてから牢獄の中に収容した。
そうして、アンは実家に戻ってきた。
主が倒れ、奥方が逮捕され。
それで屋敷が混乱の極みになっている所に、永らく行方不明だったお嬢様がもどってきた。
それで屋敷はさらに混乱した。
そんな混乱した屋敷の中で、アンは使用人の一人を捕まえて。
屋敷はさらに混乱した。
「お父様は?」
と問い詰めた。
お部屋です、と慌てる使用人を置いて、アンは廊下を駆けてぬけて、一直線に目的地を目指す。
後についていくと、いかにも屋敷の主のものである寝室にやってきた。
ドアをあけはなって中に入るなりアンは足がとまって息を飲んだ。
俺も思わず唸った。
そこには「死」の匂いが漂っていた。
修羅場に身を置いたことはきっとほとんどなく、ただの令嬢であるアンでも察することが出来る程の死の匂いだった。
それに戸惑い、あるいは怯えてか。
アンは部屋に入れなかった。
俺は先に入った、はいって、たちどまって、アンを振り向いた。
俺がはいって空気をかき乱したことで、ようやくとアンも中に入ることができた。
そして、もう一度歩き出し、一直線にベッドに寝かされている父親の元に向かう。
「お父様!」
ベッドの上に寝かされている男は痩せこけていて、余命幾ばくもないという感じだった。
それはアンにもわかった、しかし受け入れることはできなかった。
「医者は! 医者はどうしたの?」
振り向くアン、少し遅れてついてきた使用人に怒鳴った。
使用人は言いにくそうな顔で。
「その……旦那様はもう……」
「なに!」
「ここ数日が山だとかで……」
「いいから! 医者を呼んで!」
アンは取り乱したまま、使用人に命じて、医者を呼んだ。
使用人は慌てて医者の元にはしって、きてもらった。
何人かに来てもらったが、全員が一目見ただけですぐに匙を投げた。
それもそのはず。
アンの父親は素人がみても分かる位の死相がでている。
むしろまだ息をしているのが不思議な位だ。
何人かの医者が入れ替わるようにやってきて、その間、夜になった。
ようやく状況を受け入れたアンは、父親の側でがっくりとうなだれた。
「お父様……どうして、こんな……」
くり返しそんな事をつぶやくアン。
ふと、彼女は何かにきづいたように、ハッとして顔をあげた。
そして、俺を見つめ、すがってきた。
「父を――父を治すことはできませんか!」
「……」
「あなたなら! 私の病気を治したあなたなら!」
バラの事を思い出したのだろう。
それを思い出して、俺の事を医者だと認識して、すがってきた。
確かに俺はアポピスの力を借りて、彼女と店の娼婦たちのバラを治した。
しかしそれは、まだ命の危機に瀕していない人間だからこそだ。
アポピスの本質は薬ではない、ましてや治癒でない。
その本質は「毒」だ。
毒をもって毒を制す、その中の一つにバラ毒を消す方法があっただけ。
そしてそれをやるには、患者側にある程度の体力が必要だ。
そうでなければ、盛った毒の方にも耐えられなくなってしまう。
一方で、彼女の父ジブ・ロックはもう手遅れだった。
誰がみてもはっきりとした死相がでていて、どうあっても耐えられるだけの体力はない。
俺はしずかに首をふった。
「今までの医者と同じことしか言えん」
「そんな……」
「が、一つだけしてやれることがある」
「え!? 何をですか?」
「このままだとお前の父親は命つきるだけ。だが、一瞬だけ、数分間だけ今際の際を目覚めさせることができる」
「今際の際……」
「ロウソクが燃え尽きる瞬間に炎が大きくなるのと同じで、人間も命つきる瞬間にそうなる。その一瞬をさらに増幅させてやれる」
「それって……」
「すくなくとも別れは言ってやれる」
「お父様……」
「外でまっている。決まったらよべ」
まだ何かいいたげなアンをおいて、俺は外にでた。
それ以上の事はしてやれない俺だから、その場にいても余計な希望を与えるだけで、それは逆に残酷だ。
そう思って、外にでて、廊下でまった。
まつこと、しばし。
アンは廊下に出てきた。
「……おねがいします」
と、悲痛な、しかし覚悟を決めた顔でいった。
俺は再び部屋の中に入り、ベッドの側に近づく。
そしてアポピスを召喚し、毒を作ってもらう。
体にとても毒な、しかし一瞬だけ体力を増幅できる毒を
余命の凝縮、あるいは前借りともういうべきものだ。
それをアンの父親に飲ませた。口を開けて、意識のない彼の口に流し込んだ。
しばらくして、アンの父親の真っ白だった顔色に赤みがさした。
そのまままぶたを開き、あたりをみまわす。
やがて、娘であるアンの姿をその目でとらえる。
「……アン?」
「お父様!」
アンは父親に飛びついた。
飛びつき、抱きつき、胸に顔を埋めてなきじゃくった。
「ここは……あの世なのか?」
「まだこっちだ」
会話にならないアンにかわって、俺はジブの質問にこたえた。
俺はそういった。
「あなたは……?」
「そんな事はどうでもいい。今際の際だ、五分程度の時間を作ってやれた」
「そうでしたか、ありがとうございます」
ジブはそういった。
理解がはやかった。
元々自分の状況は理解していたのだろう、だからこそここはあの世か? という言葉がでてきたのだ。
理解したジブと泣きじゃくるアンをおいて、俺はきびすを返して歩き出し、部屋から出て行く
最後に振り向き、肩越しに見えたのは、娘の頭をなでつつ、俺に頭を下げた父親の姿だった。
そのまま廊下にでた、再び廊下でまった。
数分して、アンがでてきた。
目を泣きはらしているが、涙はとまっている。
「あの……お父様が」
「ふむ」
俺は再び中に入った。
ジブは起き上がって、ベッドの上で座っている。
さっき赤みがもどった顔色だったが、その反動か、最初にあった時よりも悪くなっていた。
もはや死人と言ってもいいくらいの、白い顔だった。
そんなジブはもう一度俺に頭をさげた。
「ありがとうございます、おかげさまで最後に娘を一目見て逝くことができました」
「そうか」
「一つだけお願いしてもよろしいだろうか」
「聞こう」
「もしもの時に備えて、私の資産の大半を黄金に変えて、あるところに隠しています」
「ほう」
「それを運び出して、確実に娘の手に渡るようにしていただけないだろうか」
「……遺産か」
「はい」
「わかった、請け負おう。ノア・アララートの名にかけて」
「……っ」
ジブは驚いた。
情報屋の元締めだ、おれの名前はよく知っているだろう。
まさか目の前にいる男がそうだ、と思いもしなかった顔だったが、それも一瞬だけですぐに表情に安堵がよぎった。
「ありがとうございます……」
最後の言葉は、加速度的にしぼんでいった。
しまいのほうはもう聞き取れるだけの声量もなく、ジブはそのままベッドにたおれた。
「お父様!?」
アンは飛びつき、ジブのからだを揺らす。
しかし、ジブは二度と目を覚ますことはなかった。
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