227.後妻のはかりごと
改めてリリスとなのった娼婦に連れられて、娼館の奥にやってきた。
表のいかにも「店」という感じの作りとは違って、奥は庭があって、離れとなる建物がいくつもある。
俺はリリスと一緒に、砕石の上に並べた石畳の道を進みながら、それらをみた。
「表とは作りも意図もまったくちがうな」
「上客をもてなすときに使う場所さ」
「なるほど」
そのまま進むと、離れもいつしか途切れて、樹木が多くなった。
そして更に進むと、その樹木に隠されていたかのように、庭のもっとも奥まった所に一軒の離れがあった。
離れではあるが……俺は別の何かを感じた。
娼館の中、上客をもてなす離れ。
それらを直前にみていたから連想が難しかったが、たどりついた。
牢獄。
周りの雰囲気と、そして扉にかんぬきと鎖があることから、俺はそのように感じた。
「アンって子はこの中にいるはずだよ」
「そうか」
俺は近づき、鎖に手をかけた。
引っ張ったりしてみるとかなり頑丈な鎖なのが分かる。
「鍵がないのさ。探そうにもあたいも見た事ないしね。たぶんあの男がもってるんだけど」
「かまわん」
「リヴァイアサン」
その名を呼び、指輪の中から水の魔剣を召喚した。
「ええっ!? なんだい!?」
光が溢れ、その光が禍々しいフォルムの魔剣になった事で、リリスは目を見開いて驚いた。
魔剣をしっかりと握り締めた俺は、それを無造作に振り上げて、したから鎖とかんぬきもろども両断下。
かんぬきはカコンと、鎖はじゃらじゃらと音をたてて地面におちる。
それで空いた扉から中にはいった。
窓が閉まっている建物の中は暗く、じっとりとした空気と饐えた匂いが漂ってきた。
「……っ」
ここまで案内してくれたリリスも袖で鼻を覆い眉をひそめた。
目を凝らすと奥にベッドがあり、ベッドの上に少女がねていた。
リリスは中に入って、窓をあけた。
明るくなった部屋の中で俺はベッドにいる少女に近づいていった。
かすかに胸が上下していて、息がある。
しかし血色がかなり悪く、痩せていて、衰弱している。
「……」
こっちの存在に気づいたのか、少女はまぶたを開けて、こっちを見た。
黒目はこっちを向いていたが、見えているのかいないのか、瞳は焦点が合っていないように見える。
「俺の事がわかるか?」
「……」
少女は答えなかった。
反応すらなかった。
振り向き、窓を開けた後すぐ後ろにやってきたリリスに問いかける。
「この子がアンか?」
「そうさ。どっかから売られてきた娘らしいんだけどね、あたいらと扱いがまるでちがう。ずっとここに閉じ込められてて、客を取るときもずっとこの中さ」
「それは妙だな……。こういうことは過去にあったのか?」
「ないさ。あたいらは娼館からは出れないけど、娼館の中は自由に動き回れるもんさ。さっきのロビーに客が来たらすぐによって誘惑しろ、誘惑をして自分の客にしろって言われてるくらいさ」
「ふむ」
そりゃそうだ、と俺は思った。
娼館は商売で、娼婦が商品である。
他の商売とちがって、商品である娼婦は人間だから、娼婦から売り込みをかけることができる。
いわゆる「物」の商品とちがって、娼婦は商品でありながら自分の意志でアピール出来る。
そして、娼婦はいわば己の魅力を売る商売だ。
つまり普通なら、客が来たらリリスの言う通り娼婦が進んで客を誘惑するべく動くのが一番いい。
こんなところに閉じ込めておくなんて効率がわるいことこの上ない。
監禁したまま、客をとらせるけどその間も実質監禁したまま。
そして何をどうしてきたのか分からないが、娼婦をここまで衰弱させるのもおかしい。
「確かに妙だな。よほどの物好きでもない限りは、男って最中の女の反応に興奮するものだ。なのにここまで衰弱させるなんて」
「……」
背後のリリスの気配が変わったのを感じて、振り向く。驚きに目を見開いたリリスの顔が目に入った。
「どうした」
「あんた、そういうのも分かるのかい」
「どうやら俺は木の股かなにかから生まれたと思われているらしいな」
俺は苦笑した。
少し前にも皇太后陛下、母上に似たような事をいわれた事を思い出した。
冗談はさておき、と、改めてアンを見る。
客だけ取らせて、取った後は監禁する。
それもここまで衰弱するほどに監禁するなんて普通じゃない。
闇の、地下の娼館ならともかく、役所に届け出を出していて、普通に「枠」の拡大を求めてくるような合法の娼館がやることじゃない。
どういう事だ……? と思っていると。
「あたいはね、この子は普通じゃないっておもってたのさ」
リリスが真顔でそんな事を言ってきた。
「何を根拠に?」
「育ちが良さそうにみえたからね」
「……」
「立ち居振る舞いがね。だから最初はどこぞの商家が没落して、それで売られてきたものなんだっておもってさ」
