229.情報屋
翌朝、朝食もそこそこに俺はアンの部屋にやってきた。
アンは既に起きていて、ベッドの上で体を起こして座っている。
窓の外を眺めていたアンだったが、俺が入室した事でこっちに視線を向けてきた。
「――っ」
アンは息を飲み、少し怯えたようなそぶりを見せた。
怯えられたが、俺はむしろ安堵した。
昨日に比べて更に意識がはっきりしている。
助け出した直後も、夜に話したときもぼんやりと夢うつつな感じだが、今は怯えてはいるが、その分はっきりと状況を把握しているからのように見える。
俺は部屋に入り、ベッドから少し距離を取ったところで立ち止まり、話しかけた。
「具合はどうだ?」
「あの……」
「バラはどうだ?」
「えっと……はい、大丈夫、です」
「そうか、ならいい」
「……あの」
まだ怯えが完全に拭い去られていないが、アンは勇気を出して、という感じで問いかけてきた。
「ここはどこですか? それにあなたは一体……」
「うん? そうか名乗ってなかったか。周りからは何も教えてもらってないのか?」
「はい、その……偉い人としか」
「そうか」
おそらく彼女の世話を担当するメイドのペイユがそういったのだろうな。
俺は今、総督としてこのエンリル州、州都ララクに来ている。
いろいろとスムーズに進めるために、皇帝ではなく総督だと言い張っている。
それを何回かやっている。
役人や商人によっては、それでもやはり皇帝として接してくるものもいる。
メイドであっても、俺の事をよく知っている者達は今の状況では皇帝として接するのは望まれないとはっきり理解している。
元ではあるがゾーイはそうで、見込んで連れてきたペイユもそうだ。
それに加えてこの経緯である。
だからペイユはぼかしにぼかして、「偉い人」とだけ答えたのだろう。
改めてみた、アンの意識ははっきりしていた。
俺はそろそろ名乗ってやることにした。
「ここはララクの庁舎。俺はこのエンリル州の総督だ」
皇帝ではなく総督だとなのった。
この場合、皇帝と名乗る必要性も名乗ることでのメリットもない。
そもそも今回は全て総督として関わっている。
だから俺は総督だとなのった。
「……え?」
アンは驚いた。
それはそうだ。総督といえば州でもっとも権力を持つ人間。
一介の商人の娘であるアンには、総督も皇帝も雲の上の存在には変わりない。
その事をきいたアンは慌ててベッドから降りようとした。
そのまま平伏しそうな勢いだったから。
「病み上がりだ、いい。これは命令だ」
「――っ! は、はい……」
アンは息を飲んで、おりかけたベッドの上にとどまった。
強く「命令」と言い切ったのが効いた様だ。
「あの……本当に総督閣下で……」
「そうだ」
「……それが、どうして私を?」
俺は「うむ」と頷いた。
総督だと知れば、自分を助けたことにもっともっと疑問がつくのはある意味当然だった。
「率直に言えば偶然だ」
「偶然……」
「お前の事を知ったのは偶然だ。助けたのは、目の前に死にかけている人間がいたから助けた」
「えっと……」
それはそうだけど、そういう事じゃなくて、って顔をアンはした。
「さて。昨夜も聞いたがもう一度聞く。自分がこのような状況になった理由は分かるか?」
「……いいえ」
「そうか。ではもうひとつ聞こう」
「はい」
「心あたりは――いや」
一呼吸の間をおいて、言い換えた言葉で訪ねた。
「察しはついているのか?」
「……」
アンは答えなかった。
下唇を噛んだまま答えなかった。
なるほど、と思った。
つまりは分かっているということか。
「わかった、もう少し休んでいろ」
「あの!」
話は終わった、と俺が身を翻して出て行こうとしたところに、アンが身を乗り出すほどの勢いで聞いてきた。
「父は……父はいま?」
「病に伏せているらしい。詳細は不明だ」
「病……まさか」
アンは目を見開いた。
何か心あたりがあるようで、そして表情がみるみるうちに強ばっていった。
どうやら賢い女のようだ。
「そうか」
俺は少しため息をついた。
振り向きかけたのをやめて、改めて彼女に向き直り、真っ正面から見つめて、いった。
「であればまわりくどい事もいらんのだ。証拠はない、が俺も疑っている、証言も取れている。後妻が毒を盛っているようだ」
