218.現金の不足
俺はふっと笑い、考えた。
今回の災害復興では、特に汚職や不正はないかを重点的にみている。
それの対処はずっと考えていた。
ある意味では、何かこようと「想定内」で対処できる。
が、これはそれじゃないことだ。
リィーンの高騰、これは帝国の制度から来るものだ。
誰のせいでもない、強いていえばここまでの帝国の為政者全員のせいだ。
だれも取り立てて悪事を働いた訳ではないのだ。
改めて男に視線をむけた。
愚痴を吐き出したせいか、弾みがついて酒がより進んでいる。
半分テーブルに突っ伏したような姿勢で、大きなため息をついている。
そうもなる、と思った。
わかりやすく例えるのなら、まず男の今年の納税額を1リィーンだとしよう。
それを今日両替できれば、税に対する負担は1100ウェンになる。
しかし今日は持ち合わせが足りなくて、あしたになれば1150ウェンになるかもしれないといわれた。
その差は50ウェン。
納税額は同じ1リィーンなのに、両替の日によって実際に収める額に差がでる。
これが「リィーンで稼ぐ富豪」ものなら問題ないが、こうして深いため息をついているってことは「ウェンで稼ぐ庶民」なのだろう。
実際の納税額はもう少し高いから、差額はもっと大きくなる。
もちろん、法定レートの1000を下回る900台になる事もある。
そこは需要と供給でそうなる。
が、目の前の男もきっと分かっているのだろう、そもそもいわれもした。
今は復興中、市場が活気ついていて、リィーンが高騰しっぱなしだ。
当面の間、上がることはあっても下がることはなかなかないだろう。
俺は男にむかって、笑みを作った。
俺はふっと笑った。
「もしよかったら、その1100ウェンでリィーンを両替してくれないだろうか」
俺はそういい、懐から1リィーンを取り出した。
テーブルの上に置く、黄金色に輝くリィーン金貨だ。
「え?」
男はきょとんとした。
顔が真っ赤なまま、半分突っ伏した状態で固まった。
「な、なんで……?」
「丁度崩さなきゃいけないと思っていたところだ。もう少し買い物をする予定がある、その時に小銭があると便利だ」
「え? でも俺が持ってるのは1100じゃなくて1000ちょっとで――」
「差額は迷惑料とさせてくれ」
俺はそういい、男の服についた汚れを指さした。
古びているが、しっかりと洗濯されている男の服についている、食べ物の付けタレ。
ここに誘い込むための口実に、わざと男にぶつけた上でくっつけたものだ。
それを更に口実にして、両替商よりも安いレートでの両替を提案した。
男は服の染みをみて、そして俺をみて。
交互に見比べる様にしながら、ちょっと困った顔をした。
「いい、のか?」
「お願いする」
「……ありがとう、その言葉に甘えさせてもらう」
少し迷った後、男はそういい、懐にしまっていた革袋を取り出して、テーブルの上においで俺にむけて押し出してきた。
俺がそれを手に取ってゾーイに渡したのを見届けてから、テーブルの上にある1リィーンを受け取った。
☆
男が去り、その場に残ったままの俺とゾーイ。俺は座ったままで、ゾーイは立ったまま。二人で男が階段を降りて店を出るのを見届けた。
「リィーンが不足している、か」
俺は今し方きいた話をつぶやいた。
「手配をさせた方がよろしいでしょうか」
そのつぶやきを拾って、ゾーイが現実的な提案をしてきた。
両替のレートがその程度で上がっているのは自然のこと、両替商からすれば真っ当に自分の商いをしているだけだ。
もちろん法定レートをガッチガチに守らせるようにすることもできる、しかし過去にはそれをやった結果、銅の価値の乱高下や鉱山事故などのいくつもの偶然が重なり合った結果、貨幣を溶かして貴金属として商うということがあった。
いわば「たまにある大きな混乱」より、「常時だが小さな不便」を取ったという形になる。
そして今回、災害復興という事で金銭の流れが活発的になって、一時的にエンリル州からリィーンが不足することになった。
であればそれを何とかするためにはリィーンの数を市中に増やすしかない。
それらの事を、もはやメイドではなく、代官をへてすっかりと「官」側のゾーイはしっかりと理解し、現実的な提案をしてきた。
それは現実的なのだが。
「いや……すこし待て」
俺は考えた。
いろいろ考えた。
頭の中に何かがひらめきかけて、それを形にまとめる事に努めた。
「どのみち足りないのは足りない、か……」
ひとしきりつぶやいた後、顔をあげてゾーイをみる。
ゾーイは背筋を伸ばした。
俺が何かを決めて、これからそれを命じる、というのが一目で理解できたようだ。
そんなゾーイに命令をする。
「手配はしろ。現金を多めにここに輸送させる」
「かしこまりました」
ゾーイは少しだけほっとした。自分の進言が取り入れられたからだ。
俺は間髪入れずに、次の命令を伝える。
「それともうひとつ」
「は、はい!」
不意を突かれたかのように、ゾーイはビクッとして、更に背筋を伸ばした。
「今年の税はウェンで払っていい、法定レート換算のウェンでいい――と、それを大々的に知らせを出せ」
「それでは帝都に輸送する手間か、こちらがまとめて両替する損失が。現状を鑑み最大で二割ほどの減収になりかねません。また大量のウェン硬貨を帝都に輸送するには、護衛や運搬する人夫なの、数千人レベルの動員になります。そうなると更に損失が」
「逓信手形だ」
「え?」
きょとんとするゾーイ。
「逓信に手形を組み込むやり方をはじめている。それを使う」
「……ッッ」
ゾーイはハッとした。
「納税額を逓信で帝都に送り、帳簿上で操作すれば輸送の必要がなく」
「そうだ」
「すごいです御主人様。それなら労力も損失も大幅に削減できます。安全面まで計算したらその効果は計り知れません」
ゾーイは今までで一番かってくらい、瞳を輝かせた。
逓信手形、フンババの糸と、帝国の信用を組み合わせた超即時通信の手形。
それで集めた税の額を帝都に送って、帳簿上で操作すれば輸送の手間が減る。
帝都から大量に復興の資金が送られてくるこのタイミングだから出来る事だ。
そして、税金となるリィーンを帝都に輸送するというのは、盗賊に襲われる危険性がある。
もちろん帝国の軍が護衛するものだが、だからといって歴史上襲われた過去がゼロかといえばそうでもない。
襲われて奪われた損失があり、そのために軍で護衛するというコストがかかる。
それらも、逓信手形ですべてほぼゼロにできてしまう。
「それともうひとつ」
「な、なんでしょう」
「手形を使えば当面の歳出はウェンを使わなくてもよくなる。リィーンが下がったときに両替すればいい」
「――っ! 2割の損どころか、得する可能性すら」
「うむ」
俺は頷いた。
ようは、さっきの男や一般庶民とちがって、帝国は――少なくともエンリル州はすぐにウェンをリィーンに変えなければならない、ということはない。
父上の別荘という遺産を現金に換えた今ではなおさらだ。
「まあ、欲張って得は取らんよ。帝国はあくまで1リィーン=1000ウェンとして発行する、であれば通常通りにやっても損はしない」
「すごいですご主人様!」
「善はいそげという、やれ」
「はい!」
ゾーイは俺に一礼して、嬉しそうな顔で階段を駆け下りて、店から出て行った。
それを見送ったあと、俺は。
「とは言えこのあたりはいずれ改善しなければな……」
俺はつぶやき、蜘蛛の巣のようにがんじがらめになっている仕組みをどうにかする方法はないか、とそれを考え続けたのだった。
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