「そうか」
俺は納得した。
リリスが話すケースは決して珍しくない、というよりかなりあるケースだ。
娼館にいる人間ならそういうパターンは数え切れないほどみてきているだろう。
そうなると……と、俺は改めてアンをみた。
衰弱しきって、ベッドの上に横たわる息の細い少女。
「とりあえずここから出そう。回復をまって話をきく」
「そうかい」
俺は一旦外にでた。
少し離れているところ兵士が数人待機してたから、それに向かって手招きした。
兵士が小走りでやってきた。
「官邸に運んで手当てと介護をしろ。丁寧に扱え」
「「「はい!!」」」
兵士たちが少女アンを担いで出て行くのを、俺とリリスは見送った。
☆
その夜、執務室の中。
ゾーイとリオンが報告の為執務机の向こうにたっていた。
まずはゾーイが口を開く。
「全身の清拭のあと、複数の外傷がありましたので手当てを行いました」
「バラは?」
「ありましたが、外傷に比べれば軽度でした」
「そうか、あとで俺が何とかしておく。意識は戻っているのか?」
「一度だけ、そのあとすぐにまた気を失いました」
「分かった。とにかく手厚く介護をしろ」
「かしこまりました」
命令をうけ、腰を折るゾーイ。
一通り終わるのをまったリオンが報告を続けた。
「とりあえず関係性が分かりました」
「うむ」
「あの娘の名前はアン、父親はジブ・ロック。表向きは絹糸を商っている商人ですね」
「本業は?」
「情報屋らしいです、といってもそっちは数年前に畳んだという話もあって、まだいろいろ裏を取っているところです」
「なんでそんなところの娘が娼館にいるのだ?」
「このジブってやつ、何年か前に女房に先立たれるんですよ」
「ふむ?」
不思議に思ったが、報告の腰を折らないように相づちだけに留めた。
「で、その直後になくなった女房の妹を後妻に迎えました」
「それ自体はよくある話だな」
「それだけならいいんですがね、この後妻ってのがまた……どうやら店の番頭――ああ絹糸の方の。その番頭とどうやら繋がってるみたいなんです」
「……不義密通か」
リオンは「はい」と、重々しく頷いた。
「で、実は今ジブが病に倒れてて、それで二人はまあ盛大にやってるらしくて。店も屋敷も、従業員とか使用人とか全員そのことを知ってる位なもんです」
「それもよくある話だな」
「ですねえ。ああ、ここからはちょっとあまりない話です。ケブナに届いた手紙はこの後妻が出した物でした」
「つまり……」
俺は考えた。
普段あまりきかないような話だから、話を頭の中で整理するのに少し手間取った。
「後妻が……、姉の娘つまり自分の姪が……、娼館に囚われているのを知っていながら助けようとしなかった、と」
「オイラはもうちっと性格がわるくて」
リオンはそう前置きした。
表情から、隠しきれないほどの侮蔑の色がにじみでている。
「後妻がケブナをつかって、アンって娘を娼館にぶち込んだんじゃないかって思ってる」
「……そうか」
あまりにも胸くその悪い推測だが……それもない話ではなかった。
☆
俺は単身で部屋にやってきた。
官邸の中にある、いくつか空いてる部屋の中の一つ。
アンがここに寝かされていると聞いて、ここにやってきた。
ドアを明け、中に入ると、一人のメイドがアンにつきそっているのがみえた。
「ペイユか」
そのメイドは長年俺に付き従っているペイユ・ロウという者で、俺の事をよく知っているからこのエンリル州に連れてきていた。
ゾーイにとっても信頼出来る後輩メイドの一人だからだろう、アンの介護を任せていた。
「ご主人様」
ペイユは立ち上がり、ささやく位の声で応じる。
俺はペイユがたっている、そしてアンが寝ているベッドに向かい、その側にたった。
見下ろすアンの顔色はまだまだ悪かった。
「様子はどうだ?」
「さっき目を覚ましました……けど」
「けど?」
「なんかぼうっとしてます。自分の二の腕を触ったと思ったらますます」
「そうか」
俺は頷き、ベッドに腰掛けた。
もう少し近づいて顔をのぞきこんだ。
その震動に起こされたのか、アンはゆっくりとまぶたを開いた。
ペイユの報告通り、まだぼんやりとしているようだ。
そのぼんやりとした視線を二度三度さまよわせてから、徐々に焦点があってきた。
焦点の合った目と見つめ合う、はっきりとこっちの姿を認識したであろうと確信して、話しかけた。
「具合はどうだ」
「……」
「まだしゃべれないのか?」
「……どうせ」
「うん?」
「どうせ夢ですから」
どうせ夢だから。
少し予想外の言葉が返ってきて、意表を突かれた。
「なぜそう思う?」
「夢じゃなかったら、こんな……ちゃんとした部屋にいるはずがない、男の人が私を襲わないはずがない」
「そうか」
なるほど、と思った。
今までの境遇から、そうだとおもったのか。
