203.種子屋
「今新しい土地を開墾させている」
「存じ上げております」
「メインは米を作らせているが、土地を多めにくれてやってる、副業でそれ以外の作物を作りたがるものも出てくるだろう。種を調達してほしい」
「かしこまりました、取り寄せいたします」
「うむ、次はお前が直接総督府に来い」
「――っ、有難き幸せ」
直接俺と会って取引できる。
それが何よりも今日の成果という事で、ジャミーは嬉しそうに立ち上がって、また一礼した。
そんなジャミーを置いて、一人で店を出た。
塩屋の一軒は落ち着いていて、店は封鎖され野次馬たちもいなくなっていた。
そんな塩屋の前から離れながら、ジャミーの事を頭の中で反芻した。
第一印象ではまずまずの商人だった。
もう少し知りたいと思った。
情報も欲しいと思った。
同じ商人であるシンディーに話を聞こうとおもった。
しかし、種か――。
「種、だと?」
自分でつぶやいた言葉に引っかかりを覚え、思わずその場で足を止めてしまうほどだった。
☆
夜、執務室の中。
あれこれと報告や陳情、指示などの書類を処理していると、呼び出したシンディーがやってきた。
「申し訳ございません、ご連絡を頂いてすぐに戻ってきたのですが」
シンディーは開口一番、呼び出しに対して遅れたことをわびた。
わびたシンディーが顔を上げると、その顔には相当な疲労の色が見えた。
それでも俺の呼び出しには――という感じの表情をしている。
「構わん、お前もあっちこっち飛び回って忙しいだろうに」
「とんでもないです! 陛下――いえ、ノア様のためならいついかなる時でも!」
「そう身構えるな、相談がある」
穏やかな笑顔でそういうと、シンディーは少し戸惑ったように首をかしげた。
相談というのは主に同じ階位にあるものどうし、あるいは同じ事柄に従事している者同士がするもの。
今の状況で言えば総督と商人の間柄で、普通であれば「相談」することはなく、上意下達が一般的だ。
だからシンディーは少しだけためらったようだ。
「相談、でございますか?」
「まずは確認だ、現状、商人が種籾を商うときはどうしている?」
「種籾、ですか? えっと、そうそうあることではありませんので……」
「分かっている、ほとんどの農家は種を自家製でまかなっている。種を他所から調達する時は主に災害の後が多いのだろう」
「はい、ですのでそういう時は他所の農家を回って余ったものを買い付ける、のが一般的です」
「それは商売になるのか?」
この質問にシンディーは首をゆっくり横に振った。
「いえ、ノア様のおっしゃる通り、ほとんどの農家は自分で種を作り、保存しています。またほとんどが自分達のところで作っている種に合わせた育て方とかをしていますので、災害でもなければよほどの事が無い限り他所からの種を使おうとしませんので、商売には」
「ヌーフとも丁度その辺りの話をしていた、泥水を使った種の選別とかな。農家ごとに違うやり方があるらしいな」
「はあ……」
シンディーは曖昧な返事をした。
一体何の話なのか、まだ測りかねているという顔をする。
「災害の時はもうかるのか?」
「それなりには、ですが期待できるほどのものではありません。多くの場合はただ働きに近いです」
「うむ」
俺は静かにうなずいた。
これで前提となる話がすんだから、本題に入ることにした。
「改めて聞きたい。平時から種子屋、という類の商売は成り立つと思うか?」
「え? その……おそらくは、難しい、かと」
シンディーは言いにくそうにした。
「災害の時は必要とされますが、そう言った店があったとしても、平時はおそらくは皆が自分で種を取れば良いと考えると思います。その、メリットがないかと」
「ならメリットがあればどうなる?」
「メリットが?」
どういうことだ? という顔をするシンディー。
「俺が今ヌーフと新しい稻を作っている事は知っているな?」
「はい、年に二度収穫出来る画期的なものだと」
「その種――新種の稻の種はメリットにはならんか?」
「はあ……一時的にはうれるかと思いますが、その後各自で種子としてのこすだけになるかと」
