214.白飯と生米
不日、この日はゾーイを連れて炊き出しの現場に視察にやってきた。
炊き出しの現場は数十数百とあり、毎回違う現場を見た。
違う現場には違う人間がいて、違う事情もある。
事態が落ち着くまでは、足繁く様々な現場に出向いて視察するつもりでいる。
この日もそうやって来たが、現場に着いた俺は目に飛び込んできた光景に足を止め、眉をひそめた。
「いがかなさいましたか、御主人様」
ゾーイが聞いてきた。
不思議そうな顔ではなく、真剣な顔だ。
長年俺に仕えているゾーイだ、俺の表情ですでに「何かがおきている」事を理解しているようだ。
が、聞いてきた。
それは目に見えている光景からその「何か」を読み取れなかったからだろう。
それもそのはず、ゾーイの経歴ではすぐに気づかない何かだ。
俺はうむと小さく頷きつつ、それを告げた。
「炊煙が多い」
「炊煙、ですか? …………確かに」
ゾーイは俺の視線の先をおって、目の前の光景を確かめた。
炊き出しの現場では、軽く十本以上の炊煙が上がっている。
白い物が多かったが、中には黒い物もあったりした。
「妙ですね、それほど規模の大きい炊き出しの現場ではないはずなのですが」
「それだけではない、黒煙にもあるのが気になる」
「炊事に疎いものがやっているのでしょうか」
ゾーイはすぐに「黒煙」の意味を理解した。
今でこそ総督の副官だが、ゾーイは元々十三親王邸のメイドだ。
普通の副官よりも炊事の事がわかる。
多くの場合、炊煙とはかまどから出るもので、白い物がほとんどだ。
災害の時の炊き出しは米を用いる物がほとんどだから、炊煙はなおさら白い物になる。
しかしいま見えているのはもちろん白い物が多いながらも、ところどころ黒い物が混じっている。
まともな炊煙ではない、というのが分かる。
良くない事ながらも、「来てよかった」と俺は思った。
「いくぞ」
「はい!」
ゾーイを引き連れて、炊き出し場にはいった。
州都ララクの外れにあるそこは、祭りなどで大量に人を集める中央広場よりも更に一回り大きな区画になっていた。
あっちこっちで難民が地べたにすわっていて、場合によっては木と草と簡易的なテントを立ててひとまず雨露を凌いでる者達もいる。
俺達が通り過ぎるのを、ほとんどの者達が顔をあげ奇特な物を見る目を向けてきている。
こっちをみる元気がある事に安堵しながら、その者達の手元を見た。
「御主人様、テントの者達が」
「ああ、見えた。自分で調理をしているな」
ゾーイに指摘される前から、俺はそれが目に入っていた。
草木でテントをつくった者達が、同じように土で簡易的なかまどを作って、それをつかって何かしら調理をしている。
俺はそのかまどの一つに向かっていった。
「少し良いか?」
「ん? なんだい、あんた」
かまどで調理していた中年の婦人が手をとめて、顔を上げて視線をむけてきた。
総督の服飾――「官」の服装をした人間がやってきた事に婦人は訝しげな目で見つめ返してきた。
俺はかまどを指さし、その事を訪ねる。
「それは米を炊いているのか?」
「そうだよ?」
こたつつつも、それがどうした、って顔をされた。
「なぜ自分で米を炊いているのだ?」
「米をもらったからね、炊かなきゃしょうがないだろ?」
「もらった? 配給された、ということか?」
「そうさ。なんかね、炊き出しの人手が足りないとかでね。米は配るから自分でなんとかしろってさ」
「……」
俺はだまった。
俺の背後からゾーイが「そのようなやり方で……?」とつぶやいている。
米を配って、被災民に自分で調理してもらう。
その事と、それからできる連想が一通り脳裏を駆け巡ると。
「……いかん」
「どうしたのですか御主人様」
「……」
ある事を思い出した俺。振り向いて、訝しげな表情のままの婦人をおいて、大股で歩き出した。
何かを探すような感じで、周りを見回しながら大股で歩く。
「御主人様? 何をお探しなのですか?」
慌てて俺の後ろについてきたゾーイ。
俺の様子から何かを探しているのかが一発でわかった。
それに答えずに、俺はズンズンと先に進んだ。
周りを見回しながら、おそらくはあるであろうそれを探す。
「――いた」
しばらくした先にそれがいた。
草むらの前で、複数の子供がぐったりしていた。
