226.アン
建物に入ると、まずはロビーがあった。
その気になれば百人の人間は入れて、ダンスパーティーも出来てしまうであろうロビーだ。
そのロビーから各部屋に繋がっている、という作りだ。
そのロビーに、数十人はあろうかという娼婦たちが集められていた。
全員が入ってきた俺の事を見つめている。
いずれもそれなりの美女だというのも娼館らしいと思った。
「これで全部か」
振り向き、ジョンに問いかけた。
ジョンは即答した。
「はい、裁判の証人に出ている三人をのぞけば全員です」
「見た目が全員普通だな。バラは進行したら全身にでるものなんだが、そうなったものはいないのか?」
「俺もそれが不思議だったんですけど……」
ジョンは複雑そうな顔をした。
バラという伝染病は、重度になれば全身にバラ疹がひろがる。
これほどの大人数にまで伝染が広がっているのだなら、何人かは重症の人間もいてしかるべきだ。
伝染病は中々画一敵なものではない。
軽度なものもいれば重度になるものもいる。
が、感染者が増えれば相応に重症者がでるべきなのが感染症だ。
それが全くいない事に、俺は疑問におもった。
「ねえ、これは本当はどういうものなんだい?」
娼婦の一人がそう聞いてきた。
ねっとりとした感じの、娼婦特有の喋り方をした女だ。
「店の連中は虫刺されとか、床ずれとかいうし、客に聞いてもすっとぼけられるんだけどさ」
「何か気になることでもあるのか?」
そう聞くからには、という事で俺は聞き返した。
「だってこれ、顔とかにまで出るようになった子はどっかにつれてかれるんだよ」
「なっ――」
俺の横でジョンが言葉を失った。
そこまでは聞いてない、っていう顔だ。
俺は静かにうなずいた。
「そうか」
「そうかって……ご主人様、もしかしてそれを?」
「井戸を使うヤツだ、隠しきれなくなったらどうなるのか想像するまでもない」
「……ッ」
ジョンは下唇をかんで、悔しがった。
井戸の口封じの時も、リオンよりも激しく反応したのがジョンだ。
この口封じはおそらく――いや間違いなく俺達がエンリルに来る前から行われていたものだ。
だから「過ぎたことだ気にするな」と言うしかないことだが――いわなかった。
それで割り切れるものではない。
俺はジョンではなく、娼婦に改めて聞いた。
これを聞くために、口封じの下りをあえてぼかした。
「どこにつれて行ったのかはわかるか?」
「知らないよ、でもまあ、そういう事なんじゃないの?」
「そうか」
俺は小さく頷いた。
他の娼婦は「どういう事?」などといってざわざわしていたが、声を上げた娼婦はある意味達観していた。
知識は与えられていないが、察しはついているのだろう。
だからこそ今こうして、ある意味全員を代表して声をあげたのだろう。
「安心しろ」
俺はまずそういった。
そのまま娼婦に手招きをした。
彼女は少し警戒しつつも、俺の手招きに応じて近寄ってきた。
「なんだい、こんな真っ昼間から欲しくなったのかい?」
「どのあたりに出てる」
誘いにはのらずに、単刀直入にきいた。
「あんたつまらない男だねえ」
「お前! なんてことを」
ジョンが娼婦に向かって怒った。主である俺を侮辱されたとストレートに受け取ったようだ。
通常なら兵士を率いてきた役人であるジョンに怯えるものなのだが、この娼婦はそうではなかった。
「だってそうじゃないか、女に恥かかせてるんだよ。あんた、偉い人のくせに大して女に興味ないだろ」
「ふっ、そうかもしれんな」
俺がふと笑ったことで、娼婦の軽口に乗っかったという形になって、ジョンは引き下がった。
「ふーん、怒らないんだ」
「怒って問題が解決するのならそうする」
「……そうかい」
娼婦はしばし俺をじぃぃっと見つめてから、一言ぼそっとそう言った。
そのまま腕を差しだし、袖をめくって、腕の内側を見せた。
そこにここしばらく見慣れているバラのような発疹――バラ疹があった。
親指と人差し指をくっつけた輪っかくらいの大きさのバラだ。
それを見せながら、いう。
「あたいはここだけさ」
「わかった」
頷き、手を突き出す。
「アポピス」
俺の中に
指輪経由でアポピスを呼びかけた。
かつては陛下から下賜された、蛇の杖に憑依している精霊アポピス。
「どうだ、治せるか」
そう聞いた。
アポピスから声のない声での返答が返ってきた。俺にしたがう様になってからも変わらない、嘲りのニュアンスがこもった言葉でかえってきた。
