213.父の遺産
皆無ではない、そう話すオスカーは真顔だが、どこか「本当にいいのか」という気後れした感情もにじみでている。
「言ってみろ、この場ですむ話ならなんでも聞き忘れてやる」
「御意」
オスカーは一度頭を下げてから、いった。
「名誉騎士と違い、別荘の払い下げは皇帝の威厳に多少なりの傷がつきます」
「うむ」
想定通りの言葉が返ってきた。
オスカーは「皇帝」というものを強く思っている。
彼からそういう理由が出るのは予想がついていたことだ。
「それも考えた。父上の別荘のうち、北にある最後まで使っていたのが規模としては最大のものだったな?」
「はっ」
「ならば払い下げるとともに、それより規模の大きい――そうだな、二倍程度のものの別荘の建設予定を立てさせろ。それなら古くて狭いのはいらん、新しくて広いものに建て替える、と。名目上はそうすることが出来るだろう」
「新たな別荘を作るのですか? それは……二倍程度であれば、全別荘を処分しても差し引きプラスではあるのですが……」
オスカーは難色を示した。
「財政が難しいから払い下げるのに新しいのを立ててしまっては効果、いや実入りが半減すると言いたいのだろう?」
「はっ、有り体には」
「だから予定だ」
「え?」
きょとん、となってしまうオスカー。
どういうことなのかと目を見開くほどに驚いた。
「10年、20年、まあ30年はかからんだろう。その間ずーーーーっと、『予定』だと言っていればいい」
「……はっ!」
オスカーはハッとした。
「そ、そうか! 規模が大きければ自然と慎重になってもおかしくない」
「うむ、そうだな……余はわがままだ。、中途半端な計画なんかで妥協するつもりは毛頭ない」
俺はにこりと笑い、そういった。
これでどうだ、という感じでいった。
あえての物言いでオスカーの笑いを誘おうとしたが、オスカーは逆に尊敬の眼差しをさらに強くして来た。
「すごいです陛下。ならば今ある別荘をすべて払い下げたあと国庫に回す事ができます」
「どれくらいになる」
「全てであれば……国家予算の5年分――いえ!」
オスカーは言いかけた所で言葉を飲み込んで、俺をまっすぐ見つめてきた。
ものすごい真顔、よく知っている顔。
彼が何か進言する時、すこし難しい事を進言しようとしている時によくする顔だ。
兄弟として、そしてその後君臣として数十年来の付き合い。
その顔を何度も見てきた。
「恐れながら陛下、払い下げる前に一度皇后陛下と一度お使いになる事は可能でしょうか」
「なるほど、余も使えば箔がつくという事だな」
俺はうむ、とはっきり頷いた。
「はっ、先帝陛下と二代にわたって愛用した、そういうことで更に価値を付ける事も出来ましょう」
「ついでに余がそこの狭さに不満を感じた、という物語もできるな」
「おっしゃると通りでございます」
「そういう事なら否応はない」
俺がいうと、オスカーの表情が明るくなった。
「そうであれば最大十年分まで確保出来ます。何人か『家を傾けてても見栄を張りたい』商人の心あたりがございます」
「そうか」
俺は頷いた。
「十年なら……丁度いいな」
「丁度いいとは?」
オスカーは首をかしげた。
「米の開発研究をさせていることは知っているな」
「はっ、そのための予算のことについて」
「米の生産量が増えれば人口も増える、そしていうまでもないことだが、国の問題の大半は産まれてくる子の数を増やせばどうにかなる」
「おっしゃる通りでございます」
オスカーは真顔で頷いた。
国の礎は農業であり、帝国は「戦士の国」だ。
どの視点から見ても、生まれてくる子供の数つまり人口がほぼほぼ国力に直結している。
歴史上そうではない時代もあったが、帝国に限って言えば国の問題はほぼ全て、生まれてくる子供の数を増やせばどうにかなるというものだ。
「新しい米の開発をする、その米で土地あたり養える人数が増える。そして今からやって目に見えて子供が多く生まれるようになるには――」
「およそ十年後……」
オスカーがいい、俺は頷いた。
新しい米の品種が出来て数年、それが民に行き渡って数年。
収量つまり収入が増えて子供が造りやすくなる思って、多く産み出すまで更に数年。
ざっくりで、およそ十年前後という計算だ。
「帝国には人頭税がある、子の数が増えれば真っ当に税も増える」
「すごいです陛下!」
オスカーがいい、俺は頷いた。
先帝の遺産を上手くやりくりすれば人口増ともくろんでいるあたりまで持つ。
その事が、オスカーにはすごく心強く思えて。
彼がそう思うのなら、俺も自信をもってその事を推進できると思ったのだった。
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