「……」
「お前の父親に遅効性の、表面上は病にしか見えないような毒を盛っているらしい」
「母がそうでした」
アンが即答した。
悔しそうに、涙がまなじりに溜まっていった。
「最初の病に倒れたときは元気だったのですが、叔母が看病して、薬を用意する様になってからは日に日に悪くなっていきました」
「同じ薬だろうな」
「……っ」
再び、アンは立ち上がろうとした。
ベッドから足を下ろして、立とうとした。
しかし弱っているせいで、立ち上がる事が出来ず膝から崩れ落ちそうになった。
俺は踏み込んで、アンをとっさに支えた。
「無理をするな」
「でも、調べなきゃ」
体は弱っているが、眼光は強い。
口調もはっきりとした、強い意志を感じさせる。
「どうしてもか?」
「はい」
「もし叔母が全ての元凶だったらどうする?」
「わかりません、でもちゃんと知りたい」
「そうか」
それもそうだ、と俺は思った。
自分の知らないところで、ねているうちに全てが終わっていた、なんていうのは心残りにしかならない。
ならば、と。
俺は一度屈んで、彼女を抱きかかえた。
脇下と膝裏に腕を回し、姫抱っこの姿勢でだきあげた。
「え? えええ、こ、これは――」
アンは赤くなって、慌てだした。
「手を貸してやる」
「え?」
「体調が戻るまで待っていたら間に合わない可能性がある、まずは手を貸してやる」
「……わかりました」
彼女は大人しくなって、俺に抱き上げられた。
そして至近距離から俺の顔を見つめ、ぼそりと。
「…………あの」
「うん?」
「ありがとうございます」
申し訳なさそうな、でも心の底からの感謝の言葉をいってきたのだった。
☆
アンを抱きかかえて、部屋を出る。
「どうするつもりだ?」
「あるお店に行ってほしいです。ララクの南西にある小さな青果店です」
「わかった」
部屋を出て、メイドのペイユが寄ってきたので、馬車を用意させるようにいいつけた。
アンを姫抱っこしている姿勢ではあるが、ペイユなど仕えてから長いメイド達はいちいちその事に疑問を抱かない。
彼女はすぐさま馬車を用意するために走って行った。
すぐさま用意された馬車に彼女と一緒に乗り込んで、出発した。
大雑把な目的地をまず伝えて、近辺まで来た後はアンの誘導で無事に目的地にたどりついた。
馬車の中で休めたのか、それとも気力が体力を補えるようになってきたのか。
到着し、馬車から降りたときはアンは自分の足で立てるようになっていた。
「ここか」
「はい」
俺は店を見あげた。
外見的には特筆するところのない、ただの青果店だ。
半露天になっているような店先では、ひっきりなしに客がやってきては青果類を購入していく。
「少しお待ちを」
アンはそう言って、店に近づいていく。俺は大人しく後についていく。
店の男がアンと視線があい、営業スマイルをこれでもかと浮かべて話かけた。
「いらっしゃい! 何かお探しですか?」
「猫も食べないような赤い魚はありますか?」
「脂がきついけどいいのかい?」
「もちろん、水道に詰まるような脂がいいわ」
「こっちだよ」
アンと店の男はそんな不思議なやり取りをかわした。
アンは緊張交じりでいった。正しく違和感のあるやり取りを意図的におこなった。
一方で店の男は最後までニコニコしたまま、そして自然な表情のまま、アンの不自然な言葉に付き合った。
しかし、他の店の者に「ちょっとの間頼む」といって、俺とアンを案内するべく振り向いた瞬間、その横顔がスッと真剣になるのが見えた。
直前まで青果店としての顔を崩さない、できる男だとおもった。
俺はアンと一緒に店の奥に案内される。
「中々ユーモアのある符牒だな」
「父が好んだものだと聞きます」
「ほう、ということはここはお前の父親の店か」
アンの父親、ジブ・ロックは表向き絹糸を商っている商人だということだが、それとはかけ離れた青果店も持っていたのか。
「父には裏の顔があります」
「ほう」
「むしろ裏の方が本業といっていいと思います」
「裏では何を商っているのだ?」
「情報……と聞いてます」
「情報屋か」
「はい」
「なるほど」
俺は静かにうなずいた。
ジブ・ロックが情報屋をやっている事はしっている。