「では定期的に新種を出せば?」
「定期的に新種を?」
俺の言葉をおうむ返しするシンディ。
「…………――っ!!」
数呼吸ほどの間があった。
それほど、シンディーの常識では考えられなかった話だったんだろう。
が、それを理解するや否や、シンディーの表情がかわった。
カッと目を見開き、驚きが一瞬で通り過ぎ、興奮の色が現れた。
「そ、それなら!」
「うむ、ようは農家が各自にやるよりも、収量なり害虫に強いなりの付加価値がある種を作り続ければいい。農家はそこまでは手はまわらんだろうが、専門の種子屋としてならそれが出来る」
「はい! すごいですノア様! 常に農家より収量が高い稲ならば商売になりえます!」
「うむ」
俺は頷き、いった。
「それだけか?」
「それだけ?」
「商売になる、というのが前提なら、商人としてもっと何かないか?」
俺に聞かれたシンディー、真顔で十数秒ほど考えこんでから、答えた。
「……様々な種が売れると思います。同じ作物であっても、手間がすくないけど安定して育つ品種、手間がかかるけどそれだけの見返りが見込める品種。土地の質や灌漑に使える水量、様々な種が売りものになると思います」
「うむ」
俺は頷いた。
「もうひとつ農家にとってのメリットもある」
「なんでしょう?」
「今までのやり方で、良い種をとりたければ農家はどうする?」
「良い作物をそのまま――あっ」
ハッとするシンディー。
「そうだ、当然の考えだが、良い種は良い作物から取れると考える。少なくとも悪い作物からとろうとは思わない。そして良い作物であれば本来は最高のタイミングで収穫して収入にしたいと思うのが人情だ」
「種子屋があればそれらの事を考えずに常に最高の種を手に入れられる……」
「更にもうひとつある」
「ま、まだあるのですか!?」
驚くシンディー。
これ以上何があるのか、と言う顔をする。
「お前、単純作業をすることはないか?」
「え? 単純作業、ですか? はい、たまに」
「同じことを延々と続くのと、ちょっとだけ違うやり方が混じるの、どっちが楽だ?」
「それは、同じことを延々と――あっ」
「そういうことだ」
俺はふっと笑う。
「作物と種もそうだ。各農家が畑の一部を残して種にするよりも、作物農家は植えたものを全部収穫する、こっちは種子農家とよぼうか、そこは全部種にする。その方がどっちも楽だし結果もよりよいものになるだろう」
「はい! その通りだと思います! すごいです!」
すっかりと興奮したシンディー、目が輝きだしている。
あまりの興奮に、部屋に入ったときの疲労の色が跡形もなく吹き飛んでいた。
「金は出す」
俺はまっすぐシンディーを見つめた。
「まずは良い種を買い集めて、それを大量に作れ」
「はい! わかりました!」
その後にもいくつかの指示を出して、シンディーは退出した。
☆
数日後、州都ララク、中央広場。
普段はただの広場で、その時その時の用途に応じてセットが作られる。
この日も、処刑のためのセットが作られていた。
処刑だとわかり、集まってきた野次馬がざわざわしている。
「今日も首切りか」
「一人だけなのか?」
「何でも良いから早くやれ!」
群衆の視線が集まっているのは、中央の舞台のようなところで縛についている若い男だ。
男は少し前に処刑した者達とちがって、猿ぐつわを噛まされ手足を縛られているが、顔にまだ生気があり必死にもがいてもいる。
そんな男に対し、執行官――死刑執行する責任者は空を見上げて、太陽で時刻を確認した。
「時間だ――何か言い残すことは」
執行官がそういうと、部下の一人が死刑囚に近づき、猿ぐつわをとってやった。
口が解放された死刑囚が必死に訴えかける。
「ぷはっ! なんて俺だけが! そんなにやってない! 他のみんなは執行猶予だろうが! なんで俺だけが――」
「……特にないようだな、執行せよ」
執行官は死刑囚の言葉に耳を傾けず、命令を下した。
それでももがく死刑囚だったが、数十秒後にはあっさりと首が落ちた。
それを見て、群衆からまた歓呼があがったのだった。