225.バラの毒
翌日、庁舎の中。
どこの庁舎にもある、謁見の間に似せた作りの部屋。
通常の謁見の間と違うのは、建物の奥ではなく、表の大通りに面しているところに作られていることが多い。そして観音開きの扉を開けば、大通りから中が眺められる作りになっている。
なぜそうしているのかというと、これは裁判所として使っているからだ。
帝国では代官が裁判官を兼任している、公開で裁いた方が良いという判断の事件の場合、こうして扉を全開にして、公開裁判を執り行う。
そんな、謁見の間をもした格式と権威の裁判所で、俺は裁判官の席に座り、周りに兵士をかためた。
机の向こうにケグナが後ろ手に縛られて、跪かされている。
その更に向こうには野次馬の民衆がつめかけて、何事かとざわついている。
「俺は無実だ、何もやってない!」
「……」
「こんなのは横暴だ!」
「黙れ!」
兵士の一人がケグナの前に進み出て、パン! と頬をはった。
首がねじ切れるほどの勢いで、ケグナの頬が一瞬で赤く腫れ上がった。
口角から血がだらーとこぼれ落ちた。
それでもケグナの勢いは萎えることはなかった。
「俺はなにもしていない! 無実だ!」
ケグナはなおも無実を訴え続ける。
兵士がまた手を振り上げた。
俺は手をすぅ、と上げた。
兵士は手を止め、いそいそっと、って感じで下がった。
「無実か」
「ああ!」
「何が無実だ?」
「え?」
「俺はまだ何も聞いていない、なのにお前はそういった。一体何に対して無実だと訴えているんだ?」
俺はケグナをじっと見つめた。
ケグナは構わずさらに叫ぶ。
「やったのは俺じゃない、誰かに命じてもない。人殺しなんてやってない!」
俺は冷ややかな目でケグナをみた。
正直言って呆れた。
もう少しこいつを高く評価していたからだ。
俺に賄賂をおくって娼婦枠の拡大を狙うまではいい。
むしろ機を見るに敏、と褒めてやれるくらいだ。
商人としては評価出来る、だからこいつの事をできる男だとおもっていた。
それが初っぱなから、何も問い詰めてもいない状態から「人は殺してない」と連呼してきた。
「やってない、か」
「ああ。どうせ証拠もない、あるわけが無い」
「ふむ」
俺は頷いた。
それを受けて――なのか、ケグナはどや顔をした。
俺はすっとぼけた。
「ところで、それはなんの話だ?」
「――へ?」
ケグナは間抜け顔になった。
さっきまでの剣幕はどこへやら、って位の間抜け顔をした。
「な、何の話かって、殺人の――」
「ふむ、殺人がなんの話なのかはわからないが。今日はその話ではない」
「え? じゃ、じゃ?」
「連れてこい」
俺はいった。
複数の足音がした。
兵士たちが三人の娼婦をつれてきた。
「え……え?」
連れてこられた娼婦をみて、ケグナが驚き、とまどった。
連れてきたのは殺害されかかった娼婦ではない、それどころか全くの無関係だ。
殺人を追求されると思っていたケグナは、ターゲットでも関わりがあるわけでもない娼婦をつれてこられたことできょとんとしている。
「この者たちはお前の店の娼婦、それは間違いないな?」
「え? あ、え? ……は、はい…………」
ケグナは顔を確認して、何のことだ? と疑問に思っているのがありありな顔でいった。
とりあえず店の娼婦なのはたしかだから、俺の意図は分からないながらもぞうだと認めた。認めざるをえなかった。
俺は兵士にむかってうなずいた。
兵士は娼婦たちをを促した。
言い含められていた娼婦たちは頷き、動き出した。
一人がスカートをめくって太ももを露出した。
もう一人は背中を、最後の一人は胸元を露わにした。
三人とも、白い肌の中にバラのような紅斑、もしくは湿疹があった。
「バラ疹、医者にも診せてもらったけど間違いないそうだ」
「そ、それがどうした。バラ疹なんてこの商売をやってたらかかるもんだ」
「ほう」
「どうせ罰金だろ? そんなの――」
「帝国法では」
俺はケグナの言葉をさえぎった。
「娼館の経営者は伝染病を防ぐ努力をしなければならない。それを怠ったものは程度に応じて罰金か」
「だろう! …………か?」
どや顔で返しかけたケグナ、がすぐに俺の言葉が終わってないことに気づいて固まった。
俺は真顔で、先を突きつけた。
「娼館の営業許可を取り消すなどの処置が執られる」
「え?」
「裁きを言い渡す」
理解が追いつかず、呆けているケグナに、俺は言い放った。
「娼婦の複数が既定伝染病に罹患していることは紛れもない事実。娼館経営の適正なしと判断し営業許可の取り消し、および六親等まで未来永劫エンリル州での娼館経営を禁ずる」
