222.父の力
ララク郊外、ララクライルの村。
いつもの視察を、少し足を伸ばしてゾーイと一緒にここまでやってきた。
行政上特に変哲のない、田畑のみを生業にしている小さな農村。
ところどころに牛などの家畜の鳴き声が聞こえてくるが、数が少なく、役畜として少数使われている程度という感じだ。
この村にやってくるなり、前もって通達していたからか、村長と名乗る男が俺を出迎えた。
村長が俺を村を案内した。
ここでも村民のほとんどが収穫したばかりの稲を干したりしていて、せわしなくも笑顔で働いている。
「様子はどうだ」
「はい! それはもう! それもこれも総督様のおかげでございます、はい」
初老にさしかかった位の村長はそういって、半分くらいへつらうような風にしてきた。
「このあたりの米はどうするのだ?」
「そりゃあもう! 商人が来て全部買っていきました、しかも前金で」
「ほう、それは気前がいいな」
俺はそういい、立ち止まって村長を振り向いた。
村長はほくほく顔で。
「なんでも都のお偉い方がこの米に名前をつけて下さったって事で。普通の米よりもいい値でうれました」
「それは――」
「それはよかったな」
それは皇太后である母上と俺が共謀してやったことだ。村長はそれを知らないようで、ゾーイはその事を指摘しようとしたが、俺はそれを押しとどめて、さも初耳という感じで祝福してやった。
ゾーイは引き下がった。
村長はさらにほくほく顔になった。目が糸くらいに細められる上機嫌な顔になった。
「そのお偉い方はすごいですね」
それでも、主の功績を褒められないのが不満なのか、ゾーイは我慢出来ずにとそういった。
「や、本当に。おかげさまで、私もこれで娘に嫁入り道具を足してやることができますよ」
「そうか、それはめでたいな」
俺はふっと微笑み、再び歩き出した。
村長はこれ以上ないくらいにニコニコ顔でついてきた。
その顔も、今稲を干している村民たちの笑顔も。
母上の「ご厚意」が元になっていると分かって、俺は少し嬉しく思った。。
「本当にすごいです、ありがとうございます総督様。本当総督様にいつまでもここにいてほしいです」
「そうか」
俺は頷き。歩き続ける。
女が「安心感がある」事を最大の賛辞とするように、民の最大の賛辞は「いつまでもいてほしい」だ。
いわゆる悪代官が存在する中、地方官の出来が自分達の生活に直結するから、良い代官良い地方官にはいつまでもいてほしいと民は思う。
そう言われている現状に頷きつつ、村をくまなく見回した。
ふと、一軒の家屋が目に入った。
火災で焼け落ちたらしく、そのままの状態で放置されている。
「あれはどうした?」
「あっ、あれはこの前の地震で。ゴードのやつ逃げ出したは良いけどかまどからそのまま火がでてしまいまして」
「建て直しはしないのか?」
「それが……」
聞いてはみたが、何故か村長は言いにくそうに口ごもった。
さっきまで口滑らかに俺を褒め称えていたのが一転して口が重くなった事に不思議がって、俺は足を止めて、村長に振り向いた。
「なにかあったのか」
「いえ、その……」
「しっかり話なさい」
迷う村長にたいし、ゾーイが軽い叱責を飛ばした。
村長は一瞬だけビクッとしてから、意を決したように話し出した。
「あのばか、家がなくなってもう喰っていけねえってんで、なんかしらないけどいろんな連中集めて近くで山賊になっちまったんです」
「くっていけない? ああ、田畑をもってないのか」
「ええ」
村長は頷いた。
農村であっても、必ずしも皆田畑をもっている訳ではない。
中には田畑をもたずに、普段は村人の手伝いをして過ごすものもいる。
また、ここでも帝国が戦士の国である事とすこし関わってくる。
帝国は北方のツァーリーを筆頭に常に外征を行っている国だ。
その都度に大規模な徴兵を行う。
ある程度常備兵もあるが、戦の度に死者がでるから、それの補充をせねばならない。
その場合、多くは各街、各村にこれこれといった数を割りあてて、ある意味「供出」してもらう形だ。
その場合、田畑を持つ者よりも、こうして田畑を持たない人間がいかされることがおおい。
だから、田畑を持たないといっても、村にとってはそこそこ重要で、なくてもいいがなかったら無かったで困る存在である。
ゴードという若者はそういう立ち位置のもので。
「田畑を持たず、近く戦もあるかどうかもわからない、なのに家が焼けたものだから自棄になったと――そういうことか」
「おろかですね」
「や、本当そうだと思います」
ゾーイが半ば吐き捨てたような感想に、村長は苦虫をかみつぶしたような
自棄になった、という言葉を村長ははっきりと頷いた。
「まだ大した悪さをしたってわけじゃないんですけど、まあ、馬鹿なヤツだなって。このまま村にいりゃ今頃……」