座っていたり地面にうずくまったりして様々だが、共通しているのは全員が腹を押さえて苦しそうにしている事だった。
「これは――腹下し!?」
ゾーイは驚きながらも、すぐに鼻を押さえて周りを見回した。
汚物は直接は見えないが、草むらの中から排泄物のような匂いが漂ってくる。
「しっかりしろ」
俺はしゃがみ込んで、子供の一人の方に手をかけて、それをきいた。
10を過ぎたかどうかの男の子は、苦しそうに目をあけてこっちを見てくるが、いまいち目の焦点が合っていない。
「米か?」
「え?」
「……」
俺が聞き、ゾーイが驚く。
そして男の子は苦しそうなまま、微かに首を上下に動かした。
「ゾーイ」
「かしこまりました」
状況が今ひとつ把握出来ていないゾーイだったが、そこは主である俺の命令がくだった。
彼女は懐から呼び笛を取り出し、躊躇なく空にそれをふいた。
甲高い笛の声が響き渡り、周りの注目を集めた。
しばらくすると、ガシャンガシャン、ドタドタドタと鎧がぶつかり合う音と靴音がが一緒に近づいてくる。
十数人の武装した兵士が一斉にやってきた。
「お呼びでしょうか」
「この子供達をつれていけ、とにかく死なせるな」
「はっ!」
ゾーイに比べて、兵士たちは落ち着いていた。
「米」という言葉を聞いていないゾーイに比べて、兵士たちには「腹を下している子供達」にしか見えないのだろう。
大災害の後だ、この程度の傷病者はむしろ程度の軽い物といえる。現場にいればもっと酸鼻極まる光景も見てきたであろう兵士たちは、動揺することなくゾーイの命令を執行した。
手際良く近くから戸板やらなんやらと持ってきて、子供達を乗せてかついでいった。
それを見送った後、ゾーイが聞いてきた。
「御主人様」
「うむ?」
「責任者を今すぐ捕縛して参ります」
「いい。毒とか腐ってるとかという話ではない」
俺はそう言いながら、もう一度しゃがみ込んで、子供のたちの手からこぼれた生米をてにとった。
いささか古そうだが、特に何か問題のある米ではない。
「捕縛する必要はない、話があるからと呼んでくればいい」
「……かしこまりました」
ゾーイは訝しみつつも、頭をさげて走って行った。
しばらくして、一人の役人をつれて戻ってきた。
役人は俺をみて、不思議がっていた。
そこにゾーイが。
「総督閣下の御前に何をボサッとしているのか」
「――っ!? も、申し訳ありません!」
総督と聞いて、若い役人は慌ててその場で平伏した。
あっちこっちで炊事をしているためか、地面はぬかるんでいるが、「総督の前」と聞いて、泥がつくのもお構いなしに平伏した。
俺はたったまま役人を見下ろし、まずは聞いた。
「お前がここの責任者か」
「は、はい」
「米を配ったのはお前の考えか?」
「え、えっと……その……」
「包み隠さず答えろ!」
「は、はい!」
言いよどむ役人を一喝するゾーイ。
役人は両手両膝を地面につけたまま、ビクッと飛び上がりそうになった。
「そ、その……上からとにかくすぐに被災民の手元に届けるようにって、方法は問わないって、そう命じられまして……その」
「ふむ、つまり、一刻でも早く配れってだけに気を取られて、生米のまま配ったって事か」
「は、はい」
「それで炊煙が普段よりも多く……」
ゾーイはハッとした。
もはや「炊き出し」という言葉があっているのか、という現場だった。
通常の炊き出しは大鍋で大量につくって配るものだ。
しかしここでは、「一刻でも早く配れ」という命令だけに囚われて、炊いて配るのではなく、そのまま配った方が早いって形を取られた。
そうすると米をもらったものがめいめいに米を炊くから、炊煙の数が普通よりもおおくなった。
少ない大きな炊煙から、多くて小さな炊煙になった。
「それであの子供達が生米を食べて腹を下した、と」
俺は頷いた、ゾーイは首をかしげた。
「生米で腹を?」
「普段の状態で少量なら問題はないが、被災した空腹の状態で腹が膨れるほど生米を食せば一発で腹をいためる」
「そ、そうなのですか?」
「ああ」
「そう……ですか。ああっ、もしかして御主人様、ここに来た瞬間にそれを?」
「ああ」
俺は頷いた。
「生米の配布、各自での炊飯。被災した時に限った話ではないが、飢えている時に生米を手に入れたものがよくなる話だ」