「……っ」
「また病気の蔓延の可能性が高いため、娼館およびその周りの施設、人員、資産など管理の為に、総督の名の下に接収する」
「――なっ!」
理解が追いついたケグナは固まった。
当然だろう、裁判だから少し持って回ったいい方になったが、要するに資産の全てを没収するということだ。
いわば「全財産の没取」かつ「再起も禁じる」というものだ。
商人にとって、三万リィーンの袖の下をポンとだせるほどの大商人にとって無一文にされることなのだから、死よりも厳しい裁きなのは間違いない。
このように財産の没収、国庫への没入はある一定以上の罪なら当然のように行えると帝国法で定められている。
大元は叛逆罪や、それに類する罪の中にあったものだ。
叛逆罪の場合、禍根を徹底的に狩り取らなければならないという事で、男子は死刑になる事が多いのと、今後も似たような事ができないように、再起のタネになるような財産を全て没収するようにと、そういう理由で明文化された。
それが他の刑罰にもおりてきた。
当然ながら、俺は「明文化されている中でもっとも重い量刑」にした。
それを突きつけると、ケグナがいきり立った。
縛られたままいきり立つと、兵士がそれを押しとどめた。
それでもケグナはもがき、あばれ、怒鳴ってくる。
「こんなのはおかしい!」
「なにがおかしい」
「そ――」
それは、と言いかけるケグナ。
しかし言葉につまった。
「この者はお前の娼館の娼婦、それは間違いないな?」
「そ、それは……」
「このものたちのバラ、これもみたとおり間違いないな?」
「うっ……」
「お前の娼館でこのような病がはびこっている。それも間違いないな?」
「……ッッッ」
「であれば伝染病を放置し拡大する娼館、その経営権を取り上げる。何の問題がある」
「……」
ケグナは糸の切れた人形のようになった。
俺に言い負かされ、抑えていた兵士の手から離れて、へなへなとその場にへたり込んだ。
完全勝利、ケグナという商人が死んだ瞬間。
その瞬間、野次馬の観衆から歓声が沸き起こったのだった。
☆
娼館や財産の接収がすむまで、ケグナを収監しておくように命じてから、俺はケグナの娼館にむかうことにした。
庁舎の正門をでて、用意された馬車に向かう。
その間、呼びつけたゾーイが併走してきた。
「ご主人様」
「ケグナを処分したせいで、他の娼館の主が不安がっていると思う」
「すごいですご主人様」
「ん?」
歩きながら、ゾーイの方をむく。
「既に複数の娼館主から非公式に私に面会を申し入れがありました」
「さすが動きは速いな。ケグナも動きだけは速かったが」
頷き、なるほどと少し感心した。
「俺じゃなくてお前に来たって事は、ケグナの何かやぶ蛇になる事をおそれてるのだろうな」
「おそらくはそういうことかと思います――いかがなさいますか?」
「短期間の激変は避けたい」
俺はまず結論からいった。
「関連する法令を隅から隅まで読めといっておけ。明文化されている以外のことは追求しない、と」
「かしこまりました」
腰をおって答えるゾーイを置いて、俺は用意させた馬車に乗り込んだ。
そのまま予定通りケグナの娼館に向かう。
ララクの歓楽街の一角にあるそれは、娼館らしき豪華絢爛な建物だった。
特に目につくのは「明かり」である。
娼館を訪れる客は、明白に昼間より夜の方が多い。
夜でも繁盛している感を出すために、外壁でも明かりの数を増やして、日中並の明るさを維持し繁盛感を演出する作りになっているものがほとんどだ。
この娼館も、馬車から降りて一目見ただけでわかるそう言う作りになっている。
そこは既に、ジョンが兵を率いて包囲していた。
ジョンは表に出てきてて、俺を出迎えた。
「待たせたな。バラがでてる娼婦は全部集めたか」
「はい、意外と簡単に全員名乗り出てくれました」
「だろうな」
俺は頷く。
「だろうなっていうのは?」
「ケグナはバラの事を隠していた。娼婦からすればちょっと湿疹がでた程度だ。知識のある娼婦なら隠そうとするだろうが、知識がなければただの湿疹にしか思えず、隠す必要もない」
「なるほど。そこまで読み切ってたなんてすごいですご主人様」
「治療することも伝えたな?」
「はい。全員集めてます」
「うむ」
頷き、ジョンに案内されて、娼館の中に入る。
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