221.皇太后の一存
帝都の王宮、皇太后の部屋。
この後宮の主たる皇太后は正装した格好で座っている。
皇太后の威厳と、かつての寵姫そのままの柔らかい空気。その真逆の二つの性質と空気が高いレベルで融合している。
飛んで帰ってきた俺はそんな母上の前にたち、まずは深く頭をさげた。
「急にお訪ねして申し訳ありません、母上」
「ふふっ、よいのです。むしろそれが私には嬉しい」
「嬉しい、ですか?」
頭をあげた俺は首をかしげた。母上は口元を抑えて更に笑った。
「ええ。陛下のその神出鬼没ぶりは、まるで先帝の生き写しをみているようで、懐かしいばかりです」
「先帝にはまだまだ及びませんが、精進します」
俺はそういい、すぅ、ともう一度だけ軽く頭をさげた。
「それで、本日はどのような?」
「こちらを」
俺がそういい、横をさいた。
そこに上質な作りのテーブルがあり、そのテーブルに似つかわしくない泥がついた麻袋が置かれている。
「それは?」
「エンリルで収穫した、今年二期目となる米です」
「米……二期目……。たしか年二回の収穫ができるという、陛下が行っている事業のことでしたね」
「はい。これを母上に献上する為に持って参りました」
「…………すこし」
母上はじっと麻袋を見つめたあと、にこりと微笑み、いった。
「思い出話に付き合ってください」
「喜んで」
俺はそういい、うなずいた。
皇太后は手招きをして、女官を呼び寄せて、耳打ちした。
女官は頷き、俺が持ってきた米を受け取って、さがっていった。
その間、別の女官が俺の所に椅子を持ってきた。
少し距離を置いて、俺は母上と向かい合って座った。
ソファーでテーブルを挟んでではなく、お互い椅子で、間に何もない空間で向き合う。
ある種の面接のような雰囲気になった。
実の母子とはいえ、皇太后と皇帝ではこうもなるし、前世の記憶と経験があるとはいえ、数十年も生きていればもはや慣れたものだ。
「あれは陛下が生まれる一年――いえ、二年ほど前の出来事だったと記憶しています。私は先帝とともに、南の方に視察に赴きました」
「記録はしっています、ガエンリルを中心だったと記憶しています」
「はい。運河で大きく発展した土地であり、また美女が多い土地でも知られています」
「母上の故郷であったと」
「そうです、ある意味では里帰りということになりますね」
母上はすこし懐かしい目をした。
ガエンリル、母上が話すように、古来より河で栄えてきた州だ。
そして帝国が前の王朝を追い詰めたとき、最後にまで抵抗した州でもある。
帝国に追い詰められ、最後の遷都を行った先がガエンリルであり、その時皇帝の後宮をふくめ、王族から大臣、その他高官などが妻子をぞろぞろと引き移住した。
王侯貴族の妻妾ともなれば基本は美女揃いである。それが一斉に移住した。
そのあと帝国がガエンリルを抑えたあと、王族や重臣らの男児については全て処刑したが、女はすべて解放した。
つまり、結果的には、大量の美女がガエンリルに移住し、そのまま定住したということだ。
更に言い換えれば、ガエンリルに「美人の血」が大量に流れ込んだのだ。
ガエンリルに美女が多いのはそういういきさつがあるからだ。
「わたくしが先帝に仕えて間もない頃でしたので、歓待のほどにかなり驚かされました」
「母上は先帝がもっとも寵愛された方、であれば男子として見栄の一つも張りたくなりましょう」
俺がいうと、母上は少し目を見開いて、驚いた。
今の話になにか驚く所があったのだろうかと俺も驚いた。
「なにか変な事をいってしまいましたか?」
「驚きました、陛下もそういう事がおわかりなのかと」
男が惚れた女に見栄を張りたい、の事をいったのがすぐに分かった。
「……知識としては理解できます」
母上の指摘に、俺は少しの間をおいて、恥ずかしさを噛みしめながら答えた。
実母にこのようなやり取りをした、なんなら「朴念仁じゃなかったのね」とその実母に実質言われたのがちょっと恥ずかしかった。
このあたり、オードリーに度々指摘された事でもある。
先帝の子で成人したのは約40人、夭折したのも加えれば生まれてきたものは50を優にこえる。
それに対し、俺の子供はその十分の一にも満たない。
また、妃の数もやはり父上の十分の一にも満たない。
更に父上は遠征や視察の旅に、ほぼ必ずといっていいほどその土地で浮名を残してきた事もある、各地にご落胤がいるというのはもっぱら噂――というかほぼ公然の侍事実だ。
俺にはそれはない。
それに加えて、俺が「法に厳格」というイメージがあるものだから、女に興味の無い、女心が分からない堅物というイメージもついている。
母上が驚くの無理からぬことだが、それを実の母にやられると苦笑いしかでない。
「陛下が皇后に気を使っていらっしゃる事は理解しています」
「恐れ入ります」
「ジェシカは後宮にいないことが多いのでなにもいいませんが、アーニャの方にももう少し気を配っていただきたい」
母上は少しだけ強い口調で言った。
アーニャ――オードリーの実妹で、俺の初めての側室だ。
俺が皇帝に即位した時に正室のオードリーが皇后になり、側室のアーニャは妃の中で一番上の位である嫡妃になった。
アーニャも後宮にすんでいて、母上は彼女の事を持ち出してきた。
『国事には口を挟まない』
とことあるごとに口にする母上だが、こと後宮に関していえばそこは皇后、そしてさらには皇太后の領分だ。