そういう人間は得てして、家族にも裏の商売を隠していたりするものなのだが、どうやらアンはしっかり父親のやっている事を認識しているようだ。
このアンという少女は……と、病み上がりながらも毅然としている横顔を眺めつつ、更に店の奥についていった。
廊下の一番奥にやってくると、付き当たりに部屋へつづく観音開きの重厚そうな扉があって、その扉の正面に一人の老人がたっていた。
腰が曲がっていて、一見して好々爺って感じの老人だが、眼光が鋭くけっして侮れない人間である事が伺える。
「じい」
老人の前に立ったアンは、ほんのり親しみを込めた口調で呼びかけました。
「もうしわけございません、お嬢様」
「ということは私の事は知っていたのですね」
「はい……本当に……本当に申し訳ありません」
老人はそういい、ポタポタと涙を流しながら、その場でいきなり土下座しだした。
老人の土下座をアンは見下ろしながら、怒りではないが、それに少し近いような平坦な口調で詰問した。
「知っていながら、どうして助けてくれなかったのです?」
「申し訳ございません」
土下座したまま、老人は同じ言葉をただ繰り返した。
断片的な情報を組み合わせればこうだ。
ここはアンの父親が商っている情報屋である、そして、この老人はアンの事をしっていて、情報屋であることからアンの境遇をしっていた。
その事も正しく認識したアンはだったら何故助けてくれなかったのかと詰問したのだが、老人はなにか言えない事情があって、ひたすら額を床にこすりつけて謝っている――ということだ。
「なるほど」
俺は口を挟んだ。
アンは意外そうな顔で、そして老人は少しだけあげた頭にやや警戒している風な表情をのせた。
「お前の父親は中々の出来物のようだな」
「ど、どういうことなのですか?」
アンは驚いた。
警戒する老人はするどい眼光で俺を睨むようになった。
「あくまでここは情報屋ということで、お前の父親は厳しくそれをやっているということだ」
「あくまで情報屋?」
「情報屋として様々なものと付き合いがあったはずだ。場合によっては敵対しているもの同士の間を行き来することもあっただろうも」
「それは……はい、きっとそうだと思います」
説明の途中だが、俺は「ほう」と軽く唸った。
それが一瞬で理解できるアン、これまでの事といい聡い女のようだ。
その事をひとまずは置いておいて、俺は説明を最後まで続けることにした。
「そうなるとどちらかに肩入れするという訳にはいかない。深い情報を得られるということは、場合によってはそれに介入する事も可能だ。しかし介入するということはどちらかに肩入れをし、どちらかを敵に回すということでもある」
「……」
「無論、バランスをとってやることも可能だが、それでも介入をする情報屋は疑われる。もしかしてこの情報は手が加えられたものではないのか、と」
「それは……つまり……」
アンは少し考えた。
未だに平伏したままの老人をちらっと見て、一瞬苦虫をかみつぶしたような顔をしてから。
「情報だけのやり取りに留めて、実際は何が有っても介入しないようにした?」
「そうだ。極端な話、この一件でお前が死ねば父親の商売の信用度はあがる。現場の人間は主の一人娘でさえ情報の純度のためには見捨てられるということなのだからな」
「本当にそうなの?」
アンは老人に確認の視線をおくった。
「すごいです。さすがはノア様。その洞察力、情報以上でございます」
老人は直接アンに答えずに、俺にむかってそういった。
主の娘であるアンを見殺しにしてきた後ろめたさが消えていない。
おそらくこれからも消えないであろうその気持ちから、アンに目をそらして俺を褒めるという反応にさせた。
その一方で、陛下ではなくノア様呼ばわりなのは、やはり情報力が高いからなのだろうなと俺は思った。
「そう……なの」
アンは下唇をかんで、苦々しい表情をした。
様々な感情が彼女の胸中に渦巻いているのがはっきりとわかった。
彼女はまぶたを閉じたまま顔を上げ、深呼吸を繰り返す。
やがて全ての飲み込んだかの如く、目を開けた。
なかったことには出来ない、しかし全てをいったん飲み込んだ。
そんな風に振る舞い、老人に問いかける。
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