216.一罰百戒
ある日の昼下がり、俺は庁舎の中で書類仕事をしていた。
執務机を挟んだ向こうにジョンが立っていて、俺はジョンが持ってきた書類に目を通している。
エンリル州の総督になって、非常時だからほとんどの事柄には一度目を通しているが、それとは別に長く仕えてきたジョンは俺の事をよく知っているから持ってくるものがある。
今日のもそうで、裁判――法がらみの物だ。
俺はそれに隅から隅まで目を通した。
「……民同士のもめ事か」
「そうです」
ジョンは頷き、難しい顔をした。
「適当な罪は俺らの方で適当に裁きます」
俺は頷いた。
今の言葉で、やはりジョンは賢くて、普段は隠しているのだとわかる。
「適当」には二つの意味がある。
今のジョンは
『適当なのは適当にやる』
といった。
それを使いこなすことができるジョンはやはり賢くて、「人は宝」を体現した存在だと思った。
そう思っていると、ジョンは難しい顔のままつづけた。
「ですけど、今持ってきたのは見ての通り、その」
「傷害致死、強盗殺人……なるほど、いずれもその気になれば極刑に処せるものばかりだな」
「はい」
ジョンは頷き、更に言う。
「まあ、こういう時ですから、民も気が立ってたり、喰うに必死にだったりして色々あったりするもんです」
「うむ。弾みでそうなった事もあるだろう」
「それでどうしたもんかと。俺ら『官』にはいち……いちばつ、なんでしたっけ?」
「一罰百戒、か?」
「そう、それです」
ジョンは手を叩いてそういった。
元が奴隷の出であるジョン、俺に引き立てられて高官になった今でも、こうして知識の足りない一面を見せることがある。
もっとも、ジョンの事をよく知っている俺だし、直前で感心したばかりだ。
ジョンは知らない振りをしているか、あえて知識を仕入れないようにしているかのどっちなのかだと分かっている。
出自故に知識はたりないが、知恵で補っている――というのがジョンのキャラクターで、彼は多分にそれを演じようとしているのが分かる。
さっき感心したのと同じように、ここも指摘しないでおいてやった。
「それは俺も大賛成です、今のタイミングなら官はもう最大限に厳罰するべきなんです。なんなら事によっては族滅でもいいくらいです。でもじゃあ民はどうしたらいいんだろ、って」
「ふむ」
なるほど、と頷いた。
傷害致死、強盗殺人。どっちも死刑になりうるものだが、絶対にそうというわけではない。
もちろん傷害致死の方が軽く、死刑になる割合は大雑把にいって1割あるかないかだ。逆に強盗殺人は重く、ならない割合が1割あるかないか。
どっちにも振れる、そして重さとしては正反対ともいえる二つの事柄。
それをジョンは持ってきて、俺に裁可を仰いだ。
これからの基準にでもするつもりなんだろう、と俺はおもった。
ジョンが口にした「一罰百戒」という言葉を頭のなかで反すうした。
それは言葉通り一人に厳罰を加えることで、他の百人の見せしめにするというものだ。
今、それは「官」にしている。
このタイミングで汚職したり私服を肥やしたりするものは、容赦なく首を斬っている。
それでいい、今はそれでいい。
が、民はどうか。
いまのタイミングでは、民はただの民ではなく「被災民」なのだ。
それに一罰百戒を適用させるのはどうか、というジョンの迷いはわかる。
むしろ民の方は逆に緩くすべきではないか、と考えるのもわかる。
俺はふっと笑った。
「何ですかご主人様」
「こいつらだが、全員極刑でいい」
「はあ、首を落とすんですか?」
ジョンは少しだけ意外そうにした。
今の状況、そして俺の事なら。
民は全員見逃すのではないか、という予測と立ててきたんだろう。
俺は更に続けた。
「ただし、全員が執行猶予つきだ。そうだな、一年でいい」
「死刑の執行猶予……一年……」
ジョンは考えこんだ。
俺が追加で色々付けたのだ、そこに何の意味もないわけがない。
それを読み取ろうと、必死な勢いで考え出した。
ジョンは知識がないように見せかけているが、知恵は人いっぱいある男だ。
その知恵である頭をフル回転させた。
「一年後に……釈放をってことですか?」
「半分正解だ」
俺はまたふっと笑う。
「あくまで目安だが、一年後に俺は帝都に戻る。総督から皇帝にそうだな、『再即位』とてもしておこうか」
「そんなのありなんですか?」
「ないな」
ジョンの疑問がよく分かる。
俺も自分でいっておいて、なんだその言葉はとちょっとだけ思った。
「そもそも皇帝から総督への降格自体がもう前代未聞だ」
「たしかに」
「表現はどうでもいいが、即位は即位だ。皇帝の即位ならば恩赦を出すことができる」
そこまで聞いて、ジョンはハッとした。
目を見開いて、驚いたままつぶやくようにいう。
「その時に……釈放できるものは釈放……。つまり死刑にはするが殺さない」
「人は宝だからな」
俺ははっきりと頷いた。
「現状に対する抑止力は必要だ、かといって民は極力ころしたくない」
「すごいですご主人様、これなら少なくとも今は抑えが効きます」
ジョンの表情がぱあぁ、とあかるくなった。
「やぱりそうなっているか?」
「ええまあ」
ジョンは微苦笑して、いいにくそうにした。
「ご主人様が民にあまい、なんていってる連中もいるんですよ」
「ほう」
「俺としちゃああいう輩は――ああもちろん舐め腐ったあげくなにかやらかす輩のことなんですけどね。ああいうのはもう斬っちまってもいいとおもうんですけど」
ジョンは笑いながらそういったが、口では笑っていても目は笑っていなかった。
ご主人様をなめる連中は――なんて思いなんだろう。
ジョンの本質はリヴァイアサンとよく似ている。
狂犬で、忠犬のリヴァイアサン。
主を侮辱するものは誰であろうと許さない、ちょっとでもそうなれば激しく反応するのがリヴァイアサンだ。
それに比べて同じ性質のジョンは、今放った言葉のようにもう少し抑えというか、押し引きが効いたりするものだ。
そんなジョンにいってやった。
「それでは時間がかかりすぎる」
「え? いや別に――」
「裁くとなればしっかりとした証拠をそろえて、しっかりとした手順をふまなければならん」
「……」
ジョンはハッとして、口をつぐんだ。
それは法務王大臣時代からの俺のポリシーだ。
法には厳格に、であれば裁くにしろちゃんとした証拠と、ちゃんとした裁判の手順じゃないといけない。
「今は官の方で手一杯だ、民にまで人を割けない」
「……わかりました。ではこいつらは――」
ジョンはそう言い、今報告したリストをに視線をむけた。
「適当に裁いて、後で再審できる口実も作っときます」
「それでいい」
俺は大きく息をはいた。
とりあえずこれですこしは抑制力になるはずだ。
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