そういった村長の視線の先では、村民の皆が笑顔で稲の収穫をしている光景が映っていた。
残っていれば今頃あの輪の中にいた――と言いたいのだろう。
例え田畑をもっていなくても、豊作となれば人手がいるし、いくらでも稼ぎ口がある。
俺は村長の言葉に頷き、考えた。
こういうこともまた、よくあることだ。
何かしらの大災害の後、住み慣れた土地を離れざるを得ないものの一部が山賊・盗賊化するのはよくある話だ。
むしろ、それがなかったという事はまずない。
盗賊や、盗人強盗などは、男にとって数少ない「元手のいらない」「商売」の一つだ。
極論、一人ぼっちの旅人を狙えば、うしろから岩なりを後頭部にむかって振り下ろせば物や金は奪える。
やろうと思えば元手がいらなくて、貧困な発想であろうとも何とかなるから、追い詰められて、にっちもさっちもいかなくなった人間がたどりつく先の一つだ。
☆
村長から山賊になった男の事を聞いて、そのおおまかな居場所をきいた俺は村をでて、その場所に向かった。
ゾーイと一緒に乗ってきた馬を走らせて、教えられた通りの場所に向かって、馬を走らせること十数分。
淹れた茶がぬるくなってくる位の時間を馬で駆け抜けた後、ボロい砦のようなものがみえてきた。
小高い丘の上に柵で囲んでいて、柵の向こうにいくつか簡易的な小屋が見える。
城壁ではなく柵を使っているところをみると、簡易的に作られすぐに放棄されたものではないか、と思う。
事実、俺は総督としてこのエンリル州にある城塞の位置などの詳細が頭にはいっているが、この砦に関する情報はない。
ほとんど朽ちかけていると言ってもいいような、かなり古いものだ。
「アレでしょうか、ご主人様」
「場所的にそうだが」
「あれで……やれるのでしょうか」
どうやらゾーイもその古さとしょぼさに何か思うところがあったようだ。
盗賊がこういううち捨てられた砦をいわば再利用することは普通の事だが、ここまでのものをというのは中々ないことだった。
俺は馬に乗ったまま、リヴァイアサンを召喚してそれを構えた。
挨拶代わりの弓矢が飛んでこないとも限らないから、それを用心する形で水の魔剣を構えた。
「俺から離れるな」
「はい」
用心して進んだが、何も飛んで来ず、それどころか砦の中に入っても人の気配はまるでなかった。
「生活感は……あるな」
人の気配はないが、生活している痕跡はあった。
馬から下りて、小屋の一つにはいった。
中は色々と散乱しているが、それはいかにも男連中が使っていたという、生活感あふれるタイプの散乱で、汚らしく感じた。
もっといえば「ついさっきまでいた」くらいのイメージを受ける。
外にでて、水の魔剣リヴァイアサンを掲げて、呼びかける。
「やれ、リヴァイアサン」
リヴァイアサンは俺の意図をくみ取って、波動を放った。
水面に石を投げ込んだかのような、円形の波動が俺を中心に拡散していった。
『無人』
すぐさま、リヴァイアサンが返答した。
俺はここに人の気配はないと感じた。
戦士の国の親王として産まれ、今は皇帝で――総督になっている。
そのたしなみとして鍛錬をし、戦場を駆け抜けてきた者としてある程度人間の気配を感じ取る術はみにつけている。
それをして何もなかった事を疑問視して、念の為にリヴァイアサンにもやってもらった。
その結果、やはり砦の中に人はいないという結果になった。
「どこかに略奪にでもいったか?」
「はい。そうでなくても、小屋の中の様子を見る限りここを使っていたのは間違いありません。そのうち戻ってくるかと思います」
「そうだな」
山賊に身をやつしたし、小屋の中の生活っぷりをみる限りそうなのだろうなと思った。
探しに行くか、それとも戻ってくるのを待つか。
どっちにするべきかを考えていると。
『来る』
リヴァイアサンが俺に通知してきた。
そのまま砦の正門に向かっていった。
正門からなだらかな坂道にそって視線を向けていくと、リヴァイアサンの言う通り、道の向こうから身なりのみすぼらしい集団がこっちに向かってきているのが見えた。
それが徐々に近づいてきて、次第に若い男の集団である事がわかった。
こっちの姿が確認出来るところまで来てから、男達は速度をあげて、ほとんど猛ダッシュといっていいくらいの速度で走ってきた。
こっちもはっきりと視認できる距離まできたので、改めて確認。
数は7……いや8。
みた感じここを根城にしている、山賊に身をやつしたゴードを中心にした若者で間違いないようだ。
さて、まずは一戦してたたきのめしてから話を聞くか。
「俺の後ろにいろ」
「かしこまりました」
ゾーイは素直に俺の後ろに下がった。
賢い彼女は、自分の出番ではないと素直にさがった。
『否』
「ん?」
リヴァイアサンがいきなり否定してきた。
いきなりなんの事だ? このタイミングではゾーイのことか?
