208.オードリーとの約束
「えっと……あの……あなた、は?」
「そうだな、血縁でいうとお前の父親の叔父、つまりお前からは大叔父ということになる」
「おお……おじ、さん?」
「ああ」
「そんな人がいるんだ……でも、若い……」
「お前の父親とは十かそこらしか歳が離れていないからな。お前の祖父は第二子、余は十三子だからな」
「……あの」
「なんだ?」
「二番目の子とか、十三番目の子とか……もしかして、お父さんの言うことって本当、だったんですか?」
「ジェニュインが何を言ったのか余にはわからん」
ひとまずそういって、改めて言う。
「お前の祖父は元皇太子のアルバート・アララート、そして余が元十三親王で今の皇帝だ」
「――っ!」
カナンは息をのんだ。
お父さんの言うことって本当だった……? って顔をした。
「ほ、本当に……」
「納得するまでゆっくり時間をかければ良い」
「…………あの」
「なんだ?」
「お父さんは……どうなるんですか?」
「うむ?」
「お父さんはなんかこれから贅沢出来るぞ、って感じで出て行きましたけど……そんなはずはないですよね……」
カナンは俺の顔色をうかがうように聞いてきた。
俺はカナンを見つめた、彼女の顔と、その奥にある知性を観察するように見つめた。
「あの……あたし、なにか」
「聡いな」
「え?」
「頭がいいなといっている」
「じゃ、じゃあお父さんは――」
カナンが身を乗り出してきた。表情が強ばっている。
あんなのでもやはり父親、心配なようだ。
「安心しろ、命を取ったりするとかそういう話じゃない」
「え? じゃ、じゃあ……」
「単刀直入にいう、ジェニュインはあのままだと恥さらしだ」
「あ……」
口をつぐむカナン。
このままだと恥さらし、というのは日頃から側にいるカナンが誰よりも分かっているのだろう。
だから何も言い返せずにいた。
「一方で、余はあいつの父親、お前の祖父に後事を請け負った。子らを殺さずに面倒をみる、と」
「それじゃ……」
「恥さらしだ、でも殺せん。だから屋敷に閉じ込めて軟禁する。死ぬまで衣食住には困らん生活をさせてやる。故人への義理と現実を両立させた処置のつもりだ」
「軟禁……そうですか……」
カナンは見るからにほっとした。
軟禁であっても命はたすかる、それにほっとしているようだ。
「さて、お前だが」
「は、はい!」
カナンはびくっとなった。
背筋がピンと伸び、肩もすくみ上がっている。
俺はフッと笑った。
「安心しろ、悪い話ではない」
「はい……」
「お前をこのままにはしておけない。直接お前の話ではないが、子だけを保護して孫は放り出す、などということは出来ん」
「それって……」
「お前は特になにか悪事を働いている訳ではない、となればあとは親戚としての情の話だ」
「あっ……」
カナンの表情が少しだけ和らいだ。
その発想はなかったが、理屈はわかりやすくすぐに受け入れられたようだ。
「とはいえ、ジェニュインはああだ、そいつに娘がいれば何かとややこしくなる」
「――っ!」
カナンがまたビクッとなった。
上げて落とされた、そんな感じになった。
「身構えるな、処分ではない」
俺は同じような言葉を繰り返した。
いちいち身構えるのが、カナンとジェニュインの親子関係を垣間見たような気がした。
「じゃあ……?」
「お前を――余の養女にする」
「………………え?」
あまりにも想像外の言葉だったからか、カナンは完全に、石のように固まってしまったのだった。
☆
夜、総督の屋敷の中。
リビングのソファーの上で、俺はオードリーと向き合った。
一連の話を聞いたオードリーはうっとりとした表情で俺を見つめてきた。
「やはり……すごいですわ」
「ん?」
「ふたりの処遇、特にカナンですわ」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