無論、造作もない、と。
俺はアポピスにそうしろと命じた。
俺の手が光る、手の平を上にすると、その光が集まって液体になった。
紫色の、見るからに毒々しいことこの上ない液体だ。
少しとろみがついているのが感触でわかる。
「なんだいそれは」
「薬だ」
「へえ、あんた医者なのかい」
俺は無言でほほ笑みながら、液体を銅貨一枚分指で掬って、娼婦の腕にあるバラにぬりつけた。
「――っ」
「しみるか?」
「ああ、もっとなんとかならないのかい」
「薬は傷にしみるものだ」
「そりゃそうだろうけどさ」
娼婦はぶつくさ言いながらも、腕は引っ込めなかった。
薬は傷にしみる、よくあるその言い回しには納得してくれてるようだ。
その表情はすぐに変わる事になる。
アポピスの「毒」を塗ってから一分足らずで、バラの発疹がみるみるうちに消えていった。
「消えた……すごい」
娼婦は自分の腕を信じられない表情でみた。
「痛みやかゆみは?」
「ないけど……あんた……」
「どうした」
「あたいは医者でもなくてこの病気の事もしらないんだけど、でもこんな、何か塗ってすぐ治るなんて聞いたこともないよ」
「その反応で十分だ」
俺は笑顔のままいった。
その反応こそ、アポピスの「毒」が効いて、治ったと実感しているという証拠だ。
が、体の反応とは他所に。
俺が「それで充分」といったあと、娼婦はちょっとだけ拗ねたようで、唇と小さく尖らせた。
「今度はどうした?」
「なんだい、かっこつけちゃってさ」
「そのつもりはなかったんだが」
「ふん、どうだか」
「おい! あんたわかってるのか? この人はすごい人なんだぞ」
娼婦の態度に、いよいよ見かねたって感じでジョンが会話に割り込んできた。
「すごい人?」
「ああ、そうだ」
「ふうん」
娼婦はしばし、俺をまるで見定めるかのようにみてから。
「関係ないね。ここは娼館。例え神様だろうが皇帝様だろうが、ここに来たらただの男さ」
「んなっ……」
ジョンは言葉を失った。
娼婦は俺の事をしってそう言ったのではないだろうが、「例え皇帝でも娼館にきたらただの男」という言い分に、ジョンは絶句するしかなかったようだ。
俺はそれがおかしかった。
「ははっ、そうか。ということはお前はどんな男にもそういう態度なのか? 客でも」
「人前ではそうさ」
「二人っきりになると違うって口ぶりだな」
「ああ。あんたにゃわからないだろうけど、こういうところにはね、一ヶ月か二ヶ月、それくらいの稼ぎから必死にためた金を握り締めてくる男もわんさかいるのさ。そういう男に溜めてきた分満足して返すのがあたいの仕事さ」
「……そうか」
俺は頷き、ジョンに振り向いた。
「ジョン」
「はい」
俺の表情なのか、語気なのか、それとも他の何なのか。
何かを感じ取ったジョンは真顔で応じた。
「ケグナを全力で守れ。処刑場に届ける前に死なせたらお前の責任をとう」
「はっ!」
ジョンはきびすを返して、早足で娼館からでて言った。
「なんだいいきなり。あいつは結局死刑なのかい」
「ああ、お前ほどの女をぞんざいに扱ったからな」
「ほ、本当になんだいいきなり。そんな事をいっても何もでないよ」
「それは残念」
俺はおどけてそう言い、それまで俺達のやり取りを見守っていた他の娼婦たちに声をかけた。
一人ずる、呼びかけては、バラが出ている箇所にアポピスの毒をぬっていった。
塗った側からバラの発疹がすぅ、と消えていく。
全員が目を丸くして驚いていた。
やっていた事はみていても、自分の身で体験すればまた感覚が違うのだろう。
「バラの毒がまだ体の中に残ってる。この後内服の薬も出してやる。それを飲めば一週間程度で完治するはずだ」
そういって、ケグナの娼館の治療を終えた。
その時、タイミングを見計らったかの用に、リオンが入ってきた。
「ノア様」
「どうした」
「野郎の財産を接収してたんですが、書斎で気になる手紙があったんで持ってきました」
「見せてみろ」
リオンから開封済みの手紙を受け取った。封筒から取り出して、開いて中身に目を通す。
「『アンを確実に戻れないように』……か」
手紙の中でもっとも気になる一文を読みあげた俺。
「アンだって?」
最初の娼婦が声をあげた。
「しっているのか?」
「まあ……そうね……」
娼婦はなにやら煮え切らない、複雑そうな顔で目をそらしたのだった。
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