「あの一瞬でそこまで……すごい……」
俺はゾーイから、平伏したままの役人の方に視線をむけた。
平伏したまま上目遣いでおそるおそる俺を見ていた役人は、目線があってビクッとして、また顔を完全に伏せてしまった。
「話はきいていたな」
「は、ははっ、ははははい!」
「これからは――今日このあとからはもう米で配るな、ちゃんと炊いて配れ」
「は、はい!」
「いけ」
「え?」
役人はびっくりして、両手両膝ついたまま顔をあげた。
驚いた顔で俺を見つめてくる。
「どうした? なにか不都合があるのか?」
「い、いえ。その……」
「御主人様。このものに罰は?」
ゾーイが聞いてきた。
役人は一瞬だけビクッとしたが、まるで「そうそれだ」といわんばかりの顔をしていた。
なるほど、やらかしたのに実質おとがめ無しなのを逆に怖がっているということか。
貴人、いや権力者相手にミスをしたとき、叱責や罰せられることが必ずしも一番の畏れにはならない。
罰せられない事の方が怖い、という人間も数多くいる。
その場で衝動的にではなく、後からじっくり罰せられた方が大事になることも多いし、全くなにもなくて見放される事もある。
あるいは権力者側はもう気にしていないが、周りの人間が機嫌をとるために忖度して必要以上に罰することもある。
例えばこの役人はこの現場の責任者だろう。
俺が罰しないまま放っておくと、この役人の上役が俺の機嫌をとるために、必要以上に彼を厳罰してしまうこともある。
上役からすれば機嫌をとるのと、あるいはそうしないと自分にまでとばっちりをくらう恐れがあると考えるからだ。
だから若い役人からすれば、この場で叱責がなかった事が必ずしもいいというわけではない。
ゾーイに言われて、役人に実際にそのような目で見つめられ、俺はその事を思い出した。
「命令の曲解ではあるが、悪気はない。ならば修正すればいい」
「はい」
ゾーイは即座に頷き、納得した。
俺に忠実な彼女はこれ以上食い下がったり反論したりするというつもりはないようだ。
役人の方は俺の事をよく知らないのでまだ不安がっている様子だ。
「投げ出すな、やり直す事で償え。また見に来る、その時にちゃんとやれたというところを見せろ」
「……」
「どうした、まだ分からないところがあるか?」
「い、いえ!」
「ならとりかかれ、すぐにだ」
「は、はい!」
若い役人は弾かれるようにもう一度頭を地面にこすりつけてから、はねるように飛び上がってさっていった。
「すごいです御主人様。私ではこの場で処罰してしまうところでした」
「見た所生米ではあるが行き渡ってはいる、つまりちゃんと配ってはいる。人は宝だ、心根に問題がないものなら必要以上に罰する必要もない」
「すごいです御主人様――ここではないところで何人か斬っておいた方がよろしいでしょうか」
俺を称えた次の瞬間に冷酷な表情をしたゾーイ。
その落差は、もし若い役人がまだここにいたら震え上がっていたところだろう。
「比較として際立たせるためか」
「はい。ミスがあっても民のために働こうとするものは罰しない、私腹を肥やす者は絶対に許さない。御主人様のスタンスを広めるチャンスかと」
「うむ」
俺はゾーイに肯定してやる視線をむけた。
「そうだな、今までさんざん斬ってきたのだ、もうすこし厳しくしよう」
「ご下命を」
「補充の役人で性懲りもなくやるものは梟首――さらし首にしろ」
「そのようにいたします」
「うむ」
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TVアニメ『貴族転生』の放送開始まで残り1週間をきりましたので
第1話の初回放送情報をまとめました
2026年1月4日 24:00(5日 0:00)からABAMA、dアニメストアで先行配信
2026年1月7日 24:00(8日 0:00)からTOKYO MX
2026年1月7日 24:30(8日 0:30)からBS日テレ
2026年1月8日 24:00(8日 0:00)からAT-X
2026年1月10日 24:00(11日 0:00)通常配信配信
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