頭の中にはまず、アルバートの面影のある男の顔が浮かび上がってきた。
「顔を見た、あれは間違いなくアルバートの息子だった。状況証拠など一切なくともあの面影だけで十分だ」
「はい」
「アルバートの子、皇族。そうであってもどら息子だ。家の三男だか四男だかくらいの息子が放蕩三昧で罪を犯しそうになっていたらどうする。家長として」
「連れ戻して、家の中に幽閉して一生外に出さない」
オードリーは怖さすら感じるほどの平坦な声で言いきった。
「ああ、そうだ。家長がダメ息子を連れ戻して、他所様に迷惑をかけないように家に閉じ込めるのはどこもやっているし、それをとがめる法は作られなかった。いやむしろ皇族なら反省の色が見られなければ幽閉できると内法で明文化している」
「すごいですわノア様」
「物事は二段階だ。認知して帝都に送り返す。その後そこそこの屋敷の中で幽閉する。そこは俺がやる、どうでもいい仕事だがメンツがらみの仕事でもある、最終的にダスティンに任せれば喜んで上手くやってくれるだろう」
「はい」
「カナンは……最初は誰かのところに引き取ってもらうつもりだった。キロあたりなら既に家督もほぼ渡しているし、娘の一人くらいなら問題なかろう。そう思っていた」
しかし考えを改めた、と言外に告げる。
オードリーは一瞬意外そうに、しかしすぐに真顔になって聞いてきた。
「もしや……『宝』だったのですか?」
「原石にみえた」
俺ははっきりと言いきった。
脳裏からジェニュインの顔が消えて、代わりにカナンの顔が浮かび上がる。
話を聞いたときの反応、そして推測。
ジェニュインの子とは思えないような聡明さだった。
「知識も作法も何もかもないが、地頭の良さは感じた」
「そうですか、ではどのように遇するおつもりですか?」
「まずは勉強をさせる、政に向いてそうならこっちでもらう、そうじゃなかったらお前にあずける」
「私に……ですか?」
オードリーが少し驚き、首をかしげた。
「お前との約束でもある」
「約束?」
「王女を増やしてやる、という約束だ」
「あ……」
ハッとした顔のオードリー。
少し前にオードリーから直接頼まれたこと、王女を増やしてほしいというお願い。
オードリーは皇后、後宮の全てを司る国母。
そのオードリーは危惧していた。
皇女というのは、政略や外交には大事な存在であり、他国に嫁がせて国同士の関係性を保つのに大事な存在だ。
臣下に降嫁して関係性を強くする事もある。
いずれにせと、皇女は政略結婚をする為の大事な存在であり、であるから皇女には相応の教育を施さなければならない。
皇女として心構えを教え込む事ももちろんだが、しかるべき知識や教養を身につけさせることも重要だ。
そして教育というのは継続的にやらなきゃならんものだ。
常に誰かに教えていなければ、教わる方の知識や技術もやがて失われていくもの。
オードリーは後宮の主としてその事を危惧し、俺にもっと子作りをしてもらって、皇女を増やしてほしいとお願いしてきた。
その事をオードリーが思い出した。
「あの事を覚えていて……」
「お前に報いるためだ、忘れるわけがない」
「ありがとうございます……」
オードリーは嬉しそうに、頬をそめてはにかんだ。
「すぐに子を成すことは難しい、代わりの方法を考えていた」
「それが養女……」
「そうだ、皇族の傍流から養子をとることは珍しくない、ミーレスだけでなく歴史上どの王朝でもやってないのを探す方が難しいくらいだ」
「おっしゃる通りでございます」
「ヌーフにはあったか?」
俺は少し話を変えた。
オードリーは意外そうな顔をした。
なんで今ヌーフを? と言う顔だ。
「いえ、お話だけは」
「あの子もそうするが、こっちでもらう。米と種子、いずれも大事業になる、その時皇女の身分があった方がよかろう」
「そこまで考えて……すごいですわ」
オードリーはいつも通り、いやいつもよりもさらに俺に心酔しきった顔で頷いたのだった。