向こうが国事や政治に口を挟まないと言うのであれば、後宮についてのアドバイスや指摘はちゃんと受け止めるのが「筋」というものだ。
俺は立ち上がり、頭をさげる。
「申し訳ございません、母上のいいつけ通りに致します」
「それと――これは半分国事なのでしょうけど」
「?」
俺は首をかしげたまま、たったまま母上をみた。
半分国事を口にするのは珍しい。
「妃のほうも、もう少し妃を増やしてください」
「おっしゃる通りにします……が、半分国事というのは」
「先帝がわたくしに話した事です」
「はい」
俺は背筋をピンと伸ばした。
母上から先帝の話を聞くときは、自然とこんな風に居住まいを正すようになっている。
もはや直接先帝から教えを乞うことはできないが、先帝に近い人間から俺の知らない事を聞くことはまだ出来る。
今もそうで、だから俺は自然と背筋が伸びた。
「『余は様々な女と情を交わしたからこそ、政でも戦ごとでも、小技が使えるようになった』」
母上からおそらくは先帝の言葉そのままの言葉がでた。
「それが具体的にどのような事かは知りません。政も戦も、女には――とくに妃には知る必要はありません」
「はい」
「ですが、先帝はわたくしに『お気持ち』を伝える時に嘘偽りはなしとおっしゃいました」
なるほど、とおもった。
つまり父上のその言葉、「多くの女と情を交わしたから小技も使えるようになった」というのは本当のことだと、少なくとも母上は強く信じているということだ。
皇帝にとっての「私」から「公」に与えた影響。
それで母上は「半分国事」という表現をしたようだ。
正直、今もまだ父上の言葉を完全に理解できた訳ではないが、俺は立ち上がって頭を下げた。
「ご教授、謹んで承りました」
「話がそれましたね」
母上はにこりとほほえんだ。
俺が椅子に座り直すのをまって、話を本来のものに引き戻した。
「ガエンリルの視察の時に、私がその時の食材をつかって、創作料理を先帝にふるまったことがあります。先帝はその料理を大層お気に召して、料理にわたくしの名前にちなんだ名付けをして、市中に広めるようにと仰せになりました」
「視察につれていくほどの寵姫の料理、さぞや広がったこととおもいます」
「はい、それはもう。恥ずかしくなるくらいです」
母上は嫋やかに微笑んだ。
微笑んだまま女官に手招きをして、やってきた女官に耳打ちした。
その女官が一度下がり、代わりに別の女官が二人やってきた。
二人はそれぞれトレイを一つ、その上に湯気立ちこめる茶碗と箸を乗せて、俺と母上の前にやってきた。
炊いた白米の良い香りがしてくる。
「さきほどの米を炊かせました。陛下もどうぞ」
「はい」
俺は頷き、茶碗を受け取り、一口たべた。咀嚼し、飲み込んだ。
さすが母上、皇太后お付きの料理人だけあって、ただの米がいい炊き上がりだった。
母上も同じように一口だけ、ほとんど形式的にと言っていいくらいの、小さな一口だけを食べた。
「これは……生まれてこの方これほど美味しい米を食べたことはありません」
母上はそういった。
字面でみれば皇太后の口から出た最大級の賛辞だが、いった本人の表情は落ち着いていて、口調も穏やかなままだった。
とても「人生で一番」といっている人間の表情や口調ではない。
「とても気に入りました。これはどこでとれたものでしょう」
「エンリル州の産で、年に二度収穫出来るのが特徴です」
しってるくせに、とは言わなかった。
俺は親王から皇帝になった、母上は寵姫から皇太后になった。
二人とも、こういう形のやり取りを自由に操れる人間である。
俺はしれっと話にのっかった、母上はかるく「すごい」とつぶやいてから続けた。
「とても素晴らしい米です。これに是非名前を付けたい」
「ありがとうございます」
俺はそういい、もう一度立って、頭を下げた。
母上は穏やかに微笑み、頷いた。
女官にも目配せをして、女官達が俺達から茶碗を回収していった。
改めて、と演技ではない表情で口を開く母上。
「すごいです、陛下」
「今、母上が気に入って、名前を付けたほどのものであれば、エンリルの民はこぞって植えたがるでしょう。二期作出来るということの最後の後押しになります」
「先帝は私の料理にそうしました、けれど陛下は違います」
母上は文字通り、母が子を褒めるような、優しくも嬉しそうな目をしながらいった。
「陛下はその前段階の仕掛けから行っています、先帝の倍働いていらっしゃるといっても過言ではありません。すごい事ですよ、それは」
「ありがとうございます」
「もうひとつ思いつきました。この米はそのまま後宮に提供しなさい」
「え?」
「名前に加えて、『皇太后が気に入って後宮全てこれにした』となればもっとよいでしょう」
「よろしいのですか?」
「後宮はわたくしの一存ですべて決めます」
母上は微笑んだ。
権力を振るう時特有の有無を言わさない口調だが、顔は年頃の少女がする様ないたずらっぽい微笑みをたたえていた。
「皇太后ともあろうものが、口にする白米の産地を指定したくらいで文句を言われる筋合いはありません」
そういって、更に笑う。
その笑顔を見ると、父上がなぜ最後まで母上を寵愛したのかがなんとなくわかった気がした。
「ありがとうございます」
俺は立ち上がった、母上に深く頭を下げた。
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