そうおもってちらりとゾーイを振り向くと、彼女の目が期待に輝いているのがみえた。
……。
少し考えて理解した。
賢いから素直に下がった訳ではなく、戦闘における俺の活躍を期待して下がったということのようだ。
それはそれでゾーイらしいとクスッとなった。
そうこうしているうちに、連中は声が普通に届く程度のところまでかけてきた。
さて――とリヴァイアサンを構えようとしたその時。
俺の前に駆けつけるなり、8人の若者はまるで滑り込むほどの勢いで土下座して来た。
8人全員だった。
「え?」
予想していなかった光景に、ゾーイはキョトンとなった。
これにはさすがに驚いた。
「あ、あの! 総督様ですよね!」
一番前で土下座し、たぶん集団のリーダーらしき男が土下座したまま顔だけあげた。
他の男達も顔をあげた。
全員がまだ二十代位の――中には十代のくらいもいる若者たちばかりだ。
「お前は」
「俺、ゴードっていいます!」
「お前がそうか」
「はい! さっき村長に話を聞きました! 総督様がこっちにむかってるって」
「ふむ。で、これは何のつもりだ?」
話を聞いて引き返してきた、までは分かる。
俺が村長にここの場所をきいたから、村長は俺が討伐しに来た、と普通に思っただろう。
それを伝えれば、ゴードたちからすれば「本拠に乗り込んできた役人」だから、迎え撃つためにあわてて引き返してきた、というのはよく分かる。
が、彼らは到着するなり、駆け込んできた勢いのまま俺に滑り込み土下座をして来た。
とても「迎え撃つ」という様子ではなかった。
「あの! 俺達、山賊やめます!」
「……ふむ」
俺は戸惑った。
山賊の根城にやってきたら、何もしないうちからその山賊たち「山賊やめます」と宣言された。
俺の短くない人生の中でも初めての経験で、中々の経験だ。
「何のつもりだ。命が惜しくなったのか?」
「ご、ごめんなさい! そういうつもりじゃないんです!」
ゴードは顔だけ上げて、慌てた様子でいった。
その顔は、普通で、もしかすればちょっとだけ気の弱い青年のようにみえた。
言葉使いといい、みためといい反応といい。
まったくもって「山賊」らしくない青年だ。
「俺達、本当はこんなことしたくないんです! でも、あの時はもうどうしようもないってなって」
「ふむ」
「そ、総督様の噂はきいてます。山賊でも、そんなに悪さしてなくて改心するのならゆるしてくれるって」
俺は小さく頷いた。
アイゼンとかの事だな、と思った。
「だから! もうやめます、だから!」
「「「お願いします!!!」」」
一緒にやってきた者達は一緒になって頭を下げた。
かつての自分がしたことがここに役に立った。
改心するというのなら、拒むという理由がなかった。
俺はこの者たちをどうしようかと考えつつ。
もし父上の諜報網があれば、こんな無駄足を踏まずにすんだのにな……と。
思っていてもしょうがない事をついおもってしまうのだった。
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