俺は無言で彼女の腕をとった。
ペイユがさっき報告した二の腕だ。
あらかじめ、アンはこの二の腕にバラがあると聞かされていた。
袖をめくり、二の腕を露出させる。
布と発疹が擦れて痛みを感じたのか、アンは息を飲んでビクッとした。
俺はそのまま、用意してきたアポピスの毒をぬっていった。
他の娼婦同様、みるみるうちにバラの発疹が消えていった。
「やっぱり……」
「夢だったらさっき痛みはなかったはずだ」
「え……あっ……」
そういえば、っていう顔をした。
袖の布が擦れた痛みを思い出した。
すると、それまで諦めも入っていたからか、ぼんやりとした表情がみるみるうちに感情と生気を取り戻した。
それでパッと起き上がろう――としたものの、衰弱しているから上手く起き上がれなかった。
「まだ無理をするな」
「ど、どうして」
「バラは今治した。もっとも体内に残った分の毒があるから、向こう一週間くらいは薬を内服しないと完治しないがな」
「本当に夢じゃ……ない?」
「そうだ」
頷く俺、更に驚くアン。
「どういう……事ですか?」
「その質問に答えるためにはまずいくつか確認させろ。まず、お前がジブ・ロックの娘アンでいいのか?」
「は、はい……」
アンはベッドに横たわったまま、弱々しく頷く。
動きはまだ弱々しいが、目の光が大分強くなってきた。
元来強い少女なのかかもしれない、と俺はおもった。
「それがなぜ娼館にいる」
「わかりません。ある日、気がついたらここに」
「家――実家にいる時の最後の記憶は?」
「おばさんと話をしてました」
「叔母というのは、父親の後妻になった女のことだな?」
「はい」
「……その時になにか飲み食いは?」
「お茶とお菓子を出されたので、それを」
「そうか」
俺は頷いた。
何となく察しがついた。
一服盛られて、それで娼館に送られたのだろう。
叔母つまり母の妹で、後妻ということは継母である。
そんな人間がだしてきた茶と菓子だ、おそらく何の疑いもなく日常の一コマとして口にした。
「少し休め」
俺はそういって、ペイユにしっかりと言いつけて、ひとまず部屋を出た。
夜の、だれもいない廊下。
響く自分の足音が徐々に徐々に早くなっていくのを感じた。
胸くそが悪くなって、それが早足に繋がったのだと自分でも分かった。
「ご主人様――」
「……」
「――っ!」
現れたのはゾーイだった。
俺を呼び止めたぞーいは、振り向いた俺の顔を見て息を飲んだ。
俺は一度目を閉じて、改めて話しかける。
「どうした」
「申し訳ございません、財務王大臣からの逓信が届きました」
「オスカーか」
俺は頷いた。
国事、国事なのだ。と心の中で二度三度繰り返した。
そして、申し訳ないという顔をしつつも報告をしたゾーイにむかって。
「お前は悪くない、むしろよく報告してくれた。これからもそのままでいてくれ」
「そうおっしゃって頂けるご主人様はやはりすごいです……かしこまりました」
ゾーイは噛みしめるようにそういい、改めて、と副総督としての顔に切り替えて、報告を再開した。
「『別荘』の一つに買い手がついたとのことです。額は300万リィーンを提示してきました」
「300万か、奮発したな。たしか去年のララクの税収がそれくらいだったか」
「はい、ここエンリル州、州都ララク。昨年の税収は312万4499リィーンとなっています」
「うむ。よく覚えていてくれた」
俺はゾーイをねぎらった。
副官として、細かい数字までよく覚えていてくれたことをちゃんと言葉にだしてねぎらってやった。
「そこまで出せるとなると……相手は?」
「スタッド・ゴージャス。塩商人です」
「そうだろうな」
「いかがなさいますか」
「正当な取引であれば拒む理由はない」
俺は即答した。
「オスカーに――『一任する』と返事しろ」
「かしこまりました」
「300万か……父上に感謝せねばならんな」
「感謝、ですか?」
「規模が飛び抜けているだけで、父が残した不動産を換金しているようなものだ。いわば遺産だよ」
「あっ……」
「遺産ならば感謝せねばならんし、なにより」
俺は真顔になった。
「遺産を食い潰すだけ、で終わらないようにしないとな」
「ご主人様であればそのようなご心配はございません」
「他には?」
「以上でございます」
「そうか」
俺はそういい、歩きだした。
歩き出した瞬間思い出して、足を止めゾーイにいう。
「後でペイユから話を聞いておけ」
「ペイユですか?」
「彼女は話を聞いていた。胸くそ悪い話だが、聞いておけ。そうでなければ動くべきタイミングで怒りに囚われる」
「……かしこまりました」
深々と頭を下げるゾーイに、今度こそ俺は立ち去った。
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